動く物語
「はぁ…」
漏れるため息に草壁さんの方から苦笑が漏れる。
「やっぱり婚約は嫌だったか?」
草壁さんから漏れる苦笑に慌てて否定を返す。
「……でもやっぱりなんだか不思議で実感がないです」
そう今でも不思議なのだ。
この私が、婚約の宣言を受けたことに。
そして西園寺の屋敷に住まうことに。
イケメンさんは宣言した。
「草壁、俺これと婚約するから」
なんてこと無いように仰られてますけど…この人今なんて言いました?!
理解出来ずにイケメンさんを見るが説明なんて立派な物はない。
…っていうか…、もしかしてもしかしてなんですが…薄々そうなんじゃないかなーとか思ってたですが、このイケメンさん…まさかお見合い相手の西園寺のご子息さま、です…よね?
草壁さんに説明を求める為、見るも頭を抱えて深々とため息を零していた。
「……はぁー……坊ちゃん!何言ってんすか?!」
「だからこれと婚約するって。問題ないでしょ」
これっと指差されたのはこっちで…その指先を目線で辿ると明らかに私に向かっている。
「…私?」
まさかと思って聞いてみるが、お二人は気にせず話を進める。
「…坊ちゃん、それはなりません。諸事情によりそれだけは無理なんすよ」
「なんで?ホンモノの婚約者じゃないから?」
「分かってんならなんで!」
「良いじゃん、ここ来たのはこいつなんだからこいつで。それとも何?逃げた奴見つかるかどうか分かんないのにずっと待つの?」
草壁さんははぁー……と再度深々とため息をこぼす。
「……俺だって嫌で逃げた蘭さんが見つかるかわかんねぇし。このままいくとボイコットされた西園寺の名折れだし、この子と婚約した方が早いとは思ってる。…けどな、四ノ宮の方は蘭さんと坊ちゃんを結婚させたがってる。
あそこの母親はそれ以外認めねぇぜ?」
「なんで?」
「なんで…って、あー…」
そこで言葉を切ると草壁さんはチラリとこちらを見る。
なんだろうか。気にせず話を続けてくれと首を振ると草壁さんは言いにくそうに切り出した。
「今回この話が最初に出た際に四ノ宮のお屋敷は長女を溺愛する母親で成り立っているって話したっすよね?」
そう、うちは姉・蘭が世界の中心である母親が全ての権限を持っている。
「でもいないんじゃ元も子もないと思うんだけど。…分かった。要は納得さえさせたら良いんだよね?」
「……まぁ。そう、なるっすね?」
イケメン(多分ご子息)は何か考えてらっしゃるのかふーんと呟く。
えっと……まさか、本気で仰ってる……んですか?
「あ、あのっ!」
「ちょっと黙って…ねぇ、草壁。基本情報は前回と一緒?」
「だと思うすっけど…」
イケメンさんはそれを聞くとそうと言うと再度思考モードに入られる。
「ねぇ…結納金を倍にしたらいけるんじゃない?」
「結納金…っすか?」
「ひとまず適当に理由つけて、今回はお嬢様を傷物にして多大なる恐怖をお抱かせた慰謝料ですーとか言ってひとまず払う。実際うちのものが傷物にしたんだから責任取るのは当然でしょう、それでいいんじゃない?
