第19話
『どういうことですか、ドレッドさん?』
ギルドの中で、私はドレッドさんに別室(曰く彼のプライベートルームらしい)へと連れていかれ、突然ハクの話をされた。
『いやよ。ぶっちゃけ言うけど、お前ハクのこと好きだろ?』
『は、ハア!? い、いや確かに強いしカッコいいし優しいしで理想的だとは思うけど――』
『めっちゃゾッコンじゃねーか。まあそこまで惚れ込むのもわかる、俺がメスなら尻尾振ってるからな』
『ナニソレ燃える』
『お、おう……。いや、んなことはどうでもいいんだよ』
と、ドレッドはニヤリと笑って、私に迫った。圧が凄い。
『お前、ハクのことが大切なら、アイツのことよーく見張っといてくれ』
『……え?』
『俺がアイツに惚れ込んだのはよ、冒険者としての実力がクソほど高えからだ。そしてアイツの実力の本質は、何もあのやたら手の込んだサバイバル能力じゃねえ。もっと言うなら、アイツという精神性だ』
『――つまり?』
『アイツはよ、どんなにパニックになっても、どっか冷静な自分ってのを残してるんだよ。
冒険者が死ぬ時ってよ、どういう状態か知ってるか?』
私は彼の問いかけに首を傾げた。と、ドレッドさんは笑いながらまたこちらへと迫った。
『パニクってんだよ。自然に、罠に、あるいはモンスターに翻弄されて。そういう時、人間は何もかもが見えなくなる。だけどアイツはそうじゃない。
まあ、経験的にわかってんだろ。人間いざって時、暴走したらお終いだってな。だからいついかなる時どんな状況でも、アイツは周りを見ている。生き残るための最良の選択肢を、常に、常に探し続けている。あのサバイバル能力は、使えるものを探す力に長けてるが故の副産物だ。
つまりはアイツの持ってる力の本質は、そのバカみてえな知性だ。そんでそういう奴はよ、いざって時には仲間を切り捨てる残酷さを持ってる』
『――』
『心当たりはあるみたいだな。まあ、アイツのことだし、おおよそ『場合によっては仲間を見捨てるのは仕方がない』とでも言ったんだろ。
アイツは全員の命を平等に見ている。だから集団をまとめる力が高い。まあその発言もそれゆえって奴だな。だけど1つだけ、間違いなく言えることがある。
アイツは文字通り、全員の命を平等に見ている。そう、自分自身の命でさえもな』
私はドレッドさんのその言葉で、思わず息を飲んでしまった。
『つまり、アイツはいざって時――まず間違いなく自分を見捨てる。
死にたくない。なにがなんでも生き残ってやる。そんな見上げた根性を持ちながら、相反した自己犠牲の精神。それがアイツの持つリーダーとしての資質だ。
ハクは確かに、凄い奴だ。だがだからこそ、同時に、アイツは危険だ。いくら強くても、なんにでも勝てるわけじゃない。それはこの世の全員がそうだ、生き物である以上最強はありえない。
放っておけばあいつはいつか死ぬ。だからあいつを全力で守ってやる誰かが必要なんだ』
――。私は声を出せなかった。
『俺はこっちの仕事があるし、何より俺自身にも事情がある。アイツのために死ねるかって聞かれたら、無理だ。俺には俺の家族がいる。ガキと嫁さんたちを悲しませるわけにゃいかねーのよ。
だから、お前だ』
『――でも、私、そんなに強く……』
『ウソコケ』
私はドレッドさんの言葉に思わず彼を見上げた。
『お前、本当は実力隠してるだろ?
Dランク冒険者? 笑わせるな。お前が本気を出せば、それこそハクに並ぶだろ』
『――なん、で、』
『勘だ。けどな、俺の勘はよく当たる。
まあ、そういうこった。お前なら頼める。よろしくな』
そう言うとドレッドさんは、部屋のドアをガチャりと開け、そのまま出ていった。
私は、あの人に何もかもを見透かされた気がして、震えが止まらなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
ハクは危険だ。いざとなれば自分の命を見捨ててでも、仲間を助けるだろう。私はなぜか、その言葉にゾッとしていた。
ドレッドさんの言葉は間違いなく当たりだ。ハクならそれをやりかねない。しかしどうしてか、私はハクが死ににいった未来が脳裏に浮かぶと、例えようもない恐怖で全員が震えるのを感じた。
嫌だ、殺させたくない。もう2度と彼を失ってたまるか。そんな想いが湧き上がってどうしようもなかった。
「――待て」
ふと。ハクがそう言ったのが聞こえ、私はハッと顔を上げた。
ずっと考え事をしながら進んでいたから、どこに来たのかがわからなかった。私はみんなを見て、彼ら彼女らが、この先にある、謎の影の郡へと目を向けていることに気が付いた。
「……ハク、あれ、なに?」
「わからない。だが、得体の知れない物であることは間違いない。……気を付けろ、なにかの罠かもしれない」
ハクは全身の毛を逆立てるようにして、ゆっくりと影へと迫った。私は不安で足の力が入らず、レンファの服の裾を握り、それに引っ張られるように前へと進んだ。
