第718話 ハーレとレナの対決……? 上
そうしてハーレさんとレナさんの模擬戦の中継が始まった。今はまだ対戦開始までの1分間の猶予期間だけどね。
えーと、対戦エリアは……森林エリアで昼間みたいだね。アイテムの使用は不可の設定になってるけど……あ、でも投擲の弾は例外かな? そうじゃないとハーレさんが攻撃は使えないしね。
「それでは色々と騒動はありましたが、気を取り直して実況と参りましょう。今回の実況は灰のサファリ同盟・草原支部リーダーのクジャクの琥珀でお送りします。さて、皆様は既にご承知でしょうが、今回の解説とゲストの方には自己紹介をお願い致します」
おっと、ハーレさんが実況する時よりも琥珀さんの方がなんか丁寧な感じだね。こういう所で個性って出るもんなんだな。……それは良いとして、まずは自己紹介だな。
「今回の解説は『グリーズ・リベルテ』のコケの人こと、ケイがやっていくぞ! そんでもってゲストはちょっと前に俺と対戦したこの人だ!」
「ケイさん、ノリノリだな!? ま、良いけどさ。あー、ご紹介にあずかった通り、さっきケイさんに負けた『飛翔連隊』の紅焔がゲストをやってくぞー」
あ、何だか紅焔さんの方は少し投げやり気味だ。……まぁさっきの騒動の後だし、俺もちょっとキレちゃったし、紅焔さん的にはあんまり乗り気ではないのかもしれない。
「はい、自己紹介をありがとうございます。それでは今回の模擬戦の組み合わせを紹介致しましょう。言わずと知れたどこにでも現れる共同体には無所属の『渡りリス』のレナさんと、『グリーズ・リベルテ』所属のハーレさんの対決となります。さて、今回のこの模擬戦はただの模擬戦ではなく、少し目的がありますのでそちらの説明をしていきますね」
「あ、それは俺らはまともに聞いてないから説明よろしく」
「聞ける状態じゃなかったしなー」
この辺はさっきの騒動で断片的にしか聞いていないから、もうちょい正確な情報を聞いておきたいところ。とはいえ模擬戦の開始まで1分間の猶予しかないし、手早く最小限の情報のみで――
「えぇ、それはそうでしょうね。レナさん、少し時間をいただけますか?」
「それは問題ないよー。その辺の説明が終わるまでは待ってるから、焦らなくて良いからねー!」
「ではそのようにしますね」
あ、外部音声が聞こえるように設定してこっちの声は聞こえてるのか。まぁただの模擬戦でないなら、その設定をしておく方が都合は良いんだろうね。てか、今回のは模擬戦というか実践講座だって言ってたもんな。
「それでは改めて説明を行いますね。今回はレナさんが発案で灰のサファリ同盟からの実施として、レナさんの蹴りの実践的活用方法と、ハーレさんの投擲の実践的活用方法の講座となっています。元々レナさんの解説は私、ハーレさんの解説をケイさん、そして第三者の意見として紅焔さんに依頼したという経緯がありますのでその点はご留意下さい」
「……ちょっと待って。俺が解説ってのは基本的にハーレさんの担当だったのか?」
「えぇ、元々はそう説明する予定だったのですが……」
「……おーい、それってさっきの騒動ってまるで無意味なのか……?」
「……まぁ有り体に言ってしまえば、紅焔さんの言う通りですね」
「……マジかよ」
そう言いながら琥珀さんが、俺の陰口を言っていた4人組の方へと視線を向けている。それに合わせてこの場にいる他のみんなの視線も4人組に向けて突き刺さっていく。……おいこら、もの凄くくだらない無意味な事をしてくれてんじゃねぇか!? あ、そこの4人組、視線を逸らすな!?
「なんだかこいつら馬鹿な事をしてたらしいな、迅雷の」
「どうやら、そのようだな。全く無意味に迷惑をかけるとは嘆かわしい事だ。なぁ疾風の」
うん、それは風雷コンビが言ったら駄目なセリフだと思う。あ、みんなも何だか同じような事を考えてるような気もするし、当事者の4人組も風雷コンビに言われた事で更に悶えているようだな。ふはははは、これこそ自業自得と言う!
「……いつまでも時間を無駄にしてもいられないので、話を戻しますね。今回はお互いにリスという事でエリアの選択は森林とさせてもらっています。アイテムに関しては使用不可にはしていますが、仕様上では回復に使える物以外は投擲の弾としてのみ使えるようにはなっています。これは模擬戦自体の仕様となっていますので、投擲を使う方は覚えておいてくださいね」
ほほう、アイテム使用不可の設定にしておいても投擲として使う分については普通に使えるんだね。まぁそうでないと投擲メインのハーレさんだと厳しいもんね。
「あー、琥珀さん、ちょっと質問いいか?」
「なんでしょうか、紅焔さん?」
「模擬戦で投擲に使った弾ってどうなるんだ? アイテム使用可にした時の他のアイテムと同じで、模擬戦では実際には消費しないって事で良いのか?」
「えぇ、その認識で構いません」
「なるほど、それは了解っと」
おー、模擬戦での弾の消費やアイテム使用を可能に設定した場合ってそういう風になるんだね。地味にその辺は知らなかったけど、解説し切ってやるって言い切って大丈夫だったのか、俺……。
いやいや、解説するのは戦い方の部分だから模擬戦の仕様はセーフだ、セーフ! っていうか、つくづくあの4人組が余計な事をしてくれたせいで……!