そのあと、婚姻の際またこっちのわがままだと言うことにして結納金を倍として支払う」
元々西園寺から支払われる莫大な結納金目当ての結婚である。しかも結納返しはしなくて良いと言う、四ノ宮にはメリットしかない好条件。
「坊ちゃん…簡単に言ってくれますけど…自分が言ってる意味、分かってんすか?」
「分かってるよ。でもこいつと婚約する」
「…その金はどっから出すつもりっすか?」
「俺が出す。それに元々正式な婚約者準備しなかったのはあっちが悪いんだし、その上で結納金額上げるんだし、慰謝料も別途払うんだし、本来向こうが落ち度あるんだから文句の一つも言えないと思うけど」
「だただ、ダメです!」
勝手に進んでいく話に慌ててストップを掛ける。
不機嫌そうにイケメンさんに睨まれてますが、気にしないです。
ってかやっぱりこの人婚約者だったんだ!と、ようやく核心に至ってから事の重大さに気づいたのだ。
「私と婚約とかダメです!…姉上と結婚してもらわなきゃ!じゃなきゃ怒られる…じゃなきゃ…しかも、私なんかとの婚約に結納金を上乗せするなんて」
叩かれる。それに、私なんかが姉よりも倍額で婚約して頂けるだなんて…嘘でも嬉しいがそんな事、母の前で許されるわけない。
劣ってる私がなんでも出来る姉よりも上位に立つことが一つでも有ることは許されないのだ。
でももしそれで良いと母が認めたなら私ら姉妹は金に負けたと言うこと。
母の幸せがそこにあると言うこと。
それを認めてしまうことになる、なんてー。そんなの…。
「…ダメです…」
(出来たら認めたくない、愛されてると思ってたいだなんて)
ずきりと痛む二の腕を抑えながら答える。
とても嬉しい話だし、私でも四ノ宮の役に立つならこの上ない喜びだけど…。
「…桃、結納金を上げる条件、これを花嫁修業として西園寺に住まわす。無理なら婚約すら無かった破断と言うことで」
「そんなっ…、お願いですから姉と結婚してください!」
余りにも無茶苦茶な話である。
抗議の声を上げるが、分かってんの?と端的に返された。
「あんた、このままねぇーさんが見つかんなかったらどうすんの?俺婚約者に逃げられた人だよね?そこわかってる?」
…分かってます。そのぐらい。
「…それを踏まえた上で一番穏便な形で終わらそうとしてくださってることもきちんと分かっています…しかも、失礼な行動をしたこちらにご寛大どころか身に余る処置をして頂いてることもきちんと分かっています。私なんかが姉の代わりになるかは別として、十分すぎるどころか、頭も上がらないご配慮だと分かってる…」
「ふーん…グダグダ言ってる割りには意外とバカではないね」
大変失礼な物言いのされ方ですが、そのぐらいは理解します。
頭では理解はしてます。
ただ、それで納得する母をみたくないと、それで私なんかが婚約することで怒る母をみたくないと思ってるだけなのです。
「分かった、そんなに言うならあんたにも条件を付ける。それであんたが俺の婚約者って契約。そのための報酬。増額したのはあんたが絶対逃げない様に。それで良い?」
「…はい。分かった、です」
それならまだ…納得いく。
それなら姉の代わりになれないけど、明確な理由が有った方が楽だ。
「…いつその話を?」
草壁さんは静かに聞く。
「今日遅くても明日」
事もなげにいうご子息に草壁さんは頭を抱えた。
「あーもう!あんた…無茶も大概にしといてくれよ…分かりました!分かったすよ!
旦那さまに報告して来ます。それから鬼塚さんにも」
くしゃりと草壁さんは困った様に私の頭を一つ撫でてくれる。
「お嬢さま…ごめんな。でも坊ちゃんの事だけは信じてくれな」
この婚約がどんなにこの子に辛い真実を与えようとも。
坊ちゃんが傷つけるだけの事は絶対しないと知ってるから。
だからこそ、この方に慕い思いついて行く。それだけの力を持つ人間だと草壁は信じているから。
だから今は辛くても桃にも耐えて欲しい。
そう願いながら桃の頭をもう一度撫でると、草壁は今すぐ四ノ宮にその話をしに行く旨を、現・当主や執事長の元へ告げに行く。
この方の他人を思う¨わがまま¨の為に。
「草壁、医務室のとこにも。全部診察させて」
「あぁっと!…いけね!嬢ちゃんとりあえず手当しねぇとな!しねぇと!」
大慌てで戻って来て草壁はそれを伝える。
ひょいと姫抱きをしてくれるとほいほいと走っていく草壁。
はやいよー!怖いよー!!
「お嬢さまちょー軽いっすね?ご飯たべてるっすか?」
「食べてます!あっ、あの治療とかや、やめてほしいです!!!」
桃の要望はなんのその草壁はあっという間に、とある人物の前に立つ。
「うっーす、大野さん!ちょっとこの子見て欲しいんすけど!!」
「なんだ草壁、騒々しいぞ…!坊ちゃんの婚約者の方は見つ…かった…草壁、こちらのお嬢さんは?」
その不思議な頭をしてる人は驚いた様にこちらを見つめてくる。
まぁ普通に考えてそうなるです…。
オレンジ頭の婚約者でも無い見知らぬ女が居たら、びっくりするです…。
「えっと…なんか、さっきいろんな事情が重なって急遽坊ちゃんの婚約者に決まった四ノ宮のご令嬢、桃お嬢様です」
「…よく理解出来ないがひとまず分かった」
一つため息を零すとその人は私の目を優しく見てくる。
「私、この屋敷の副執事の大野と申します…身体中あまりにも痛そうだ。…傷を見ますね?」
そんなに見るに耐えられない腫れ方をしているのだろうか?
