第三話 シンイチ島島主フタシカ①
トンネルを抜けるとモツ鍋であった。
不意に現れた猿の大岩の穴をくぐると、そこにはめちゃくちゃ大きめのトイレくらいの広さの部屋があった。粘土で作られたかろうじて鹿だとわかる人形や、お手製のねずみ色のクッションなど、ありとあらゆるものが所狭しと散らばっており、壁にかけられたロウソクの明かりに照らされてモニョモニョと揺れていた。
そしてその部屋の1番奥には、これまた珍妙な風貌の男が、まだ首の座っていない赤ちゃんのような格好で壁に寄りかかって座っていた。
男はテロテロのサテン生地の和服に身を包み、片手にはジントニックの瓶を持っていた。頭には本物の4本の鹿の角が生えており、顔立ちは整っていたが、どことなく胡散臭い雰囲気をまとっていた。ロウソクの明かりの具合と見る角度によっては青年に見えなくもないが、次の瞬間には初老の男性のようにも見えた。
部屋に入ると、まずマッスグジンとオトノサマが男の側に駆け寄り、ひざまずいて変顔をした。続いて米米太とワタシも男の前へ歩みでて、やはりとびっきりに変な顔を見せた。その奇妙な光景にしばらく唖然としていた私も、慌ててワタシの隣へ行き、みんなの真似をして引きつった変顔を顔に貼り付けた。
5人に一斉に変顔を見せられたその男は不敵に笑い、次の瞬間、にわかには信じられないほど変な顔を私たちに返した。
これには私だけでなく米米太とワタシも驚いたらしく、作った変顔ではなく普通にびっくりした時の変な顔になっていた。
「表を直せぃ〜」
飄々と男は言い放つと、言葉を続けた。
「いやー、あのー、アレだね、よく来たよね、ホント。正直なんで来たのか全然分かんないし嫌な予感がするんだけどさ。まあとにかくよく来たよ、ウン。2人とも久しぶり。」
声をかけられた米米太とワタシは恐縮しながら、まず米米太が口を開いた。
「スケトウダラですね、、。個人経営なので、噛めば噛むほどコクが広がります。」
「ヌフフ、僕も、またこうして天才・米米太君と会うことができてうれしーよ。」
男がスルスルと答えた。会話が一段落ついたのを見て、次にワタシがニヤニヤしながら口を開いた。
「お久しぶりですよ、フタシカ様。再びお目にかかれて、とても嬉しゅうございますです。」
「やあ、ワタシ君。正直、生きている間はもう2人に会えないと思ってたよー。さしずめ、この島までは君がみんなを渡して来たんだね?」
ワタシはかしこまって答えた。
「はい、その通りですね。そしてコレが、つい先月我が主様の3人目の従者となったクウハクなんです。」
「お、お初にお目にかかります!私、名をクウハクと申します!先月より、新しくミゾウ様の従者として働かせていただくこととなりました!」
私はなるべくしっかりフタシカ様を見ながら話した。フタシカ様はそれまでより少しだけ真面目な顔になり、米抜きの炒飯を見るような目で私を眺めた。
「ほう、、ミゾウがついに3人目を取ったのか、、。ということはこれでついに兄弟全員が適当な数を揃えたんだね。んー、、それにしても、、」
フタシカ様はグビッとジントニックを飲みながら続けた。
「むむむ、、なんだか君は、、系統が違うというか、レベルが違うというか、、。なんだか不思議な感じだねぇ。マア(カラスの鳴き声のようなイントネーション)、従者に取るということは、あー、相応の理由があるんだろーねぇ。」
そう言ってまた、フタシカ様はグビッと一口飲んだ。
頃合いを見計らって、ワタシが切り出した。
「フタシカ様、今回我々はミゾウ様からの手紙を渡すために参ったのですよ。」
そう言ってワタシは、米米太に目で合図をした。米米太は頷くと、背中のバックパックからおもむろにゴツゴツした黄金色の壺を取り出した。
「もうこりごりです。」
米米太は困ったバクのように真面目な顔をしながら、丁重にその壺を差し出した。
フタシカ様は壺を受け取ると、一切ためらわずにその蓋を開けた。途端に強烈な味噌の香りが部屋いっぱいに広がった。フタシカ様はその壺にどこまでも澄ました顔で手を突っ込み、ちょっと茶色くなった手紙を取り出した。
そして問答無用でその手紙をビリビリに破いた。すると、散らばった紙片がサラサラと集まり、人の形を成したかと思うと、アメリカ先住民のゴーストダンスを踊りながら手紙を読み上げ始めたのだった。