第674話 ベスタと蒼弦の対決 前編
ハーレさんはすごくぎりぎりではあったけど、なんとかベスタと蒼弦さんの模擬戦の中継には間に合った。さて、勝ちはベスタな気はするけど、蒼弦さんはどんな感じで戦うんだろ? 地味に殆ど見た事がないんだよな、蒼弦さんの戦い方。
おっと、もう『模擬戦、開始!』という表示が出て対戦が始まった。えーと、対戦のエリアは……明るいから昼間で、パッと見た感じではそこそこの川幅のある川の流れる森林っぽいね。その川を挟んでベスタと蒼弦さんが向き合ってる感じか。
「いくぜ、リーダー! 『魔力集中』!」
「今の実力、見せてもらおう。『魔力集中』『増殖』『群体同化』『コケ――」
「コケ渡りはさせねぇよ! 『アイスクリエイト』『並列制御』『氷塊の操作』『爪刃双閃舞』!」
おっ、ベスタが視線を向けていた先のコケを氷漬けにしてる!? あれだと、コケ渡りをしても出てこれずに身動きが取れなくなるのか……? もしくはそのまま出てきた瞬間に潰されるという可能性も……。
というか、蒼弦さんは氷の昇華を使うのか。でも見た目は氷属性っぽくはないから、属性は持たずに氷の昇華を使ってる感じかな?
「ほう? 『飛翔疾走』!」
「逃がすか!」
ほほう、ベスタのコケ渡りを妨害した氷の塊の形を球形に変えて足場と攻撃に兼用しつつ、銀光を放つ爪でベスタへと猛攻を仕掛けていく。この感じだと蒼弦さんはバランス型っぽいね。さて、この蒼弦さんの猛攻をベスタはどう凌ぐんだろう?
「ふっ、そうきたか。『並列制御』『ウィンドボム』『爪刃乱舞』!」
「おわっ!? なんのこれしき!」
おー、ベスタは蒼弦さんが氷塊を足場にして跳ぶ為に着地するタイミングを見計らって風の爆風を撃ち込んでバランスを崩させた。そこから一気に距離を詰めて蒼弦さんの銀光を放つ爪に目掛けて、ベスタは爪を振り下ろしていく。
なるほど、バランスを崩してまともな攻撃体勢になっていない連撃の応用スキルを無駄にカウントさせるのはこういう手段もあるのか。まぁ流石に蒼弦さんも受けてばかりではなく、体勢を立て直して氷塊をベスタに向けてぶつけていた。
「甘い! 『ウィンドクリエイト』『操作属性付与』『並列制御』『重硬爪撃・風』『連閃・風』!」
「ちょ、チャージをLv2で発動で連閃もかー!? こりゃ逃げの一手だ! 『移動操作制御』!」
「逃がすか!」
「いやいや、正面からじゃそれ無理だから!」
そう言いながら、俺の岩の鎧と同じような感じで蒼弦さんが氷の鎧を纏って駆けて……って、あれ? 蒼弦さんは飛翔疾走を使ってなかったよな? でも、空中を駆けているって事は、あの氷の鎧で飛ばしている?
いや、でもその割には見た目は駆けているんだよな。うーん、なんだろう、この違和感。ただ飛んでいる訳でも、空を駆けている訳でもないような……? ベスタは普通に空を駆けて、風の刃での追撃を使いながら連撃を放っているけど、これは上手く蒼弦さんは避けてるな。
あ、そうしている内に俯瞰的な視点から蒼弦さんの視点に切り替わった。ふむ、移動操作制御なのは間違いないから、地味に背後から襲いかかってくる風の刃の連撃を1度も被弾せずに避けるのも大変っぽい。
「ねぇ、ケイ? 蒼弦さんがどうやって空を駆けてるのか、分かるかな?」
「うーん、何かあるとは思うけど、今のところはカラクリが分からないな……」
何か仕込みがあるのは間違いないけど、蒼弦さんの視点からだと判別が出来そうにない。……一応1つ可能性は思いつきはしたけど、確信を得るにはベスタ側からの視点が見たいところだ。多分、想像通りならベスタの方からは見えてるはず。
「あ、ベスタさんの方に切り替わったね」
「あー! 蒼弦さんの足元に何かあるー!?」
「……やっぱりか!」
後ろから追いかけているベスタ側の視点から、蒼弦さんが何をしているのかが分かった。まぁベスタからの攻撃を避ける際にチラッと見えただけだから、気付かれにくいように偽装しているんだろうね。
それにしてもこの手段は理屈としては分かるけど、そういう使い方もありかー。うん、この発想は地味に無かったな。
「何となく想像はついたけど、ケイ、解説してもらっていいかな?」
「ほいよっと。ハーレさんも言ってたけど、あれは蒼弦さんの足元にある物が本命だと思う。氷の鎧は基本的には偽装用……いや、あれでも多分飛べるようにもしてるな」
「……蒼弦さんの足元にあったのって、小さな氷で出来た足場?」
「多分な。蒼弦さんは、氷の操作と氷塊の操作で2種類の氷を同時に操作して、空中を駆けられるようにも、飛べるようにもしてるんじゃないか?」
「おー! 確かにそれっぽいねー!」
基本的には足場にしている氷での移動がメインなんだろうけど、おそらくそれだけにしていないのには色々と目論見があるはず。こうやって蒼弦さんの手段を見てみれば、俺もいくつかの応用方法は思いついたしね。地味に厄介な形を考えるもんだね、蒼弦さん。
