第499話 気分を切り替えて
『渡りリス』の異名を持つレナさんからの情報提供で、今いる平原からでも予定していた目的地へと行ける事が判明した。……でも、徐々に朝焼けの演出になってきているのでもうすぐ12時か。
予定外のトラブルとその後始末に思った以上に時間を費やしてしまった。……まぁそれでも1時間はかかってないから、素早い作戦行動ではあったんだろうけどね。
「……時間も時間か……。レナさん、そこの先の平原までってどのくらいかかる? それ次第でどうするか決めたいんだけど」
「ちょっとマップを見るから待ってねー。あ、現在地はここのマップの東端に近いからもうほぼ目前だね。あちこち追いかけ回してる間に端の方まで来てたみたい」
「おー!? それはラッキーだね! それじゃそこまで行って転移の種を登録してから、シュウさんと連絡を取ろうよ!」
「……弥生さんの事も気になるし、そうするか」
「あ、それじゃわたしは先にシュウさんとこに行って、すぐに会えるようにしておくよ。わたしもかなり気になってるからね!」
「ほいよ。それじゃレナさん、また後で」
「うん、ケイさんもみんなもまた後でねー!」
<レナ様がPTを脱退しました>
これで一度レナさんとのPTは解散となり、レナさんは帰還の実で戻っていった。今弥生さんがどうなってるか分からないけども、レナさんならリアル側からの連絡手段は持ってそうだしね。
弥生さん、大丈夫かな……? 気にはなるけど、俺らより遥かに関わりの強い人達もいっぱいいるんだよな……。
「ケイ、気持ちは分かるが気にしすぎるなよ」
「……分かってるけど、やっぱりな……?」
「ケイさん、そういう時は元気な姿で出迎えるのがいいんだよ! 心配全開でいられる方が当人としては心苦しいのです!」
「……なんか実感籠もってるな、ハーレさん」
「私もヨッシに心配かけちゃってたからね!」
なんというか、少し前まで落ち込んでたのを必死で隠してたハーレさんが言うと説得力がかなりあるね。そっか、無理に心配しているのを全面に出すのもプレッシャーを与える事になるんだな。……それなら変に心配し過ぎずに普段通りにやっていこうか。
「……よし。とりあえず転移の種を設置しに行くか」
「おうよ。んじゃサヤ、乗ってくれ」
「あ、うん。分かったかな」
サヤ以外はアルのクジラの上に乗ったままだったので、移動に関してはそれほど問題はない。そして殲滅した連中を追いかける為に牽引式は解除して、空飛ぶクジラになっているので移動も簡単である。うん、手早くサヤが竜に乗ってアルのクジラに乗ったので移動準備は完了だ。
「それじゃ出発するぞ! 『アクアクリエイト』『水流の操作』!」
「前に行きそびれた平原に出発だー」
「「「おー!」」」
聞いた話では以前にスターリー湿原からちょっとだけ入った平原と同一の平原という事だしね。あの時は時間切れで全く探索は出来なかったけども、明日からは探索していけるだろう。
<『ラルジュ平原』から『名も無き平原』に移動しました>
それほど時間もかからずにあっという間に名も無き平原へと辿り着いた。……そういやラルジュ平原はろくに景色を見る暇はなかったね……。ちらほらと水場や沼、小規模な森とか、花畑みたいな場所は見かけたけど、じっくりは見れなかったなー。
「転移の種はここにしとく? それとももうちょい離れたとこ?」
「エリア切り替え直後の場所の方が敵は少ないし、ここでいいんじゃね?」
「はい! 私はアルさんに賛成です!」
「私もかな」
「うん、私もだね」
「ほいよ。んじゃここに転移の種を設置しておくか」
「「「「おー!」」」」
満場一致でエリア切り替え直後の今の場所に決定したし、ササッと転移の種の登録を済ませて森林深部へ戻ろうじゃないか。
それじゃ早速インベントリの中から、転移の種の転移場所を登録していこうっと。えーと、登録はどうやれば良いんだろう? 普通にアイテムとして使用すれば良いのかな?
