Sランク冒険者、しなびたおっさん勇者を鍛える事にする。
地獄を見上げた事はあるか?
「◻︎◻︎◻︎! ◻︎◻︎◻︎◻︎!」
「◻︎◻︎◻︎◻︎! ◻︎◻︎◻︎◻︎!?」
「え……な、に……? な、なに言ってるか、分かんない……」
「◻︎◻︎◻︎◻︎!!」
「うわあ!」
目を覚ました時、ローブを纏った男たちがいた。
彼らはなにやら話を進め、そのうちの二人に両脇を抱えられ、立たされた。
真ん中にいた偉そうな奴がなにか叫ぶ。
するとそのまま外へと連れ出され、地面に放り投げられた。
「いっ!」
「◻︎◻︎◻︎!」
石畳に激しく顔を打ちつける。
捨て台詞のようなものを最後に扉が閉まると、ようやく顔を上げた。
乱暴な奴らだったし、なにを喋っているのか分からない。
外国語?
部屋にいたはずなのに、なぜ外国人の集団の真ん中にいたのだろうか?
「痛っう〜……なんだったんだ、あれ。……つーか、ここどこ?」
辺りを見回す。
真っ暗だ……夜?
街灯もなく、木々をざわめかせるぬるい風。
振り返って追い出された建物を見上げる。
……教会?
丸い円の中に十字のような紋様が彫られた飾り。
その建物は教会に見えた。
教会でコスプレした集団が、儀式の真似事でもしていた、のか?
腕をさする。
寒いわけではないが、薄ら寒さは感じたのだ。
怪しい宗教関係者に拉致されてきたとでもいうのか?
そして彼らの希望に添えなかったから、解放された?
「キモ……」
部屋にいたはずなのに、気がついたらあの場所にいた。
気味が悪い。
用済みだというのなら帰らせてもらって、途中交番にダメ元で拉致されかけた事を相談してみよう。
「あれ? スマホ……」
部屋にいたから持っていなかったのか、と舌打ちする。
ライト代わりにしようと思ったのに。
「マジでどこだ?」
軽く考えていた。
そう、この時はすぐに帰れると思っていたのだ。
この後、五年もの間この世界で地獄の底を歩く事になるなんて——。
この世界の名を『エスティンヴール』。
意味は落下する世界。
その名の通り、落下しているそうだ。
そして千年に一度、下層に到達するとひっくり返る。
地面上の生き物は、ひっくり返る瞬間裏側へと移動しなければ落っこちる。
一枚の板を想像すれば分かりやすいだろう。
上に物が載っていればひっくり返った瞬間どうなるか……。
故に世界は千年に一度勇者を召喚する。
一体どんな方法で世界を救うのか、異界から召喚した勇者にしか分からないから、らしい。
そしてその勇者は、この世界に存在する五つの大国それぞれが盟約に従い、千年前の勇者の聖遺物を用いて一人ずつ召喚する。
この国でも今まさに勇者が召喚されるという。
糞食らえだ!
『〜〜〜〜』
城の中。
隣室では今も大勢の魔道士が呪文を唱え、儀式を行なっている。
勇者には冒険者の仲間が当てがわれ、まずはレベルを上げるわけだが、俺はその仲間候補の一人に選ばれた。
かったるいが、クラスアップの為には仕方ない。
「成功です! 勇者様が現れました!」
隣室の扉が開き、ロープの男が歓喜に満ちた声で叫ぶ。
謁見の間が騒めき、隣室から『勇者様』が案内されて来る。
「!?」
男が四人。
金髪で体格の良い赤いジャージ姿の男。
恐らくこいつは『力の勇者』。
黒髪で周囲を警戒する制服姿の少年。
恐らくこいつは『守護の勇者』。
ウェーブがかった茶髪の眼鏡の少年。
こちらも学生服。そして目をキラキラ輝かせている。
こいつは恐らく『術の勇者』。
そして最後、白髪混じりの冴えないおっさん!
しなびたスーツ、背は高いが生気が薄い。
え……まさか、こいつが『技の勇者』か『治癒の勇者』とか言わない、よな?