でも痛みは無いし出来れば治療は遠慮したいです。
「ほんと大丈夫です!なんとも無いです!」
「しかし…」
「お願いです…みないで」
この醜い身体を晒すわけにはいかない。
擦り傷も切り傷もどうってこと無いから、痛みも無いから、だから、お願いだから傷をみないで欲しい。
私の必死の願いが通じたのか、大野さんと言う方は分かりましたと了承をくれた。
「草壁、お嬢さまを部屋の中にお通ししてくれ。…お嬢さま、良かったら何もしないので中で紅茶とかいかがですか?ちょっとお茶の葉集めとティーセット集めが趣味でしてね、出来ればお嬢さまがお嫌いでなければお付き合い頂けないかなぁと」
ふふと柔らかく笑う大野さん。
(あ、似てるー)
優しく笑う兄の姿にそっくりで、少しだけ信じれた。
「紅茶大好きです!頂くです」
「では、ご用意致します…お好みのお茶の葉とかはあります?」
「では、おすすめを」
その回答に中々度胸は座ってると大野は驚いた。萎縮してるようで度胸はあるちぐはぐさに興味を覚えた。
「成る程、通ですね…あぁ、草壁。ちょっと」
どうやらジノリのティーセットは草壁さんが取りに行くらしい。
ジノリだぞー!と言われて多分確実にわかんないっすー!ってやり取りがなんだか面白かった。
その間大野さんと2人きりになる。
「…ごめんなさい」
なんて言ったら分からなくて、とりあえず漏れた一言であった。
「ごめんなさい…私なんかが、婚約者になるかもなんて…いえ…元々はこっちが悪いです。姉が消えちゃって…見つかるかわからない姉よりは私の方が確実なのは分かっています…しかも、慰謝料だ結納金増額だ…なんて…私には勿体無い話です…」
大野はそれで理解をした。
何故この子がここにいて急遽婚約者に決まったのか。
大野は気持ち平素より柔らかくを努めて言った。
「…桃様、坊ちゃんの事お嫌いですか?」
「いえ、憧れはありましたが!嫌いだなんて……ただ、…私の身に余る話だと思ってるだけです」
嫌いだなんて、なれるわけない。
初めてお会いしたあの日から、あの人みたいにカッコ良くなりたいと願ってたのだから。
「では桃様、お願いです。もし憧れが絶望に変わっても、もし他の感情に変わっても何があっても、どれだけ辛い現実に直面しても、坊ちゃんのことだけは信じてください。坊ちゃんは傷つけるだけの事は絶対しませんから…貴方の幸せの為に」
それは草壁さんにも言われた言葉。信じてほしい、と言う言葉。
「……信じます。それだけが私の全てだから」
初めてお会いした時からずっと。
きっとあの人は会ったことすら覚えてらっしゃらないと思うけど。
それでも、その記憶を思い出すだけで、あの人を想うだけでかっこ良くありたいと思える。笑わなきゃと思える。
だから、笑う。
「…素敵な笑顔ですが…折角のレディの頬が腫れてるのは見てて痛々しい、せめて頬の腫れてる所は冷却しましょう」
その問いかけにやはり私は首を横に振るのであった。
ーーーお願い、触らないで欲しいのです。
そしてその日の夕方ー。
私は再び四ノ宮の屋敷へと戻る。
怒り狂う母の姿が簡単に思い描けてとても怖い。
しかし帰らない訳には行かないし、次期ご当主様が私なんかと婚約すると言ってくださる件もきっちり話し合いをしなければならないのだ。
「桃!一体どう言うことです?!問題だけは起こすなと、あれ程!!!」
案の定屋敷についたとたん怒り狂う母に、押し黙る父。
「失礼ですが…」
私を送ってくれ鬼塚さんが口を開く。
「貴方、誰です?」
「私は西園寺のお屋敷に仕えさせております執事の鬼塚と申します」
「その執事さんがうちに何か?今日の件はこの子が勝手にしたこと。後日きちんと正式な婚約相手としての娘を出しますので、今日の事は無かったことにしてくださらないかお願いしたかと思いますけど?!なのに話があるとか急にあがってきて!」
苛々が最高潮に達している母は、執事の鬼塚さんに噛み付く様に声を張り上げる。
そんな母の前に鬼塚さんは一枚の封書を出す。
それから深々と頭を下げられる。