<『転移の種』を使用しますか?>
お、使用したら『転移』『登録』『キャンセル』3種類の選択肢が出てきた。まぁキャンセルがあるのは当たり前として、実際に転移するのと転移場所を登録するのは転移の種をインベントリから使用すればいいらしい。
「これ、取り出しても使えるのかな?」
「……さあ? インベントリの中からでも使えるっぽいけど、どうなんだ?」
「ケイさん、そういう時は検証あるのみです!」
「あー、それもそうだな」
ただ取り出して使えば良いだけなんだからそこまで深く考える事でもないか。まぁインベントリの中から取り出さなくても使用出来るのはありがたいけどね。
「ということで、じゃじゃーん! 転移の種ー!」
「……ハーレ、別に自慢げに掲げなくても良いからね?」
「はーい! あ、これって植えたらいいんだ!?」
「え、これって植えるのか!?」
「みたいだよー! えーと、土があるところなら少し地面に刺すような感じで、それ以外の場所なら地面に置けばいいんだねー!」
「え、ハーレさん、使う時にそんな説明が出てくるのか……?」
ハーレさんは近場の草場をかき分けて、手に持った転移の種を地面に刺すようにしていた。……インベントリから出して使用する時にそんな説明が毎回出てくるとしたら、正直面倒で鬱陶しいような気が……。いや、流石に初回だけだよな……?
「ううん、出てこないよ?」
「ケイ、ヘルプかな」
「あ、ヘルプか!」
「サヤの言う通りだね。しっかりヘルプに項目が増えてるよ」
「へぇ、この手のアイテムについてはヘルプの項目が増えてるんだな」
「ケイさん、地味にヘルプの存在を忘れるよねー!?」
「……ヘルプはあんまり読まないからな」
大体のゲームや電子機器を扱う時は、よっぽど特殊なものでなければ実際に触って覚えるタイプなんだよな。うん、大体それで何とかなるし……。それで行き詰まった時に初めてヘルプを見るけど、そういう時って本家のヘルプって役に立たないことが多いんだよな。個人の攻略のまとめとかの方がよっぽど参考になるというか……。
「まぁケイらしいと言えば、ケイらしいが……」
「でももう少し見ても良い気はするよ?」
「そだねー! そうしてたらサヤがケイさんと初対面の時に転ばされる事も無かったのさー!」
「確かにそれはそうかな」
「……その節は本当にすみませんでしたー!」
ぐっ、ここでサヤとの初対面の時の話が出てくるとは……って、あれ? あれって、口止めしてたような気もしたような、してないような……? ……もうどうだったか忘れたし、なんかもう今更って気もするから別にいいか。……とりあえず、もう少しヘルプを見る癖はつけておこうっと。
「それはともかく、登録開始ー! お、芽が出てきたー!?」
「……あれ? 地面に潜っていったね?」
「種が自力で土の下に潜っていくのも変な感じかな」
「お、なんか出てきたぞ?」
「……埋まった種が出てきたのか?」
「えっと、出てきた分裂した種が転移用のだってー!」
「あ、出てきたのは手元に持っておく転移用か」
ちょっとした珍光景を見た気はするけど、インベントリから取り出した場合はこういう風に演出があるんだな。……埋まっていった分裂前の種が転移の際に役立つって事なのかもしれないね。
……ん? さっきハーレさんの転移の種が埋まった場所に種の形をした灰色のカーソルが表示されてるな。なるほど、これはここに誰かの転移の種があるという印か。この上で立ち止まっていると転移してきた人にぶつかる可能性があるだろうから、それの防止かな? とはいえ……。
「……このカーソル、やり方次第では近くにモンスターを固めておくとか出来そうだよな?」
「……確かにタイミングさえ合えば可能ではあるだろうな。よし、その場合はケイに処理を任すか」
「おいこら、その場合はアルも手伝えよ!? そういう場合だと昇華魔法で一掃が一番だろ」
「あー、それもそうか。ま、そうそうそんな事態もないだろ」
「あはは、確かにね。もしあった場合は私も氷の昇華にはなったし、手伝うよ?」
「そういやヨッシの氷の昇華を使った昇華魔法も試さないとね!」
「あ、そういえばそれもあったかな」
ヨッシさんが氷の昇華を手に入れて、雪山を滑り降りた直後からトラブルが発生したからすっかり忘れていたね。折角手に入れた俺らの中では新しい昇華になった属性だし、昇華魔法のバリエーションが増えるはずだもんな。
「よし、それは明日の夕方に試そう! アル、それで良いか?」
「おう、構わんぞ。結果についてはケイとハーレさんが晩飯食ってる間にサヤとヨッシさんから聞いておくからな」
「それじゃ明日の夕方の予定の1つは決定だー!」
「ケイが水と土だから、種類が一気に増えそうかな?」
「そだね。うん、ちょっと楽しみかも」
俺もどんな昇華魔法になるかは楽しみだね。新しい組み合わせとしては水と氷、氷と土、それと氷同士になるけど、PTとして考えるならアルの水もあるから使えるメンバーと種類の組み合わせは一気に増えるんだよね。ふふふ、これでまた手札が増えたぜ。
「ま、明日の事は明日だ。今日はもうケイ達は時間が時間だから、さっさと転移の種の設置を済ましちまおうぜ。弥生さんの様子を聞きに行くんだろ?」
「おっと、そうだった」
「……そうだね。急がないといけないかな」
「うん、少し急ごうか」
「みんな、急げー!」
ハーレさんは既に設置済みだからって急かさなくてもよろしい! まぁアルの言う事も尤もなので、ここはサクッと終わらせよう。使用のとこで選択肢が出たままだし、登録を選択っと。
お、目の前に転移の種が出てきたかと思ったら、地面に落下して埋まっていった。……インベントリの中には転移の種は残ってるし、分裂して戻ってくる気配はない。なんだ、さっきのインベントリから出した時だけの演出かい!
