第26話
僕たちはロープにより後ろ手に縛られ、ギルドの中で座り込んでいた。
ギルド内にもう人はいない。先程ローマンが、『だが逆に考えろ。この事態を僕たちだけでなんとかすれば、ギルドからの評価は約束される。全員で町を守るぞ!』と声をかけ、それに乗せられた冒険者たちが意気揚々と戦いに向かったからだ。今回の事態を受け、ギルドも早期に緊急クエストを発令したので、なおのこと全員の士気が高まっていた。
しかしこの事態はまずい。士気が向上することは大いに良いが、問題はあまりに猛進が過ぎるということだ。馬鹿みたいに愚直な士気は、もはや単なるノリと勢いだ。通常スタンピードはしっかりと役割を立て、その上で互いに協力をして臨まねばならない。しかしこと今回においては、最低限の役割さえ決めていない。
無論冒険者の中にはこのことを理解している輩もいるはずだ。しかし焚き付けたのがローマンだったことと、場の雰囲気に呑まれこのことを言えなかったことが合わさり、まさに最悪の運用をしていると言える。
現状、僕たちは遅れてやってくるであろう騎士たちに身柄を補足されるのを待つだけだ。このままでは必ずや街に侵入してくるであろうモンスターに殺されるだけだろう。僕は息を深く吐くと、あらかじめ手の中に隠し持っていた着火石を指で転がした。
「……念の為が幸いした。上手くやればこれでロープを焼き切れるだろう」
「へー、凄いっすねお客さん」
「まあ火傷をすることにはなるだろうが、背に腹はかえられない。シキ、あとで僕の手を治してくれ」
「おー、覚悟座っててカッコイイッスねお客さん。こりゃ女の子からモテるわけだわ。顔もなかなかイケメンだし。つーわけで、今晩、ちょっと私の部屋でどっスか?」
「生憎僕は一晩だけの関係を築くのはゴメンだ」
「えー……男なんだからもっと乱れた方がいいっスよ? この間枯れさせたインキュバスなんかそれこそ100人の女を食うとか豪語してたんだから、せめてそんくらいいかないと」
「この国の価値観は僕には合わない……って、待て。君一体なにやってる?」
僕は目の前でしゃがみこんでいる受付嬢に思わず突っ込んでしまった。
「いや、なんか面白いことなってるなーって見てたッス」
「いや見てないで助けてくれ!」
「あれれ〜? お願いする立場の人間がそんな態度でいいんっスかねー? やる気なくすなあ、適当な女引っ掛けて家帰って遊んでようかなぁ」
「ぐっ……。それは、確かに。すまない、僕が間違っていた」
「いや冗談っスよ、ガチで受け取らんでくれっス。お客さん、実はこう見えて天然っスね? かわいいとこあるじゃないっスか。こりゃ受けッスね」
「何の話をしてるんだ一体」
「まま、頼まれなくても助けるっスから安心してくれっス。よいしょっと」
そう言うと受付嬢は立ち上がり、ポケットから小さなナイフを取り出して縄を切り始めた。……僕の顔に胸を押し付けるような体勢で。
「普通こういうのは後ろから切らないか?」
「視線わかってるっスよ。お客さん存外スケベッスね」
「なっ……! な、なにを、」
「くんくん、お、コイツはくせ〜っス。童貞の臭いがプンプンするっス」
そう言いながら受付嬢は僕を縛る縄を切りきった。なんだろうか、この一瞬でとてつもない辱めを受けた気がする。
僕は自由になった両手をブラブラとさせてふう、と一息ついた。なぜか妙に、シキからの視線が刺さる。
「……ハク」
「違うんだ、シキ。これはアレだ、不可抗力だ」
「いやまあ男だから仕方ないけどさ。けどもう少し、その、ね?」
「……シキ。1つ言っとくけどあんまし束縛強いと男に嫌われるぞ?」
「え、何言ってんのレンファ?」
「そうですよシキさん。その、あんまし独占欲が強いとどうしても避けられるって言うか、他の女の子とトラブルになるから……」
「ちょっと待ってコニーまでなにを!? え、これ私が悪いの?」
レンファとコニーがなぜか僕の擁護に回った。
……変だな、普通はこういうのって僕が悪くなるんじゃないのか? そもそも独占欲がある程度強いのも女性なら仕方ないとは思うが……。
と、受付嬢が「あーよいしょっ」と言いながら、シキの束縛を普通に後ろから解いた。コイツ僕をからかってやがったな。
「まあシキさんの恋愛スタイルがめんどっちーのはどーでもいいってことにして」
「いや別に普通だと思うが……」
「性癖の相性バッチリッスね。んで、どーするっス? ぶっちゃけ現状こんなぬくぬくできない程やべーと思うっスけど」
受付嬢が(自分から始めた癖に)そう言って、他2人の拘束を解く。レンファとコニーが体を伸ばし、凝り固まった筋肉をほぐす。
「……どうするの、ハク」
シキが僕の顔を見て尋ねてくる。そんなもの、無論だ。
「当然加勢する。このまま放っておけば大勢が死ぬぞ」
「……だよね」
「だが問題は山積みだ。情報も足りない。……コニー。今回の事態は極めて危険だ。君は避難した方がいい」
「に、逃げる訳にはいきません! 皆さんのお役に立ちたいです!」
「だからと言って死地に向かう必要はない。Dランク帯ではあまりに無謀だ」
「……わかっています。私が弱いことくらい。でも、戦うことはできなくても、私には私のできることがあるはずです。だから……」
コニーは縋るように僕へと目を向けてきた。
――なるほど。どうやら、彼女は案外と強情なようだ。僕は彼女の目を見て、例え逃げろと言ったところで無駄だと悟ると、一度ため息をつき、ふっと微笑んだ。
「……レンファ。ハッキリ言うが、今回の事態、実質Bランクの君にも些か分が悪い」
「……やっぱし、か」
「けど、君ならコニーを守れる。違うか?」
「ったりめー。ま、あんまし役には立ててねーけど、私だって弱くはないんだぜ?」
「よし。なら、君はコニーと行動を共にしろ。そしてコニー、君たちは町の人の避難を促せ」
僕の指示を聞き、コニーの顔が明るくなった。
「くれぐれも言うが、絶対に戦おうとはするな。それをしたら、君は間違いなく犬死する」
「――わかっています」
「対峙したら逃げろ。モンスターに殺されそうになっている町民がいても、助けようとはするな。戦闘を避けられなくなる。君はこのパニックの中で、人々を安全へと導く灯火になれ。いいな、生き残り、人を生かすのが君の仕事だ。残酷になる覚悟を決めろ」
「……はい。苦しいけど、頑張ります」
「よし。それさえわかれば十分だ。
頼りにしている。逃げることじゃなく、助けることを選んだ君の覚悟を」
僕が言い切ると、コニーは決意を固めた声色で「はいっ!」と答えてくれた。僕はニヤリと笑い、眼鏡の位置を直してギルドの出入り口を見つめる。
「さて、行くぞ。僕たちはこれより地獄に押し入る。気を引き締めろ」
僕はそう号令をかけると、口端を無理強引に引き攣らせギルドを出た。