「今回、うちのスタッフがお屋敷にきてくださった桃様に乱暴を働いたと言うことで大変申し訳ありませんでした。それにより、お怪我を負わせてしまいました事、大変深く反省しております。それ故、西園寺が傷を負わせた責任をとらせて頂きたいと。許される話ではないとは思いますが、ぜひともこちらにいらっしゃる桃様に西園寺に嫁入りして頂けないかと思ってる次第でございます。なおせめてもの気持ちとしてこちらでご納得頂けないかと、西園寺は思っておりまして…。ご寛大な配慮を頂けないかと望んでる所存でございます」
静かにそして厳かに淡々と語られる内容に、母も噛み付く勇気がなくなったのか静かに封書へと手を伸ばす。
そこには西園寺現理事を持つ西園寺氏の直筆の詫び文が並んでおり、そしてこの度の結納金の上乗せ及び、慰謝料の支払い等が明記されてるとのことであった。
それにより母と父はざわりと動揺を示す。
「蘭が…」など、「でも、結納金が」ともめている様だ。
慰謝料として出されてる額も、結納金にほぼ同額に近い額とのことでそれも両親の動揺を誘っているのだろう。
ほんと、…私にそこまでの価値は無いのに…
何故そこまでして私との婚約話を進めるのか分からなくて私は黙る以外出来なかった。
裏切る様なことをしてるんだから見限ってしまえば良かったろうに。それに他に良いご令嬢がいくらでもいらっしゃるから一人や二人逃げられたところで、あの方には問題一つ無いだろうに。
よっぽどその私につける条件が厳しいのか…。それならそれでもういい。
御曹司が望む条件ならどんなことでも覚悟できそうだ。
そして、あの人達は信じて欲しいと言った。
『坊ちゃんを信じて欲しい。…どんなに辛くても』
大丈夫、昔から信じてた。あの人の言葉が私の勇気だから。
ギュッと掌を握る。
あの人を再度信じると決めた以上、もうかっこ悪く現実から目を向けない。
続く会話を待つ。
「…なお、この話を呑んで頂けないようでしたら西園寺はこの話自体を無かったことにしようと思ってる様です」
「そんなっ!横暴です!」
「西園寺はそのぐらいの気持ちで桃様との婚姻を望んでおります。出来ればご理解頂けないかと」
…脅しにも近いその発言に母は項垂れたように見せると分かりました、と了承する。
「…そこまで西園寺のご子息に望んで頂けるなら桃も本望でしょう。」
娘を失う悲しみを称えた笑顔の目に母の本音が見えた。
(…嬉しそう)
ならば良い。母がそれで幸せなら良い。
私は笑えてただろうか。
ズキズキと痛む腕となんだかグラグラと歪む視界。
まだ、泣かない。
ー母にとって私らがそれだけでも良かった。
……愛されたかった、だなんて。
今更叶わぬ夢物語だけど。
嬉々として、西園寺からの同意書にサインを入れる母と父。
「…では、許可も得た様ですし今から桃様は本日より花嫁修業の一環として婚姻を結ぶまでこちらで生活していただきます」
「はっ!?どう言うことです?」
慌てふためく母。私も思ったが流石に早すぎる展開だと思う。普通最低一ヶ月ぐらいは準備期間が有るはずと思ってたからだ。
「西園寺からの条件に入ってたかと思いますが」
しかし、西園寺からの封書に記載されてる内容の条件にそれも記載されているのだ。
同意書にサインを入れた時点で、私は西園寺の屋敷に住まうこと。
それが守れない場合は、即破断と言う契約内容も含まれてた筈だ。
別に同意出来なかったから言って特にこちらに不都合がある条件は組まれてない。
…が、きっと破断にはしないのだろう。
私一人で得れる莫大な収益をまえに、やめるとは言わない筈である。
「…西園寺のご子息が桃を望んでくださったのです。…悲しいですが笑顔で見送りましょう、桃。悲しい事ですが、仕方ありません…。西園寺の方をお待たせするのはなりません!荷物を今すぐまとめなさい」
悲しいなんて思ってくださらないくせに…。私は荷物を纏める為に談話室を後にしたのだあった。
私がここで生きて来れたのはこの優しい姉上のおかげであったと思う。
ひとまずビリビリに破ってしまった姉の服を脱ぎ捨て、自分の衣服を身に纏う。
