第616話 空飛ぶクジラの成長
とりあえずベスタとヨッシさんがスライムを見つけたようで、これからその対処である。さて、初めて遭遇するスライムだけど、どんな感じなのだろうか。
「ちっ! 思った以上に素早いな」
「ベスタさん、大丈夫?」
「あぁ、この程度なら問題ない。『識別』!」
「ヨッシ、何があったのー!?」
「えっと、スライムが凄い勢いで膨れ上がって、ベスタさんを呑み込もうとしてね。咄嗟に避けて、問題はなかったんだけど、きゃ!?」
「『アースバレット』『ファイアボール』!」
「ベスタさん、ありがと。もう、びっくりしたよ」
「別に大した事はしてないから気にするな。今のを防いだのはケイの付与魔法だし、俺の魔法は威力が低くて大して効いちゃいない」
「あ、それもそうだね。ケイさん、付与魔法が実際に役に立ったし、ありがとね」
「あー、どういたしまして?」
何やらスライムとの戦闘でちょっと予想外に苦戦中っぽい? っていうか、戦闘の様子が見えないので具体的に何がどうなったのかが全く分からないんだけど!?
「はい! 具体的にどうなってますか!?」
「すまんが、それは後回しにさせてもらう。……予想外に高Lvだぞ、このスライム」
「え、ベスタさん、そうなの!?」
「あぁ、フィールドボスではないがLv20の個体だ。このエリアにしては異常にLvが高い上に、動きが厄介だな」
「……そうみたいだね。ごめん、みんな。とりあえずスライムを捕まえるまで、返事はなしにさせて」
フィールドボスではないけど、異常に育っているスライムの個体か……。うーん、灰の群集で情報を上げてない人や、他の群集の人が殺られて経験値を与えて育ててしまった感じのやつかな?
まぁ断片的な状況の様子からでも、ちょっと厄介そうではあるよね。流石にベスタとヨッシさんの2人だから負けるとも思えないけど、変に集中力を削がない方が良いかもしれない。
「ほいよっと。なんか厄介みたいだし、一区切りつくまでは変に聞くのはやめとくわ」
「……それが良さそうだな」
「うん、わかったかな」
「了解です!」
「みんな、ありがとね。それじゃベスタさん、スライムを捕獲しよう!」
「あぁ、そうするぞ!」
そうしてヨッシさんとベスタの2人によるスライムの捕獲作戦が始まった。……早く移動をしていく為に、俺の行動値の回復速度を上げる為の生贄を獲りに行ったのがどうしてこうなった……?
とりあえずスライムを放置してきたり、討伐して終わらせる気はないようなので任せておこうか。なんだかんだで、このスライムも地味に珍しいっぽいしね。
「……ベスタさん、識別情報は?」
「黒の暴走種の『風毒スライム』で、属性は風と毒、特性は粘体、物理耐性、大食いだな。……さっきのは捕食攻撃か」
「え、それって呑み込まれたら食べられるの?」
「丸ごと食べられた場合にはHPが残っていれば自動で外に転送されるな。一部だけならゲーム的な処理で透過して解放にはなるが、食われた部分に一時的な硬直が発生する。……魔法には弱めとはいえ、付与したケイとこのLv差なら即死って事もないだろう。『爪刃乱舞』!」
「……斬り刻まれたけど、平気そうにして……あ、斬り刻まれた部分を吸収して元に戻ってるね」
「ちっ、よく見ればHPがないタイプか」
ほほう、コケ以外にも居るだろうとは思っていたけど、スライムがHPのない種族ときたか! ……しかも斬っても吸収して復活ってまた厄介な性質をもってるな。特性に大食いがあるという事は、自身の切り離された肉体を捕食する事で回復するようなスキルがあるのかもしれないね。
「……それにしても、さっきにアースバレットや今の追撃の水刃があまり効かないか。種族特性として、物質的な魔法にも耐性があるか……もう一回散らばってろ。『爪刃乱舞』!」
「ベスタさん、ナイス! それならここは私の出番だね。風属性持ちなら氷属性が有効だよね?」
「毒属性も持っているから、使う属性はそうなるな。……ヨッシ、可能な限り殺すなよ」
「うん、分かってる。檻じゃ隙間から抜け出されそうだし、これで! 『アイスクリエイト』『氷の操作』!」
「よし、捕獲完了だな」
