第15話
コニーの家で2日ほどの休養を取った後。僕たちは改めて冒険者ギルドの建物へと来ていた。
ギルド内はかなりの広さをしており、冒険者たちはここに集まり、食事などで交流を深めたり、はたまた依頼を受けたり、その報告などをする。
言わばギルドは、冒険者たちの情報交換の場であり、各種手続きをする役所でもあるということだ。
僕たちはそんなギルドの窓口で、クエスト――民間、あるいはギルドなどからの依頼のことだ――を受ける手続きに四苦八苦していた。
「だから、私らはこっちのCランクのクエストが受けたいんだよ。パーティーの実力的にゃこっちのが妥当だろ?」
「できませんって。何度言えばわかるんですか、ちょっとクレームも大概にしてくださいよ。あなたみたいな人がいるから受付嬢を希望する人が減るんですよ」
――まあ、僕にとってはよくあることなんだが。四苦八苦というのはつまり、こちらが希望したクエストを受けることができないということだ。
冒険者はいわゆるダンジョンや未開の土地を探索する人間だ。しかしその実態はなんでも屋にも近いところがあり、これはもはや公的にも認められている。だからと言って「未開を探索する者」と言う役割りが消えたわけではないのだが。
なのでこうして掲示板に貼り付けられた依頼書(魔法の紙で作られており、手続きをすると自動的に掲示板に現れるようになっているらしい)を持ち、受付にて手続きを済ませ各々の冒険者が自分に合ったクエストを行う……というのが一連の流れなのだが。当然、受付をする者は人間なので、時にはこのように流れをせき止められることがある。
新人が慣れずに手間取ってる分にはかわいらしいものがあるが、今回は――否、今回も明らかに違っている。つまりは黒髪という存在がいるから、受付は真面目に仕事をしてくれないということなのだ。
「あなたたちにはギルドから直々に依頼が来てるんですよ。それを受けてもらわなくっちゃ困ります」
「いやだから明らかに私らの実力に見合ってねーから蹴ってんだろうが。依頼は誰が頼んでこようが、それを断る権利はこっちにはあるはずだが?」
「そんなの知りません。面倒なんでさっさと受けてください」
「だから納得いかねえって。どーなってんだよここの対応は?」
レンファがイライラした調子で受付嬢に食ってかかる(一応名目上このパーティーのリーダーは彼女だ)。受付嬢は迷惑そうに目を細め、ついにはあくびをしだした。いやまあ眠いのはわかるが。
「まったく面倒臭いですね。ハッキリ言いますけど、アンタらみたいな連中が楯突く権利は無いって思った方がいいですよ?」
「あん!?」
「いやだって気持ちの悪い黒髪の奴をパーティーに入れてさ、仲間面してるんだもん。そんな異常者対等に扱って貰えると思ったら大間違いですよ?」
「ああ!? 人を見た目で差別すんのか!?」
「さべつぅ〜? 違いますよ。これは頭のおかしい連中を見分けるための区別です。危険分子は分けとかなくっちゃいけないんです」
「そうやって大っぴらなモンだけで相手を判断するのは全部差別でいいんだよ! つーか黒髪であることと頭がおかしいことになんの……その、アレだ。しっかりしたアレがあるんだ?」
「『合理性』って言葉が出てこない頭の悪い連中を見分けられる」
「私がアホなだけだ!」
レンファがうがあ、と叫びをあげた。間違いなく論の正当性はこちらにあるとおもうのだが、これが傍から見れば『頭のおかしいクレーマーに絡まれたかわいそうな受付嬢』という構図になるのは如何なものか。知り合いが「差別って言うのは世間に差別と認識され始めたら下火になってきたと思った方がいい」と言っていたが、正直この状況を見るとどうにも納得せざるを得ない。
と、僕たちが受付に手間取っていると、この騒ぎを聞きつけたのか、突如僕たちの後ろから、「おう、どうしたどうした?」と野蛮そうな男の声が聞こえてきた。
「ドレッド」
「ようハク。ははあ、どうやらまた手間取ってるみたいだな」
「ああ。正直困っている」
「まーだこういう奴いるんだな。おいレンファ、ちょっとそこの嬢ちゃんと話させろや」
