第984話 集まってきた成熟体
俺らが戦っていたタイドプールの敵は全て倒し終わり、海の方の様子も刹那さんの説明で少しだけど分かった。まさか陸の方から海の方へと餌になる何かを投げ入れろとはね。
「戻ったのである!」
「おう、お疲れさん。てか、そこの海の中ってもしかして結構人がいたりするのか?」
「当たりであるよ、アルマース殿! 干潟には行けない者たちが集まってきているのである!」
「……なるほどな」
「あー、そういう感じか」
ここからでは磯場に白波が立ってるようにしか見えないけど、その下の海の中にはしっかりと人が集まってきてるんだな。まぁ海エリアの人が全員、無理に海面へ顔を出す必要もないか。
「刹那さん、餌ってなんでも良いのー!?」
「まだ分からないのであるが、おそらくこの場で手に入るもので大丈夫かと思われるのである!」
「それならあれじゃねぇか、迅雷の」
「そうであろうな、疾風の」
「何か心当たりがあるのか、風雷コンビ?」
「おうとも、さっきの昇華魔法で大量にな! なぁ、迅雷の!」
「山ほどの小魚や貝がアイテムとして手に入っているのだ! なぁ、疾風の!」
「って、そんなのあったんかい!」
「餌の確保までもう終わってるみたいなのさー!?」
「それは真であるか!?」
「……まぁタイドプールの中にいたならそうなるか」
確かに一般生物を仕留めたらアイテムになったりはするし、そこのタイドプールの中にも一般生物がいたって事なんだろうけど、それも既に撃破してアイテム化済み!? これって……もうやる事が終わってない?
「よし、次からは電気の昇華魔法は封印で!」
「……効率は良いが、逆に良すぎて暇になるな」
「あぅ……それは退屈なのです」
海水に電気は効果があり過ぎだよ、冗談抜きで! もっとこう色々と戦いながら経験値を稼いでいくのを想像してたけど、電気の昇華魔法がバランスぶっ壊してるじゃん!
いや、本当にぶっ壊れてるのか? なんか帳尻合わせがどこかで出てきそうな予感もする。……1時間を待たずに、俺らが戦う相手の枯渇とかあり得るんじゃ? うん、その可能性はありそう。
「我らはやり過ぎてしまったようだな、疾風の」
「どうもそうっぽいな、迅雷の」
「とりあえず風雷コンビは餌を撒いてもらってもいいであるか? そうすれば、この退屈な状況もどうにか出来るかもしれないのである!」
「それもそうだな。行くぞ、疾風の!」
「おうともよ、迅雷の!」
そう言いながら風雷コンビは海の上へと飛んでいき、インベントリから取り出したっぽい小魚やら貝やらを次々と捨てる方にばら撒いていく。うん、とんでもない量が出てきてるけど、これってどんだけあるんだよ!?
「なぁ、ソラ? 風雷コンビは何やってんだ?」
「刹那さんがさっき言ってた餌を撒いてるんじゃないかい?」
「え、さっきの今だよな!?」
「そこは僕に聞かれても知らないとしか言えないよ?」
「……そりゃそうだ。リーダー、リュウグウノツカイはもう少し待機か? 流石に暴れて面倒になってきたんだが! うわっと!?」
「紅焔、落とさないようにね?」
「ソラの方こそな!」
「……いや、下ろしても構わん。ケイ、今は何も居ないのなら、そこのタイドプールを使わせてもらうぞ」
「え? あ、いいぞー!」
紅焔さんとソラさんが2人がかりでもちあげてるリュウグウノツカイは海に落としたら面倒だけど、全滅して何も居なくなってるタイドプールになら下ろしても逃げられる心配はないのか。その方が2人への負担も少なくて済むしね。
「アル、そういう事っぽいから少し退避!」
「おうよ!」
「拙者も乗せてくだされ!」
「高みの見物なのさー!」
「ソラ、いくぜ!」
「分かっているよ!」
とりあえず餌をばら撒いている風雷コンビ以外は、アルに乗って上空へと退避! それと入れ替えで、紅焔さんとソラさんが持ち上げていたリュウグウノツカイがタイドプールに落とされた。
うん、どう見てもリュウグウノツカイには狭いけど、まぁ一時的な保管場所としてはこれで充分なはず。……こうする為に空けた訳ではないけど、結果的には良しとするかー。
「ベスタ、それでそのリュウグウノツカイはどうするんだ?」
「他の成熟体の連中が来るまでは、ここで捕獲だな。他のタイドプールでの討伐が終わりだしたら回収するから心配はいらん。それまでには……あぁ、来たか」
ん? ベスタが崖上の方を見上げて……あぁ、色々な種族の成熟体の人達がやってきたみたいだね。目に見えて未成体とは違うのは、4本の尾のキツネの人とか、明らかに蔓の部分は伸びて実が増えているスイカの人とか、2対の翼になってるタカの人とか、爪が明確に鋭くなってるライオンの人とかか。
