第23話
「ろ、ローマンさんのパーティーにいた人なんですか!? じゃあ、ローマンさんたちは……」
「いや、だとしたら死体が1つだけなのはおかしい。おおよそ上手く逃げ仰せたのだろう。この人はただ、不運だっただけだな」
僕は転がる死体を眺めてから立ち上がり、そして口元に手を当て思考を始める。
「とにかく、なにかあったということは間違いない。死体の痕跡的に、おそらく食われたんだな。中にいたモンスターに」
「ちょ、ハク、それヤバイんじゃないの!? ってことはまたそのモンスターが来る可能性も……」
「ああ。だが今のところ気配は感じない。……シキ、少し無理を頼むが、できるだけ目一杯の範囲にに索敵の魔法を使ってみてくれ」
「う、うん!」
シキは言うと目を閉じ、眉間にしわをよせ「ハアアァ!」と声を出した。彼女の中から魔力が溢れてくるのを感じる、しばらくするとシキは大きく息を吐いて肩をだらりと落とした。
「――いない」
「え?」
「おかしい。モンスターがいない。このダンジョン、もう1匹もモンスターがいないの」
――なんだと? 僕はシキの言葉に耳を疑った。
まさか、そんな。ありえない。僕は混乱する思考の中、それでもなお頭を回し、やがて1つ、思い当たる節があったことに気が付いた。
「――赤い石のモンスター」
僕の言葉を聞き、全員が目を見開き僕の方へと視線を合わせた。
「壁画にあったあのモンスターだ。モンスターを操り使役する、司令塔のモンスター。この中にいたのは、もしかしてソイツなんじゃあないのか?」
「じゃ、じゃあ……他のモンスターが1匹もいないのは……」
「連れて行った、と考えるのが妥当だな」
ドスンと、鋼鉄の重しがのしかかるような雰囲気が僕たちに満ちる。
壁画にあった『過ちを犯すな』という文言、厄災、そして全てを蹂躙するという言い伝え。それらとこの状況が示すのは、すなわち、この世界において最も警戒せねばならない大災害だった。
「――スタンピードが起こるぞ。このままだと」
僕は一言一句をなぞるように、ゆっくりと口を開いた。
スタンピード。極稀に発生する、大群を成したモンスターによる災害だ。
多くの場合は一種のモンスターが、季節の変化や災害、あるいは全く持って原因不明な理由によって大移動をすることで発生する。モンスターの種類にもよるが、一種のモンスターが単に群れを成して町へ迫る程度であれば、ギルドが緊急に冒険者を募り対応すれば多くは丸く収まる。単種であるということは、対応もそれだけ単純であるということだからだ。
しかし今回は話が違う。仮にあのモンスターによるスタンピードが起これば、何種類ものモンスターが群れを成して人の町を襲いに来るのだ。そうなれば被害は極めて甚大になるだろう。
僕はほんのわずかな考える間も作らずに、「すぐに地上に戻ってこの事を報告しよう」と提案した。3人は何も言わずに頷き、僕の言葉を肯定する。
「……あ、ハク。あのクソッタレキモキモナルシ男たちはどうするのよ?」
「ローマンのことか。気にしなくていい。死んでいるのなら放っておくだけだ。個人的な恨みがあるからアイツを助ける真似はしたくない」
「あんたって案外辛辣ね」
「生憎無礼者に優しさを振る舞えるほど聖人君子ではない」
「いいね。私そう言う性格の悪さ大好きよ。生きてたらち○こたたっ斬ってあげて」
「……それは流石に男として同情してしまうからやだ。蹴り飛ばすくらいならいくらでも」
「じゃあそれで。2人で蹴っ飛ばそう」
シキがそう言ってケラケラと笑った。なんというか、この状況で緊張感がないな。
だが、まあ、常に気を張りつめておくのも体に悪い。僕は少し笑うと、「さて、とりあえず帰還する。モンスターはいないらしいが、重々、気を抜かないように」と伝え、「うん!」というみんなの肯定の意を聞いてから、この場を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇
ドレッドはギルドの廊下を欠伸をしながら歩いていた。
たらたらと怠けているようにも見えるが、彼は現在ローマンたちとジェイクのことについて思案していた。
明らかに2人は繋がっている。おおよそハクたちをダンジョンに潜らせたことも、なにかしら思惑があってのことなのだろう。
しかしそれにしても、妙に引っかかるものがある。ローマンは見た感じのバカだからともかくとして、問題はジェイクだ。彼もギルドの運営側に携わり、かつそれなりの地位を獲得しているというのだから、少なくとも阿呆ではないはずだ。
となれば、たとえ目の前にいる人物が劣等民族の黒髪であったとしても、おいそれと簡単に差別心だけで軽率な行動は取らないはずだ。
つまるところ、奴らがハクらを認知して行動を起こすまでの期間があまりに短すぎる。もしも自分が陥れる側に回るのなら、少なくとももう1、2週間は間を空けるだろう。情報が圧倒的に足りなすぎるからだ。
……しかしだとしたら、どうしてだ。ドレッドは声を出さないままに、天井を見上げ大きく息を吐いた。
――と。
「なんだとっ!?」
突如付近の部屋から、そんな怒声が響いてきた。
……これは、ジェイクの声じゃねーか。ドレッドは声の主に勘付くと、その部屋の扉の前にまで近づいた。
「お前、どうするんだ! 倒しきれなかっただと、しかもそのまま尻尾をまいて逃げ出したとはどういうことだ! …………言い訳は聞いていない! 私はお前たちの実力を信頼して――なに? …………それは、まずい。どうするんだ、このままでは私自身も――。次は大丈夫だと? …………本当か? 本当だな? なら、わかった。だが次は絶対に失敗するな。それと、いいな。封印を解いたことはバレるんじゃあないぞ」
どうやら、魔力を使った遠隔通信の魔道具で何者かと通話をしているようだ。ドレッドはジェイクの会話を聞き、わずかばかり目を閉じ思案した。
――きなくせえことになってきやがったな。ドレッドは心の内で呟くと、音を立てないようそそくさと現場から離れていった。