表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/41

第19話

『どういうことですか、ドレッドさん?』



 ギルドの中で、私はドレッドさんに別室(曰く彼のプライベートルームらしい)へと連れていかれ、突然ハクの話をされた。



『いやよ。ぶっちゃけ言うけど、お前ハクのこと好きだろ?』

『は、ハア!? い、いや確かに強いしカッコいいし優しいしで理想的だとは思うけど――』

『めっちゃゾッコンじゃねーか。まあそこまで惚れ込むのもわかる、俺がメスなら尻尾振ってるからな』

『ナニソレ燃える』

『お、おう……。いや、んなことはどうでもいいんだよ』



 と、ドレッドはニヤリと笑って、私に迫った。圧が凄い。



『お前、ハクのことが大切なら、アイツのことよーく見張っといてくれ』

『……え?』

『俺がアイツに惚れ込んだのはよ、冒険者としての実力がクソほど高えからだ。そしてアイツの実力の本質は、何もあのやたら手の込んだサバイバル能力じゃねえ。もっと言うなら、アイツという精神性だ』

『――つまり?』

『アイツはよ、どんなにパニックになっても、どっか冷静な自分ってのを残してるんだよ。

 冒険者が死ぬ時ってよ、どういう状態か知ってるか?』



 私は彼の問いかけに首を傾げた。と、ドレッドさんは笑いながらまたこちらへと迫った。



『パニクってんだよ。自然に、罠に、あるいはモンスターに翻弄されて。そういう時、人間は何もかもが見えなくなる。だけどアイツはそうじゃない。

 まあ、経験的にわかってんだろ。人間いざって時、暴走したらお終いだってな。だからいついかなる時どんな状況でも、アイツは周りを見ている。生き残るための最良の選択肢を、常に、常に探し続けている。あのサバイバル能力は、使えるものを探す力に長けてるが故の副産物だ。

 つまりはアイツの持ってる力の本質は、そのバカみてえな知性だ。そんでそういう奴はよ、いざって時には仲間を切り捨てる残酷さを持ってる』

『――』

『心当たりはあるみたいだな。まあ、アイツのことだし、おおよそ『場合によっては仲間を見捨てるのは仕方がない』とでも言ったんだろ。

 アイツは全員の命を平等に見ている。だから集団をまとめる力が高い。まあその発言もそれゆえって奴だな。だけど1つだけ、間違いなく言えることがある。

 アイツは文字通り、全員の命を平等に見ている。そう、()()()()()()()()()()()



 私はドレッドさんのその言葉で、思わず息を飲んでしまった。



『つまり、アイツはいざって時――まず間違いなく自分を見捨てる。

 死にたくない。なにがなんでも生き残ってやる。そんな見上げた根性を持ちながら、相反した自己犠牲の精神。それがアイツの持つリーダーとしての資質だ。

 ハクは確かに、凄い奴だ。だがだからこそ、同時に、アイツは危険だ。いくら強くても、なんにでも勝てるわけじゃない。それはこの世の全員がそうだ、生き物である以上最強はありえない。

 放っておけばあいつはいつか死ぬ。だからあいつを全力で守ってやる誰かが必要なんだ』



 ――。私は声を出せなかった。



『俺はこっちの仕事があるし、何より俺自身にも事情がある。アイツのために死ねるかって聞かれたら、無理だ。俺には俺の家族がいる。ガキと嫁さんたちを悲しませるわけにゃいかねーのよ。

 だから、お前だ』

『――でも、私、そんなに強く……』

『ウソコケ』



 私はドレッドさんの言葉に思わず彼を見上げた。



『お前、本当は実力隠してるだろ?

 Dランク冒険者? 笑わせるな。お前が本気を出せば、それこそハクに並ぶだろ』

『――なん、で、』

『勘だ。けどな、俺の勘はよく当たる。

 まあ、そういうこった。お前なら頼める。よろしくな』



 そう言うとドレッドさんは、部屋のドアをガチャりと開け、そのまま出ていった。


 私は、あの人に何もかもを見透かされた気がして、震えが止まらなかった。



◇ ◇ ◇ ◇



 ハクは危険だ。いざとなれば自分の命を見捨ててでも、仲間を助けるだろう。私はなぜか、その言葉にゾッとしていた。


 ドレッドさんの言葉は間違いなく当たりだ。ハクならそれをやりかねない。しかしどうしてか、私はハクが死ににいった未来が脳裏に浮かぶと、例えようもない恐怖で全員が震えるのを感じた。


 嫌だ、殺させたくない。()()2()()()()()()()()()()()()。そんな想いが湧き上がってどうしようもなかった。



「――待て」



 ふと。ハクがそう言ったのが聞こえ、私はハッと顔を上げた。

 ずっと考え事をしながら進んでいたから、どこに来たのかがわからなかった。私はみんなを見て、彼ら彼女らが、この先にある、謎の影の郡へと目を向けていることに気が付いた。



