第12話
「み……みなさん、よ、よよよようこそ私の家へ……」
照れた笑みを浮かべながらコニーは僕たちにそう言った。僕たち3人は、目前の巨大な館に驚き目を丸くしていた。
とんでもない豪奢さだ。中央に噴水の配置された、様々な垣根や花々が咲く広大な庭。そのバックには4階ほどの高さの白い屋敷。毅然としたたたずまいは思わず僕を圧倒し、思わずくらくらとしてしまった。
まさか地味な印象のあるコニーがこれほどの家に住んでいるとは。人を見た目で決めつけてはいけないなどとは言うが、まさにそれを痛感させられる出来事と言える。
コニーは顔を赤くしうつむきながら「そのう、一応、私の家は代々大金持ちで……」と説明していた。いや、それにしてもだろ……。
「……コニーちゃん、このギャップはやべーわ……」
「よ、よく言われます……。私の力じゃないんですけどね……。そそういえば、アリスさんはどんな家に住んでるのですか? 凄く綺麗だから、きっと家も煌びやかで眩しいのだろうなあって思うのですが……」
「レンファと一緒に普通の二階建ての建物に住んでるわ」
「へえ、レンファさんと一緒ですか! 凄く楽しそうです!」
「でしょ? でもレンファの住んでる1階は拷問場なの。アイツ私をあそこに閉じ込めて毎日いじめてくるの」
「ぴえっ……怖いです……」
「おいアリスてめぇ誤解をまねく表現すんな。アレはただの運動場だろ、お前が痩せたいって言うから付き合ってんのに」
「ひえあっ! 男がいるのに太ってること言わないでよ!」
「いや今更だろ」
「まだバレてないもん!」
バラしてるんだよなあ……。僕はシキの言葉に内心でツッコミを入れた。
それにしても肩身が狭い。男1人に女3人というこの人数配分では仕方ないが、しかしなんとかならないか。無理矢理にでも男を引っ掛けてくるべきだった。僕は嵐のような女子トークに黙ってついていくことしかできなかった。
やがて僕たちは館の扉を開け、広々としたエントランスへと足を踏み入れる。
瞬間。僕は極めて強い殺気を感じた。
否応なしに全身の産毛が逆立つ、僕は刀を抜き刺すような気迫へと目を向けた。
直後。僕の目前にナイフの切先が迫り、僕はそれを反射的に避けた。
「――コニー」
と。正面にある二階へと続く階段を、1人の老齢の男が踏み降りてきた。
「その男は誰だ? なぜ我が家に連れてきている? というかいつから付き合っているんだ? 私は何も聞いてないぞ?」
そして男は、僕の方をギロリと睨み。
「お父さん絶対許しませんからね!!!! 知らない間に結婚するなんて!!!!!」
「違うよお父さん!!!!!!」
コニーが顔を赤らめ目を怒らせ、降りてきた男に盛大に叫んだ(どうやら父親のようだ)。
「ハクさんとはそういう関係じゃないし!!! 一緒にパーティー組んでるだけだし!!! というかなによりも初対面の人にいきなりナイフ投げるとか非常識にもほどがあるよっ!!!!! 刺さってたらどうするのっ!!!」
「私の娘を取ろうとする男に人権などないッ!」
「恥ずかしいからやめて! 二度と口きかないよ!!!」
「やめて! 寂しくて死んじゃう!」
ぬおお、どうすればいいんだこれ。僕は白髪のお父様とコニーのやり取りに困惑することしかできなかった。
「ご、ごめんなさいハクさん! この人は私の父、ガーフィールです!」
「ご紹介に預かりましたガーフィールです。貴様にお義父さまと呼ばれる筋合いはないっ!」
「いや僕は何も言ってないのですが」
「黙れ! あの物静かなコニーが男を連れてきたのだぞ、そんなのもうそうとしか考えられんわ! ああ子供とは気付けば成長するもの、寂しさを感じつつも良きことと見守っていたがこればかりは許せんっ!」
話を聞いてくれ。僕は暴走するガーフィールに肩をすくめるしかなかった。
と、途端、あの地味なコニーが全力でガーフィールの足を踏みつけた。革靴を相手にかなりのめり込みようだ、相当な力だな。
「お父さん? ハクさんはね、私の命を救ってくれた恩人なの。それ以前からパーティーを組んでていろいろお世話になってるの。お客人相手に失礼過ぎない?」
「ああ、しかし娘よ! 私は心配なだけなのだ、お前がもしも悪い男に引っかかったらと思うと」
「心配も常識の範囲を超えたらただのエゴだよ? そんなことより早くみんなを空いている部屋に案内して。じゃないと口効かないよ」
「そんなっ!」
ガーフィールがそう言って顔面を蒼白にさせた。えっと、これはどうすればいいのか。
「……その、ガーフィールさん」
「誰がお義父さんだっ!」
「言ってないですよ。いや、そんなことはどうでもいい。とにかく僕とコニーはそのような関係ではない。安心して欲しい」
「……くっ、ウソをついている様子もない。それに聞けば娘の命の恩人か。……恩人? 恩人だと? ハッ!」
ガーフィールは何かに気づいたかのように目を丸くすると、直後、目にも止まらぬ速さで土下座をした。なんだ一体どうした一体。
「これは非常に申し訳ない! 娘の命の恩人であるならばそれすなわち私の命の恩人だ! 否それ以上! これまでの無礼をお詫びする、私のことは殺すなり殺すなり好きにしていい」
「そんなことはするつもりもないが。そうだな、部屋まで案内してくれたなら全て水に流そう」
「ああなんと慈悲深い! わかりました、このガーフィール・レオ、命を尽くしてあなた様を部屋まで案内させていただきます!」
「そこまでしなくていい」
テンションの上下についていけないな。僕は呆然と土下座をするガーフィールを見つめ続けた。
と。途端、レンファが「――ん? 待て、今あんた『レオ家』って言ったよな?」とガーフィールに尋ねた。
ガーフィールはそれを受け、颯爽と立ち上がり「言いましたが?」とレンファを見据えた。するとレンファは目を大きく見開き、あわあわと冷や汗を流し始めた。
「レンファ、どうしたの一体?」
シキが首を傾げる。レンファは「ば、バッキャロ!」と言い続けた。
「いいか、レオ家と言えばお前、製造ギルドの中でも超大手の名家じゃねえか!」
「せいぞーぎるど?」
「ああそっかお前知らねえんだったな! は、ハク、説明してやってくれ!」
「すまない、実は僕もこの国の政治云々に関しては全くの無知だ。どういうことなんだ?」
「ンがあああ意外と世間知らずだなお前! なんでそんなことも知らねえんだよ!」
「生きる上で必要じゃなかった」
「必要だっての!」
レンファが頭を抱えて唸り散らす、するとガーフィールは「ふむ」と顎をひと撫でしたかと思えば、僕たちに背中を向け「まあいいでしょう」と言い歩き始めた。
「その辺りの説明は、部屋まで案内しながらでもするとしましょう。この世界で生きる上では知っておかないとまずいですからな」
「……ありがとうございます」
「いいや礼に及ぶことはありませぬ。本来であれば初等教育で学ぶようなことですからな。心苦しい言い回しですが、黒髪なのです、何かそう言った事情があっても不思議ではない。……さ、着いてきて下さい」
ガーフィールが靴音を立て2階への階段を登っていく。僕たちは少し顔を見合せた後、彼の後ろを追った。