と、ドレッドがレンファの肩に手を触れ横へとズラした。不服そうにするレンファを他所に、ドレッドは受付のカウンターに身を乗り出し、ヘラヘラと笑いながら受付嬢に話しかけた。
「ようよう嬢ちゃん、俺からの頼みだ。コイツらの言うことも聞いてやってくれよ。まあ実際規約的に間違いはねえんだしよ、どうか」
「だからダメですって。誰ですかあなた? いいですか、ギルド直々の依頼なんですよ? コイツらが断ろうが知ったこっちゃないんです」
「はは、だからギルドからの依頼でも蹴る権利はあるよな? あと1回だけ言うぞ、これは正当な権利だ。話を聞いてやれ」
「だからダメですって。突然脇から入ってきて、関係ないくせにやめてくれません? おっさん臭くて気持ち悪いから――」
直後、ドレッドが受付のカウンターを強く叩いた。
ギルド中に爆発のような音がこだまする。受付嬢はそれに完全に怯んでしまい、目を丸くしたまま固まってしまった。
「おい。お前、新人か?」
ドレッドが受付嬢に圧をかける。受付嬢は「は、はひ……」と小さく声を漏らした。
「なるほど。だったら言っておくが、俺はお前よりも上の立場にいる。俺の如何によっちゃ今すぐお前の首を飛ばせるぜ?」
「……」
「いいか、二度とは言わねえ。職務に私情を挟むな。お前は受付だろ? だったらどんな奴にも公平に仕事をしろ。いいな?」
「は、はい……」
受付嬢は完全に震えてしまい、レンファが寄越した紙をゆっくりと手に取った。
ドレッドはその風体が恐ろしいだけあって、こういう時は本当に頼りになる。僕は自分の後ろ盾に彼がいる現状を心底ありがたく思った。
――が。突如受付嬢の持つ依頼書が、彼女の後ろにいる何者かによりサッと奪い取られてしまった。
「ドレッド。いけないな、受付を怖がらせるなんて。冒険者の風上にも置けないぞ」
そこに立っていたのは、緑色の髪をオールバックにした、筋肉質な体をした男だった。
「ジェイク……」
ドレッドは男を睨みそう呟いた。どうやら、彼はジェイクと言う名前らしい。
「ああ、君。この依頼書は受理しなくて結構。予定通り、奴らにはギルドからの依頼を受けさせてやってくれ。これはあんな男よりさらに上役の私からの命令だ。君にはなんの責任もない。いいね?」
「あ、はい……」
ジェイクが受付嬢に淡々と指示を出した。受付嬢はほんのりと顔を赤くして彼の指示を聞いている、どうやら見た目の色っぽさの通り、女性から見ても彼は良い物らしい。
ジェイクの言葉を聞いた後、ドレッドはテーブル下の壁を蹴り、大業に胸を張りニヤニヤとしながら声を張った。
「堂々と規約違反とは手前もなかなかいいご身分だな。冒険者の命を守るために作られた規約を容易く踏みにじるってのは問題があるんじゃねえのか?」
「勝手に言っていろ野蛮人。私に猿と遊んでいる暇はない」
「生憎だが俺もしょうもねえ糞にたかるハエにはなりたかねえ」
ドレッドとジェイクが睨み合う、ぶつかり合った視線が空気を震わす。やがてジェイクは「まあいい」と呟き視線を外すと、彼は僕たちの方を見、そして歪な笑みを浮かべてレンファに話しかけた。
「君が、最近Aランク帯に上がったレンファくんだね?」
「だったらなんだよ」
レンファは気に食わないと言った風にジェイクを睨み付けた。しかしジェイクはそんな彼女のことを一切気にかけず、
「いやあ、昇進おめでとう。この依頼は何よりも君の実力を信頼したが故の物なのだよ。
しかしまあ、これは全てのランク帯に言えることだが、昇進したばかりの者というのは得てして下のランクからの切り替えが上手くいかない。よくあることなんだ、昇進した途端に調子付いてそのまま上位のクエストへ行き死んでしまうということはね。
だから、君たちには私が特別に、同伴するパーティーを用意した」
ジェイクが言うと同時、僕たちの後方から「やあ、ジェイク」と男の声が聞こえた。
僕らは反射的に後ろを向く。そこには、1人の甘いマスクをした美男子と、4人の女がいた。
ちなみに「サクラ」という偽名で活動しているはずのレンファの本名をポンとジェイクが言い当てたのは、「レンファがギルドに冒険者として登録した時期が、偽名で活動をする遥か以前だったから」です。書面上、レンファは本名で登録されているということですね。