「そして今回は実践的な講座という事で、どのスキルをどう使うかという点は予め決めてはおりません。本来であれば私がレナさんをメインに全体的な解説をしつつ、不足する部分をケイさんと紅焔さんに補っていただく予定でしたが、その辺りはどう致しましょうか?」
「あー、まぁ一回言った事を取り消すのも癪だから、可能な限り俺も全力で解説していくよ」
「んじゃ、俺は気になったとこを聞いたり、足らずの情報があれば補足説明をしてくか」
「分かりました。それではそのように行いましょう」
うん、とりあえずそういう形の模擬戦なのであれば、これで問題ないはず。……まぁ厄介な状況にしてくれた4人組には改めて恨みの念と苛立ちを送っておこう。とことん面倒くさい状況にしやがって……!
「それでは模擬戦を開始したいと思いますが、レナさん、ハーレさん、よろしいですか?」
「もちろんなのさー!」
「うん、いつでも良いよー!」
「では、模擬戦を開始します。……はじめ!」
その琥珀さんの開始の合図で少し変則的な模擬戦が始まった。この模擬戦の説明を聞いた限りでは俺はハーレさんがやる事の解説に集中すれば良かったんだろうけど、まぁ全力で解説すると言った以上はレナさんのもやれるだけやるまでだ!
「いくのさー! 『自己強化』『略:ウィンドクリエイト』『操作属性付与』『木登り』!」
「およ? いきなりそう来るんだね? それじゃ『魔力集中』『連脚撃』!」
「わっ!? わっ!?」
「ハーレさんは自己強化に風属性を付与して木に登り、レナさんが何かを蹴り始めましたね。ケイさん、この一連の動きはどう見ます?」
「投擲は基本的に遠距離攻撃だから移動速度を上げて、近接のレナさんから距離を取ろうとしたんだろうね。ただ、エリアが森林って事もあるし、レナさんが蹴っているのは地面に落ちてる木の実とか小石とかだな。あれなら蹴りでも遠距離攻撃は出来るしさ」
「……レナさんは簡単にやってるけど、あれって結構狙うのは難しい筈だけどな」
「……そこは紅焔さんの言う通りだろうな。ただ、投擲で狙いをつけにくくするって点では有効だぞ」
まぁただ蹴るだけなら簡単だろうけど、明確に邪魔をするのは簡単に出来るものでもないんだろうけどね。ハーレさんだってゆっくり一直線に木を登ってる訳じゃないし、狙いをつけるのは結構難しいはず。……相変わらず難しい事を平然とやるね、レナさんは。
「まだまだいくよー! 『アースクリエイト』『並列制御』『土の操作』『双連蹴』!」
「あぅ!? なんでレナさんの方が投擲っぽくなってるのー!? 『受け止め』『狙撃』!」
「ふふん、当たらないよー!」
あー、うん、ハーレさんの言いたい事はよく分かる。レナさん、やってる事が近接じゃなくて遠距離攻撃かつ、かなり厄介な内容だな。
「今のレナさんの一連の攻撃はかなり変な軌道になっていたように見えましたが、その辺りの解説をお願い出来ますか?」
「ほいよっと。今のは単純な蹴りだけじゃなくて、生成した小石を土の操作を使って途中で軌道を強引に曲げている。生成した2つの小石をそれぞれ別方向に蹴り飛ばした上で、ハーレさんの動きに合わせて軌道を変えた感じだな」
「……それ、言うのは簡単でもやるのは難しいやつじゃねぇか?」
「だろうなー。元々の蹴りによる狙いはわざとハーレさんから外しつつ、土の操作での加速や軌道の変更、ついでにハーレさんが避けきれないと判断して受け止めてから投げ返した小石は自分には当たらないように操作してる。……地味にえげつないな」
まさしく実践的ではあるけども、これはかなり高水準な蹴りの狙いと操作系スキルの扱いが必要になってくる。……ぶっちゃけハーレさんが距離を取れきれずに近接でレナさんに攻め立てられると予想してたんだけど、まさか蹴りで遠距離攻撃を仕掛けて根本的にハーレさんに投げさせないという手段を取るとは思わなかった。
「ハーレ、まだまだこんなもんじゃないよねー?」
「当たり前なのさー! 『並列制御』『略:ウィンドボム』『略:風の操作』!」
「およ!? 何をするかなー!?」
ほほう、ハーレさんは風の爆発で距離を取るのではなく、あえてレナさんとの距離を詰めるように斜め上へと飛んでいったね。ふむ、ハーレさんには少し上からなら割と近い距離からでも有効な手段があるのかな?
