第171話 追憶の実
ログアウトしてやってきた、いったんのいるログイン場面。今回のいったんの胴体の文字は『思った以上に進行が早い……だと!?』との事。これは多分常闇の洞窟に関してかな? 運営としてはヒントは用意していてももう少し時間がかかると想定していたのだろうか?
「お疲れ様〜。ご飯休憩かな〜?」
「いや、別の用事。2枠目の作成に来たよ」
「お、何にするか決めたんだね〜! それじゃ2枠目の作成を始めるよ〜」
「おう。で、まずは何からすればいい?」
「まずはこれをどうぞ〜」
前にも見せてもらった選択可能な種族の一覧表示ののウィンドウをいったんが渡してくる。既に何にするかは決めているので迷う必要はない。
「これ、自分で選択していけばいいのか?」
「それでもいいし、明確に決めているなら僕に伝えてくれてもいいよ〜」
「なるほど、それなら直接伝える方で」
「分かったよ〜。それじゃ決めていこうか〜。選ぶ場所は〜?」
「海エリアで」
「はいはい、始まりの海原・灰の群集エリア5だね〜。種族は決まってる? それともランダムかな?」
「決めてきたよ。ロブスターで頼む」
「えっと、可能かどうかの確認するから少しだけ待ってね。……うん、大丈夫。選ぶ種族はロブスターだね。これまた結構変わったのを選んできたね〜」
「オンライン版で色んな種族が増えてるし、折角なら新規追加の変わったのがやりたいからさ」
「それは運営側としては嬉しい事だね〜。オンライン版、オフライン版共に楽しんでもらって感謝ですよ〜」
「こっちこそ楽しませて貰ってるよ」
「いえいえ〜。それじゃ2枠目の生成を始めるよ〜」
そして、その言葉と共にコケの立体映像が浮かび上がってくる。その中から何か魂のような物が抜けていき、コケの右側へと並んでいく。この魂っぽいのは見た目がグレイそっくりだな。
「はい、これで2枠目の生成は完了だよ〜」
「え、これで!?」
見た目は全然ロブスターじゃないんだけど……。これは精神生命体時の姿じゃないのか? あ、プレイヤー名『ケイ2nd』って表記にはなってるのか。
「そりゃ、まだ2枠目用の新しい身体は得てないからね〜。次にログインする時にこっちの精神生命体の方を選べば1枠目と同じように始まるよ〜」
「……なるほど、下準備が完了したって感じか」
「そういう事〜。もちろんコケの方を選べば今まで通りにログイン出来るからね〜」
「ここでログインする枠を選べるようになったんだな?」
「そうですとも〜! 2枠目の身体を得た後ならそこの映像はその種族に変わるからね〜。君の場合はロブスターが表示されるようになるよ〜」
なるほど、殺風景なログイン場面にもこうやって変化が出てくるんだな。3枠目も解禁されれば、ここにもう1体分の立体映像が増える訳か。まだ気が早いんだろうけど、3枠目の条件ってなんだろう?