<『転移の種』の転移地点の登録が完了しました>
よし、転移の種の転移地点の登録は完了だ。インベントリの中の転移の種を見てみれば、登録先のエリアと現在地の座標もちゃんと登録されている。
これで明日は一発でここまで転移して来れるようになったね。うん、実際に使ってみるのが楽しみだ。そしてみんなは急いでいるから、俺と同じようにインベントリの中から使用して登録していたようである。これでこの周辺には種型の灰色のカーソルが5つになった。
「よし、それじゃ森林深部に戻るか!」
「「「「おー!」」」」
弥生さんがどうなったか確認する為にも一度レナさんと合流しないとね。……まぁ雪山の中立地点にいたら、今からだと時間的に厳しいけども……。
◇ ◇ ◇
<『名も無き平原』から『始まりの森林深部・灰の群集エリア2』に移動しました>
帰還の実を使って森林深部まで戻ってきた。……忘れないうちに即座に新しい帰還の実をもらっとこ。
さてと、とりあえずレナさんか、もしくはシュウさんやルストさんとかの赤のサファリ同盟の人に……って、あれ? なんでこんなにエンの近くが混雑してるの?
「今回はご迷惑をおかけして本当にすみませんでしたー!」
そして、すぐ近くから聞こえる聞き覚えのある声。……声のした方向を見てみれば、いつか見たような土下座とでも言うような黒い猫の姿勢。うん、思いっきり弥生さんだね。え、何この状況?
あ、その隣にはシュウさんもいる。……シュウさんの赤の群集の所属を示すカーソルが黒い縁取りになっているという事は、連中を殺りまくったのか、シュウさん……。
「僕からもお詫びと感謝をーー」
「詫びなんかいらねぇよ、赤のネコ夫婦! 今まで通りいちゃいちゃしてろ!」
「いや、流石にそれは独身の俺の心にダメージが……」
「それは知った事じゃねぇ!」
「あの連中が全面的に悪かったんだから誰も気にしちゃいねぇよ!」
「赤の群集も今回は完全にとばっちりだしな」
「灰のサファリ同盟を庇ってくれた人を迷惑だなんて誰もいわないよー!」
「それより赤の群集をもっと盛り上げてくれや! まだまだ張り合いがないからな!」
「ところで青の群集の方は……?」
「青の群集は青の群集で、隣接してるとこを優先に謝罪周りしてるってよ」
「一部の暴走だってのに、青の群集も大変だね」
「まったくだよ」
「主犯格と実行犯についてはBANじゃない? 今までも累積で警告が溜まりまくってるだろうしさ」
「……青の群集のまとめてる連中も大変だったな。これで平和になればいいけど」
あー、うん、誰一人として弥生さんを責めるような人は見られない。ま、元々今回の一件は青の群集の一部の問題連中が、灰のサファリ同盟へと喧嘩を売ってきたのが原因ではある。赤の群集である弥生さんについては仲裁しようとして巻き込まれただけではあるので、責め立てようとか思うのは筋違いにも程があるからね。
「シュウ、弥生。だから心配要らねぇって言っただろう?」
「……そうだね。ベスタ、僕を止めてくれて助かったよ。……そうしてくれなければ、この場に戻って来られなくなるところだった……」
「……シュウさん。ベスタさん、わたしからもありがとうと言わせてください」
「なに、気にすんな。おい、ケイ達も気になってたんじゃねぇのか?」
まったく、ベスタはあっさりと見抜いてくれるもんだな。今のタイミングではこっちを見てすらいなかったのに、俺らが来てた事にも気付いてたのか。あ、ハーレさんが駆け出して飛びついていったよ。
……うん、勢い余って体当たりになって少し弥生さんのHPが減ったのは見なかった事にしておこう。この場面ではその部分はちょっと台無しだ。
「弥生さん、大丈夫だった!? 心配したよー!?」
「ハーレさん、心配かけてごめんね。うん、わたしは大丈夫。みんなが待ってるって、シュウさんとルストが伝言してくれたからね。うん、うん、良かった……良かったよぉ……」
「や、弥生さん!? ……弥生さんも色々あったんだね」
