第25話
その後、僕たちは遺跡の調査結果を報告するためギルドへとやって来ていた。
相も変わらず周囲は騒がしい。ギルド内がうるさいことにはもう慣れきっているのでどうとでも良いと思っているが、僕はしかし、イライラした調子で報告窓口の女性に話しかけていた。
と、言うのも、だ。
「ああ〜……その、何の話スっか?」
「いや、だから、ギルドから受けた遺跡調査の報告をしていたんだが」
「え? いやホントすんません、そんな依頼知らないっス。……ホントに受けたんスカ? たまにいるんすよ、なんかこう、クエスト行って発狂してぬわあああってわけわっかんないこと言う奴」
こんなふうに、対応をしてくれている受付嬢の態度が色々とアレだったのだ。
いやまあ、働き方は確かに自由だとは思うが。それにしてももう少しなんとかならないのか。僕はそんなことを思いながらも敢えて言わないでいた。
「失礼だな。確かに僕たちは依頼を受けて出向いたよ、最近発見された新しい遺跡の調査をしてくれとかなんとか……」
「ええ〜? お客さん何言ってんすか? やっぱ発狂してない? 1回精神鑑定受けてくださいよお〜」
褐色肌の受付嬢はそう言って手元にあった100面のサイコロ(よく持ってたなそんなもの)を振った。いやなにやってるんだお前。
「あ〜……失敗ッスね。99。ファンブルッス」
「いや意味がわからない」
「いや〜、場を和ませるためのジョークッスよ〜。えっと、それで? ああ、調査ッスカ? んやあ、でも私の記憶じゃそんなもん無かったんだよなあ」
「記憶って、調べてないのか?」
「え? だってダルい……」
「いやそれが君の仕事だろ!」
「わかってないッスねお客さん。だってがんばってもがんばんなくても給料同じなんスよ? じゃぁがんばんないほうがお得じゃないっスか」
「よく君この仕事受かったな」
「親のコネ。いえ〜い」
そう言って受付嬢は両手でピースをした。やかましい。
そんなこんなで色々と人間性に問題のある受付嬢と話していると、突如、脇の方から憎たらしい男の声が聞こえた。
「あ〜れ〜? そこにいるのは例の黒髪じゃあないか。生きてたのか君たち」
金髪をなびかせながら、ローマンが僕たちの元へと近づいてきた。僕は面倒臭い予感に嫌気がさし、思わず眉間にしわを寄せてしまう。
「――なんだ一体」
「いやいや。間抜けにも罠にハマってパーティー諸共下層へ落ちたからさ。君たちのようなトーシローがまさかまさか生きているとは思わなくてねえ。本当、酷く幸福だなあ君たちは」
「君たちが僕らを落としたんだろ」
「言いがかりはよくないな。アレはひとえに君たちの愚かしさが原因だよ。ああ、少なくとも周りはそう判断するだろうね」
僕はローマンの物言いに殊更イライラした。コイツ、仲間を1人殺しておいて、よくもまあこうもペラペラとデタラメを話せるな。
しかしかと言って、それを出汁に彼に言い返すのは、憎たらしいとは言え死んだ彼女に失礼というものだ。僕はため息をつき、「もういい」と一蹴した。
「ハハ、無様だね。言い返せなくなったらそうやって話を打ち切る。それが君を愚か者だと証明している」
「――」
「黙り切っちゃって。かわいらしいね」
うっとうしく思いつつも無視を決め込んでいると、突如、僕の後ろにいたシキが「ちょっと」と言って彼に突っ掛かった。
「アンタさ、いくらなんでも無礼過ぎない? 他人に対して最低限払うべき礼節ってもんがあるんじゃないの?」
「君は――ああ、あの眼鏡の子か。ふん、かわいげのない女だとは思っていたけど、まさか君も黒髪だったとは、どうりで。やっぱり黒髪は性格も下品な劣等種なんだね。
――しかしまあ、うん。髪の色はともかく、見た目と体だけはなかなかだね。どうだい? 今なら黒髪風情の君でも、奴隷程度にはしてあげるけど」
そう言ってローマンはシキの顎に手を触れた。僕の怒りが沸騰しそうになった直後、シキが明らかに不機嫌な表情を呈し、
ゴスリ、という鈍い音が周囲に響いた。シキがローマンの股間を全力で蹴り上げたのだ。
僕はあまりの衝撃になにも言えず硬直する、ローマンが「おうあああぁぁ……」と妙な断末魔をあげ地面に座り込む。と、シキはそんな彼の髪を掴み、一切笑っていない目で、ニコニコとしながら彼を見下した。
「女の子に対してそんな下卑た発言ができるたあなんともおめでたい頭してるじゃない。教育レベルが金玉の中で止まってるんじゃないかな? アンタみたいにメスとヤルことしか考えてないクソザコちんぽ野郎にはこんなもん無くていいわよね? 捻り潰してあげようか?」
「き、貴様……なぜだ、なんかキャラが違う……」
「っせー。私は元々こんなもんよ。ちょっと下手に出てたら調子に乗りやがってさあ。イケメンならなんでも許されると思ってんじゃないわよ勘違い野郎」
そう言ってシキはローマンに向かって中指を立てた。後ろで様子を見ていた受付嬢が「ひょ〜! お客さんやるっスねえ〜!」とはしゃぎ出す。僕はこの状況を見ていて、思わずキュッと冷感が迫るのを感じた。
「ったく。こんな奴について行く女の気が知れんわ」
「いやあ、やっべー思わずスカっとしたっスよ。お客さん、私あなたのこと気に入っちゃいましたよ〜今度飲みに行かないっスか?」
「え? でも私黒髪よ、いいの?」