「それじゃ早速2枠目行っとく〜?」
「あ、それはまた後で」
「あら? すぐにはやらないんだ〜?」
「一緒にやるってフレンドと待ち合わせしてるからな。晩飯の時間のズレがあるから、その空き時間で作るだけ作っといた。やるのは飯食ってから」
「なるほどね〜。それじゃログアウトかな〜?」
「……それにはまだちょっと早いんだよな。って事で追憶の実を見てみようかと」
「おっ、追憶の実だね〜! えーと、あ、新しいのが届いてるね〜。なるほどなるほど」
「……見れるよな?」
「うん、問題ないよ〜。『追憶の実:始まりの海原・灰の群集エリア5』の方で良いよね〜?」
「おうよ。見れるのって何がある?」
「『群集拠点種:ヨシミの誕生』、『群集支援種:ナギの誕生』、『群集拠点種:他エリアへの対応』、あとは終了済みの各クエストの開始演出と、終了演出になるね〜!」
ほうほう、大体はエンのやつと一緒なんだな。ナギの誕生は競争クエスト絡みのものっぽい。他のエリアの対応ってなんだ……? まぁ、順番に見ていけばいいかな。
「それじゃ『群集拠点種:ヨシミ』の誕生を頼む」
「わかったよ〜。では再現映像、スタート〜!」
パチンと指を鳴らすような音がして、ログイン場面の風景が海の中へと切り替わる。……いったん、どうやって今の音を出したんだ……? ……まぁゲームだし、音だけならどうとでもなるか。
そして特殊演出の再現が始まっていく。今はただの海底から少し盛り上がって周辺とは少し様子の違うだけの海の中でしかない。それほど多くもなく、けれどないという訳ではないくらいの海藻が漂っている。そこにグレイの姿が現れ、ヨシミが解放された事を告げ、ヨシミも会話に参加し、群集拠点種として送り出す事を告げていく。口調が違うだけで内容はエンの時とほぼ一緒だな。違いがあるとすれば、初めて判明した的な発言が再確認みたいな言葉に置き換わっているくらいか。
グレイの説明が終われば、次は肝心の群集拠点種そのものの誕生の瞬間である。何もないように見える盛り上がった岩場に何処からともなく光の球が海の中へと沈んでいく。やがて海底の岩場へ辿り着いたその光の球は眩い光を放ちながら急激な速度で海面へと向けて成長し、その周囲にあるただの海藻も淡い光を帯びていく。
海上からの光が届く範囲とはいえ、この海底は決して明るいとは言えない。そんな中で自ら発光していくその海藻達の姿もまた神秘的なものであった。これって、可能なら真っ暗なバージョンも見てみたい。あ、再現映像が終わっていつものログイン場面に戻ったね。いやー、追憶の実って良いですな。
「ご満足頂けたかな〜?」
「おう! やっぱり特殊演出って凄いな」
「そうでしょうとも! 運営自慢の一品ですからね〜!」
「ところで、これって昼のだよな?」
「ん? そうだよ〜。基本的に追憶の実で見れるのはクリア時のゲーム内での時間帯になるからね〜」
「ダメ元で聞いてみるけど、夜バージョンって見れない?」
「あ〜気持ちは分かるけど、今は無理かな〜」
「あ、やっぱり駄目かー」
そりゃ再現映像だもんな。別の時間帯のが見れるはずもないか。……あれ? さっき、いったんは『今は』って言わなかった……? それに『追憶の実で見れるのは』とも言ってたな。まるで他にもあるような……?
「なぁ、いったん」
「ん〜? 他のも見ていく〜?」
「あ、それは見ていく。ところで、もしかしてそのうち他の時間帯のを見れるようになったりするのか?」
「……なんの事かな〜?」
「あ、うん。大体察したからいいや。次は『群集支援種:ナギの誕生』を頼む」
「はいはい、それじゃ行くよ〜」
いったんの誤魔化し方からして、多分またポロッと漏らした失言だろう。……下手に聞きまくっても教えてくれないだろうし、またバグっても大変だろうからその内何らかの形で見れるようになる事を期待しよう。
そして再び、ログイン場面の景色が変わる。今度は先程の群集拠点種の場所とは違い、ゴツゴツとした岩場ばかりである。自力移動するイソギンチャクの群集支援種……名前はイルメアというのがどうやら森林深部でいうところのヤナギさんに相当するらしく、そのイルメアが不動種化するのに割り込んで来たのが元半覚醒の黒の暴走種であるナギだった。この辺の流れはほぼ一緒か。後はイルメアがナギに役目を託し、光るイソギンチャクが誕生していった。