あー、なんだか前に弥生さんがハーレさんの抱え込んでいた事を見抜いた時とは逆の立場になっている。……気丈に振る舞っていても、弥生さんは弥生さんで悩みとか抱えていたりするものなんだね。
「お、みんな来てたんだね。ちょうど呼ぼうと思ってたとこだったよー!」
「あ、レナさん。見た限りでは大丈夫と判断しても良いのか?」
「うん、もう大丈夫だと思うよ。……そもそも短期間で何度もブチ切れてああなる事ってそう無いからね。テンションの上がり過ぎでの場合は基本的に問題ないしさ」
「……え、そうだったのかな?」
「うん、そうだよ。まぁテンションが上がり過ぎた場合には一応後で凹むには凹むんだけど、極一部を除けば大体は相手も納得済みの事が多かったしね。それにその場合はシュウさんが待機してるからさ」
「……なるほど」
つまり、あの問題連中が短期間に何度もシュウさんがいない場所で、弥生さんをブチ切れさせたのが一番の問題だったという事か。……とことんあの連中が元凶じゃねぇか。
「さてと、久々に弥生の泣き姿も見たし、後でからかおうかなー?」
「……流石にそれは止めてあげてくれないかい、レナさん」
「ん? いーよー? その代わり、弥生以上の暴走をしかけたシュウさんをからかおうかなー?」
「……止めて欲しいけど、僕の自戒のためにも……」
「やめんか、レナ、シュウ!」
「あいた!? 何するのさ、ベスタさん!?」
「……ダメージがあるのを忘れないでくれないかい、ベスタさん?」
「喧嘩両成敗だ。これ以上、今回の件で何かをするのは俺が許さん」
「あはは、こりゃベスタさんには敵わないなぁー!」
「……そうだね。レナさん、それに僕も同意だよ」
そんな風に殺伐とした報復も終了し、弥生さんも普段通り……とはちょっと違うけども戻ってくる事は出来た。少しすれば盛大に泣いた事で弥生さんも落ち着いたようで、夜明けの演出と共にみんなで挨拶をしてから今日はお開きとなった。
◇ ◇ ◇
そしていつものいったんのいるログイン場面へとやってきた。いったんの胴体を見てみると『若干名、迷惑行為による規約違反の対応を致しました。不快な想いをされた方々、対応が遅れ申し訳ありませんでした』とある。……運営からこういう内容を言わせるのか、あの連中……。もしかして赤の群集の迷惑連中以上に迷惑行為をやってたんじゃないか……?
「……いったん、ご苦労さま」
「あはは、それは君たちの方こそだね〜。ごめんね、運営の対応が後手に回って……」
「あー、まぁそれは仕方ないだろ。……問題を起こす連中が悪い訳だし、先手で防げる話でもないし……」
「それはそうなんだけどね……。流石に精神状態を不安定にさせての強制ログアウトになる事案は放置出来なくてさ……」
「……それ、マジで?」
「……ごめん、今のは聞かなかった事にしてもらっていいかな……?」
「……おう」
やっぱり弥生さんが一時的にログアウトになったのはそれが原因か……。ちょっとやそっとの恐怖くらいならゲームとして成立しなくなるから、そこまで行くのは相当精神的にヤバい時に限られてたはず……。うん、聞かなかった事にしよう。
「……とりあえず俺らにはお咎めなしって事で良いんだよな?」
「えっと、今回のはただの群集同士や共同体同士の諍いだったなら運営は関与しないから、戦闘自体には元々お咎めはないよ〜。ただ、相手方の方に規約違反とかの問題があり過ぎただけの話さ〜。それに今回の件は事前に通報してくれてるから、動きやすかったしね〜」
「……そういう事か」
つまり、規約違反に引っかかるレベルの問題行動を起こしていた集団だからこそ運営の関与があった訳か。……そうでなければ、ゲームの範疇として処理されていたんだな。それでも晒し上げや暴言等は禁止されるのは元々そういう利用規約だからか。
「それでスクショとかの処理はどうする〜?」
「ちょっと疲れたから、悪いけど明日でよろしく」
「了解〜」
そうしていったんに見送られながら今日はログアウトである。もう日付も変わるし、やってた事がやってた事だからちょっと精神的に疲れた。……明日寝坊しないように気をつけないとね。




