第162話 海水の危険性
「わー!? 進化の軌跡、あと効果時間2分だよ!?」
「ケイは海水が弱点だけど、大丈夫かな!?」
「ぎりぎりで水魔法で水球作って、その中に退避するからどうにかなる……はず!」
「ヨッシとアルさんは大丈夫!?」
「……しまったな。即座に死ぬとは思わんが、先にそっちを調べておくべきだった」
「……だね。私も実際切れてみないとわからないかも」
そろそろ1回目の纏海の効果時間切れという事になったけど、予想していた途中の陸地の生物用の安全地帯が中々見つからないでいた。……もしかして推測は外れてそんなものは存在しない? もしくは存在するけど、見落とした……?
「あー!? みんな、ストップ!」
「どうした、ハーレさん!?」
「後ろの上! 上がれるとこがあるよ!」
「マジか!? 完全に見落としてたぞ」
「先も真っ暗っぽい? でもそうも言ってられないかな?」
「警戒しつつ、急いで上がれー!」
「「「「おー!」」」」
俺やヨッシさんは飛べるので上がるのは簡単だった。俺が先に上がったことでその真っ暗な空間の様子も照らし出されていく。あまり広くない空間の中の真ん中に石が鎮座している。
ハーレさんはアルによじ登りつつ海面へと泳いできて、サヤも泳いで岩場にしがみついてよじ登り、アルは根の操作で強引に登ってきた。よし、これで全員一応間に合ったか。
<纏属進化を解除しました>
<『水陸コケ・纏海』から『水陸コケ』へと戻りました>
<『海中適応』『海水の操作』『海水魔法』が使用不可になりました>
うおっ!? ほんと時間ぎりぎりか。よく考えたら横道ではなく上部に安全地帯があるのは当たり前だよな。ハーレさんが気付いてくれなければそのまま気付かずに通り過ぎていただろう。……そして纏海が切れた今、海中に残してきた灯り用の小石にある群体のコケは弱体化してしまっている。放置すればそのまま枯れてしまうだろう。まぁ増殖で増やしたコケだから別に問題はないけど。
「ここはあんまり広くないかな?」
「っていうか、そこの石が物凄く気になるよ!?」
「……ちょっと試してみるね。『看破』!」
「ヨッシさん、どうだ?」
「擬態中の未成体って表示されたね。それじゃ『識別』! うん、未成体の石海ガニだね」
「やっぱりそうだった! ヨッシ、海の小結晶の補充の為に倒しておこうよ!」
「それもそうだね。途中で足りなくなっても困りそうだし補充しておこうか」
石海ガニは完全に進化の軌跡の補充用の敵としてここに設定されてるのは間違いない。まぁここも大きめの種族が2PTも入ればすぐに埋まりそうな程度の広さで、入ってきた穴を除けば出入り口は何処にもない。あ、ログアウトは一応は可能なんだな。でもここでは他のプレイヤーの邪魔になりそうだから極力控えた方がいいか。とりあえず今はカニが仕留められるのを見学しておこう。
「あ、そうだ。ケイさん、今のうちに光の欠片を試してみたら?」
「それも良いかもな。ちょっとやってみるか」
<『進化の軌跡・光の欠片』を使用して、纏属進化を行います>
ヨッシさんの意見ももっともなので、実験を兼ねて使ってみよう。光の操作とか光魔法とかがあるのかな? ちょっと楽しみだ。
いつもの様に光の膜が卵型に覆っていき、纏属進化が始まっていく。黄色というか黄金色というか、そんな感じの色合いの違いだけで基本的には演出は特に変わらない様子。
<『水陸コケ』から『水陸コケ・纏光』へと纏属進化しました>
<『発光』『閃光』『暗視』が一時スキルとして付与されます>
そして進化が終わったら、淡い光を纏ったコケの姿になった。……なんかこの姿って発光使用中の時と大差ないんだけど!? って、発光発動中だったよ。一度切ろう。
<『発光Lv3』の発動を解除したため、行動値上限が元に戻ります> 行動値 34/34 → 34/37(上限値使用:8)
切っても発光Lv1くらいの明るさに変わっただけであった。っていうか、一時付与のスキルは『発光』『閃光』『暗視』の3つか。なるほど、こういう構成になるんだな。確かにこれは重要だ。常闇の洞窟を移動する上では必須級と言っても問題はないだろう。でも個人的には、この内容だとね……。
「……正直がっかりだ」
「……どうしたよ、ケイ? ってか暗いんだが……」
「ちょっと確認の為に発光切ったからな。一時付与スキルの3つの内、2つは既に持っていた……」
「……マジか。纏光の一時付与スキルって何になってるんだ?」
「『発光』『閃光』『暗視』の3つ。光の操作とか光魔法に期待したのに……」
この結果はとんでもなくがっかりだよ! いや、海エリアから来る人には凄い有用だろうけどさ! 海エリアでなくても有用だろうけどさ!