というか……。
「どういう事だ?」
「勇者は一つの国に一人じゃないなか?」
「まさか、陛下……ヒッ!」
やりやがったなクズ王め。
俺と同じく勇者の仲間用に集められた奴らが、王のひと睨みで押し黙る。
ヤロウ……他国との条約を無視して四人も呼び出しやがった。
「む? 四人だけか? ……まあ、良い。ワシはこのエルカエルクの国王、サンドラバード・エルカエルク! 勇者たちを歓迎しよう。それぞれが名と役割を申すが良い」
しれっと「五人全員召喚できなかったのか」って白状してる。
……他国に亡命しよう。
国王の頭がヤバイ、この国。
「俺は矢島康一! 『力の勇者』とやらだ」
「……オレは香澄純。『守護の勇者』とある」
「ぼ、僕は有賀建です! 学生で、えっと『術の勇者』です!」
「え、えーと……川村創……です。『治癒』……? の勇者、です」
「治癒、だと? 『技の勇者』ではないのか?」
「え? は、はい」
王に睨みつけられ、川村と名乗った男は萎縮する。
治癒とは……運のない奴だな。
「……では勇者たちよ、まずはそれぞれでパーティーを組み、装備を整えてレベルを上げてくるが良い。仲間となる者たちと支度金はこちらに用意してある。どうかこの世界を救ってほしい。冒険者たちよ! 己が認める勇者の下へ!」
王の言葉に集まっていた冒険者は一斉に前へ出る。
俺が選んだのは『術の勇者』。
『力の勇者』も頭が弱そうだが、あっちは大人気で競争率が高すぎる。
「リツだ。クラスは剣士」
「すごいですよ、タケル様! 彼はSランク冒険者です!」
「そ、そうなんですか? あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
思っていた以上のお花畑だな。
これは早々に面白い事をやってくれそうだ。
絶望した顔が実に楽しみ——……
「きゃああぁ!」
「!?」
後ろから突然聞こえてきた悲鳴。
振り返ると双子の女冒険者が倒れ込んで支えあっている。
その前には……ああ、やはり『治癒の勇者』か。
「なんて事をなさるの! 信じられない!」
「え? え? あ、あの?」
「とぼけないでください! 今姉さまの胸に手を突っ込んだじゃないですか!」
ざわ……。
……嘘だな。
あの双子、オーラの『色』が朱色。
敵意の色だ。
対して『治癒の勇者』は青、青みの強い紫。
不安と疑心。
なるほど、奴ら最初から治癒の勇者を嵌める気だったな。
「召喚されて早々に狼藉を働くとは……! それでも勇者か!」
「え! いや、違……おれはなにも……!」
「黙れ! そもそも治癒の勇者など今の時代には不要なのだ。傷や病は薬で治せるのだからな」
「え……?」
憎悪に近い王の表情。
そして兵や魔道士、冒険者の中にも嘲笑う奴らが混じり始める。
そう、『治癒士』は今や選ぶ者がいない圧倒的不人気クラス。
とある薬草が発見されてから、薬の効果が爆発的に上がり、怪我や病気は薬で治すものになっている。
「王の目の前で狼藉を働くような者、勇者として認められん。奴隷にして、他国に売り払え!」
「そ、そんな! おれはなにもやってないです!」
兵たちが動く。
両脇を抱えられ、他の勇者たちが成り行きの横暴さに驚いている間に治癒の勇者は連れて行かれそうになる。
「…………」
ああ、気分が悪い。
あの姿は……まるで——。
「うわあ!」
「な!」
治癒の勇者を抱えていた兵を剣で振り払う。
双子の女冒険者は勇者たちに劣らない驚愕の表情。
ああ、これはこれで悪くないな。
「なんのつもり!? その男は姉さまの胸に手を……」
「無駄だ、俺には感情透視スキルがある」
「!」
「感情透視スキルって……『占術師』のスキルじゃねぇか……何者だあいつ!」
「お前知らないのか? Sランク冒険者の『黒衣のリツ』だよ!」
「『黒衣のリツ』……!?」
騒めきの質が変わる。
王が前のめりになり、忌々しそうに「不敬者! そやつも捕らえよ!」と叫ぶが誰も動かない。
見渡せばえらく派手な鎧を着た兵士が国王を振り返る。
