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第17話

 僕たちは森の中を進んでいた。ギルド曰くこの森の奥の方に、どうやらダンジョン化した遺跡があるとのことだった。


 ダンジョン化とは、人の寄り付かなくなった建物や自然物、場合によっては1つのエリアなどなどが、そのまま摩訶不思議な迷宮(ダンジョン)と化すことだ。曰くただの一軒家にいつの間にか地下室が現れ、その先にダンジョンが広がっていた――なんて事例もあるらしい。

 なんの変哲もない住居などが突拍子もなく複雑な迷宮と化すこの現象については全く原因がわかっていない。1つだけ言えるのは、全てに共通して『周囲に人間がいない(あるいはいなくなった)』という点があり、人間の持つ魔力や周辺モンスター、あるいはこの世界に満ちている魔力が何かしらの影響を及ぼしているのではないか……という説が出ている。


 ダンジョン化にもある種の『浸食度』というものがある。つまりは『どれだけダンジョン化が進行しているのか』を示す指標だが、今回訪れる遺跡は、どうやらあまり浸食度が高くないらしい。

 だが浸食度が低いということと、『ダンジョンの構造が複雑ではない』ということは同義ではない。浸食度は『元々の構造が複雑なモノほど低くなる』という傾向があるためだ。すなわち、浸食度が低いとは、遺跡そのものの構造が複雑である可能性を示唆しているということだ。そして恐らく、今回に関しては、それは可能性ではなく、事実だ。





 根拠などいくらかは出せたが、やはり一番とも言えるのは、奴ら――ローマンたちの存在だ。彼らという存在そのものが、今から向かう遺跡が、極めて難解であろうことを示唆していたのだ。



「――みんな。警戒を怠るなよ。奴ら、何をするかわからないからな」



 僕は自身のパーティーメンバーにそう声をかける。皆々声を出さず、首を縦に振り僕の言葉に同意した。僕は自分が恵まれたメンバーに囲まれていることを理解すると、胸の中にほのかな安心感が生まれた。



「……そういえば、アリス」

「……あっ、私ね? な、なに?」

「君はさっきドレッドに呼ばれていたが――なんだったんだ、一体?」

「え? あ、いやあ……えっ、と。その、まあ、アンタと同じ。奴らには気をつけろ、だって」

「――ふむ」



 それなら全員に通告するはずだ。なぜだって、シキのみを呼び出した?

 僕はその点が気になったが、しかし、彼女は教えようとはしなかった。

 ――まあ、重要なことであれば、然るべき時に教えてくれるだろう。僕はそう考えながら、ローマンたちの様子を観察していた。



◇ ◇ ◇ ◇



 苔の生えた石畳を踏む。高くそびえた四角い建物にはびっしりとツタが纏っていた。僕たちはようやっと遺跡の前へとたどり着いた。

 古代の建造物とは往々にして威厳があるが、これも例に漏れず威風堂々とした佇まいだ。どんな物でも年月を経ると神秘性を帯びてくるものだが、まさにと言ったところか。僕は薄汚れた地面や壁を見て、どことない荘厳さに感心していた。


 ギルド曰く、ここは新しく見つかった遺跡とのことだ。既にダンジョン化しており、何度か調査を行い、冒険者にその引継ぎを依頼する段階になったということらしい。


 ダンジョン化しているということは、警戒を怠ってはならないということだ。こと外の世界へ出た場合、一瞬の油断は生命の危機に繋がる。僕は大きく深呼吸をしながら、辺りを観察しモンスターの痕跡や危険な物(特にダンジョンでは、知性あるモンスターが罠を作っていたりもする)を探した。


 ふと、僕は、この石畳の上に、焚き火の痕跡を見つけた。「――ふむ」、僕はつぶやき、口元を指でつまんだ。



「なにをしているんだい、君たち」



 僕が考えごとをしていると、先に遺跡の入り口にまで進んでいたローマンが、僕たちにそう声をかけてきた。



「早くした方がいいよ。あまり時間を使い過ぎると体力を消耗する。まあ、少し前まで“低級”のクエストをこなしていた君たちにはわからないだろうけど、僕たちのような上級冒険者ともなると、長い目線で物事を見ていくものなのさ」



 スっとローマンが髪をかきあげた。同時に後ろの4人が黄色い声をあげる。僕はその光景に目元が反射的にピクリと動いてしまった。なんだこの無性に腹が立つ集団。


 息を深く吐き、ひとまず気を落ち着かせてから「行こう」と全員に声をかけた。


 そして僕たちは、そびえる四角い建造物の中へと入った。

 中は土くれの匂いが充満していた。石材の壁には先端が黒くなった木の棒がかけられており、また植物のつるや葉がびっしりと覆っていた。


 かなり古い遺跡だ。むしろ今までダンジョン化していなかったことが不思議なくらいに。他方、だからこそ気になることもあった。僕は壁際で植物に触れているローマンたちに疑念の目を向けた。