そうして、私たちが見たものは――
「……な、なに、これ……!」
人の形をした、石像だった。
それはあまりに精巧な作りだった。骨格や筋肉の凹凸、髪の1本1本、顔のシワに至るまで作り込まれている。そしてそんな石像が、ここにはたくさん並んでいた。
まるで、人間がそのまま石にされてしまったようだ。私はそんな感性を抱いたが、すぐにそれが否だと直観した。
違う。まるで、じゃない。これは文字通り、人間がそのまま石になったんだ。私の背筋を、ゾッとした感情が駆け抜けた。
「……まずいな、もしかしたら人を石にするモンスターでもいるのかもしれない」
ハクが石像を見て呟く、しかしそれを、強ばった表情で石像を見ているレンファが「いや、違うな」と否定した。
「違う?」
「いや、なんというか……たぶん、違う。これは襲われて石化したわけじゃあない」
「――! なるほど、確かに。襲われた割には、見ろ」
と。ハクが石像の顔をコンコンと叩き、
「表情が安らかだ。まるで街路で果物を売っているように、道すがらで芸でも披露しているように。この石像たちは、実に平和な表情をしている。襲われた人間がこんな表情をするなんて考えられない。となると、突然、なんの拍子もなく、この人たちは石化させられたと考えた方がいい」
「お、おう。なるほど」
「ん? なんだレンファ、勘づいていたんじゃないのか?」
「い、いあ、私はなんとなく勘でさ」
「……なるほど」
ハクが悩ましげに口元を摘む。レンファは表情を引き攣らせながら、チラリとこちらを見てきた。なんだろう、一体。
「み、みなさん!」
と、コニーがさらに奥を指さし、私たちを呼んだ。
「なにか……なにか、ありませんか? その、階段を上がった先に……」
ハクが示された先を見る。「確かに、なにか……壁画のようなものが見えるな」、ハクはそう呟くと、警戒を緩めずに階段を登った。私たちはそのすぐ後ろをついて行き、そして、コニーが指していた壁面へとたどり着いた。
「――これは……」
ハクが目の前にそびえる巨大な壁画を見上げた。
描かれていたのは、額に赤い宝石がある1匹の生物と、それを囲む大量のモンスターの絵だった。
赤い宝石のモンスターは光りを放ち、さながら別の者たちを操っているようにも見える。私はこの絵の示すことが何なのかを直観して、思わず喉を鳴らした。
「モンスターを操るモンスター?」
「ああ、恐らくそうだな。しかしそれ以上はわからん。……この絵が一体なにを示しているのか」
ハクがブツブツと言い口元を摘んだ。ふと、私は壁画の下の方に、なにやら、文字のようなものが書かれているのを発見した。
「見て、ハク。文字が書かれてる」
「――ふむ? 古代の文字か。やはり、遺跡なだけあって重要な遺物もあるようだな。……ギルドへの報告が大変そうだが、報酬は期待できる」
ハクが呟く。私は他方、この古代文字を見て、自身の内に湧き上がる感覚に違和感を覚えた。
――なぜだ。どういうことだろうか。私は壁面の文字をひと撫ですると、「みんな……私たぶん、これ、読める」とハクたちに伝えた。
「――! シキ、どういうことだ?」
「わかんない。けど、とにかくわかるの。なんでだろう、こんなの勉強したことないのに」
「……やっぱり、君にもなにか異常が――?」
「……今は考えても仕方ないわ。とにかく、読むね」
私はみんなに声をかけると、ハクからカンテラを受け取り、文字に灯りを近付けそれを読んだ。
「――この獣の封印解くべからず。さもなくば大いなる災いが全てを薙ぎ倒すであろう。彼の者は全てを操りし者。我らには倒すこと能わず、ただかろうじて封じるのみ。後の世の者よ、其方らがどうか過ちを犯さないことを願う。故にこそこの壁画を残し、これを戒めとせん。我らは願う、この獣がもう二度と……この世に、解き放たれないように」
私は全てを読み切り、大きく一息をついた。ハクがまた「ふむ」と呟く、レンファとコニーは難しそうな表情で、この壁画をじっと見ていた。
「……この遺跡の人たちは、この赤い石のモンスターからこの辺りを守ってたってことか」
「そういうことになるわね、レンファ。……これ、とんでもない話よ。もしもまだそのモンスターが生きていたら……」
「まかり間違って封印が解かれれば、とんでもない厄災を招く」
レンファが私に代わり結論を言った。私は立ち上がり、そしてハクらと目を合わせる。
「ハク。すぐに帰ってギルドに報告しないと」
「ああ。ここにあることが事実なら、比較的近辺にあるあの町は極めて危険な状況ということだ。是が非でも報告し、然るべき対応を――」
――直後のことだった。突然足元が揺れだし、私たちの間を混乱が駆け抜けた。
「じ、地震!?」
「――いや、待て。なにか、違う。これは自然現象じゃない!」
ハクが叫ぶ、私の脳がそれにより張り詰める。
直後。天井を崩し、土煙をあげながら、1匹の、角の生えた竜が現れた。