第669話 今日は時間切れ
スチームエクスプロージョンを推進力へと変えて猛烈な勢いで飛んでいきつつ、平原を一気に進んでいく。途中でアルがバランスを崩しかけた事も何度かあったけど、そこはなんとか凌いで墜落は免れた。
運が良いのか悪いのか、敵にも他のプレイヤーにもぶつからなかったしね。いやー、アルにはどこかで『理不尽な襲撃』を取れるようにはしたいけど、今回はジェイさんもいたから取得にならなくて良かったかもしれないね。
そうしている内に徐々に勢いも落ちてきたし、昨日の自前での高速移動と同じくらいの速度にはなってるから、もうアルが体勢の制御不能になる可能性は低そうである。
「アル、結構安定してきたんじゃないか?」
「……一時はどうなるかと思ったけどな。ま、やれば出来るもんか」
「ヨッシ、そろそろ氷は良いんじゃないかな?」
「それもそだね。それじゃ氷は解除っと」
「ヨッシ、ありがとねー!」
ヨッシさんの方が氷での固定を解除したみたいだし、俺もそろそろ完全に固定した状態でなくても大丈夫っぽいな。まぁ今の状態なら振り落とされても飛んで戻ってこれるし問題はないか。
「ジェイさん、そろそろアルの木の方に移動しとこう」
「飛行は安定したようですし、それが良いかもしれませんね」
という事でアルのクジラの胴体部分に近い尻尾の部分から、落ちないように岩で補助をしながら伝って移動していく。おー、何気なく下を見てみたけど、絶景だなー。
月夜に照らされた広大な平原と、その中央を流れる大きな川や、所々に小規模な湖や、ちょっとした起伏がある場所や、鬱蒼と茂った森や、木の疎らな林とかもあるね。
「私は巣の方に移動するのです!」
「おっ、そっちに上がれんのか。ハーレさん、俺もそこに行っていいか?」
「もちろんなのさー!」
「おう、あんがとよ!」
どうやらハーレさんと斬雨さんが、樹洞の中からハーレさんの巣の方へと移動しているようだ。あ、ハーレさんのクラゲを被ったリスの頭がひょこっと出てきたね。それに続いて、斬雨さんのタチウオの顔だけが出てきてもいる。あー、全身を出すには微妙なのか。
「へぇ、この高さから見るのは初めてだが、こりゃいいもんだな。なぁ、ジェイ」
「この高さなら私でも飛べるはずですが、そういえば今までそういうのはしていませんでしたね」
「ジェイさん、それは勿体無いのです!」
「……それもそうですね。こうやって見てみるとサファリ系プレイヤーの方々が夢中になる理由が少しは分かった気がします」
「ふっふっふ、ジェイさんもその良さを理解するといいのさー! そして、見るべきは地上だけではないのです!」
そう言いながらハーレさんがゲーム内の夜明けが近付いてきて僅かに明るくなり始めている夜空を指し示している。ふむ、そういやまだ空の方は見てなかった……って、これはすげぇな!? へぇ、こんな演出もあるんだな。
「これは!?」
「すげぇな、こんなのもあんのか!」
「へぇ、こりゃ見事なもんだ」
「え、何、どうしたの?」
「何があったのかな?」
樹洞の中で待機をしていたサヤとヨッシさんも、俺らの声を聞いて慌てて樹洞から出てきて空を見上げていく。
そこには大量の流れ星が落ちてきていた。まぁ流星群だけど、リアルじゃ見たことないから、良いもの見たなー。
「これは凄いかな!」
「……あはは、まさかの流星群だね。ハーレ、これは知ってたの?」
「ううん、知らなかったよー! ただの偶然なのさー!」
「まぁ、知る手段もないもんな」
「ケイの言う通りだろう。そもそもそういう事前情報があるとも思えないしな」
「……これは運営なりの計らいといったところでしょうか」
「おっし、普段はあんまりスクショは撮ってねぇが、折角だから撮ってこうぜ、ジェイ!」
「折角ですし、そうしましょうか。あぁ、なるほど運良くこの状況に居合わせた人への、スクショの撮影チャンスを作っているのかもしれませんね」
「それはありそうな気がします!」
うん、確かにジェイさんの言うようにその可能性はありそうだよな。夕方に見た月夜にかかる虹も遭遇するのはほぼ運だっただろうし、知らないだけでそういう演出もあるのかもしれないね。運良くそういうのに遭遇出来れば、スクショの個人部門を狙いやすくもなるもんな。
という事で、スクショを撮らないという選択肢はどう考えても無いから撮っていくまで! とりあえず個人部門用に撮ってから、流星群を背景に空飛ぶクジラを撮るというのも――
「あ、終わっちゃったかな……」
「思ったより短かったね」
「でも、スクショはばっちり撮れたのさー!」
あ、団体部門用にも撮ろうと思ったけど、その前に流星群が終わってしまったか。すぐに対応しなきゃ、こういう突発的な演出では団体部門で撮るのは難しいのかも……。ま、終わったものは仕方ないな。
