第2話
僕は町の中央にある広場で、噴水に座り食事をとっていた。
今僕が食べているのは、町の周囲にある森から採ってきた木の実をすり潰し、水を使って練り上げた物だ。町には市場があるのになぜわざわざそんなことをするのかと言うと、僕が黒髪であるため、一人では食べ物を売ってもらえない、あるいはやたらと高い値段で売り付けられることがあるからだ。
この世界において、黒髪の人間は差別の対象になっている。もっと正確に言えばジパングの民が差別の対象で、黒髪はその証明になっている――というだけなのだが。
そのため多くのジパングの人間は、黒い髪の毛を染めて自分が黒髪だとバレないようにこの世界で生きている。そうでもしなければ、僕のように知識を身につけ腕っ節を鍛えない限り、生きていくのもままならないからだ。
と、食糧を食べている僕に向けて、こぶし大の石が飛んで来た。僕はそれを直感すると、石の方を見もしないで刀を抜き、飛んできたそれを一瞬にして粉微塵にした。
僕は石の飛んできた方向を睨む。なにか、若い男がこちらを見てたじろいでいる。当然だろう、投げた石が突然、対象物に当たる前に消えたのだから。
――アレは、冒険者とかではなく、ただの一般人だな。すごすごと目をこちらから逸らしながら民衆の雑踏に消えていく彼を睨みつけ、僕は小さくため息をついた。
こうして赤の他人に悪意を向ける輩への対処は簡単だ。とどのつまり、力を見せつければ良い。
不思議なことに、僕に石を投げてくる輩は大概今の芸当を見せるとバツが悪そうにいなくなる。初めてああして悪意を向けられた時は正真正銘なにもしなかったが、段々と攻撃の手が苛烈になっていったのを今でも覚えている。
ようは、舐められてはいけないのだ。世の中には、相手がなにもやり返さないとわかると途端に無限の悪意を向ける輩が大層いる。特に差別的な人間ほど、どういうわけかそういう奴が多い。
……まあ、誰も彼もが僕を嫌っている訳では無い。中にはしっかりと僕の人格を見て、黒髪だとか関係なく付き合ってくれる人もいる。だから不便こそ感じるが、何も人類全てを憎んだりはしていない。僕は口元に付いた食べカスを指で拭い、「よし」と言って立ち上がった。
「す、すみません、そこのあなた!」
と、突然後ろから声が聞こえた。
――誰だろうか。僕はゆっくりと後ろを振り返り、そして、声の主であろう人物を見た。
そこに立っていたのは、ワインレッドのフレームの眼鏡を身に着けた、金髪の女性だった。
風が吹き、さらさらとした綺麗な髪が揺れる。短い黒色のスカートから伸びた肩紐が、紫色のリボンが着いた白いレース生地の服にかかり、主張の激しめな胸を更に目立たせている。ゆらゆらと揺れる大きな瞳と新雪のように白い肌が、彼女に明るい印象を与えていた。
――見眼麗しいとは、これを言うのか。柄にもなく僕は、彼女の雰囲気に魅せられてしまった。
ただ美人であるとか、かわいらしいとか、そう言ったことではない。僕の目の前に立つ美しいこの女性を見た瞬間、僕には何か、魂の奥底で彼女に惹かれるような、そんな運命的な感情を――
「――っはあああああああああ!!! 眼鏡男子だっ!!!!!!!」
!? 僕のキラキラとした感情は、突然の爆音に吹き飛ばされてしまった。
「や、やっば……鬼珍しい眼鏡男子だ……うっわ、しかも筋肉ヤッバ。顔だけ見たらただのマジメ坊ちゃんっぽいのに肉体これとかえげつな過ぎだろ。超眼福なんだけど……。い、今のうちに目に焼き付けて後で絵に描こう。妄想が捗るわ……うへ、うへへへへへ、うへ」
なんだろう、僕はどうやら関わってはいけない人に話しかけられてしまったようだ。僕は口を閉ざし、彼女がおそらく仮想の世界であろう場所へトリップしている間に逃げ出すことにした。
「あー! ま、待って待って! グボアッ」
女性が鼻から血を吹き出しながら僕を呼び止める。尋常じゃない量だ、蛇口を少しひねると樽からこれくらい出るよな、というくらいにはドバドバと血があふれている。このままだと出血多量で死ぬのではなかろうか。
僕は「な、なに?」と若干引き気味に彼女に尋ねた。彼女は鼻を押さえながら「い、いあ、ちょっと話があってね」と返してきた。
「あ、え、えっと……あ、わ、私、その、アリス! 一応冒険者で魔法使いしてるよ! よろしくね!」