「――おかしい」

「なにが?」



 シキが僕を見て首を傾げる。僕は不穏な空気に胃を締め付けながら、彼女の問いかけにゆっくりと答えた。



「人がいた痕跡がある。それも最近のものだ」

「ギルドの調査もあったのだし、当然じゃ?」

「新たなダンジョンの調査は『ドロン』という、遠隔操作が可能な人形のマジックアイテムを使って行われる。冒険者に調査を委託するのは、無人でのダンジョン調査がある程度終わってからだ。加えてここは僕たちが最初に入ってきている、となると考えにくい。ならなぜ――」



 僕は口元を指で摘む。と、その瞬間。ローマンの取り巻きの女の1人が、ニヤリと、口角を釣り上げた。


 ゾワリと。僕の直感が危機を察知する。「まずいッ!」、僕の本能が叫ぶと同時、女は大声で呪文を叫んだ。



「イグナイツ!」



 直後に爆音が響いた。耳をつんざく音は一瞬僕の意識をくらりと揺らし、同時に足元が崩落を始めた。


 地面が雪崩れのように奈落へと消えていく、気が付けば僕たちは、吸い込まれるような暗闇に向かって落ちていた。

 爆発の魔法で地面を崩したのだ。しかし、それにしたって、あまりに出来すぎている。



「ッ――! ローマン、貴様ッ!」

「ハーッハッハ! だから言っただろ、後悔するぞと! 黒髪の分際で調子に乗るからこうなるんだ、そのまま最下層まで落ちて潰れてしまえ!」



 風の音と激しく脈打つ心臓が他の一切合切を打ち消した。しかしローマンの鼻につく高笑いだけは、やけに耳に響いた。



◇ ◇ ◇ ◇



「ハ、ハク、どうすんだこれ!」

「落ち着け、今考えている!」



 暗闇の中、僕はレンファの叫びに親指を噛みながら答えた。コニーもシキも悲鳴をあげ、この状況に酷く混乱している。

 このままでは間違いなく、カエルのように潰れて死ぬ。僕の脳裏に差し迫った死の恐怖が浮かび、それが全身から血の気を引かせる。


 否、そんなこと、あってたまるか。死にたくない、死んでたまるか。焦りが心臓を打つ、故に僕は、血液の全てを脳へと送り込んだ。



「――シキ、コニー!」



 僕は2人の名を叫ぶ、2人が「な、なに!?」「なんですか!?」と言葉を返した、僕は2人が我を忘れていないことを理解すると、さらに続けて指示を送った。



「風の魔法だ! 風の魔法でこの勢いを殺せ!」

「ッ――わかった、やってみる!」

「わかりましたああ!」



 シキとコニーの両手が緑色に光る、僕の中の期待が膨れあがりそれがある種の高揚を湧き上がらせる。しかし直後、光りがパン、と弾け、2人の魔法が失敗に終わったことを告げた。



「ッ、クソ、失敗した!」

「む、無理です! こんな状況で、そんな繊細なことできないですう!」

「無理は承知だ、だがやらなきゃ死ぬ! 頼む、もう一度やってみてくれ!」



 僕は無我夢中に叫ぶ、コニーが「ぴえ……わかり、ましたあ!」と返答し、もう一度両手を緑色に光らせた。


 一瞬、一瞬の鼓動が遅くなる。そうと感じられるほどに圧縮された時間の中で、僕は、コニーの両の手の光をジッと見つめた。


 ――しかし。パン、とまた音がし、光はあっけなく弾けてしまった。



「だ、ダメだあ、失敗したあ!」



 コニーが泣き叫ぶ、僕の額を冷や汗が伝う。瞬間、息を吸い込むような音が聞こえ、直後、シキが怒声を吐き出した。



「こなくそおおおお!!!!!」



 シキの手がより一層輝きを増す、同時に彼女は手に持った緑色の玉を、腕を思い切り振り、下方へと投げつけ。


 地面という景色が見えたその瞬間、緑の玉は着弾し、強烈な爆弾のように膨れ上がり、僕たちの体を吹き飛ばした。


 落下の勢いが殺され、しかし同時に僕は壁に背をぶつける。僕は「ガハッ……!」と声をあげ、そのまま地面に落ちた。

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