「さて、思わぬ光景のスクショが撮れましたが今はどの辺り……あぁ、もうこんな所まで来ましたか」
「ん? この辺に何かあるのか、ジェイさん」
「少し前に道中に進化記憶の結晶がある場所の話をしたでしょう?」
「あー、この辺なのか」
「いえ、まだ少し距離はありますが、近付いてきてはいますよ」
ふむふむ、一度は忘れてしまっていたけど、この道中にその場所があるって言ってたもんな。でもまだもうちょい距離はあるのか。
「ここからですと……東側の方に林が見えませんか? 川の手前の辺りです」
「あれ? あ、川の流れの向きが変わってるのか。となると、あそこの林か!」
川は西から東に真っ直ぐ流れていたのを結構早い段階で通り越したと思ったけど、その川が南寄りに向かって流れの向きが変わってるんだな。ふむふむ、何とか林っぽいの見えてきているね。
「あの川の下流が青の群集の森林で合ってるんだよな?」
「えぇ、合ってますよ。その川と、赤の森林深部から流れ込んでいる川が合流していますからね」
「え、青の群集の森林って川が2本あるのかな!?」
「おう、そうだぜ。つっても、赤の森林深部からのはかなり水量は少ねぇけどな!」
「へぇ、そうなんだ」
ふむふむ、これはちょっと予想してなかった内容だね。てっきり川は俺らの灰の群集の森林深部と、赤の群集の森林と同じように1本だけが繋がっているものかと思ったけど、2本の川が合流しているとは……。
でもそういう事なら水量自体は同じくらいになるように調整はされている気はする。よし、ちょっと確認しておくか。
「……ジェイさん、もしかしてこの川ってそんなに青の群集の森林エリアには流れてない? 例えば北側端の方をちょっと流れてる程度とか?」
「その点に気付きましたか。えぇ、ケイさんのご想像の通り、そのようになっていますよ。その分、北側の競争クエストのエリアでは川が結構な面積を占めていますが」
「ほうほう……って、ちょっと待ったー!?」
え、北側が競争クエストのエリア……? それって俺らにとって、行くのが最も厄介な場所じゃない!?
「競争クエストのエリアについては少し迂回してもらう事になりますね。それに気付いて連絡があった時点で迎えに行こうと考えて待機していたのに、いつまで経っても来ないんですから……」
「そういう理由だったんだ!?」
「……なんか、ジェイさん、ごめん」
「……良いですよ、別に。事情があったのは理解していますしね」
うーむ、どうやら思っていた以上にジェイさんは俺達の事を気遣ってくれていたっぽいね。……うん、ハーレさんのアルバイトの件や他の用事もあったから仕方ないんだけど、流石に悪い事をした気がする……。
「そういえばそこの競争クエストのエリアは赤の群集と青の群集のどっちが占有しているのかな?」
「それは青の群集だな。貴重な勝利エリアだ」
「おー、青の群集が勝ったとこなんだー!」
「私達も特訓にはよく使っている所ですからね。まぁ灰の群集の方は気軽に来れる位置でもないので知らなくても仕方ないですが、まぁ青の群集以外の方が入れば警告が表示されるので気付かないという事は無かったはずです」
「……確かにそりゃそうだ」
青の群集の占有エリアになっているのなら、灰の群集の俺らはまともに入らない方が良いとこだしね。そのエリアに入れば警告があるなら、すぐにでもジェイさん……もしくは青の群集の知り合いに確認はするだろうね。
「……ちなみに迂回経路は?」
「先程言った光る進化記憶の結晶のある林から東に進んで、青の群集の整備クエストエリアまで行って南下してもらえれば、東側から入る事が出来ますよ。それにそこには……いえ、これは先に言わないほうが良いかもしれませんね」
「その言い方、思いっきり気になるんだけど!?」
「いえいえ、これは直接見た方が見応えはあると思いますよ。地味に私も気に入ってる場所ですし」
「あー、あれか。確かに珍しくジェイが気に入ってた景色だもんな」
ふむふむ、ジェイさんが気に入っている景色か。興味深くはあるけど、ここで聞いても教えてくれそうにはないね。……ま、それは自分で見に来れば良いだけの話か。
「うー!? 気になるから、みんな、明日は絶対に来ようね!?」
「どんな景色か気になるかな!?」
「そだね。どんなのだろ?」
「ま、それは明日のお楽しみって事だな」
「だなー」
とりあえず今からそこまで行くのは時間的に厳しいけど、距離的には無茶な高速移動をしてきたから明日で充分辿り着けるはず。
「それでは明日の夜にお待ちしているとしまして、もう目前となっている光る進化記憶の結晶はどうします?」
「あ、いつの間にか辿り着いてたんだ。……でも、無理じゃね、これ?」
「……そうでしょうね」