他にはパッと見た限り、どうも全体的に大きくなったり、属性の色がはっきりと鮮やかに出るようになってるっぽい? あー、特性が絡む部分の白い模様が複雑になって強調されてたり、ゴツくなったりしてる感じもする。
「おっ、マジでリュウグウノツカイがいるぞ!」
「おっしゃ、成熟体が居たのはありがたい!」
「よし、まだ人数は少ないっぽい!」
「刻印石が落ちるかどうかは運任せで誰が手に入れても恨みっこなしだからな!」
「あー、新スキルの取得も試したいけど、この人数じゃ流石に無理っぽいな」
「そこは諦めろ。」
「とりあえず連結PTを組んでいくよー!」
「「「「「おう!」」」」」
「紅焔、ソラ、お前らは行ってこい」
「おうよ、リーダー! って、なんでPT申請を拒否すんの?」
「……ベスタさん、PTを組んでもらえないかい?」
「いや、俺は連結PTからは外してくれて――」
「流石にそういう訳にはいかないね。それはみんなが納得しないよ」
「……はぁ、なら好きにしろ」
「そうさせてもらうよ。紅焔、もう一度申請を頼んだよ」
「おうよ! おっし、そんじゃサクッと連結PTにして、リュウグウノツカイをぶっ倒すぜ!」
「その前に連結PTを組んでからだから、焦りは禁物だよ」
「分かってるって!」
そんな風なやり取りも見えつつ、紅焔さんとソラさんは崖上へと向かって飛んでいった。ベスタは今回は集まってきてた人達に譲るつもりだったみたいだけど、ソラさんが強引に押し切ったね。うん、今のはそれで良いはず。
「ベスタさん、ああいう譲り方はなしなのさー!」
「なんで飛び降りてんの、ハーレさん!?」
あ、クラゲの傘を広げて、ベスタの背中の上に着地するように降りていった。いや、言いたい事は分かるけどそこで飛び降りる必要ってあった? って、刹那さんまで追いかけていったよ!?
「拙者もハーレ殿に同感であるな! ベスタ殿、今のは無しであるぞ!」
「……最近それはよく言われるな」
「それはそうなのです! 真っ先に確保してくれた人を、除け者にするのは無しなのさー!」
「……どうにも今日はここ数日に増して、調子が狂ってるな。我ながら、らしくねぇ……。もうしばらくは大人しくしていろ!」
全身から白光を放ち出したリュウグウノツカイの頭を岩場に向けて踏みつけて、動きを封じてる!? あー、うん。思いっきり朦朧が入ったっぽいし、成熟体でも同格の相手であればこの辺はちゃんと効果はあるんだね。
それにしても、なんだかさっきの譲ろうとしたのはベスタらしくない気がする。先行して確保するところまではベスタらしい感じだったけど、全面的に譲ろうとした事になんだか妙な違和感があるね。
ソラさんみたいな反応は予想出来てそうなもんだけど、ベスタに俺らがいない間に何かあった? ちょっとその辺の事を聞いてみるか。
「アル、ちょい質問。ベスタは何かあったのか?」
「……多分だが、赤の群集と青の群集が力を伸ばしているのを警戒してるんだろうな。個人戦ではないから、総合力を上げようと焦ってるんだと思うぞ」
「焦ってるって……ベスタが?」
うーん、そう言われてもどうもベスタのイメージと合わない気がする。あのベスタが焦って、他の人に過剰に譲るような事をしてる? 他の人に配慮をするのはベスタって感じもするけど、やっぱり妙な感じだ。
「そうか、ケイは知らぬのか。なぁ、疾風の」
「そういえばそうなるのか。なぁ、迅雷の」
「……知らないって何が?」
風雷コンビが何かを知ってる感じで近くに飛んできたけど……って、インベントリから小魚を取り出して放り投げながらなんかい! なんか重要っぽい話な気がするのに、その状況でいいのか!? いや、止める必要もないからいいけどさ。
「ベスタは成熟体の争奪戦の際に負けたって話だ。赤の群集と青の群集の両方にな」
「え、マジで!?」
「多勢に無勢ではあったらしいがな。なぁ、疾風の」
「流石に集団で襲われたらどうしようもないと思うけどな。なぁ、迅雷の」
「あ、別に1対1って訳じゃないのか」
ベスタが負けた事そのものが驚きではあったけど、相手が複数人なら流石のベスタでも負けるんだな。……いや、それでも勝ちそうな弥生さんとかが普通にいたよ。
いやいや、流石に弥生さんは特殊例だし、あれを基準に考えたらダメなはず! って、そういう基準で考えたらベスタだって特殊例じゃん! 少なくとも強さはかなり飛び抜けてるしさ!? ちょっと待て、そもそもベスタを倒したのは具体的に誰だ?
