第756話 海での討伐作戦 その4
ジンベエさんに乗ってやってきた指揮をしていたはずのレナさんの到着と、すぐ近くに広がるイカの包囲網の完成。それはすなわち、俺らの役目の終わりと、作戦の最終段階の始まりを意味している。
「あ、みんなー! 気になるのは分かるけど、余所見してると危ないよー?」
「あはは、確かにそれはそうかな……! ちょうど再使用可能になったし、出し惜しみ無しかな! 『爪刃双閃舞』!」
「サヤ、援護するのさー! 『連速投擲』!」
みんなも一瞬気が抜けた感じではあったけど、レナさんのその一言で体勢を立て直していく。どうやらサヤの爪刃双閃舞の再使用時間が……って、強弱の変化が早くなってるって事はLv3で発動したのか!?
ふむ、Lv3での発動ならLv2以上にアンモナイトの意識を逸らせて……いや、明確にサヤへと攻撃が移って、アンモナイトの触手がサヤへと向いている。……これはハーレさんだけで――
「ライルさんとケイ以外はサヤの援護だ! この状況で死なせるな!」
「分かってるぜ、アルマースさん! ソラ、フレアボムをやるぞ! 『ファイアボム』!」
「……まぁ邪魔する程度にはいけると思いたいね。『ウィンドボム』!」
「我らも行くぞ、疾風の!」
「おうよ、迅雷の!」
現在アンモナイトを捕獲中のヨッシさんと、交代要員である俺とライルさん以外のみんなが対応に当たっていく。ヒットアンドアウェイでアンモナイトへと攻撃をしていくサヤと、サヤに襲いかかる魔法をみんなで迎撃していくという形にはなっているね。
それにしても全然アンモナイトのHPは減らないけど、俺も含めてみんなボロボロである……。あー、成熟体を相手にここまで戦うのがそもそも無茶な話か。
「お、サヤさんもみんなもやるねー! ベスタさんから聞いてた限りではこれからの伝達も危ういかと思ったけど、これなら少しは大丈夫そうだね」
「あぁ、そうだな。……よし、アンモナイト拘束班、油断せずに聞いてくれ!」
あ、ベスタが大声でそんな風に呼びかけてきた。ベスタは今回はほぼ参戦してこなかったけど、どうやらレナさんとかと情報のやり取りをしてたんだな。……流石のベスタも成熟体が相手だと他の事に意識を割く余裕はなかったのかもしれないし、後方支援に徹していたんだろう。成熟体相手は逃げるだけでも難しいのに、情報の交換をしながらは厳しいもんな。
「本題に入る前に謝っておく。俺でもそのアンモナイト相手では油断が出来ない戦闘になってしまうから、連絡を取りながらでは下手に手出しをする事が出来なかった。……その点はすまなかった」
「あー、やっぱりそういう理由か。ベスタ、そこは気にすんな! ぶっちゃけそれをやれって方が無茶振り!」
「ケイの言う通りだな。それでベスタ、本題に入れるか」
「あぁ、そうさせてもらおう。既に察しはついていると思うがイカの追い込みはほぼ完了して、もう間もなく攻撃圏内に入る。刹那、カウンターの誘発準備を始めてくれ」
「了解なのである! カウンターを誘発するスキルは何でもいいのであるか?」
「あぁ、それは問題ない。好きなだけ派手にやっても構わん」
「そういう事なら、それはそうさせてもらうのであるよ!」
ベスタが静観していた……いや、実際には声が聞こえていなかっただけで静観してた訳じゃなく、俺らの様子とイカの追い込みの両方の把握をしていたんだろう。……どっちの戦闘にも巻き込まれないようにしなきゃいけないから、誰でも良い役割じゃないしね。特にアンモナイトの方は……。
それはそうとして刹那さんがイカのカウンターの誘発準備に入ったという事は、もう作戦も大詰めだ。辛子さんが一度死んだのと、アルのクジラが死んだ程度で済んだ……って、全滅は覚悟してはいたけど、せめてイカの討伐が済むまでには殺られる人は出したくなかったなぁ……。
いやまぁ、予想以上にアンモナイトが厄介だったから仕方ないけどさ。てか、海上に出してから結構経つのに、平然とし過ぎじゃない!?