「無理です陛下! あの男は80以上の『クラス』を持つSランク冒険者! 黒衣という特徴しかなく、そう呼ばれるようになった奴なのです! この国に奴より強い者はおりません!」
「っ——!」
……この国が俺にクラスアップの許可を出さなくなったから、仕方なく転職しまくってクラス数がそんな事になっただけなんだが。
「ひっ」
双子女冒険者を見る。
怯えたふり、だな。
オーラはずっと朱色。
「フン! 思い上がるなよ雌ブタども! 男にも選ぶ権利はある。誰が好き好んでお前らに触ろうとするか。この自意識過剰性格ドブスども!」
「「んなっ——!!」」
「行くぞ」
「え?」
男の腕を掴み、城から連れ出す。
まずは装備とレベル上げだ。
「あ、あの」
しまったな、支度金せしめてくるのを忘れた。
「あの!」
うるさいな、なんだ。
振り返るとしなびた男が半泣きで立っていた。
「…………ありがとう……!」
心の底から安堵した様な表情。
礼を言われる様な事はしていない。
そうさ、俺が助けたかったのは——。
「……武防具屋へ行く。その後町の外でレベルを上げる」
「は、はい!」
「それと、パーティーを組むなら話しておくが俺は女だ! 変な事してきたら殺すからな」
どうせこいつも俺もこの国にはいられない。
装備を整えたら亡命しよう。
クラスアップの為にも!
「……エ……?」
第7回書き出し祭り提出作品です。
初参加だったので使える技術をとりあえず詰められるだけ詰めた冒頭短編ですね。
文字数キツくて削るの大変でした。
まず王道にする事。
ここでかなりなろう的好き嫌いが分かれますがそれならそれでいいや、です。
一行目から世界観説明までの間に主人公のプロローグと世界観を置き、仕込みを入れます。
時間の経過はいつも「***」を使うのですが、匿名企画なので私とバレないよう一応念には念を、と別なものにしました。
それで割と「時間経過が分かりづらい」と言われましたてへぺろ。
世界観設定を入れ、メイン開始。
ここら辺も追放ものとハイファンの王道展開を入れ、主人公と主人公が世話するパートナーとなるオッサンに共感性を集めるようにしました。
オッサンの人権は大切にしようぜ。みたいな。
またこの濡れ衣と異世界人に召喚されてすぐに捨てられる展開で、主人公の記憶が揺さぶられ、主人公がオッサンを助ける『理由』と『今後の目的』を明確化しました。
最後にタイトルを回収し、読者を驚かせる展開を入れる事で引きを強くします。
こちらの作品の場合、冒頭部で仕込んでおいた種明かしでした。
一人称である、というのは最初からなので読者さんが慣れた頃を見計らい『彼女』であるとバラします。
ここで一気に惹きつける。
次のページに誘導、ですね。
実は冒頭部分で性別が分かるような描写をすべて省きました。
そして最後の部分と、一人称が「俺」になっている事、冒頭で「彼女」が告げていた世界観が一つになるようになっています。
ここまで読み込んで仕込みが分かる人がいたら天才だなー、と思いながら提出しましたが、まあ、案の定「あれっぽい」という人が多かったですね。
つーかそれってつまりあの作品そんくらいマジすげーよって事なんですが。
私が使ったり使わなかったりする技術的な部分の一部です。
ちなみに1話ですべて使う事はぶっちゃけそんなにないです。
1話から数話にかけ、さらには物語を通して使う事はよくあります。
私の場合、世界観設定の解説などは2話目以降に回す事が多いですね。
元々自分の設定解説すごいたくさんやりたくなるタイプなので、出来るだけ小出しになるように心がけてます。最近(最近)。
使い所を見極めれば、応用も利くのでぜひ使ってみてください。
そういう意味で書き出し祭りという場に相応しい作品だったと思っています。
……まあ、あんまり伝わらなかったんですけどね。
そこは私が技術を技術と感じさせなかったって事で……(震えながらポジティブに考える)
なお、明日も第10回書き出し祭りに提出したお話を投稿するので解説に興味のある方はぜひお越しください。
明日解説するのは『キャラ作りに関して』です。
お楽しみに〜。