第603話 ケイ対ベスタ 下
二重に展開した水の防壁をベスタを挟み込むように動かして、これでベスタを捕まえてやる! よし、位置はピッタリだから、2つの水の防壁の間隔を狭めて――
「ちっ!」
「逃がすか!」
流石に不味いと思ったのか、左側の爪……俺から見たらだからベスタからすると右の爪で水の防壁の1つに叩きつけ、そのまま水の防壁を足場にするようにして、俺から見て右方向へと飛び退いていく。
くっ、水の防壁は衝撃を吸収するタイプの防壁なのに、絶妙な力の入れ具合で器用な回避方法をしてくるか! 完全に突き抜ける訳じゃなくて、ある程度の弾性はあるからそれを利用された……。いや、でも耐久値はまだまだ残っているし、まだ行けるはず!
「それに捕まると厄介そうではあるな」
「……簡単に避けてくれてるけどなー」
「いや、ケイが思ってるほど楽ではないぞ?」
「……そりゃどうも!」
そんな風に言いながらも、着実に連撃を当てて距離を取りつつ回避されまくってるんですけど!? くっ、発動したてだったから連撃とチャージの見分けがつかなかったけど、さっきの受け止めた側の爪が連撃だったのは痛かった。あれがチャージだったなら潰せた可能性はあったのに……。
あー、ヤバい! 完全に連撃が溜まりきったし、チャージもかなり進んでしまっている上に強弱も発生している。流石にこれは詰んだか……。いや、まだだ。まだ諦めない!
「悪いな、ケイ」
「うぐっ!?」
えっ、今の連撃とチャージで水の防壁を破壊した!? くっ、水の防壁を掻い潜ってきて叩き込まれる可能性は考慮してたけど、ここで破壊を選んでくるとは思わなかった。って、驚いてる場合じゃないよな!? ベスタが無駄なスキルの使い方をするはずがないし、これは想定外の攻撃で俺の隙を作る為のはず!
「『爪刃双閃舞』!」
やっぱり一気に距離を詰めて、次は連撃のみで攻めてきた! だけど、これならまだ対応出来る範囲だ。さっきので盛大に隙を作っていたら確実に食らっていただろうけど、一か八かのカウンターを狙う!
<行動値を4消費して『スリップLv4』を発動します> 行動値 23/67(上限値使用:6)
俺の右側から振り下ろされてきているベスタの爪の連撃の一撃目を、右のハサミで受け止めつつ表面のコケで俺の後方へと滑らせて回避成功。よし、ここからだ!
「ふっ、そう来ると思っていた!」
「うわっ!?」
ベスタの爪の一撃を背後に受け流したと思ったけど、ロブスターの背中の甲羅の継ぎ目に爪を引っ掛けて引っ張ってきた!? ……どころか、そこから追撃で反対の爪で上から斬りつけてきてる!?
引っ掛けた爪で完全に抑え込まれた状態でこれだと爪の攻撃の直撃を受けて大ダメージ確定だ!? くっ、でも近過ぎるし、胴体は抑え込まれてるし、もう逃げ場がない……! ここから取れる手段は……これだ!
<『並列制御Lv1』を発動します。1つ目のスキルを指定してください>
<行動値を15消費して『万力鋏Lv1』は並列発動の待機になります> 行動値 8/67(上限値使用:6)
<2つ目のスキルを指定してください。消費行動値×2>
<行動値8と魔力値12消費して『水魔法Lv4:アクアボム』は並列発動の待機になります> 行動値 0/67(上限値使用:6): 魔力値 129/206
<指定を完了しました。並列発動を開始します>
<『万力鋏Lv1』のチャージを開始します>
左のハサミで万力鋏を発動して左上部から迫るベスタの前脚を挟み込んで爪の一撃を受け止め、アクアボムを俺とベスタの中間地点で爆発させてもう片方の爪もロブスターの背から弾き飛ばす。よし、成功……って言いたいけど、これ以上何も出来ない!? ……ここからどうする?