「光の操作って、そういえば……。あ、やっぱりだ」
「ヨッシさん、なんか気になる事でもあった?」
「うん、早めにちゃんと確認していれば良かったかも。光の操作は応用スキルの方になってるね」
「え、光の操作って応用スキルなのか? ……だから進化の軌跡じゃ使えない?」
「多分そうだと思う」
そっか、応用スキルならこんなに気軽に使える訳がないよな。光の操作って応用スキルなのか。光を操作するのは水や土ほど簡単じゃないって事なんだろうな。……とりあえず持ってない『閃光』だけでも確認しておこうか。
『閃光Lv2』
瞬間的に自身の身から強烈な光を放ち、相手の視界を奪って一定時間『盲目』の状態異常にする。成功確率と効果時間はLvに依存。
あ、これって目潰し用のスキルか。いつかの光源グモが使っていたのはこれっぽい。しばらくの間は視界がブラックアウトして何も見えなくなるから地味に厄介なんだよな。目を瞑るという動作が出来ない植物系プレイヤーにとっては下手な煙幕とかよりこっちの方が脅威かもしれない。
「『閃光』は完全に目潰し用のスキルだな。『盲目』の状態異常にするんだってよ」
「あー、あの来る途中に何度も見かけたクモのあれか。プレイヤーが使う場合も予備動作ってあるのかね?」
「そもそも味方にまで眩しかったりはしないのかな?」
「どうなんだろうな? そこに敵がいるんだし、試してみるか?」
「いいね、やろうよ! でもその前に!」
「……その前に?」
「ヨッシとアルさんは海水でどうなるか、今のうちに確認だね!」
「……確かにそりゃそうだ」
「そうだね。もし海水の中で纏海が解除されたらどうなるか確認しておかないと危ないし」
という事で、ヨッシさんとアルの海水耐性に対する実験の開始である。俺は明確に弱点と分かっているので問題はない。……一応、水球で大丈夫か試しておいた方が良いかもしれない。
「俺も万が一の為の確認はしておこうっと」
<行動値上限を3使用して『発光Lv3』を発動します> 行動値 34/37 → 34/34(上限値使用:11)
<行動値1と魔力値4消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』を発動します> 行動値 33/34(上限値使用:11): 魔力値 82/86
<行動値4を消費して『水の操作Lv5』を発動します> 行動値 29/34(上限値使用:11)
とりあえず発光を元に戻して、小石移動を包み込む様に水球移動を重ね合わせてみる。……一応魔法同士なんだけど、土魔法は移動操作制御の一部として発動しているから特に変化はなしか。操作感そのものは水球の2つ同時操作と同じような感じだから特に問題はない。苦手な人は苦手な操作だろうけど。
「あ、それって同時に発動できるんだね?」
「こういう状況でもなければ使う事はそう多くはなさそうだけどな」
「でもそれで海水が防げるなら便利じゃないかな? 防御にも使えるんじゃない?」
「防御か。そうか、この状態で既に全方位への防御魔法になるんだな」
この水球は魔法産の水である。同じ魔法を防ぐ事も出来て、そして俺の弱点である海水も火も、多分腐食毒も本体に届く前に遮断出来る。……これに並列制御を加えれば、消費は大きくなっても攻撃も可能か! ふふふ、これは良い発見だ。
「ケイ、行かないなら俺らから先に試すぞ?」
「アルさん、とりあえず掴まらせてね?」
「しっかり捕まってろよ。『根の操作』!」
「うん」
「んじゃ突入!」
「ちょっと待って!?」
防御に使えるという事を考えてる内に先にヨッシさんはアルの根に捕まり海水に飛び込んでいった。少し考え事してたからって置いていかなくてもいいじゃないか。追いかけて俺も海水に飛び込んでいく。そして何故かハーレさんまで一緒に飛び込んでいた。うん、リスは海水で問題なさそうだな。
って、ヨッシさんが全然身動きが取れてない上にHPがどんどん減っていってる? アルもちょっとずつだけどHPが減ってるし、これは少し厳しいか……。
「あ、これ駄目だね!? アルさん、ヨッシを助けてあげて!」
「だな! これは思った以上に海水はキツいか!?」