必要最低限の洋服をまとめると、後は付き人を勤めてくれた女性に明日以降に服を纏めて送ってくれる様頼んだ。
それからお待たせしている鬼塚さんの元へと走る。
「…行きましょうか?」
「はい…」
余計な言葉など語らない必要最低限の言葉にこちらも必要最低限で返した。
見送りは付き人を勤めてくれた女性や、料理人など屋敷の皆がしてくれた。
兄上はまだ仕事で戻って来てないとの事で、きっと戻って来た場合驚きで倒れるのかもしれない。
それから西園寺の屋敷に戻ってくる。
…戻って来た。二度と来ないと思ってた場所に。
私には縁が無いと思ってた、憧れの場所に。
「お、お嬢様おかえりっすー」
「……草壁さん…」
階段の上からひらひらと手を振る草壁さんになんだか安心する。
「帰って来て早々で申し訳ねぇんですが、お嬢様の部屋にひとまずご案内致します。」
ひょいっと私が持って来てた手荷物を受け取ると草壁さんは案内してくれる。
鬼塚さんは車を車庫に戻してくるとかで代わりに草壁さんが案内することとなったらしい。
「はぁ…」
漏れるため息に草壁さんの方から苦笑が漏れる。
「やっぱり婚約は嫌だったか?」
草壁さんから漏れる苦笑に慌てて否定を返す。
「……でもやっぱりなんだか不思議で実感がないです」
そう今でも不思議なのだ。
この私が、婚約の宣言を受けたことに。
そしてこの西園寺の屋敷に住まうことに。
…あの方が何故私との婚約話を無理にでも進めたのか。
「……でも、お嬢様がここにいる。今はそれが全てだ」
にっ、と笑う草壁さん。
「お、お嬢様のお部屋はここっす」
端から多分二つ目の大きな部屋に通される。
とても広くシンプルながら可愛らしいお部屋。
自分の部屋ではありえなかった可愛らしいお部屋である。
「あぁ、お好みでなければすぐ変えて下さい。もし気に入らないなら家具も全て変えて良いと坊ちゃんからも話が出てるっす」
「何をおっしゃてるですかっ!」
こんな自分には似つかわしい可愛らしいお部屋…可愛らしすぎて変えるなんて…なんて恐れ多い。
「…むしろ使う事すら恐怖を抱きます」
「ははっ、そんなに萎縮なさんないで下さいっす…あ、お嬢様、申し訳無いんですが夕飯まで少しお時間頂くんでお部屋でお休みください」
またご飯がご用意出来たらお呼びします、と言われ草壁さんが静かに部屋を出て行き、私はその上質で可愛らしいお部屋に一人になる。
身の置き場が分からず、ひとまず部屋の中央で一際存在感を示す天蓋ベットに近づく。
「うわっ…柔らかい」
ふんわりとした羽毛布団が上質なシルクのカバーに包まれている。
そっとその布団に乗ると、しっかりとしかし優しく弾力のマットが身体が沈み込まない様に受け止めてくれる。
流石西園寺、一流ブランドのマットである。
あまりにも気持ち良い感触にふんわりと身体を包まれて、なんだかほろほろとまた涙腺が緩む。
「…う…だめ」
うるうると熱を帯びる視界。
今日はいろんなことがあった。姉の身代わりでここに来て、閉じ込められて叩かれて、飛んで、そしたら、憧れの人に姉の代わりに婚約宣言されて…母には追い出されて。
もう…いいかな?
もう一人だし、誰にも迷惑かけないし、いいかな?
ボロボロ、ボロボロ。
さみしかった。苦しかった。辛い。
母に叩かれても愛情だと思っていたかった。
でも結局違って、母にとってわたしはそれだけでしかなくて。お金が手に入ると聞いたあの母の笑顔なんて、今まで一度も見たことない笑みだった。
西園寺にきて、草壁さんの笑顔に安心は出来たけど、不安でしかない。
このわたしがなんで、どうして。
ここでやっていけるのかも分かんなくて。
でも、あの人の事は信じたくて。
信じたくて、信じると再度思っても怖くて。
ぼろぼろ桃は泣いた。
ーお願い、助けて。
姉上、じんにぃ。
わたしは、どうしたらいいかもう、わかんない。
幸せなんてわかんないよ。
未来なんてわかんないよ。
あの人を信じ続けていいかわかんないんだよ…。
だけど
四ノ宮桃、16歳
憧れの人と今日、婚約宣言、致します。