「……なるほどな、それが蒼弦の手札の1つか!」
おっと、後ろからだと埒が明かないと判断したっぽいベスタが蒼弦さんの上部に回り込んで、地面に向けて駆けていく形になりながら風の刃の連撃を放っていく。
全然当たってないから連撃の方は銀光が強まってないけど、Lv2で銀光の強弱の発生しているチャージの方は最大まで溜まり、蒼弦さんに向けてその一撃を振り下ろして――
「そうだぜっと!」
「ほう?」
おっ!? 今の蒼弦さんは思いっきり奇妙な動き方で、ベスタの一撃を回避した! 空振りに終わったベスタの一撃が川の水を二分したので、僅かな時間だけど川底が見えている。うわー、すげぇ威力……。
それにしても蒼弦さんのさっきの回避は俺もこの方法を見た瞬間に思いついた事ではあるけど、実際にやるととんでもないな。やっぱりあの氷の鎧は偽装用じゃなくて、重要な役目はあったね。進行方向とは真逆の方向に予備動作なしでスライドする様に回避するとは、ナイスだぜ、蒼弦さん!
「もらったぜ! 『双爪撃』!」
「ちっ。『コケ渡り』!」
「あー、避けられたか。ま、今のは仕方ねぇか」
思いっきりベスタにクリーンヒットが入るかと思ったけど、コケ渡りで一気に移動したか。それに合わせて蒼弦さんも高度を下げてきている。お互いに結構な行動値は消費しただろうから、ここから仕切り直しのつもりなんだろう。
でも、ベスタにしてはまだまだ動きが良くないような気もする。……ベスタはもしかして、蒼弦の手札を見ようとしてるのか?
「思ってたより、蒼弦さんが善戦してるかな?」
「それは思うけど、ベスタが何か企んでる気がするぞ」
「ベスタさんが全然当てられないっていうのもちょっと不思議だもんね」
「同感なのさー!」
そうしている内にまた視点が切り替わって、俯瞰的に全体が映し出されて……って、あー、そういう事か。これは、蒼弦さんは回避に気を取られてて気付いてないっぽいな?
「どうだ、リーダー! 俺も前よりは確実に強くなっただろう!」
「……まぁ、そうだな。思っている以上には強くなっているようだ。だが……『強爪撃・風』!」
「へっ? どこを狙って……って、おわー!?」
そして、あと一撃でも当たればすぐに倒れる様に計算されたように斬り刻まれている周囲の木々を追撃の風の刃で斬り倒して、蒼弦さんの方へと倒木が襲いかかっていく。おー、慌てて避けてるけど、余裕はなさそうだね。
この様子だとベスタは元々これを狙っていたな? もしかして川に向けて空振ったのも、この辺の仕込みに気付かせない為の囮か? ふむ、ベスタなら蒼弦さんの移動操作制御を見てから咄嗟にこの作戦を考えていても不思議ではないか。
「流れ弾がどうなってるか、気にしておくべきだったな。『並列制御』『土の操作』『アースバレット』!」
「うげっ!?」
ベスタが手動操作にしたアースバレットを撃ち出して、蒼弦さんの氷の鎧というか移動操作制御が強制解除になった。ふむふむ、蒼弦さんが移動操作制御を使った時点で、それを打ち破る方向性にしたのかもしれない。
何度か模擬戦をしたり見た事で分かった事といえば、基本的に1回の攻防ではお互いにHPを削り切るだけの攻撃の為の行動値は足りていない。それを踏まえた上で、ベスタは逃げや防御に使える移動操作制御を潰しにかかったってとこか。
「……こりゃやべぇし、戦略的撤退! 『飛翔疾走』!」
「引き際は弁えているか」
流石に不利と判断したようで、蒼弦さんは空を駆けて逃亡していく。単純に空を駆けるだけではなく、木々の間や影になる部分も通りながら、見失いやすいように動いていた。
そしてベスタはそれを追撃する訳でもなく、その場に座って蒼弦さんが逃げていくのを見送っている。まぁベスタ自身もかなり行動値を消費しているようだし、一度回復をしようという事なのだろう。そうでなければ通常攻撃だけでの戦闘になるしね。
「とりあえず一旦仕切り直しかな?」
「だろうなー。……それにしても、ベスタの木の斬り倒しは予想外だったな」
「地形を利用するのも重要なのが理解出来ました! 昨日、ケイさんもやってたもんね!」
「そういえば、アーサー君にやってたね」
「……あれは、正直やり過ぎた気はしてるけどな」
「え、そうなのかな?」
「……うん、一応な?」
地形を利用して色々やるってのは、実際にやってみた上で有効だという判断は間違いない。そもそも地形や天候を利用してスキルを取る手段があるくらいだし、想定された仕様でもあるはず。
でもまぁ、流石に昨日のはアーサー自身は気にしてなかったけど、知り合いにやるにはちょっとやり過ぎだったとは思うんだよなー。知り合いでない敵が相手なら全然そういう風には思わないんだけどさ。
まぁ、それについては今は関係ないからいいや。とりあえず今はベスタと蒼弦さんの対戦の続きを見ていこう。……とは言っても、やっぱりベスタが別格に強い気はするんだよな。いつかはベスタに勝つつもりでいるけどね!
