第21話
死に目には何度もあってきた。死にたくない、生き残りたいと強く願いながら、しかし、いつも誰かのために貧乏クジを引いていた。我ながら、大層非合理的な阿呆であると思う。
目の前の竜が嘲笑うかのように声をあげる。口元がニヤリとつり上がっているようにも見えた。この叫びは、さながら首を獲ると高らかに宣言する武士のようでもあった。
僕は間違いなく目の前に差し迫った『死』という存在に、恐れ、おののき、内心震え上がっていた。
だが、ダメだ。ここで死んだら、僕は、絶対に後悔する。僕は刀を地面に突き立て、それを支えに立ち上がる。
電撃は未だ体を締め付ける。全身の筋肉が痙攣し、動くことさえままならない。
クソ。格好さえつかない、か。僕は目の前の竜を、キツく睨んだ。それだけが、僕にできる精一杯の抵抗だったからだ。
――ちくしょう。僕にもっと力があれば。僕は後悔とも憎悪とも言える念を抱いた。
魔法が使えないというこの特殊な体質さえなければ、こんな奴、ほんの一捻りなのに。
思えば、このクソッタレな体質と髪には苦労を強いられてきた。身につけなくても良い力を身につけ、ろくな生活も送れず路頭にも迷った。どうやら、最後の最後まで、この体は僕の足を引っ張るらしい。
――ダメだ。諦めちゃあダメだ。
死にたくない。死にたくない、死にたくない。まだ僕にはやるべきことがある。僕には絶対に成さなきゃならないことがあるんだ。
目の前の竜が片腕をあげる。これからあの爪で、いとも容易く僕という存在を八つ裂きにするのだろう。
竜はそして、スっと、僕に向けて腕を振り下ろした。
時間がゆっくりと流れる。僕はなんとか刀で攻撃を防ごうとし、しかし刀は持ち上がらず、バランスを崩し片膝をついた。
――まずい。そうして、性根の底から肝が冷えた、その瞬間だった。
「――ハク!!!」
叫び声と共に、爆音が響いた。僕は竜の顔面に向けて飛んできた、その光る存在を目に焼き付けた。
シキだ。髪を真っ黒に染め上げ、体から光を放ち、なぜか召し物を巫女服のようなモノに変えた彼女が、手に紅く丸い、宝玉のような魔力を発生させて、ホーンドレイクに突っ込んできたのだ。
その輝きは、まるで。僕の目には、流星のようにも見えた。
「――シキ!」
ホーンドレイクが爆発に圧倒され、地面に倒れる。シキはふわふわと宙に浮きながら僕に近付いてくる。
「大丈夫だった!?」
「あ、ああ。いや、それよりも、その姿は……」
「ん? ……アレ、何この服!? どっわあ、エロい! 横乳見えるし!」
「見せなくていい! ど、どういうことだ一体?」
「わっかんない! だけど本気出したらこうなった! おかしいわね、前まではこうはならなかったのに」
「い、いや、意味はわからんが……とにかく!
――戦える、のか?」
「――うん。覚悟決めた。私、アンタと戦う。アンタの隣で、アンタを守る!」
シキの言葉は、胸を貫き全身を震わすような衝撃があった。
なのに、どうしてだろうか。僕はどうやら、彼女がこう言うのを望んでいたように。そして、彼女がこう言うことを確信していたようだった。
「――なるほど。それは……」
僕はそして、妙に全身に力がみなぎるのを感じ、地面に足を突き立て笑った。
「頼もしい。君がいれば、百パーセント勝てる」
「私たちの力、このクソッタレに思い知らせてやる!」
僕は刀を向け、シキは光らせた手の平をホーンドレイクに向けた。
竜は体をうねらせゆっくりと立ち上がる。どうやら痛みが奴を刺激したらしい、ホーンドレイクはもはや怒り心頭で、全力で僕達を潰すことに決めた様子だった。
「――ハク!」
シキが僕の名前を呼ぶ、すると彼女は僕に魔法をかけ、体の傷を癒した。傷が治ると共に、僕の体はますますみなぎるような力を得ているのを感じた。
「肉体強化と、その刀に魔力を付与したわ。これでアンタでもアイツを倒せる」
「ありがとう。……なんか、君キャラ変わってないかい?」
「これがいつもの私よ。……口悪い女の子って嫌?」
「いや。むしろそっちの方がしっくりくる」
「っしゃあ!」
シキはそう叫び拳をグッと握った。どれだけ僕に嫌われるのが嫌なんだ一体。