「……? よ、よろしく?」
サッとアリスが手を差し出したのを見て僕はサッと両手を体の後ろへ隠した。
アリスがわかりやすくショックを受けている。さっきの姿を見たら当然の反応だと思うのだけれど、どうなのだろうか。
「………………。あっ! そ、そうだ、さっきの、アレ。凄かったね! こう、一瞬で剣でズババって切っちゃってさ。もう、どうやったらあんな素早く斬れるんだって思っちゃって。やっぱり重要なのは筋肉なのかな? 鍛え上げられた肉体は何者をも粉砕するってぐへへへ胸板ヤッバ二の腕ガッチガチじゃんマジ眼福だわ眼福」
「本心が漏れてるぞ」
「え? えっと、コレは……うん。な、ナンデモナイヨ? ほら、なんかモンスターに変な魔法使われて謎の状態異常にかかることあるじゃない? アレよアレ」
僕は懐疑の目を金髪の女に向けた。女はわかりやすく「あう……」と呟き、目を伏せてもじもじとした。
「いやだってこんなエロい眼鏡いたらそりゃあ……じゃなくて! いや、なんていうか、そもそも自分でもなんで話しかけたかわかんないって言うかいやちょっと興味あってとりあえず声をかけようか迷ってはいたけどいざ話しかけると頭が真っ白になってなにを言えばいいかわからないっていうかいや別にナンパとかそういうんじゃなくて本当にちょっと思うところがあってしまって我慢できなかったって言うか……」
「…………」
「あ、あっははー! 私ったらなにやってんだろう、うん、忘れて! お家に帰ってお布団に入ったら『今日のアレは夢だったのだ』って感じで適当にモノローグで語っちゃって全部水に流してじゃないと恥ずかしいから!
それじゃ、また!」
なんだこの人。僕は錆びた機械のようにガチガチと去ろうとする彼女に思わず肩を落とした。
「……あの、」
「おおーい、アリスー? どこだー?」
僕が彼女に話しかけようとした直後に、どこからかアリスを探していると思わしき声が聞こえてきた。
女の人の声だ。明朗快活そうな、ハッキリと空間に響く声。僕が声の出処を探そうとした途端、とてつもない勢いの土煙をあげながら、アリスが声のした方向へ全力でダッシュした。
「あああああああああレンファアアアアア怖かったよおおおおおお!!!!」
「ちょ、今はサクラだって、ていうかパニクり過ぎだろ何があった?」
「だってええええええあのエロ眼鏡に話しかけたらさあああああ」
誰がエロ眼鏡だ。いや、というかその説明の仕方は誤解が生まれるのではないか。僕は顔を引きつらせてアリスが話しかけている人物を見遣った。
僕はそして、その女性にもまた目を奪われた。今度は美人だからとか、そんな理由ではない。アリスが話しかけた女性の髪が、真っ黒な色をしていたからだ。
「……お、アレか」
黒髪の女は僕を見るとゆっくりと近付いてきた。「よう」、そんな軽い挨拶を交えながら。
「……どうも」
「あら、見た目通り真面目そうじゃん。……ふーん、なるほど、黒髪ね」
「………………」
「いや、悪いなあんた。アリスはまあこういう奴だから、」
「こういう奴って何よ!」
「……だからすぐに暴走しガチなんだ。ああ大丈夫、何もしてないのはわかってるから、警戒しなくてもいい。
ああ、私はサクラだ。よろしく頼む」
――なるほどな。僕はサクラが差し出した手を見て、軽くため息をつきながら「よろしく」と握手をした。
アリスが「さっきはしてくれなかったのに!」とショックを受けている。僕からしたら「そりゃあそうだろ」という感じなのだが。
「あんた、名前はなんて言うんだい?」
「……ハクだ」
「へえ、ハク、か。やっぱりジパングの人間か」
「別にどうでもいいだろ?」
「ああ、悪い。そういう意味じゃない。……なるほどね、アリスが気になったのもわかるかな」
「……」
「うん。よし。ちょいと突然なんだけどさ、あんたにお願いがあるんだ、ハク」
初対面の人間にお願い、か。僕は「依頼なら金額次第だぞ」と返した。しかしサクラは僕の言葉には一切反応せず、
「……私たちと、パーティー組んでくれない?」
僕は彼女の提案に「は?」と言ってしまった。サクラの後ろで、アリスが「あわ、あわあわあわ」と慌てているのが見える。
……物好きな人間もいたもんだな。僕はニヤニヤと笑う彼女にため息をついた。
書き忘れたけど、今日中にあと1回~2回?更新予定です