「……ほう? 流石にこれを止められるとは思ってなかったぞ」
「……いやー、油断は大敵だぞ?」
「それについては間違いねぇな」
「って、おわっ!?」
万力鋏でベスタの前脚を挟み込んでいるのに、そのまま強引に力づくで地面に叩きつけられた。あー、オオカミとロブスターの体格差もあるけど、根本的なステータスの差で俺の万力鋏ではベスタを抑えつけられないのか。……しまったな、これなら自分を巻き込んで昇華魔法をぶっ放した方が良かったかもしれない。
「さて、これで終わりだ」
そしてベスタのその宣言と共に、先程アクアボムで弾いた爪が再び振り下ろされて、万力鋏を発動していたハサミを斬り飛ばしていった。あー、この爪刃双閃舞は銀光の強弱の間隔が短いからLv3での発動か……。こりゃ行動値が残っていない状況ではもう無理だな、取れる手段がない。
<『同調打撃ロブスター』のHPが全損しました。『同調強魔ゴケ』が大幅に弱体化します>
ハサミの片方を斬り落とされてからLv3の爪刃双閃舞による連撃によって、ロブスターのHPが全てなくなりポリゴンとなって砕け散っていった。……流石にロブスターが殺られて、大幅にコケが弱体化した上に行動値もないんじゃここまでか。
「あー、Lv差とかが大きく影響が出たなー」
「……そのようだな。覚悟はいいか?」
「逃げようがないし、まぁ頑張った方だな」
「……あぁ、そうだな。『ファイアボール』!」
<群体が全滅しました>
<ケイが生存不能になったため、模擬戦を終了します。勝者:ベスタ>
そうしてロブスターを失って盛大に弱体化したコケを焼き払われて模擬戦の決着がついた。あー、やっぱりベスタには勝てなかったか。でも、近接特化のベスタ相手にあれだけやれれば充分過ぎるほどの……あー、そんな言い訳はなし! 負けりゃやっぱり悔しいわ! 次にやる時は勝ってやる!
<模擬戦が終了しましたので、10秒後に外部へと転送されます>
<模擬戦のテストへの参加賞として『転移の実』を1個獲得しました>
お、アナウンスが出ると同時にロブスターとコケがいつもの状態に戻っていた。ふむ、これで模擬戦は終了か。ふむふむ、この貰えた転移の実は今まであった10個とは別枠になるんだな。というか、これは多分スタック数が10個までか。
そういや風雷コンビの時はポリゴンになって砕け散っていなかったけど、支配進化だとその辺はちょっと演出が違うのか。……まぁ単独の時とは敗北条件が違うから当たり前といえば当たり前ではあるね。さてと……。
「ベスタ、おつかれ。……次は負けないからな!」
「あぁ、その勝負はいつでも受けて立とう」
「……余裕あるなー」
「まぁそう簡単に負ける気もないからな」
「あー、負けて悔しいけど、それでも楽しかった!」
「ふっ、それは俺も同感だ」
「……勝ったのに俺と同感っておかしくない?」
「それもそうだな」
あー、悔しいには悔しいけど全力でやって負けたのは久々だなー。……色々と反省点はあるし、足らない部分も見えた。単純に楽しかったのもそうだけど、そういう欠点が見えたのは模擬戦をやった価値があったかな。
<『模擬戦エリア』から『始まりの森林深部・灰の群集エリア2』に移動しました>
そんな事を考えている内に森林深部へと転送された。へぇ、戻る時はエンの樹洞の中じゃなくて、その外のエリアに転送されるんだな。
「さて模擬戦は終わったが、ケイはこれからどうする?」
「あー、今日はこの後はハーレさんの希望で例のドラゴンに挑むだけ挑みに行こうって事になってるぞ」
「……ほう? これは誘う手間が省けたか」
「え、もしかしてベスタ、ドラゴン退治に俺らを誘うつもりだったりする?」
「あぁ、都合が良ければ誘うつもりでいた。あれは流石にソロでは無理そうだからな」
「……マジかー」
昨日のスクショの撮影の合間にベスタがソロで様子を見に行ってボロボロになってたのは見たけど、討伐をするつもりでいたとはね。……まぁ聞いている限りでは例の土属性のドラゴンは、未成体では間違いなくトップクラスの敵だろうしね。
「……ちなみにベスタから見て、俺らでの勝算は?」
「……楽ではないだろうが、勝ち目はあると見ている。というか、そうでないのなら誘いはしない」
「ま、そりゃそうだ」
勝ち目がないのにベスタがわざわざ誰かを討伐に誘う訳もないか。……みんなは駄目とは言わないだろうし、普通に歓迎ではあるとは思うけど、流石に俺の独断で決める訳にもいかないよな。
「とりあえずみんなに聞いてみるよ。多分駄目とは言わないと思うけど」
「あぁ、頼む」
よし、それじゃ中継を見てたであろう桜花さんのとこに……行かなくても、共同体のチャットを使えばいいか。えーと、って開こうかと思ったらアイコンが光ってるじゃん。
まぁタイミング的に内容の予想は付くけどね。とりあえずチャット開いて内容を確認してから、ドラゴンへの挑戦にベスタが同行しても良いかの確認だな。
サヤ : ケイ、模擬戦お疲れ様かな。負けだったけど、ナイスファイト!
ヨッシ : ケイさん、お疲れ様。やっぱりベスタさんは強かったけど、ケイさんも凄かったよ。
お、サヤとヨッシさんが書き込んでくれてるね。うん、こういう風に言ってくれると少し気が楽に……やっぱり悔しいなぁ……。でもまぁ、悔しがるだけじゃ駄目だし、ここはしっかり気分を切り替えていこう。
ケイ : 2人共、ありがと。ベスタ相手はやっぱり勝てなかったけど、悔しいもんだなー!
サヤ : それなら次は負けないように特訓あるのみかな!
