第27話
また寝過ごしました……申しわけない……。投稿前は寝ない方がいいかもしれない……
ローマン・ノイシュタインは目前の光景に愕然としていた。
決壊した人の壁、流れ込んでくるモンスターたち。町を覆う壁の門から進行するそれらは、あっという間に町民たちに混乱を蔓延させた。
「おい、そっちに行ったぞ!」
「クソ、状況が荒れてるせいで上手く戦えねえ!」
「バカヤロウ逃げろ、下がって体制を立て直せ!」
ギルドの冒険者たちは、町に侵入するモンスターと、門の外で溢れかえるモンスターたちの対応に追われ焦りきっている。
モンスターたちの体長はざっと見たとしてもおおよそ4、5メートルは超えている。人間から見たら巨大な体躯のそれらが、アリのように次々と流れ込んでくるのだ。いくらS級冒険者と言えども、ただそれだけで、モンスターたちからの威圧感は感じてしまう。
極めつけは、ローマンはただ彼らを扇動し、このような事態になった時の対応を考えてはいなかった。結果冒険者たちは各々自由に動き回り、隊列を組みやってくるモンスターを相手に団結というものが全くできていなかった。
そして戦況は崩壊した。ローマンはこの現場を見て、身を焦がすほどの焦燥に精神を蝕まれていた。
『こんなはずではなかったのに』。彼は何度もその言葉を頭の中で再生させる。
封印を解き、例の獣と戦った時も、あっという間に仲間を殺され、生き残った他3人と共に尻尾をまいて逃げ出した。S級の冒険者が計5名だったのだ、勝てるに違いないとタカをくくっていた。しかし結果は散々だった。
こんなはずではなかった。獣は結果外へと逃げ出し、そしてこのスタンピードを引き起こした。
何が起きるかはその時既に予見していた。そも、あの獣を解き放ったのも、ジェイクの指示あってのことだった。ローマンたちは既に遺跡の構造を把握し、当然、あの獣の危険性についても承知だった。
だからこそ、認めるわけにはいかなかったのだ。自身が犯した過ちが露呈すれば、責任問題になる。故に黙るしかなかった。何事も無かったのだと言い切る他なかった。
大丈夫だ、ギルドには他にも冒険者がいる。現在の戦力よりも遥かに大勢の頼りになる戦闘員がたくさんいるのだ。ローマンは過ちを取り返すため呪文のようにそう呟いていた。
大丈夫だ。勝てる、絶対に勝てる。負ける可能性なんて微塵もない。あるいはそれは、単なる願望であったのだろう。ローマンは自身の責任を認めることができず、事態を甘く見ていたのだ。
事の発端は、彼の指導力の不足からではない。彼の中にある肥大化したプライドが、薄々とあった認識を歪めてしまったのだ。
モンスターたちが侵入する。森の主とも言われる鋼鉄の牙、スティノドン。魔力の溜まった一角を持つ竜、ホーンドレイク。それ以外にも様々なモンスターたちが、町を、人を蹂躙し、混乱を撒き散らしていく。
ローマンはしかし、その最中であっても、もはや動くことさえできずに立ち尽くしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
ギルドから出て町の門へと急ぐ中、僕たちは予想以上の混乱を見せる大衆を前に驚いてしまった。
「ま、まさかこれほどまでとは……!」
民家よりも頭一つ分体の大きい四つ足の獣が、まるで砂の城を壊すように前足で住居を破壊していく。横薙ぎに振られたそれに巻き込まれ、民間人が数名体を切り刻まれ、あるいは吹き飛ばされ、壁や地面に激突し動かなくなる。ゲシャリと骨の折れる音が響き、歪になった肉体に僕は思わず顔をしかめた。
「……シキ!」
僕は顔を怒らせシキに声をかけた。
「戦闘準備だ! 今から奴らをぶち殺す!」
「ええ、ハク! 町の人たちを助けないと!」
僕が駆け出すと同時、シキが魔力で体を浮かせ、目の前で人々を薙ぎ倒す四つ足の獣へと飛んだ。
灰色のたてがみと体毛が真昼に際立つ。この獣は、リノファングだ。獰猛な肉食獣であるが、イメージとは打って変わって、狩りの際は夜闇に紛れ、寝床で眠っている草食獣を食す。
つまるところ、リノファングは夜行性だ。日が天高く昇っているこの時間に現れることはまずもってありえない。僕は目の前の獣が、この場で戦っていることそのものに疑念を抱いた。
……これが例の獣の力か。本来夜にしか姿を現さないモンスターを、無理矢理昼に狩り立たせている。僕は生態の壁さえ超えるモンスターの能力に警戒心が増した。