と、直後。ホーンドレイクが角を光らせ、そして口元に炎の玉を作り始めた。奴はそのままそれを僕達に向け射出し、巨大な炎の玉が勢いよく迫ってくる。
まずい、アレを受けたらかなり手痛いぞ。僕がそう思った直後、シキが僕の前に立ち、そして迫る火球に手の平を向けた。
「邪魔!」
瞬間、火球はシキの手の前であっという間に消えてしまった。僕は唖然とする、しかしシキは僕の方を見てペロリと舌を出し、かわいらしく笑ってみせた。
「どーよ?」
「……本当に頼もしいな、君は」
「ありがと! そんじゃあ一気に片付けるわよ!」
直後、シキは自身の頭上に巨大な火球を作り出した。ホーンドレイクが放った物より一回り大きい、僕はギラつく熱気に肌を焼かれ、思わず目を見張ってしまった。なんだアレは、まるで小規模な太陽だ。
「やられたらやり返す! 喰らええッ! 倍返しだ!!」
シキは叫び、巨大な火球をホーンドレイクに向けて放った。勢い良く空を飛んだそれは、一瞬でホーンドレイクの体に当たり、とてつもない爆発と共に奴の体を焼いた。
竜が断末魔に似た叫びをあげる。辺りが黒煙に包まれ、僕は改めてその威力の程を実感する。
「ハク!」
「ああ!」
僕はそして黒煙の中に紛れ、ホーンドレイクの喉元へと差し迫った。
暗い視界の中で、ホーンドレイクの姿が僅かに見えた。鱗がボロボロになり、もはや満身創痍と言えよう。ただの一撃でこれほどの致命的なダメージを与えたシキに、僕は改めて舌を巻き、
そして、息を深く吐いた。
瞬時に全身の力が抜け、感覚が鋭敏になる。脳が冴え渡る感覚を掴み、景色が、音が、全てが朧気になり。そして、僕は。
「――ハアアアアッ!」
一声叫び、ホーンドレイクの喉元を一閃、刀で横薙ぎに切った。
ズバリ、という感触が刃を、腕を駆け巡る。僕は切りつけた後、そのまま刀を、腰に着けた鞘に納め。
直後。ホーンドレイクの喉元から血が吹き出し、奴の首が、地面に落ちた。
「――残念だったな。お前はただ、運が無かった」
僕は既に亡骸となった竜を背に、シキたちの元へと戻った。
◇ ◇ ◇ ◇
「やるじゃん、ハク!」
「ああ。魔力の弱点さえどうにかなればこんなもんだ。それよりも君の方だって、想像以上の力だな。今まではずっと隠していたのか?」
「あ、あはは……あんまり本気出すとすぐに髪の毛戻っちゃうからさ……。
い、いや、そんなことより!」
と、シキは大慌てでレンファたちの方へと駆け出した。
「レンファ、コニー! ごめんね、今治すから!」
シキはそう言うと全身から魔力を放出し、2人に回復魔法を使った。
息を切らしていたレンファの動きが途端に良くなり、コニーは目を覚まし、頭を振りながらゆっくりと起き上がる。よかった、2人とも無事みたいだ。
「――シキ、お前……」
「レンファ……。ごめんね、今までずっと黙ってて……。ほ、本当は私、その、結構強くて……。で、でも、怖くてずっと、あなたを頼ってて……。幻滅するよね、こんな最低な奴……」
「おいおい、何言ってんだよ! すげえじゃねえかお前! あんな竜をさ、一方的にぶっ飛ばして! いや、もう、本当に私驚いちまったよ!」
「あ、え……? お、怒らないの? 今までずっと、本気を出そうともしていなかったんだよ?」
「んなもん最初から知ってたわ! 髪の毛の都合があんだから仕方ねえよ! それに今までもなんだかんだピンチの時は私のために頑張ってくれてたんだしよ! こんなくらいで嫌ったりするもんか、むしろ守ってくれて感謝だぜ本当! お前が勇気を出してくれなかったら、私たちは死んでたんだ。命の恩人に唾を吐くなんざ私はできねーよ!」
「……あ、あう……」
シキが顔を赤くし、少し泣きそうになりながらうつむく。どうやら、シキは良い友人に恵まれたようだ。
「――シキ」
僕はシキに呼びかける。彼女は呆気に取られた顔で僕の方を見る。僕はそんな彼女に、握った拳をグッと見せつけた。
「よくやった。君のおかげで助かった」
「――! うん! ハクも、ナイスファイト!」
シキは明るく笑いながら、僕と拳を合わせた。