第1621話 ケイの課題
紆余曲折はあったものの、アイルさんの問題は……とりあえずこれで解決……だと思っていいんだよな? 少なくとも、明確に問題点は自覚して、改善の意思を見せてはいるんだから、その認識でいいはず。
「さーて、それじゃアイルさんも正式に、わたしの立ち上げる共同体の設立メンバーで問題ないね?」
「あ、はい! ……レナさんにも、色々ご迷惑をおかけしました!」
「わたしも結構厳しい事は言ったし……サヤさんも言ってたけど、次はないからね?」
「……はい!」
「あ、あと、これは絶対に守ってもらう必要がある事なんだけど……アイルさんのとこの部員は、加入禁止だからね」
「……え?」
「不思議そうにしてるけど、ケイさんへ明確な悪意を向けたんでしょう? 完全にケイさんが敵視してる相手を、群集の運用側に近い共同体に入れる訳にはいかないからね」
「……それは、そうですね。……そっか、許してもらえた訳じゃないんだ」
うちの高校のeスポーツ部の連中の件は、あくまで水に流しただけであって……決して、あの行為を許した訳じゃない。無自覚なだけで、悪意のなかったアイルと違って……あいつらは、明確な敵意を俺に向けてたんだからな。
むしろ、喜多山先生からの言葉で、水に流してやっただけマシだと思ってもらわんとなー。ここで難癖を付けてくるようなら、それこそ廃部を覚悟して――
「話は終わった頃合いかい?」
「ちょ! 待ちやがれ、スケ!」
……あー、うん。ギンをすり抜けて、また変なのがこっちまでやってきてるよ。いや、幼生体でギンをすり抜けてくるって、本当にとんでもないな!?
「えっと……スケ……さんは、昼間のあの人なんだよね?」
「そうとも! 何か悪い予感がしたから、ここへ向かってきたけども……アイルさん、君の心の叫びだった訳だ。どうやら、それも乗り越えられたようで喜ばしい限りだよ!」
「……あ、ありがとう?」
めっちゃ、アイルさんも困惑してるー!? いやまぁ、言ってる事は滅茶苦茶なんだけど……結果的には、このスケのお陰でもあるんだろうけども! なんとも判断がややこしいな!?
「さて……アイルさんを泣かせたのは、『ケイ』……君だね? どういう事情があったのかは知らないけども――」
「っ! 待て、スケ! ケイは――」
「待たないよ。どういう事情があれ、女の子を泣かせるのはいただけないね!」
「ちょ!?」
一気に俺の近くまで、距離を詰めてきた!? 待て待て待て! どう考えても、これって幼生体の機動力じゃない!? いや、でも所詮は幼生体だし、この程度ならハサミで受け切れ――
「やめて!」
「……おっと! アイルさん……なぜ、止めるんだ?」
「私が全面的に悪いから! ケイさんに、責任はないから! だから、余計な横槍は入れないで!」
「……そうか。それが君の望みならば、僕はそれを受け入れるしかないね」
まさか、このタイミングでアイルさんが穴の中から出てきて、スケを止めるとは思わなかった。てか、滅茶苦茶な事をしてくるな、このスケって奴は!?
「アホか、お前は!」
「おっと」
「躱わすんじゃねぇよ!」
「それは、当てられるようになってから言ってもらいたいものだね。ギン、君には期待しているのだから」
「上から物を言いやがって、腹が立つな!? おら!」
「……ふむ。実際に動いてみると、随分と癖が強い。まだネズミだから、四足歩行で同じような感覚で動かせられるけども……それでも、まだまだ十全な動きは出せないか」
「分析しながら、あっさりと躱してるんじゃねぇよ!」
「ギンはまだ、常識の枠に囚われているからね。もう少し、自分の感覚に素直に従ってみるといい」
「お前は、もう少し常識を学べや! 特に、人間関係をだ!」
「それは必要ないと言ったはずだろう?」
あー、うん。ギンのカンガルーの両腕には白い模様が出てるから最低でも成長体になってるはずなのに……それでも、スケのネズミに掠りもしないのはとんでもないな。いやまぁ、体格差の問題もありそうだけど……。
「……ねぇ、アイルさん?」
「サヤさん? え、どうかしたの?」
「……あの人、化け物じみてないかな?」
「あー、うん! なんたって、全国3位で、もうプロからの勧誘も来てるって話だからね。高校生の間は、プロにはならないって断ってるらしいけどさ」
「え、そうなのかな!?」
「うん、そうなの。それで、今日はモンエボを軽く案内する代わりに、色々と鍛えてくれるって話だったんだけど……なんだか、妙な形になったみたいで……そこもごめんなさい」
「……そこは、流石に仕方ないかな?」
あれ? なんだか、アイルさんに対するサヤの雰囲気がかなり柔らかくなった? ……なるほど、共通の敵……敵というか、脅威か? まぁともかく、そういう存在は仲を取り持つのには有効って事か。
「さて、ギン……そろそろいいだろう? 今の君に、僕を殴る事は不可能だと理解したはずだ」
「……気に入らねぇが、そうみたいだな。仕方ない、次にリアルで会った時に、直接ぶん殴――」
「っ!? それは卑怯なのではないか!? この僕に勝てないからといって――」
「口を開けば開くほど、殴る回数も増えていきそうだな、おい? まぁ言って聞かないなら、多少は目を瞑るとコーチも――」
「ま、待ちたまえ! ここは話し合いで解決をしよう! 殴るなんて暴力行為は――」
「ケイに最初に殴りかかったのは、テメェだろうが! こっちで当てられないなら、リアルで当てるまでだ!」
「っ! ケイとやら! この僕を守るという崇高な使命を与えよう!」
……あー、うん。今の流れで、俺の後ろに回り込むって……色んな意味で凄いな、こいつ。呆気に取られて、あっさり背後に回られたけど……まぁこの程度なら、クルッと振り向いて、こうだ!