そしてログイン場面は元の光景に戻っていく。うん、みんなで見れないのは残念だけど他のエリアの演出がこうやって見れるのはやっぱりいいね。
ここの攻略には多分俺達の森林深部での競争クエストの情報が役立ったっぽいな。特殊演出を見る限り、ほぼ同じような内容だったしね。……さて、同じような内容の競争クエストがあるというのは分かったけど、正直それだと1ヶ所攻略方法を見つけた群集が有利過ぎる。多分だけど他の競争クエストはまた別系統のクエストにはなってそう。まぁ、2枠目の育成が成長体まで行けば共生進化して参戦というのもありかもね。
「次も行く〜?」
「あー『群集拠点種:他エリアへの対応』か。軽く内容聞いてもいい?」
「いいよ〜。あ、っていうかこれは君は見てるね〜」
「え、見てるのか? いつ?」
「うん、見てるよ〜。海の中に陸地プレイヤーの為の場所を作る場面あったでしょ〜?」
「あ、あれか!」
確かにあれも特殊演出の1つではある訳か。……って事は溺れまくってるプレイヤー達の光景も含むのか!? ……客観的に見てみたいような、微妙に見たくないような複雑な気持ち……。それにあの場にいたプレイヤーの姿もそのまま残ってるのは何か微妙な気分だな……。
「あ、プレイヤー名は出ないから大丈夫だよ〜。それに各種族の基礎種族の姿に置き換えてるしね〜」
「そういうとこはちゃんと配慮してるんだな」
「まぁね〜。それでどうする〜?」
「……それは止めとく」
「そっか〜。まぁそういう気分のものもあるよね〜」
まぁさっき見たばかりというのもあるし、無理に見る必要もないだろ。……って、さっきのあれが反映されているという事はもしかして……?
「もしかして、エンの方にも同種のやつってあったりする?」
「うん。発生済みだから、森林深部の『群集拠点種:他エリアへの対応』はあるよ〜」
「それじゃそっちを見せてくれ」
「はいはい〜。了解しました〜」
その直後に3度目の景色の切り替えが行われる。今度表示されたのは見慣れた淡く光る森林に囲まれたエンの前だ。そしてその周辺に転移してきた魚のプレイヤーがボタボタと落下していく。中には海水魔法と海水の操作で即席の水場を作り退避していくプレイヤーがちらほらといる。
あーやっぱり海水魔法の方が水の生成量が多いな。陸地の移動に使う事を想定されてそうだ。けれど割合としては地面に落ちてビチビチと暴れている方が多いだろう。カニとか貝とかのプレイヤーは割と平気そうだな。
そしてエンがグレイと連絡を取り、ヨシミと同じようにスキルを得ていた。【シーホール】というそのスキルにより、エンから少し離れた邪魔にならない場所に巨大な海水の水球が生成されていく。その後、陸地のプレイヤー達が陸地でビチビチと暴れているプレイヤーをその海水の中へと放り投げていっていた。環境が逆なだけで俺達がやった事と同じようだ。あ、ここまでで終わりか。
「これって、どこのエリアでも似たようなのがあるのか?」
「ん〜。2つ見てる訳だし、これは教えて問題ないかな〜。うん、その通りだよ〜。一定数の転移者が出たら専用場所が設置されます! ただし、海エリアとその他のエリア間だけね!」
「まぁ他のエリアとの行き来にはいらんよな」
海と陸の違いだから起こる話で、陸と陸同士なら基本的に問題ないだろ。……俺みたいに乾燥に弱いのが荒野エリアに行くときとかには多少影響はあるだろうけど、その辺は個人での対応の範囲だな。
「さてと、他のクエストの開始演出とかも見せてくれ」
「はいはい〜」
今度は場面が変わることなく、グレイの姿が現れて説明をしていく内容だった。一応全部見たけども基本的に内容は殆ど変わらなかったので、これは無理に見る必要もないかな……?
そうしているうちに6時半も過ぎて、微妙な時間になってきた。少し早いけどログアウトして、掲示板を軽く見てから晩飯かな。洗濯機を買いに行ってまだ帰ってないという事はないだろうし、多分そこまで大きく予定が変わるなら、ゲーム内にも通知の出る設定でメッセージを送ってきているだろう。それがないという事は普通に母さんが晩飯を作っていると思って良いはず。
「それじゃ時間も良い具合だから、ログアウトするな」
「はい、お疲れ様〜!」
いったんに見送られ、晩飯を食べにログアウトする。さて晩飯を食い終われば、2枠目のキャラの育成開始だ!