飛び込んでいたハーレさんが慌てて陸地に上がり、アルに頼んで即座にヨッシさんを引き上げていく。根にしがみついたままのヨッシさんは無事救出されて、ハーレさんはアルから蜜柑を収穫していく。ヨッシさんのHPはがっつり減っていたので回復は必須だろう。
「はい、ヨッシ。回復用の蜜柑ね!」
「ハーレ、アルさん、ありがと。虫系は海水っていうか、水中が駄目っぽいね。すぐに窒息の状態異常になった上に、纏海なしじゃ満足に移動も出来ない。でも纏属進化自体は死ぬ前までには間に合いそう」
「虫系はそうなるんだね!?」
「その辺はオフライン版と同じか。昆虫で海水進出とか適応進化必須だったもんな」
「うん、まぁ確認しておいて良かったね。ホントなら先にやっとくべきだったけど」
「ま、その辺は今更気にしても仕方ないだろ。そんでもって、木は木でそのままだと無理っぽいな」
「アルも根だけ海水に浸かっててもHP減ってたもんね。やっぱりそのままじゃ厳しいかな」
「まぁ一気に無くならない限りは間に合う範囲だろ。それに確実に弱る手段ってのも別に悪い話だけじゃねぇし」
「進化の時には有用にはなるもんな」
「そうだね。この手段が気軽といえば気軽かな?」
自発的に死ぬ為の手段としては悪くはないだろう。ある意味、これは入水自殺か。ただ海水のあるところにまで来て飛び込めば良いだけだし。初期のランダムリスポーンのみだと流石に気軽にとはいかないが、今はリスポーン位置も自由に設定出来て、更に帰還の実という手段もあるなら有用な手段ではある。
「ケイは水球を使えば全然平気そうかな?」
「あ、そういや全然問題ないな。よし、この手段は色々と有りか」
「とにかくこれで一応確認は終わりだ。HPの回復が終わったら、また纏海を使って進んでいくか」
「そうだな。ところで、そこのカニはどうする?」
「とりあえず進化の軌跡は、余るくらいあってもよさそうかな?」
「なら討伐だな。あとは『閃光』の実験か」
「それじゃそうしよう!」
という事でカニは実験台に決定。ヨッシさんに纏海が必須なので戦わないという選択肢はない。ハーレさんだって海水に浸かっただけでは弱らないかもしれないけど、永続的に潜水し続けられるはずも無いからな。道中で普通に手に入る海の欠片より海の小結晶の方が遥かに重要だ。
とりあえず水球はもういらないから解除しておこう。他のスキルが使えないし。
「で、1撃目は誰がやる?」
「サヤ、強爪撃を結構使ってたから少しくらいはLv上がったんじゃない?」
「Lv1からLv2にはなったよ。でも威力はまだ低いと思うけど……」
「良いじゃん、やっちゃえ、サヤー!」
「誰かが攻撃しなきゃ始まらないし、遠慮は要らねぇぞ?」
「……それならお言葉に甘えて。『魔力集中』『アースクリエイト』『操作属性付与』『強爪撃・土』!」
「お? 吹き飛ばし性能上がってないか?」
「そうみたい。結構手応えありかな?」
僅かながらカニのHPも減らしているし、鍛えていけば強烈な1撃へとなっていきそうだ。さて、攻撃を加えたからには臨戦態勢になるのはもう把握済み。サヤの前へと小石移動で回り込んで、こっちも実験開始だ。
「それじゃ閃光の実験行くぞ!」
<行動値を消費して『閃光Lv2』を発動します> 行動値 27/34(上限値使用:11)
そして強烈な光が洞窟内を埋め尽くす。……でも俺自身は眩しく感じないし、カニの姿もはっきり見えている。使用者には影響ないのは当たり前か!
「あ、これ駄目だ!?」
「全然見えないかな……」
「煙幕と一緒で味方も影響を受けるみたいだぞ!」
「……マジか。そうなると使いにくいな」
「ブラックアウトして見えないね。『氷化』『同族統率・氷』! ハチ1号、撹乱してて!」
どうやらみんな、盲目の状態異常にかかっているようだ。意外と成功確率は高いらしい。そしてカニも同様に盲目状態で、さっきからハサミを盛大に空振っている。……使った本人は無事なら状況次第では使い道もあるかもしれないけど、クセが強そうだから閃光はポイント取得は無しか。
そして統率のハチ1号が撹乱している間に盲目も治り、あっさりとヨッシさんとハーレさんによって仕留められた。さてとこれで実験も終わりだし、進化の軌跡の補充も出来たのでそろそろ出発だな。