「あはは、氷属性だと予想以上にあっさりだったね。……氷漬けにすると、スライムの中に核みたいなのが見えるんだ?」
「どうやらそのようだな。……どうすればその核が見えるようになるのか検証したいとこではあるが、一先ずは戻るぞ。予想外に時間を浪費した」
「そだね。あ、みんな、とりあえず捕獲は出来たから戻るよ」
うん、一部始終はPT会話で聞いていたから把握してる。スライムはどうやら弱点を狙わなきゃろくにダメージを与えられないけど、弱点を狙ってしまえば対処は簡単だったっぽいな。
まぁベスタも言ってるけど、予定外に思った以上の時間は使ってしまっているので急いだ方が良いのは間違いないな。……ぶっちゃけ、結構回復気味になってるし。
「戻ってくるのは了解っと。あ、そういや俺は結構回復したけど、アルの方はどうだ?」
「あー、俺ももう充分なだけの回復は済んだぜ」
「……予想以上に時間をかけ過ぎたか。ヨッシ、俺の背中に乗れ。飛ばしていく」
「あ、うん。これでいい?」
「あぁ、問題ない。しっかり捕まっていろ。『ウィンドクリエイト』『自己強化』『操作属性付与』『高速疾走』!」
「わっ!? ベスタさん、早い、早い!?」
「ベスタさん! ヨッシは早過ぎるの苦手かな!」
「……なに? そうか、それはすまなかった」
「……あはは、ごめんね、ベスタさん。それと速度を落としてくれてありがと」
「なに、気にするな。俺こそ少し配慮は足りなかったしな」
そんなやり取りを経て、ベスタとヨッシさんは俺らの待っている場所に向かって移動を開始したようである。ヨッシさんに合わせて少し速度は落としたみたいだけど、それほど極端には離れてないからすぐに到着するだろう。
ヨッシさんのああいう急加速とかへの苦手意識はかなり薄れているけど、まだ慣れない状態でいきなりの急加速となると駄目っぽいね。まぁいつものアルの上ではハーレさんの巣や、木の枝や、サヤに抱えられてたりはするもんな。
そして少し待てば、ベスタと、その背の上にいるヨッシさんと、それに並走するように操作されている氷漬けのスライムの様子があった。
<ケイが未成体・暴走種を発見しました>
<未成体・暴走種の初回発見報酬として、増強進化ポイント6、融合進化ポイント6、生存進化ポイント6獲得しました>
<ケイ2ndが未成体・暴走種を発見しました>
<未成体・暴走種の初回発見報酬として、増強進化ポイント6、融合進化ポイント6、生存進化ポイント6獲得しました>
あ、スライムは黒の暴走種って言ってたけど、発見報酬が出たのは地味にありがたい。お、それとスライムの通常はHPを表す部分をよく見るとHPではなく身体体積となってるね。
このスライムも俺のコケみたいに増殖する事が可能なのか? うーん、試してみたいけど今は無理だな。
「みんな、ただいま!」
「ケイ、いきなりで悪いが俺とヨッシに付与魔法をかけ直してくれ」
「え? あ、スライム相手に使い切ったのか」
「あぁ、そうなる。だが、付与魔法に有用性は体感出来たぞ」
「うん、そだね。3回、呑み込まれそうになったのを防いでくれたよ」
そういやベスタはスライムを斬り刻んでいたみたいだし、ヨッシさんも攻撃を受けていた様子はあったもんな。うん、やっぱり付与魔法の使い方は多くて複雑ではあるけども、Lv7の魔法だけあって有用性は充分みたいだね。
「よし、それじゃ先に付与魔法をかけ直すよ。種類はさっきと同じでいいか?」
「あぁ、それで構わない」
「私もそれでいいよ」
さて、結構回復した行動値と魔力値を使って2人分の付与魔法をかけ直そう。さっきと同じ付与だから、ベスタには攻勢付与で、ヨッシさんには守勢付与だな。
<行動値7と魔力値21消費して『水魔法Lv7:アクアエンチャント』を発動します> 行動値 56/72(上限値使用:1): 魔力値 156/206
まずはベスタに攻勢付与をかけて、ちゃんと3つの水球が付与されたの確認。……まだ気が早いけど、水の操作Lv7で同時操作数を4つまで増やしたいなー。そうすりゃこの付与も4つになるのに……。
ま、まだ出来ないものに文句を言っても仕方ないか。とりあえず次!