ヨッシ : そだね。必要な事があれば手伝うよ。
ケイ : おうよ! その時はよろしく!
ハーレ : もちろんさー!
アルマース : だな。……てか、俺らもベスタと戦うんだよな?
サヤ : あはは、確かにそうだったかな。
ヨッシ : ……私、全然勝てる気がしないんだけど。
ハーレ : 私もさー!
アルマース : ……まぁ俺も勝てる気はしねぇな。
ベスタは俺ら全員と戦いたいと言っていたんだし、次はみんなの番だよな。俺は負けたけど、それでも戦い抜いたしね。
ケイ : みんなの対戦を楽しみにしとくわ。
アルマース : ま、負けたとしても損がある訳でもねぇから気楽にやるか。
サヤ : うん、私もそのつもりかな。
ハーレ : みんなの分の実況は私がやるのさー! あ、ケイさん、こっちの音声オフにしてたよねー!? せっかく実況したのにー!
ケイ : いや、ベスタ相手に戦ってる時に実況を聞く余裕とかないからな!?
アルマース : ……確かにそうだろうな。
ヨッシ : やっぱりそうなるよね。
サヤ : うん、その気持ちはよく分かるかな。
ハーレ : うー! 理由は分かるけど、このもどかしい気持ちはどうすればー!?
うん、その気持ちは心の奥底にでも片付けておいてくれ。……ぶっちゃけ当事者でなければあの模擬戦の実況は聞いてみたいとこではあるんだけど、流石に冗談抜きでベスタと対戦中には無理。……って、本題から逸れてる!?
ケイ : あー、とりあえず実況については後で話を聞くとして、ちょっと相談……というよりはお願い……いや、要望か? うん、まぁそんな感じの話があるんだけどいい?
アルマース : ん? どういう内容だ?
ハーレ : はっ!? まさか私の要望のドラゴンは却下になったりしないよね!?
ケイ : 流石に却下はしないっての。まぁそれに関係する話ではあるんだけど、ドラゴン戦にベスタも同行したいらしいんだけど、構わない?
ハーレ : おー!? 強力な助っ人だー!?
アルマース : あー、そういや昨日の時点で様子見とか言ってたもんな。……元々ベスタが討伐を狙ってたってとこか?
ケイ : まぁそんなとこ。どうも模擬戦後に俺らを誘うつもりだったっぽい。
アルマース : ベスタが誘うつもりだったって事は勝ち目があるって事だろうしな。まぁハーレさんの要望だから、ハーレさん次第ではあるが俺も賛成だ。
ヨッシ : あ、そうなんだ。それならハーレさえ良ければ私は問題ないよ。
サヤ : ハーレとしては、どうかな?
あ、そっか。そもそもハーレさんの要望でドラゴン戦をするんだから、そこはハーレさんの意見を最優先にしないとね。まぁさっきの反応からして、駄目と言うとも思えないけど。
ハーレ : 問題なしどころか大歓迎です! 折角なら倒して大量の経験値狙いたいもんねー!
ケイ : よし、それじゃベスタの参戦はOKって事で良いんだな。
ハーレ : それでいいのさー!
ケイ : ほいよっと。それじゃベスタにそれを伝えてから合流したいんだけど、桜花さんのとこに行けば良い?
アルマース : あー、今は混雑しまくってるからやめとけ。
サヤ : 多分、今ここにケイとベスタさんが来たらみんなに捕まるかな?
ヨッシ : まぁ盛り上がってるからそうなるだろうね。
げっ、もしかしてさっきの模擬戦の中継で盛り上がってテンションが上がってる状態か? ……そういう事なら確かに今は桜花さんのとこには近寄らない方が良いかもしれないね。
ケイ : それならどこに行けばいい?
アルマース : あー、そうだな。俺らがそっちに行く……いや、目的地を考えるならミズキの場所がいいか。よし、ミズキの前で集合でどうだ?
そういや例の土属性のドラゴンのいる岩山はミズキの森林の西側へ進んでいくんだったっけ。それならミズキの前を集合場所にするのがちょうどいいか。
ケイ : ミズキの前だな。了解っと。
ハーレ : さー、次はドラゴン戦だー!
サヤ : ケイ、まだ後でかな。
ヨッシ : ベスタさんによろしくね。
ケイ : ほいよっと。
ふー、とりあえずこれで合流場所は決定だな。さて、これをベスタに伝えてからミズキの場所まで転移で移動だね。
「ベスタ、みんな一緒に行くのは賛成だってさ」
「そうか、それはありがたい。それで合流場所はどうなる?」
「合流場所はミズキの前になったぞ」
「……なるほど、確かに目的地を考えるなら悪くない場所だな」
「それじゃ転移して行きますか」
「あぁ、そうしよう」
なんかすぐに戦いに行く感じにはなってるけど、アル達と合流するまでの間に少し休憩させてもらおうっと。……そんなに時間はかからない気もするけど、休み足りなきゃ移動中にアルの背中の上でのんびりさせてもらうまで!