「『並列制御』『拡散投擲』『連投擲』!」
「わっ!? 『並列制御』『連爪回蹴撃』『連脚撃』!」
おー、ハーレさんが片方の手で銀光を放つ拡散投擲で竹串を投げ放ち、それを迎撃する様にレナさんは連続回し蹴り……踵から蹴ってるから後ろ回し蹴り? まぁそれを行っているね。それとは別にハーレさんが合間に投げ込む弾も、レナさんは蹴り落としている。
ただ、ちょっと距離が近過ぎてレナさんが対応しきれてない感じもするね。
「これはハーレさんは大胆な手に出ましたね。あれは竹串でしょうか?」
「へぇ、竹串を拡散投擲で使うと分裂して細かくなっていくんだな。それにしてもレナさんもあれを蹴り落としていける……あぁ、連続した回し蹴りで纏めて蹴り落としてるのか。うん、ハーレさんの拡散投擲の面攻撃に対して、自身が回転しながらの後ろ回し蹴りで相殺しつつ連撃数を稼ぐのは的確な対応だし、何よりハーレさんが避けにくい様に近付いたのが仇となった感じだね」
「あー、確かにそうか。それにしてもあの拡散投擲ってこういう防ぎ方もあんのな」
俺も今回のレナさんの迎撃方法を見て、この対応策は感心したよ。ハーレさんがレナさんに近付いた上で、迎撃し切れないようにしてから拡散投擲をしたのも策としては良いんだけどね。
元々レナさんが小さいリスという事はあるけども、全身を使った回し蹴りでそれなりに広範囲への迎撃と連撃数のカウント稼ぎを兼ねているとはね。
「あはは、こりゃきっついねー! それじゃ、えいや!」
「えっ!? わー!?」
「はい、隙あり! 『踵落とし』!」
「あぅ!?」
おっと、これはまたレナさんが予想外の動きをしてきたな。眩い銀光を放つ回し蹴りの最後の一撃を地面に向かって使って、その反動でハーレさんの上まで跳び上がるとか無茶をする。あれって地面に回し蹴りが当たった瞬間にジャンプに切り替えなきゃ、ただ地面に当たって陥没するだけだよな。
……ほんとレナさんは色々と無茶苦茶な挙動をするし、遠距離メインのハーレさんの利点をこうも潰されまくったらハーレさんはキツいだろうね。
「えーと、いまいち今のは私にはレナさんが跳び上がったくらいしか分からないのですが、分かるならケイさん、解説してもらっても宜しいですか?」
「あー、今のは跳び上がってるのは間違いじゃないな。ただ、跳び上がるのに使ったのが普通なら当てにいく連撃の最後の一撃だったってのと、同時に反対側の脚で軽くジャンプしてたな」
「えっと、それって勿体なくないですか? ……というか、さっきのはジャンプしてたんですか」
「うん、してたね。してなきゃ地面が陥没してただけだと思う。それと最後の一撃は普通なら無駄になるけど、さっきのは拡散投擲も最大強化まで行ってたしな。最大まで強化した連撃同士なら極端な差がなければ相殺になるだろうし、回避に使って避けるってのも十分あり。実際、ハーレさんの拡散投擲の最大強化は回避されて、上から蹴り落とされた訳だしね」
「……てか、レナさんって近接で強いイメージがあったけど、距離はあんまり関係ないのな?」
「私も事前に少し話は聞いていましたが、ここまで遠距離攻撃に対して一方的だとは思いませんでしたね……」
こうやってハーレさんとレナさんの模擬戦を見てみると、レナさんのプレイヤースキルが圧倒的なんだよなー。レナさん相手に距離を取っても距離を詰めても、その距離に合わせて戦法を変えて対応してくるとなると相当厄介ではある。
しかもハーレさんと同じリスなんだからレナさんは間違いなく危機察知も持っているだろう。……いや、敵に回したくないくらいに強いぞ、レナさん。まぁ強いのは知ってたけどさ。
「えーと、みんな聞こえてるよねー? とりあえずわたしの遠距離対応の蹴りの使い方をやってみたんだけど、参考になったー?」
「「「「「「「「真似出来るかー!」」」」」」」」
「えー、折角見せたのにー? ほら、やらずに出来ないとか言わずに、やってみて! やれば出来るって!」
うん、俺から見てもレナさんのやってる事は簡単に出来るとは思えないから、みんなのさっきの反応には納得だね。……レナさん、もう少し自分がやってる事の難易度の把握をしよう? 俺だって自分の操作系スキルの扱いの水準が他の人より高い事くらいは承知してるからね?