「それでだ、ケイ、ライル、まだ1発くらいは岩の操作は使えるか?」
「あと1発ですか? まぁそれなら行動値は残ってはいますけど……」
「俺もそれは大丈夫だぞ」
「よし、それならケイとライルが同時に岩の操作でアンモナイトを叩き、その勢いを利用してヨッシがイカに向けて加速をさせていくのはどうだ? それをイカのカウンターにぶつけるつもりなんだが」
「ほほう? それは結構爽快そうだな。どうする、ヨッシさん、ライルさん?」
「少しは拘束以外で反撃はしておきたいですし、私は賛成ですよ」
「私も賛成。その後に逃げ切れなくて全滅しそうな気もするし、その前に少しくらいはやり返しておきたいよね」
ははっ、ライルさんもヨッシさんもただひたすらに拘束のみで一方的に攻撃されていたのは面白くは無かったみたいだね。
他のエリアまで逃げ切れば全滅は防げそうではあるけど、正直これだけ戦闘をしていたらアンモナイトが逃してくれるとも思えないなー。アルのクジラが無事だったら逃げ切れる可能性はあったとは思うけど、全滅するならそれなりの一撃くらいは叩き込んでおきたい。
「なら、それで決まりだ。俺の合図で刹那は分体を生成してイカのカウンターを誘発。それと同時にケイ、ライル、ヨッシの3人でイカに向けてアンモナイトをぶっ飛ばせ」
「了解なのである!」
「えぇ、分かりました」
「全力でやるよ!」
「おっし、やってやる!」
さーて、アンモナイトからしたら格下の俺らの最後の悪足掻きをしてやろうじゃないか。その後に俺らは全滅する可能性は非常に高いけど、それは想定内なので問題なし!
「あ、そうそう。イカを空中まで打ち上げる事になったから、そのつもりでお願いねー!」
「え、イカを打ち上げるのか!?」
「それは聞いてないのであるよ!?」
「さっき決まったんだよ、なぁ、ベスタ」
「……あぁ、そうなる。すまんな、伝えられる様子ではなかった」
「……確かにそりゃそうだ」
「……それはそうであるな」
「ちなみにカウンター攻撃は受けた攻撃の威力によって変動するみたいだからねー。どうも応用スキルっぽいから、誘発するのは出来れば高威力の応用スキルでお願いー!」
「そうなのであるか! それは了解したのである!」
今はサヤとみんなで奮闘して少し余裕が……って、もうそれほど余裕はなさそうじゃん!? こりゃ急いだ方がよさそうだ。でもまぁイカも空中に打ち上げるなら、今までみたいに逃げられなく……いや、完全に逃げ道を封じる為の空中への打ち上げか。
「もうサヤ殿達の稼いでくれた猶予もなさそうであるし、始めるのであるよ! 【我が身を分け、雄大な太刀となり、風を纏いて両断せよ! 大太刀之断風!】」
「……だな。ライルさん、俺らも準備をするぞ」
「ええ、分かりました。『アースクリエイト』『岩の操作』!」
刹那さんが大型化した上で分体を生成し、緑色を帯びた銀光を放ちながらチャージを開始している。なんかイカを打ち上げてくるみたいだし、思いっきり斬りつけるつもりみたいだね。……イカのサイズが50センチくらいだから、大き過ぎる気もするけど。
まぁそれで倒してしまったらここまでのアンモナイトとの戦いの意味がないから、Lv1での発動っぽいけどね。……うん、カウンターを誘発する為の攻撃でイカを倒すとかになったら流石に泣くぞ。まぁとにかく俺も準備をしていこうっと。
<行動値1と魔力値3消費して『土魔法Lv1:アースクリエイト』を発動します> 行動値 36/70(上限値使用:8): 魔力値 213/216
<行動値を19消費して『岩の操作Lv4』を発動します> 行動値 17/66(上限値使用:8)
あ、海に落とされて戦闘から離脱状態になってたから、ちょっとは行動値は回復してたっぽい。まぁそれは今はどうでも良いとして、岩をハンマー型……は微妙っぽいから、円柱状で良いか。ぶっちゃけ取っ手部分はいらないしさ。お、ライルさんも俺と同じような形の岩を生成したね。
「俺がタイミングを合わすから、ライルさんは全力で打ち付けてくれ」
「えぇ、そこは技量の上のケイさんにお任せします」
「そりゃどうも。ヨッシさんは、叩きつけた衝撃に合わせて移動させる感じでよろしく」
「了解! あ、ベスタさん、これってイカのカウンターがアンモナイトに当たる直前には解放した方がいい?」
「……そうだな。拘束しているだけで狙われやすいようだから、解除しておいた方が良いだろう」
「やっぱりそうだよね。うん、そうするよ」
拘束したままだとヨッシさんの拘束に対する攻撃からイカのカウンターへと切り替わるか心配な側面もあるから、ベスタの言うようにそこは切り分けておいた方が良いとは俺も思う。
それにしても何だかベスタの様子が少しいつもと違うような気がする……? んー、さっきは情報の伝達役として下手な事は出来なかったとは言ってたけど、それだけか……? 何かそこに違和感を覚えるんだけど、よく分からないな。
「そろそろ限界なんだけど……準備は……どう?」
「はぁ、はぁ、なんだ? もうギブアップか、カステラ?」
「……辛子こそ……限界そうじゃないか」
「もうみんな行動値が厳しいかな!」
「分かっているであるが……よし、チャージ完了なのである!」
おっと、みんなが満身創痍になっている状態で最後の詰めの用意が整ったか。さて、それじゃアンモナイトを利用したイカの討伐作戦、最終段階の開始だな!