「え? ああ髪の毛? いやどーでもいいスよ? 相手によって対応変えんのダルくないスか?」
なにかシキと受付嬢の間で友情が芽生えるのを感じた。
……就業態度は考えものだが、案外人としては悪くないのかもしれないな。僕は受付嬢に対する評価を改めた。
と。さっきまで股間を抑えてうずくまっていたローマンが、足をプルプルと震わせながら立ち上がり、不適な笑みを浮かべ出した。
「ふ、ふふ、ふふふふ……。そうかいそうかい、君たちはとことん調子に乗るようだね。黒髪風情が僕たちに歯向かうなんて、これは立場の違いってモノを理解させた方がいいみたいだな……」
ローマンから敵意が溢れ出る、僕はそれを察知して腰に挿した刀へと手を伸ばした。しかし直後、ギルドのドアが勢いよく開く音がしたと思ったら、顔面蒼白の兵士がとてつもない勢いで叫んだ。
「た、大変だ! 町の外にモンスターの群れが来ている!」
僕は話を聞き、ピクリとその声に反応する。
「どういうことだ!? スタンピードの兆候は確認されていなかっただろ!」
「俺だってよくわかんねえよ! 本当に突然発生したんだ! しかもただのモンスターの群れじゃねえ、何種類って言うモンスターがまるで軍隊みたいに隊列を組んで来ているんだ!」
「なっ……! お、おい、ウソついてんじゃあねえよ! モンスターたちにそんな知性があるわけがねえ!」
「来てるんだからしょうがねえじゃねえか!」
ギルド内がザワザワと騒ぎ出す。コニーがおどおどと首を振り、「は、ハクさん……」と小さく呟いた。
恐れていたことが起きてしまったか。しかし、いくらなんでも早すぎる。僕はあの壁画に描かれたモンスターが、想像以上の知性を兼ね備えていることを悟り思わず親指を噛んだ。
――と。
「兵隊さん! ……その群れの中には、もしかして、額に赤い宝石のある不思議なモンスターがいたんじゃあないかな?」
ローマンが指を鳴らし、声高に言った。
傍らにいた受付嬢が、「お客さん、それってさっきの報告にあった?」と話しかけてくる。僕はそれに無言で頷いた。
ローマンの言葉を聞き、ギルドに入ってきた兵士が思い出したように「あ、ああ。そう言えば、群れの中心にそんな感じの奴がいた気はするが……」と返答する。すると、ローマンはニヤリと笑い、まるで皆の注目を集めようとしているかのようにギルドの中央に歩き出した。
「やはり、か……」
するとローマンはもう一度指を鳴らし、そして皆々の視線が向かうと、演説をするかのように声を発し。
「みんな……。非常に残念なことだが、そのモンスター、心当たりがある」
「なっ……! なんだと!?」
「ああ。他のモンスターを操り隊列を組む、言わば司令塔となるモンスター。アレをこの町に呼んだのは――」
――まずい。僕はこの先の流れを読みゴクリと唾を飲む。
と。ローマンはそして、僕たちに向かい指を指した。
「アイツらだ」
ギルド内の騒ぎが大きくなる。僕は奥歯を噛み締め、ローマンを睨んだ。
「正確に言えば呼んだ、んじゃあない。先日奴と近辺の遺跡の調査に向かった時、散々止めろと警告したのにも関わらず、封印されていた獣を解き放ちやがったんだ。コレを倒せば俺たちの手柄だ、とかほざいてな」
「て、てめえ! なにふざけたこと言ってやがる、大体封印を解いたのはお前たちじゃねえか!」
レンファがローマンの言葉に怒り叫ぶ、しかしローマンはニヤリと笑いながら「言いがかりはよせよ!」と彼女の言葉を一蹴した。
「君たちがなにもしなければ! あの獣は依然遺跡で眠ったままだった! しかもアレからもう今日で3日目だ、その間なぜ君はあのモンスターのことを報告しなかった? 報告すると都合が悪いからだろう? 自分が何種類ものモンスターの大群を引き寄せてくる恐ろしい獣を世に解き放ったと知られれば重大な責任問題になるからなあ! その愚かなその場しのぎが今まさに最悪の事態を生んでいる!
もしも僕の警告を聞いていれば、もしも忠実に自身の罪を認めギルドに報告していれば。獣は解き放たれなかったかもしれない。もしくはギルドが事態を重く見て、より一層強力な冒険者を派遣してくれたかもしれない。だけど今は、ここにいる人数だけで、この未曾有のピンチを解決しなきゃあならない! 君がもしも愚かな所業の数々を行わなければ、ああ、もしかしたら、僕たちの仲間だったレノアも死なずに済んだかもしれないのに!」
さながら劇のように大層に、大袈裟に腕を振り、声を上げる。戯曲のようなその所作を受けてか、周りの人々が1つの空気を作り上げた。
それは、「犯人は僕たちだ」という断定の空気。懐疑ではない、完全なる決定だ。
人は物事を判断する時、自らの持つ知識や認識、思想、偏見……そう言った物を使い対象が何かを決定する。
相手がその実なんであるのか、は関係ない。ただ自分の中にある材料のみで判断をする。わざわざ対象が何であるかを調べるのは余りに労力が大きいが故だ。ましてや見下している相手や差別の対象となっている存在に対してはなおそうであろう。
つまるところ、僕たちは。一切の状況証拠も、物的証拠もなく。
ただ「アイツが犯人だ」というその一言だけで、この事態の原因にされてしまったのだ。
「アイツらを、捕まえろ!」
冒険者の1人が叫ぶ。途端に周囲の冒険者たちが僕たちに迫り、そして、そのまま僕たちを拘束してしまった。