<行動値7と魔力値21消費して『水魔法Lv7:アクアエンチャント』を発動します> 行動値 49/72(上限値使用:1): 魔力値 125/206
これでヨッシさんにも守勢付与をかけるのは完了だな。うん、こっちもちゃんと3つの水球が付与出来ているね。
「さてと、これで付与は完了なんだけど……正直、今の時点では養分吸収での行動値の回復速度を上げる必要はないかも……?」
「……やはり少し時間をかけ過ぎたか。まぁいい、道中で何があるか分からんから消費が激しい時の対策用に持っていくか。ヨッシ、いけるな?」
「うん、暴れる気配は全然無いから大丈夫。……でも、徐々に弱ってるからそこは要注意だね」
「その時は普通に経験値にしちまえば良いんじゃねぇか? Lv20なら経験値は多いだろ」
「アルさんの意見に賛成さー!」
「まぁLv上げもしていきたいから、それならそれで賛成かな」
その辺については俺も特に異論はなしだな。これから強行突破をしていく上で、俺の付与魔法や、場合によってはアルを流す水流や、水の風除けを俺がする可能性もある。その後の回復の為の生贄として持っておくのはありだよな。
「あー、お前ら、1つだけツッコミを入れとくぞ。このスライムはケイの回復に使うかどうかは状況次第だが、最終的に倒すのは変わりないからな? 逃がす理由がどこにある?」
「はっ!? 確かにそれもそうだった!?」
「……逃がす理由は欠片もないかな?」
「あー、そりゃベスタの言う通りだな。どういう形であれ、そのスライムは俺らの経験値か」
「……あはは、確かにそうなるよね」
「無駄なく使用は決定って事だな」
ま、言われてみればそうなるんだよなー。俺らよりLvが上のこのエリアとしては強いレアな個体である。……不意を付かれて逃げられるような事にでもならない限り、逃がす理由なんて欠片もないか。
「さて、俺の方も回復は出来ているから、もうすぐに出発するぞ」
「「「「おー!」」」」
「あぁ、急ぐぞ、アルマース」
「まずは小型化解除! 『自己強化』『ウィンドクリエイト』『操作属性付与』!」
そうしてみんなが着々と準備を進めるアルのクジラの背中に乗って、移動の準備を行っていく。……よし、みんないつもの定位置についたので準備はこれでいい。
ヨッシさんが氷漬けにしているスライムはサヤの竜が掴んでいるし、ヨッシさん自体も木にもたれているサヤのクマに抱えられているので大丈夫だね。俺はアルのクジラの頭の上で、ベスタが俺の少し後ろ。ハーレさんはいつもの巣の中である。
「よし、全員準備は良いな。それじゃ出発するぞ! 『高速遊泳』『並列制御』『アクアクリエイト』『アクアクリエイト』『並列制御』『水流の操作』『水の操作』!」
おっ、こりゃいいな。自己強化に風属性の付与で速度を上げて、高速遊泳で速度自体を更に上げ、流れていく為の水流と風除けの水のドームも同時に生成している。
ここまでやると、本当に移動以外は何も出来そうにないな。……まぁ、勢いだけはとんでもないのでこのまま突っ込むだけでも結構な威力にはなりそうだけど。
「高速飛行クジラ船『アルマース号』出港です!」
「あー、まぁ別にそれで良いか」
「これって出港で良いのかな?」
「んー、港は無いからどうなんだろう? 出船は何か違うし、離陸も何が違うよね?」
「……そこは重要な事なのか?」
「何を言ってるのさ、ベスタさん! 重要なのですさー!」
「いや、ハーレさん、それはない」
「あー!? ケイさんが裏切ったー!?」
「ちょっと待て、これって裏切るとかそういう話か!?」
そんなしょうもない話をしつつ、上風の丘の上空に生成した水流に乗ってアルが猛烈な勢いで泳いでいく。うまく水の風除けが機能していて、ちゃんと踏ん張ったり、しがみついていれば基本的に落ちる事はなさそうである。
それにしても空飛ぶクジラ計画はここまで進展したんだな。まだ高度を上げる余地もあるし、キャラ自体のLvが上がれば移動速度も上がって行くだろうけど、アルのみでここまで成立するようになったのは大進歩である。
この先、アルが支配進化になって行動値も増えていけば、ここから攻撃的な使い方も出来てくるかもしれないね。ま、それはともかくとして、今は岩山へと辿り着くのが先決か。
「はっ!? 左前方から危機察知に反応ありです!」
「ちっ、回避を――」
「アルマース、回避はいらん! ケイの守勢付与に任せておけ」
「……そういやそうだったな!」
そして左前方から緑色の……あれはなんだ? 何かが回転しながら飛んできている……? あ、守勢付与の3つの水球がその何かを弾き飛ばして、1つ目の水球が消滅した。守勢付与の自動防御、ナイス!
あー、弾き飛ばされた何かが水の風除けに当たって、更に弾き飛ばされる時に回転が止まっていたので何が飛んできたか分かった。今のはヒトデが手裏剣みたいになって飛んできていたようである。……ホント、何でもありだなー。
ま、とりあえず今の勢いと守勢付与での自動防御があれば、襲いかかってくる敵を強行突破するのは難しくない事が分かった。このまま岩山エリアまでぶっ飛んでいくぞー!