「レナ、ジンベエ、合図を頼む」
「はーい! イカ包囲網の伝達係の人に通達ー! 最終作戦を開始するから、海面側を解放して、側面から逃さないように多重に海流の操作や水流の操作の展開を開始! ジンベエさん、最後はよろしく!」
「おう! シアン、セリア、作戦通りに空中へイカを打ち上げろ!」
そのレナさんとジンベエさんの合図によって、無数の明かりのある包囲網の外側に異常な程の海流が多数発生し、先程までは海面部分も覆っていた包囲網の海面部分だけを空けていく。なるほど、そこからイカを打ち上げるんだな。
「シアン、いくよー! 『シーウォータークリエイト』『海水の操作』!」
「了解ー! 『海流の操作』!」
そうして、包囲網の海面部分の空いた部分から海水の球の中にいるイカと、その海水の球を押し上げるように空へと向かって伸びていく海流があった。……無茶なやり方をするもんだな。
「あ、イカが海流に逆らって戻ろうとしてるかな!」
「「させないよっと!」」
「逃げ回ったイカめ、覚悟するのである!」
逃げる素振りを見せたイカに対して、シアンさんとセリアさんが海水の操作と海流の操作を即座に解除していく。当然ではあるけども、それでイカが完全に空中に放り出されて、もはや逃げ道はない。
そのタイミングを見計らって、刹那さんが大型化した分体のタチウオを上から叩きつけるように斬りつけていく。だけど、その一撃をイカが触手で真剣白羽取りのように受け止め、本体には当たらないようにしながら反動で触手が後方へと伸びて……くっ、攻撃を受け止め伸びたゴムのような形にして反動を利用するカウンターって事か!
この刹那さんを捕まえたような形の場合だと、反動を利用してどこかに投げ飛ばすような形になりそうだけど……まぁ今回はその様子を見る事はなさそうだ。
「分体生成は解除なのである! ケイ殿、ヨッシ殿、ライル殿、後は任せたであるよ!」
「おう、任せとけ! やるぞ、ヨッシさん、ライルさん!」
「了解!」
「えぇ、分かりました!」
そこから用意しておいたライルさんの岩でアンモナイトの背後から殴りつけ、ヨッシさんがその勢いに合わせて拘束に使っている氷塊で加速していた。更にその状態に合わせて俺の岩で追撃の加速も加えていく!
俺もライルさんも岩の操作を一気に最大加速をしたからあっという間に操作時間が無くなって消滅して、ヨッシさんの氷塊もかなり砕けてしまっている。……味方の魔法でも壊せるのがちょっと面倒なとこだけど、破壊よりも加速に力を回せたようなので思ったほどの破損状態ではない。
「今! 氷塊解除!」
そうして刹那さんの攻撃に対してカウンターを仕掛けようとしていたイカは、刹那さんの分体が消えた事で伸びた触手はそのまま反動でアンモナイトへと向かっていく。
それと同時にヨッシさんの氷塊での拘束から解放されたアンモナイトに、イカのカウンター……パッと見ではイカパンチが炸裂した。よし、作戦通りにイカのカウンターをアンモナイトに当てられたぞ!
「……後はこれでどうなるか」
思わず自覚のある独り言が漏れたけど、とにかく事態の推移を見守っていく。これでアンモナイトがイカに対して何もしなければ大失敗になってしまうんだけど……あ、アンモナイトの眼前に砂で構成された球体が生成されていく。
これって全然見た事がないんだけど、未知の魔法か!? アロワナも未知の魔法っぽいのは使ってきたし、やっぱり成熟体から上位の魔法が存在してそうだね。
「ほう、そうくるのか」
「あ、これはみんなヤバそうだねー! アンモナイトとイカの直線状にいる人、退避ー! 大急ぎでねー!」
そのレナさんの発言が包囲網を構築していたみんなに伝わったのか、集まっていた光源が左右へと散らばっていく。光が薄れているのも多いから、深く潜った人もいるっぽいね。
そしてその直後に海へと落下していくイカに向けて凝縮された砂がかなり広範囲に散弾のように撃ち放たれて、イカのHPが消し飛び、ポリゴンとなって砕け散っていった。……イカのHPは多少減ってはいたけど8割くらいはあったのに、ただの一撃でそれを消し飛ばす威力か。
あれ、今のを俺らに使われてたら詰んでたんじゃない? ……うん、実際は使われなかったんだし良しとしよう。とりあえずこれで作戦は終了ー! さて、後は俺らアンモナイト拘束班がこれから逃げ切れるかどうかが問題だな。