人が居なければ回収できるか見に行きたかったけど、思いっきり林の中に青の群集のPTがいるよ。うーん、迷いなく進んでる感じだし、これは無理に割り込むのは無しか。
「よし、そろそろ時間も時間だし、この先の進み方も決めたから、ここら辺で転移の種の位置を更新して明日はここから再開するってのはどうだ? 運が良ければ、明日転移してきた時に進化記憶の結晶を見に行っても良いしさ」
「あー、確かにそれはありだな」
「私は賛成かな」
「同じくです!」
「私も賛成」
「よし、それじゃ決定! アル、地面に降りてくれ」
「おうよ」
みんなの同意も得られたし、悪くはない判断だとは思うんだよね。ここからなら、さっきジェイさんの教えてくれた経路で青の群集の森林にはちゃんと辿り着けそうだしさ。
アルが地面へと降りていき、みんなも地面へと着地していく。さて、今日はここまでって事で転移の種の上書きをしていくか。
「あ、勝手に決めちゃったけど、ジェイさんと斬雨さんはそれで良い?」
「もう11時半ですし、構いませんよ。ここまで来れたのなら充分ですしね」
「だな! あのケイさんとジェイでやった移動のおかげか!」
「……氷樹の森で予想より時間がかかってしまいましたしね。あの移動がなければまだ結構な距離があったでしょうし……。まぁ興味深い体験もさせていただきましたよ」
「……あはは、そりゃ何よりで」
まぁ何事も計画通りに上手くいくわけでは無いって事だね。予定外の手段でそれを補う事も出来るとも言えるけど。
「それじゃ今日はここまでって事で! ジェイさん、斬雨さん、迎えに来てくれてありがとな」
「いえ、構いませんよ。私としても楽しませていただきましたし、明日も楽しみにしておりますからね」
「俺も楽しみにしてるぜ!」
「おう!」
<ジェイ様のPTとの連結を解除しました>
そうしてPTの連結を解除してみんなで別れの挨拶をしていく。さーて、明日の夕方はヨッシさんの氷塊の操作を狙って、夜には青の群集の森林深部へと辿り着くのが目標だな。他にもする事はあるかもしれないけど、そこら辺は最優先事項でやっていこう。
さて、帰還の実を使っても森林深部に戻る前にやるべき事をやっておかないとね。これをしなければここまで来たのが無意味になってしまうしさ。
<『転移の種』を使用しますか?>
ここは当然、転移地点の上書きをしていく為に登録を選択してっと。よしよし、インベントリから種が出てきて、この場所に埋まっていき芽が出てきた。ちゃんと灰色のカーソルが表示されて、ここに転移地点の設定がされているというのも分かりやすく表示されてるね
<『転移の種』の転移地点の登録が完了しました>
とりあえずこれで転移地点の更新は完了っと。明日はここに転移してくれば、この場所から再開出来るな。
「そんじゃ森林深部に戻るぞー!」
「「「「おー!」」」」
そうして帰還の実で森林深部に戻ってから、新しい帰還の実を貰って解散となった。アルはいつものようにもう少しやっていくみたいだけどね。って事で、本日これにて終了!
◇ ◇ ◇
ゲームは今日はもう終わりという事で、いつものようにいったんのいるログイン場面へとやってきた。いったんの胴体部分は『スクショのコンテストの選考、無茶苦茶悩む!?』となっている。
まぁ俺が関わっていたやつだけでも結構大掛かりなのはあるもんな。俺自身もまだ撮ったもののエントリーしてないのもあるから、まだのやつは近い内にエントリーをしておかないとね。
「いったん、なんか新情報はある?」
「今は特には無いよ〜?」
「ほいよっと。そんじゃスクショの承諾をやっとくから、一覧をよろしく」
「はいはい〜。よろしくね〜」
そうしていつものように一覧を受け取っていく。何件か来ているというのを後回しにしてたけど……お、フェルスさん達が俺らの雷の操作を取る時のスクショか。後は氷結洞の中で弥生さんが育てていた氷結草のとこでカグラさんに撮ってもらったやつも来てるね。
これはどっちも貰っておいて……なんか氷樹の森が爆発で吹き飛んでるスクショも来てる。……これ、俺はどこに写ってるんだ……? あ、よく見たら凄い小さく微妙な感じで写ってるね。後はアーサーとの対戦の様子が色んな角度で何枚か来てるね。……うん、いつも通り灰の群集だけ許可にしとこっと。
「これとこれは貰って、残りはいつも通りでよろしく」
「はいはい〜。そのように処理しておくね〜」
「ほいよ。それじゃ今日はこれで終わりにするよ」
「お疲れ様〜。またのお越しをお待ちしております〜」
「おう!」
そうしていったんに見送られながらログアウトをしていった。今日は伸びていた予定を終わらせる事は出来なかったけど、明日にはちゃんと行けそうだね。さて、青の群集での中継の権利もどうするか考えないとな。
ま、その辺はみんなと相談するとして、今日は色々片付けてから寝るとしよう。