「……ベスタを倒した集団って、具体的に誰?」
「言ってもケイは知らないと思うぞ。ここ最近、急激に伸びてきてる連中だからな」
「育成期間を使って、新たな種族で強化してきている連中だそうだな。なぁ、疾風の」
「赤の群集はバランス良く、青の群集は一芸に特化しているらしいぜ。なぁ、迅雷の」
「あー、なるほど……」
昼間にもアルが言ってたよな、赤の群集や青の群集で急激に強くなってきている人がいるって。その人達が……具体的に何人かは分からないけど数人でならベスタを倒すほどの強さになっている訳か。
そうなってくるとベスタが焦っているのはベスタ自身が勝てなくなる可能性じゃなく、群集の総合力で負ける可能性を危惧してなのかもしれないね。灰の群集は学生組が多くて、他の群集との差が埋められてきてるとも言ってたもんな。
競争クエストが控えているのなら、それは確かに焦る気持ちは分かる事態だ。でも、それはベスタ個人が遠慮して解決するべき事ではない。
「強くなってる奴が増えてるのは上等じゃん! それなら俺らがそれ以上に強くなって返り討ちにするまでだ!」
「ま、単純に言ってしまえばそういう事だな」
「……ケイ、アルマース、そういう事はまず成熟体に進化してからだ。青の群集はジェイが育成方針を決めているようで、明確に対策を練ってきている。臨機応変さでは頼りにしているから、まずは進化を優先しろ」
あ、思いっきりベスタに聞こえてたっぽい。まぁそんなに離れてる訳でも、小声にしてた訳でもないから、そりゃ聞こえるか。……うん、聞こえないように配慮すべき内容だった気がする。
「てか、ジェイさんが絡んでんの!?」
「絶対にとは言えんが、高確率でそうだろうな。青の群集のオオカミの攻撃に合わせて、視認出来ない超遠距離からの狙撃なんて連携を気軽に使われてたまるか。危機察知持ちの奴相手に対しても、攻撃の方向を合わせて狙撃してくるからな」
「……えーと、それって相当やばいんじゃ?」
え、視認出来ない距離からの狙撃って何!? どういうスキルを使えばそういう芸当が出来るんだ!? てか、危機察知の方向に合わせてって、確実に連携して動いてるよな!?
それが青の群集の人って事なら、作戦立案をしているのがジェイさんの可能性はかなり高いなー。ベスタでも避け切れない狙撃攻撃……どう防ぐ? いや、そもそも手法を見破るのが先か?
「ハーレさん、同じ真似は出来るか?」
「実物を見てみないとなんとも言えないのです!? でも、普通の狙撃や貫通狙撃だけではない気がするのさー!」
「……だよなぁ」
うーん、ここで話を聞いただけでははっきりと断定は出来ないか。そもそも成熟体になったベスタを倒してるのなら、相手も確実に成熟体だよな。そうなるとまだ未知のスキルも多そうだし、ベスタの言う通りまずは進化を目指すべきか。
「さて、とりあえず今は話は終わりだ。リュウグウノツカイを放っておく訳にもいかんしな」
「リーダー、とりあえず今は丁度18人だ! サクッとぶっ倒すぜ!」
おー、紅焔さんを筆頭に崖上にいた成熟体の人達が一気に集まってきてる! 連結PTの編成が終わったっぽいし、これからリュウグウノツカイを討伐か。
「ハーレと刹那はアルマースのところまで戻っていろ。リュウグウノツカイを解放するからな」
「はーい!」
「承知!」
流石にこれ以上近くにいると危険と判断したのか、ハーレさんと刹那さんが上空にいるアルのクジラの上まで戻ってきた。うん、刹那さんのヒトデがハーレさんのクラゲを持ち上げて浮かんできてくれたっぽい。
「サッサと仕留めてしまえ。『アースボム』『飛翔疾走』『白の刻印:剛力』『爪刃乱舞』!」
そしてリュウグウノツカイの頭を踏みつけていたベスタが、アースボムでその頭を浮かせて、白光を放ちながら連撃で吹っ飛ばしてる! いやいや、爪刃乱舞にしては一撃ずつの威力が相当上がってない!?
あれが刻印系スキルの効果? 確か白の方は自己バフって話だったし、ベスタが使ってるのは『剛力』って言ってたから、威力強化の効果っぽい?
「んじゃ一番手、行くぜ! 『魔力集中』『火刃熱閃舞』!」
「ちょっとそれを当てるのは待ったー! 『アイスエンチャント』! ふぅ、これでよし!」
「お、サンキュー! おらよっ!」
「紅焔、いつの間に応用魔法スキルに続いて、応用複合スキルまで……」
「まだ私はどれも取れてないのにー!? 『魔力集中』『連閃』!」
「ふはははは! これでもくらえ! 『フレイムランス』!」
「好きに攻撃するって方針だったけど、これは自由過ぎない!?」
「与えたダメージが刻印石のドロップ率に関係してるんじゃないかって推測があるからなぁ! 『魔法砲撃』『サンドショット』!」
うわー、色んな人が色んなスキルを使って、あっという間にリュウグウノツカイが仕留められたよ。うん、フィールドボスって訳でもない敵なら、こんなに人数が居たらそりゃ瞬殺だよね。
それにしても白い爪が赤熱化して火の粉を散らしながら攻撃してた紅焔さんの攻撃はカッコ良かったな。応用魔法スキルは溜めが必要だから、リュウグウノツカイを攻撃するには間に合わずに不発になったようである。ちょっと魔法砲撃にしたサンドショットは見てみたかった……。