そして俯瞰的な視点がベスタの側へと切り替わったと思えば、割とすぐにベスタが動きを再開していく。もっと休んで行動値を回復させるのかと思ったけど、そうでもなかったようだね?
「……逃げたフリをして、奇襲か!」
「よし、貰った!」
「ちっ!」
うおっ!? どこからともなくキラキラと舞い散る氷の粒が舞い散って……って、これは氷の昇華魔法のダイヤモンドダストか! 蒼弦さんは逃げたと見せかけて、ベスタの背後に回り込んで来ていたっぽいな。
すぐにベスタもその攻撃に気付いて飛び退いたものの、完全には避け切れず凍結と凍傷の状態異常が入っている。……流石は昇華魔法かつ、攻撃の威力よりも状態異常に比重を置いてあるダイヤモンドダストだね。単独発動でも効果は高いらしい。
「足止め目的だから、俺自身はもう用はないけどもう1発! 『遠吠え』!」
「ちっ、雑魚とはいえ厄介な真似を!」
おー、蒼弦さんのオオカミが鳴き声を響かせたかと思えば、どこからともなくオオカミが3体ほど現れてベスタに襲いかかっていく。
これってもしかして、ヨッシさんの同族統率と同系統のスキルか! オオカミ組のボスである蒼弦さんには似合ってるようなスキルだね。えーと、多分だけどこの呼ばれたオオカミ達は成長体かな?
「行け、オオカミ共!」
「邪魔だ! 『爪刃乱舞・風』!」
「んじゃ俺はこの辺で、本当に撤退! 『飛翔疾走』!」
「『爪連撃・風』! ……ちっ、逃したか」
あっという間に蒼弦さんの呼び出したオオカミを斬り伏せて倒したベスタだけど、その間に蒼弦さんはベスタの視界からは逃れているようである。ちょっと見た感じでは、凍傷の継続ダメージと、凍結による動きの鈍りがベスタの動きを悪くしていたか。
うーん、思った以上に後手に回っているベスタがちょっと意外だな? 俺の時は先手を取られまくってたのにさ。流石に蒼弦さんが逃げたと見せかけて、すぐに戻ってきての奇襲は予想外だったけど。
「ケイの場合はそうやって対応しないと、後手からの対応が難しいからじゃないかな?」
「……また声に出てた?」
「ううん、今のはそう思ってそうだと思っただけかな」
「あー、そういう……」
まぁ今のについては俺自身も他の人にそう思われそうな気はしたし、勘の鋭いサヤが予想するのは楽な内容ではあるか。それにしても、そういう理由なら俺って思った以上にベスタに警戒されてるって事なんだろうね。
「でも、ベスタさんはちょっと蒼弦さんを甘く見てた感じはあるよね?」
「多分、手の内を探っているのもあると思います!」
「そうなんだろうなー」
「蒼弦さんも、思った以上に色々仕掛けてたもんね。確認したいってベスタさんの気持ちも分かるかな」
ふむふむ、まぁ確かにあのベスタなら後手に回ったからと言って、そう簡単に崩される事もないだろうしね。……ま、それが油断に繋がって足を掬われなければだけど。
おっと、そうしている間に蒼弦さんの方に視点が切り替わった。……これは、どこかの大きめの木の枝の上に登って身を隠しているみたいである。周囲を警戒しながら、回復をしていくっぽいな。
「……やっべぇな。今は様子見をしてるみたいだが、さっきの隙とかわざとだろ……。だけど、オオカミ組の連中も見てるし、徹底的に全力を出し尽くすしかねぇな」
そんな言葉を蒼弦さんが呟いて、今度こそ一度仕切り直しのようである。まぁベスタも蒼弦さんもほぼ行動値も魔力値も使い果たしているはずだしね。
現時点ではベスタはダイヤモンドダストを受けて残りHPは8割、蒼弦さんは全くの無傷ではないけど9割を割っていない。HPだけを見れば蒼弦さんの方が優勢だけど、まだまだこの勝負はどう転ぶかは分からないな。
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