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第10話

 僕は森の中を歩き水場へと向かっていた。


 冒険者は基本的に自然の中で移動に移動を重ねる役職だ。そのため近くに汗を流せる場所がないことが多々あり、その場合は魔法使いに体を浄化してもらうことで衛生を保つことになる。

 なので今回のように、近くに水場があると言うのは非常にありがたい。魔法使いの負担を削減することにもなるし、なにより「体を洗った」という感覚がしっかりと認識できるのは気持ち的にも非常に大きいのだ。


 1人なら水場の前に拠点を構えるのだが、今回は複数人でパーティーを組んでいるのと、僕以外全員女性なので、少しだけ森の中に入ったところでキャンプを開くことにした。流石に彼女らも、男がいる場では服を脱ぎづらいだろう。


 僕は木々の間を縫い進む。「流石に疲れたな」と呑気なことを言いながら、大きく声を出してあくびをし、ようやく水場へと着くと。


 湖の水面が夜の月明かりにキラキラと輝く中。裸でこちらを見て固まっているアリスと目が合った。



「あっ……」



 僕は目を見開いて固まってしまった。脳の情報処理能力が落ちる、僕はその場から動けず、しばらくアリスとカチコチと見つめ合う次第となり、



「――ヒャアアアアアアアアアアアッ!!!!」



 アリスが黒い(・・)頭頂部を両手で隠す。途端に胸に寄せていた手が離れ、2つの巨峰がぽよんと揺れた。



「うわああああああああああああ!!!!!」



 僕はそこでようやく現実を認識した。

 待て、待て、これはまずい。僕は即座に木の後ろへ回り込み、彼女の視界から消える。

 いやいやいやおかしいだろ! 裸を見られたのになんで胸や恥部を隠さない! というか初めて見た! レンファの奴なんであんな適当なことを言いやがった!?

 いや、というか、否。それよりも。なによりも僕が気になったのは――



「み、見た?」



 アリスが僕に話しかけてくる。僕は木を背にしたまま、顔を赤くして、「ごめん」と返した。



「え、えあははばばば、違うの! ほ、ほらさ、女の子だしさ、イメチェンしたくて、的な? なんとな〜く、黒染めしてみたくなってやってみたっていうか……」

「――」



 僕はアリスが裸よりもそれを気にしていたことに押し黙った。アリスがぽつりと、「うう……」と呟いた。僕は眼鏡の位置を直して、アリスに尋ねる。



「――やっぱり君は、ジパングの人間だったのか?」



 しばらくの沈黙が流れた。刺すような困惑の感情が流れ込んでくる。僕は長く相手の返答を待つと、やがてアリスは、「ごめんなさい……」と言ってきた。



「――は?」

「ご、ごめん、なさい……。ジ、ジパングの人間なのに……髪を、金に染めて……ほ、誇りの無い人間で……ごめん、なさい……」



 ――ああ、なるほど。僕はアリスの言葉で、彼女が何を言いたいのかを理解した。



「……服、とりあえず着てくれ」



 僕はバツが悪く言う。アリスが「……う、うん」と言い、布が擦れる音が静かに響いた。


 やがてアリスが「き、着たよ」と言うのを聞き、僕はようやく木陰から出て、彼女と面と向き合った。



 アリスは依然、両手を挙げて頭頂部を隠している。歪な笑顔を浮かべ、この場をごまかそうと必死な様子を見せて。



「……どうせもうわかっている。やりにくいから、降ろしてくれ」



 僕はため息混じりに言うと、アリスはおずおずと手を降ろした。


 黒い頭頂部が露わになる。アリスはそわそわと落ち着かない様子を呈した。



「……え、えへへ、その、なんていうのかな。魔法を使うと黒くなっちゃうんだよね…………」



 アリスがしきりに髪をかきあげる。僕はそれを見て、彼女が抱いている感情を悟った。


 ――これは、羞恥ではない。恐怖だ。僕は頭を掻き、何を言おうかを整理し、やがて、結局まとまらないままに声を出そうと決めた。



「…………まあ、なんだ。そんなに怖がらなくていい」

「……え、え?」

「いや、その……。だいたい、だ。僕はなんとなく、君がジパングの人間だって知ってはいたよ」

「えっ、うそ!? なんで!?」

「だって君、最初会った時思いっきり『布団』って言ってたじゃないか。この国に布団の文化は無い。アレはジパング特有の物だ」

「えあああ!?!?」



 アリスが声を裏返らせた。カタカタと震え、今にも泣き出しそうな顔をする。



「ええええええええ!!!!! なにやってんのよ私!!?!??? 気をつけなきゃって言ってんじゃない、バレたら一巻の終わりなのよ!??!???」



 アリスが頭を抱えて「うああああああああ」と唸り声をあげた。



「い、いや、ていうか、じゃあ、」



 と。アリスは僕の方を、おずおずと言った感じで上目に見つめた。



「なんで、私の髪に何も言わなかったの?」

「髪の色程度、わざわざ言及することじゃないからな」

「ええっ!? い、いやけど、何も思わないの!? 差別に屈して髪を染めた情けない人間め、とか」

「そりゃあ何も思わないわけじゃない。だがそんなことは思っちゃいない。だいたい、髪が黒いとそれだけで店で買い物もできないんだ、仕方がないと思うぞ。染めるのはむしろ合理的な判断だ」