「っ!? 何を――」
「それは、こっちのセリフかな!」
「サヤ、ナイス!」
<行動値を10消費して『万力鋏Lv1』を発動します> 行動値 125/135
<『万力鋏Lv1』のチャージを開始します>
俺の動きに警戒して距離を取ろうとしたけど、サヤが背中を押してくれたお陰で……よし、捕まえた! ネズミの首を挟んだ状態になったけど……一応は灰の群集だし、ダメージが入る訳じゃないから――
「しまった!?」
「ケイ、ナイスだ! そのバカ、こっちに向けてろ!」
「ほいよっと!」
「リアルで殴らない分だけ、マシだと思え! ちょっとは自重しやがれ、このアホが!」
「ぐふっ!」
おー、ギンのカンガルーのパンチが、ネズミの顔面に綺麗に決まったね。ギンが殴りたくなる気持ちも分かるから、ここは協力あるのみ!
「おら、おら、おら、おらぁ!」
「ぐっ! がっ! ごっ!? ぐふっ!?」
……えっと、一撃で終わるのかと思ったら、ギンはまだ続けるの? これ、いつまで続くの!? 誰も止めようとしないのは……あー、みんな、ドン引きしてるからか。うん、まぁ気持ちは分かる。
◇ ◇ ◇
結局、ギンが殴り終わったのは……俺の万力鋏の効果が切れて、スケが逃げ出せるようになるまでだった。それまで誰も止めないのが、スケに対する印象を示してるようなもんだよな。
「ギン! いくらなんでも、殴り過ぎだろう!?」
「まだまだ殴り足りないくらいだけどな? ダメージが通らない中、格ゲーの選手のお前が、この程度で根を上げるはずもないし……やっぱり、リアルで殴っとくか」
「だから、それは待ちたまえ! 今、僕とギンが争う理由はどこにも――」
「ケイに殴りかかろうとしといて、よく言うな?」
「どんな理由であれ、女の子を泣かせていいなんて事があるはずないだろう!」
「少しは話の流れくらい、考慮しやがれってんだ!」
うーん、俺から脱出した時点で終わるかと思ったけど……全然、そんな事はなかったな。一方的にスケが殴られるだけの状況が終わっただけで、今度は言い争いをしながらギンがスケを追いかける形になってるよ。
「アイルさん、よかったねー? アイルさんの為に、争ってくれてるよ?」
「レナさん、やめて!? ある意味、状況的には本当にそうなんだろうけど、それは私の傷を抉るから!?」
「うんうん、ちゃんと自覚は出来てるみたいだね」
「……うぅ!? そういう確認のされ方もするの!?」
「当たり前だよ? ちょいちょい確認していくから、覚悟しておくように!」
「……はい」
アイルさんがレナさんの共同体に入る以上、この辺は避けられないんだろうね。まぁ今までのアイルさんの言動の反省に関しては、レナさんに任せれば大丈夫そうだけど……この状況、どうしたもんやら?
「幼生体でこれだけ動けるのは面白いが……いい加減、話が進まんな」
「だよなー。ベスタ、どうする?」
「こうするまでだ」
あっ、ベスタの姿が描き消えて……おー、スケとギンの両方を踏みつけて押さえ込んでる! スケのネズミには噛みついて、ギンのカンガルーは右前脚で踏み潰してるなー!