「……ハク、あれ、なに?」

「わからない。だが、得体の知れない物であることは間違いない。……気を付けろ、なにかの罠かもしれない」



 ハクは全身の毛を逆立てるようにして、ゆっくりと影へと迫った。私は不安で足の力が入らず、レンファの服の裾を握り、それに引っ張られるように前へと進んだ。


 そうして、私たちが見たものは――



「……な、なに、これ……!」



 人の形をした、石像だった。

 それはあまりに精巧な作りだった。骨格や筋肉の凹凸、髪の1本1本、顔のシワに至るまで作り込まれている。そしてそんな石像が、ここにはたくさん並んでいた。

 まるで、人間がそのまま石にされてしまったようだ。私はそんな感性を抱いたが、すぐにそれが否だと直観した。

 違う。まるで、じゃない。これは文字通り、人間がそのまま石になったんだ。私の背筋を、ゾッとした感情が駆け抜けた。



「……まずいな、もしかしたら人を石にするモンスターでもいるのかもしれない」



 ハクが石像を見て呟く、しかしそれを、強ばった表情で石像を見ているレンファが「いや、違うな」と否定した。



「違う?」

「いや、なんというか……たぶん、違う。これは襲われて石化したわけじゃあない」

「――! なるほど、確かに。襲われた割には、見ろ」



 と。ハクが石像の顔をコンコンと叩き、



「表情が安らかだ。まるで街路で果物を売っているように、道すがらで芸でも披露しているように。この石像たちは、実に平和な表情をしている。襲われた人間がこんな表情をするなんて考えられない。となると、突然、なんの拍子もなく、この人たちは石化させられたと考えた方がいい」

「お、おう。なるほど」

「ん? なんだレンファ、勘づいていたんじゃないのか?」

「い、いあ、私はなんとなく勘でさ」

「……なるほど」



 ハクが悩ましげに口元を摘む。レンファは表情を引き攣らせながら、チラリとこちらを見てきた。なんだろう、一体。



「み、みなさん!」



 と、コニーがさらに奥を指さし、私たちを呼んだ。



「なにか……なにか、ありませんか? その、階段を上がった先に……」



 ハクが示された先を見る。「確かに、なにか……壁画のようなものが見えるな」、ハクはそう呟くと、警戒を緩めずに階段を登った。私たちはそのすぐ後ろをついて行き、そして、コニーが指していた壁面へとたどり着いた。



「――これは……」



 ハクが目の前にそびえる巨大な壁画を見上げた。

 描かれていたのは、額に赤い宝石がある1匹の生物と、それを囲む大量のモンスターの絵だった。

 赤い宝石のモンスターは光りを放ち、さながら別の者たちを操っているようにも見える。私はこの絵の示すことが何なのかを直観して、思わず喉を鳴らした。



「モンスターを操るモンスター?」

「ああ、恐らくそうだな。しかしそれ以上はわからん。……この絵が一体なにを示しているのか」



 ハクがブツブツと言い口元を摘んだ。ふと、私は壁画の下の方に、なにやら、文字のようなものが書かれているのを発見した。



「見て、ハク。文字が書かれてる」

「――ふむ? 古代の文字か。やはり、遺跡なだけあって重要な遺物もあるようだな。……ギルドへの報告が大変そうだが、報酬は期待できる」



 ハクが呟く。私は他方、この古代文字を見て、自身の内に湧き上がる感覚に違和感を覚えた。


 ――なぜだ。どういうことだろうか。私は壁面の文字をひと撫ですると、「みんな……私たぶん、これ、読める」とハクたちに伝えた。



「――! シキ、どういうことだ?」

「わかんない。けど、とにかくわかるの。なんでだろう、こんなの勉強したことないのに」

「……やっぱり、君にもなにか異常が――?」

「……今は考えても仕方ないわ。とにかく、読むね」



 私はみんなに声をかけると、ハクからカンテラを受け取り、文字に灯りを近付けそれを読んだ。



「――この獣の封印解くべからず。さもなくば大いなる災いが全てを薙ぎ倒すであろう。彼の者は全てを操りし者。我らには倒すこと(あた)わず、ただかろうじて封じるのみ。後の世の者よ、其方らがどうか過ちを犯さないことを願う。故にこそこの壁画を残し、これを戒めとせん。我らは願う、この獣がもう二度と……この世に、解き放たれないように」



 私は全てを読み切り、大きく一息をついた。ハクがまた「ふむ」と呟く、レンファとコニーは難しそうな表情で、この壁画をじっと見ていた。



「……この遺跡の人たちは、この赤い石のモンスターからこの辺りを守ってたってことか」

「そういうことになるわね、レンファ。……これ、とんでもない話よ。もしもまだそのモンスターが生きていたら……」

「まかり間違って封印が解かれれば、とんでもない厄災を招く」



 レンファが私に代わり結論を言った。私は立ち上がり、そしてハクらと目を合わせる。



「ハク。すぐに帰ってギルドに報告しないと」

「ああ。ここにあることが事実なら、比較的近辺にあるあの町は極めて危険な状況ということだ。是が非でも報告し、然るべき対応を――」



 ――直後のことだった。突然足元が揺れだし、私たちの間を混乱が駆け抜けた。



「じ、地震!?」

「――いや、待て。なにか、違う。これは自然現象じゃない!」



 ハクが叫ぶ、私の脳がそれにより張り詰める。


 直後。天井を崩し、土煙をあげながら、1匹の、角の生えた竜が現れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