しかしどうやら、その力も万能ではないようだ。リノファングは本来極めて機敏な動きで一瞬でモンスターを狩る存在。しかし現状の奴は、他のSランク冒険者であろうと十分に追いつける程度の速さだったからだ。
「シキ! 君は魔法で周りの人を助けろ!」
「うん!」
「僕はコイツの首を撥ね飛ばす!」
僕は刀を抜き、瞬間、息を深く吐いた。そして地面を蹴り出しリノファングへと一気に突撃する。
リノファングが僕を見る。突風が周囲に吹き荒れた刹那、リノファングが鋭い爪のある腕を横薙ぎに振り回し、僕を強襲する。しかし僕は、その爪が当たる直前に、奴の腕を撫でるように飛び、身を翻し攻撃を避けた。
紙一重の回避故に、リノファングは攻撃を止められず、次の動作へも移行できずに腕を振り切る。僕はその大きな隙を突き、刀を一閃、横薙ぎに振った。
「ハアッ!」
ザン、と振り切り、直後にリノファングの首がごとりと落ちる。血が吹き出し、辺り一面が真っ赤に染まる。
しかし、直後。家屋が倒壊する音を響かせながら、巨大な猪が、僕に向けて突進を仕掛けていた。
余りのことに反応が遅れる、僕は咄嗟にガードの体勢に入り来たる衝撃に備え全身に力を込めた。
「危ないハク!」
瞬間、シキの声が聞こえたかと思えば、荒れ狂う風が更に激しさを増し、気が付いた時には目の前の猪は回転しながら空高くへと吹き飛ばされていた。魔法で竜巻を発生させたのだろう。僕はシキの方を見つめニヤリと笑った。
「すまない、助かった」
「いいってことよ」
シキが頼もしく笑い僕に返答する。
本当に、良い仲間と出会えたな。僕はそう思いながら、シキとハイタッチを交わした。
ふと。僕たちの傍らで、息を荒らげ、腰を抜かしている金髪の女と目が合った。僕は彼女に近寄り、手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
僕が語りかけると、しかし目の前の女は、不機嫌な表情を呈し僕の手を振り払った。
「黒髪なんぞに受ける施しは無い! 私を舐めるな!」
女がそう言って立ち上がる。僕は彼女の物言いに目の下をピクリと痙攣させた。
「……どうも元気そうじゃないか。それだけ騒げるのなら、僕の頼みを聞くくらいの余裕はありそうだな」
「フン、誰が黒髪なんぞの言うことを聞くか」
「いいから聞け。君は今すぐ民間人の避難誘導をしろ。周りにいる冒険者たちにも声をかけて、できるだけ多くの人員を集めろ」
「知ったことか。貴様らの指示なんぞ、全く持ってアテになるわけが……」
僕は言いかけた女の胸ぐらを掴み、力を込めて捻りあげた。女が驚き、顔を青くしてこちらを見つめる。
「質問する。民間人に戦う力はあるか?」
「……い、いや」
「じゃあ彼らがモンスターと対峙したらどうなる?」
「な、なにもできずに死ぬ……」
「じゃあ犠牲者を減らすためにはどうしたらいい?」
「……民間人を、安全な場所に避難させる……」
「そうだ。その通りだ。生憎とパニックの時に賢い行動が取れるほど人間はできちゃいない。箒と石でモンスターに立ち向かい死んだ人間も、何人かはいるだろう? そういう時に『戦える僕たち』が彼らの保護に回ることで、どれだけの命が救えるか、考えたか?」
「……」
「ちょっとは考えろ。それとも、君は『黒髪の言うことは聞けない』なんて浅ましいプライドで民間人を見捨てるような、そんな誇りの無い人間なのか?」
「――ッ! そ、そんなことは最初からわかっている!」
女はそう言って僕の手を振り払った。
「よし、よし。黒髪にはどうしても不向きだからな。協力してくれて助かる」
「……とにかく、周りの冒険者たちに声をかけて、避難を促せばいいんだな」
「ああ」
「わかった。些か癪だが、ああ、お前の言うことが正しい。……クソ、それじゃあ私は行く。お前はモンスターの相手を頼む!」
そして女は、不機嫌な表情ながらも、僕たちの前から走り去り、民間人の避難誘導へと回った。
「話の分かる奴で助かった」
「アレで話が分かるって相当よ?」
「まあ指示を聞いてくれたからな。もっとも、そういう奴を選んだんだがな」
僕がシキに返事をした途端、僕たちの目の前に巨大なモンスターが現れた。
いつかも目にした、スティノドンだ。僕は刀を構え、深く息を吐く。
「――行くぞ、シキ!」
「うんっ!」
僕はシキと共に、目前の敵に向かっていった。