「っ!? 何!?」
「おいおい!? 俺とスケを、同時に抑え込むのかよ!?」
「そろそろ話を進めたいんでな。自重してもらえるか?」
「……ふっ、いいだろう。ギン、君もそれでいいね?」
「偉そうにお前が言う事か! 悪い、ベスタさん。ちょっと頭に血が上ってたぜ」
「まぁ気持ちは分からなくもないから、とやかく言う気はないぞ、ギンノケン。スケも、ケイを襲うのはやめてもらおうか。変にトラブルを起こすのなら、俺としても放置は出来んからな」
「……ここは素直に、強者に従おうとも! ふふっ、これは非常に面白い事になってきた!」
「あー、変な方向に火が着いたか……」
えーと、とりあえずこれで、変な騒動は収まったと考えてよさそう? ベスタがギンとスケを解放したし、ようやくまともにeスポーツ勢の受け皿の共同体の結成の話に移れそうだな。あ、ギンがすぐ側までやってきた?
「……ケイ、あのベスタって人は何者だ? 俺はともかく、スケを捕まえるって、とんでもねぇ話だぜ?」
「何者って言われても……ベスタは、灰の群集のリーダーとしか? まぁモンエボの最強格の1人なのは間違いないけどさ」
「……最強格が、あの実力か。恐ろしいもん……って、おい!? ケイ、普段はあんなレベルの相手とやり合ってんのか!?」
「いやいや、ベスタは味方だから、戦う事はないからな! 前に模擬戦をした時は、普通に負けてるし! ……まぁベスタ級の実力者は、他の群集にもいるけどさ」
「……なるほどな。オンライン版のモンエボ、思った以上の魔境じゃねぇか」
おーい、ギンもなんか変な火が着いてません? まぁ真っ向からベスタと渡り合える人となれば、かなり限られるけど……シュウさんや弥生さんは間違いなく、その枠だよなー。
青の群集だと、そこまで飛び抜けた実力者はパッと思い付かないけど……それはあくまでベスタと比較したらの話だから、強者は十分過ぎるほどに存在するしね。その1人だと思ってたスミが、まさかかつての友人だったのはびっくりだったけどさ。
「さて、話を進めるぞ。レナをリーダーとして、eスポーツ勢の受け皿としての共同体を結成する。結成メンバーは、レナ、アイル、ギンノケン……それとスケの4人でいいな?」
「およ? スケさん、最初から入れとくの?」
「……どうせ、この様子なら時間の問題だろう。だったら、結成時からいても問題はない」
「んー、まぁそれはそうだね。スケさん、それで構わない?」
「僕の意思は、リスの方……レナさんの御心のままに」
「……あー、うん。まぁそれでいいなら、別にいっか」
レナさん、もう面倒になったのか、スケへの反応が雑ー!? いやまぁ、その気持ちは分かるけども!
「アイルさんも、予定通りメンバーでいいんだよね?」
「ケイく……ケイさんが、それを条件にしたしね。それで許してもらえるとは思ってないけど、それでも私に出来る反省はしたいから! そうじゃないと、ちゃんと向き合えないし……」
「……およ? これって……んー、まぁ経過観察かな? それはそれで、ちょっと難儀な事になりそうだけど……」
「……え? レナさん、私……何か、また変な事を言っちゃった……?」
「ううん、今のはそういう訳じゃないから、気にしなくていいよー! なんなら、そのまま無自覚でいてくれた方が、色々と楽そうだし!」
「レナさん、待って!? 私、まだ無自覚でおかしな事をしてるの!? そういう要素があるなら、ちゃんと受け止めるから、教えて!?」
「……あらら、言葉に出したの、失敗だったかな? ……うん、それじゃこれは自覚する事を課題にしておきましょう! その先でどうするか……どう出来るかは、アイルさんの頑張り次第ね?」
「……はい!」
ん? アイルさんがまだ無自覚な部分って、なんだ? レナさんの反応を見る限り、それほど問題視するような内容でもなさそうだけど……なんか俺の方に何度かレナさんの視線が向いてた気がするのは、気のせい?
「あぁ、そういう事か。頑張れよ、ケイ」
「ギン? え、俺に頑張れって、どういう意味!?」
「そこは、ケイの課題だろうよ。なぁ、レナさん」
「うん、まぁそうなるねー! ケイさんも色々あるみたいだけど、頑張って!」
「ちょ!? レナさんまで、そういうよく分からない事を言ってくるのかよ!?」
一体、俺に何を頑張れって言ってんの!? モンエボの攻略に関しては、全力で頑張ってるつもりだけど……これ、そういう話ではなさそうだよな?
アイルさん関係の騒動はこれで落ち着きそうなのに……あー、訳が分からん! なんで誰も、内容を教えてくれようとしないんだ!? 俺の課題って、一体何なんだ!?