「けど、でも……。…………誇りはないのか、って、思わないの?」

「誇り? ああ、たかだか髪の色程度に妙な象徴を持たせた、無意味且つ有害なバカ共の思想か? 笑わせる。だいたい、誇りって言うのは誰かに強要するものじゃない。どこのバカなジパングの民に言われたかは知らないが、少なくとも僕は髪の色を誇りに思ったことは無いよ」

「……けど、じゃあ、なんであなたは……」

「僕のコレは『なんとなく負けた気がするから染めてない』だけだ。誇りじゃない。単なる感情論だ。……浅ましいとさえ思うよ。その点、合理的な判断ができる君の方が僕より幾分か賢い。皮肉でもなんでもなくな」



 僕はため息をつきながら、ガリッと、頭を1度掻いた。


 アリスが下を向く。どうやら僕の論説を理解していないようだ。僕はもう一度ため息を吐いて、目の前にある黒い頭頂部に手をぽんと置いた。



「安心しろ。僕はこんな程度で君を嫌ったりしない。いいかい、こんなものはね、好きにすればいいんだよ。たかだか髪の毛(・・・・・・・)なんだから」



 僕はそして、彼女の頭をもうひと撫でした。少し気恥ずかしくは思ったが、それが正解なような気がしたからだ。


 アリスが「あう……」と声を漏らし、震えを止めた。緊張が解けたかのように腕が下がり、僕は彼女が落ち着いたのを確認して、小さくため息をついた。



「……シキ」

「え?」

「私の名前。アリス、はね、金髪の時の名前なの。本当の名前は、シキ」

「なるほど。……シキ、か。良い名前だ」

「あ、で、でも外ではアリスって呼んで! だって、そうじゃないとバレちゃうから……。みんなから石を投げられるのはもうごめんよ」

「ああ、わかってる。君をシキと呼ぶ時は、2人きりの時に留めよう。それでいいだろう、シキ?」

「っ……!」



 僕が微笑みながら言うと、シキは突然顔を赤くしてそっぽを向いた。

 なんというか、こちらが気恥ずかしくなる反応だな。僕がそう思うと同時、シキの呼吸が荒くなり、やがては口元がにやりと釣り上がり始めた。



「やっばー……これは胸キュン通り越して子宮キュンだわ。エロさの暴力かよ、下っ腹にドデカい一発食らっちまったわ。やっべえ火照ってきた、ぐへへへ、ぐへへへへへ……」

「シキ?」

「ッハー! また本当の名前で呼ばれた! ヤバい、破壊力ヤバい……コレアレか、私死ぬのか? 頭ぽんぽんからの名前呼びとかもう絶命モノじゃん。死ぬ、尊さで死ぬ!」



 どうやらまた暴走が始まったようだ。僕はため息をついて、薄々感じてはいたことを追求しようとシキに尋ねた。



「君は僕をどういう風に見ているんだ?」

「え? いやあ、その、えへへへ、恥ずかしいから嫌です」

「……惚れてるのか?」

「ほ、惚れッ……! そ、そそそそんな臆面もなくそういうこと言う!? メンタルどうなってんだよ!?

 いやていうか私、そんな目が合っただけで惚れるようなチョロインじゃないし、落とすのにまあざっと300年余りかかる超奥手だし!? 惚れてるって、そんな……そんな……こと。……まあ、なくは、ない、の、かな?

 いや、でも、あれ、どうなの? これがアレなの、恋って奴なの!? うぐあああ、意識すると余計にそうな気が……」

「……うーん。

 シキ。こんなことを言うのはアレだが、出会って間もない男に惚れるのは良くないと思うぞ」

「ッ! 出会って間もないって、ざけんな! こっちはどんだけあんたを待ってたと……」

「え?」

「――アレ? ……今私なにか言った?」



 シキがぽかんと目を丸くする。僕はなにか怪しい匂いを感じたが、どうにも引っかかるものがあって、敢えて追求しなかった。



「……まあいいや。と、とにかく、これが噂に聞く恋心かどうかの話は置いておきましょう。なんか急に恥ずかしくなってきたわ、このままだと羞恥心で死ぬ気がする!」

「……ふむ」

「うああ、なに真剣に考え込んでんのよ! あでもその表情も燃える……じゃなくてっ! ああダメだ、わたしもうかえる! かえって部屋に引きこもって、今日の記憶が消えるまで布団に隠れるわ! そ、それじゃ、また!」



 そう言うとシキはピューっと音を立てて(どういう音だ)走り去ってしまった。


 ――なんか、テンションの上がり下がりが激しい奴だな。

 それにしても、さっきの発言はなんだったのだろうか。僕はシキの言葉が頭から離れず考え込んだが、結局、答えが出るはずもないので、本来の目的であった水浴びをすることにした。

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