第1618話 限界が訪れて
何やら不穏な情報が色々と出てきて、eスポーツ勢の受け皿の共同体を立ち上げる事そのものが不安になってきてるけど……逆に言えば、受け皿を作らなければ、そういう厄介な人達が野放しになるという事でもある。
レナさんに負担がかかりそうだけど……これは仕方ない処置なのかもしれない。出来れば、eスポーツ勢がお互いに抑え合ってくれればいいんだけどなー。ギンやスミみたいにまともな人もいるんだから、そういう人達に期待!
さて、レナさんがこれから共同体を結成するという事で……今はログイン中だったアイルさんをレナさんが呼び出して、到着を待っているところ。逃げようかとも思ったけど……レナさんに負担をかける以上、俺だけが逃げる訳にもいかないよな。俺のリアルへの負担をかけ過ぎない為の処置でもある訳だし……。
あ、空中をコロコロと転がりながら、アイルさんのコケが桜花さんの樹洞の中までやってきた。……昼の件、謝った後の事はスルーしたけど、どう反応するんだろ?
「やっほー、ケイくん! ギンさんも、昼間ぶり!」
「……おー」
「昼ぶりだな、アイルさん」
昼の件、何にも言わんのかい! やっぱり、どう考えても俺への距離感がおかしいよな!? てか、改めて考えるとギンに対しても距離感はおかしいのか。ぶっちゃけ、ここ数日だよな、ギンとアイルさんの接点が出来たのってさ。
さっきまで、ここでみんなに盛大に警戒されていたなんて、欠片も考えてなさそうだよなー。そういう無自覚な部分が、不安に思われる原因なんだろうけども……。
「ねぇねぇ、レナさん? なんでこんなに人が集まってるの?」
「それは、昼間の流れでだねー。今、その時の主力で動いたメンバーが揃ってるんだよ」
「おー、そうなんだ! あ、彼岸花関係の名前の3人組って、ケイくんが引き入れたって人達だよね! よろしくお願いします!」
「……よろしく」
「よろしくねー! んー? そんなに変な人でもなさそうな……?」
「……パッと見、そう見えるからこそ厄介なんだろう」
「あー、そういう!」
「あれ? 私、なんかした? なんだか妙に注目を浴びてる気がするんだけど……」
あー、注目されてる事自体には気付くんだ。リコリスさんとラジアータさんの声は、小声だったからアイルさんには聞こえてなかったみたいだけど……。
「ふふーん! これは期待の新人という事になるのかな! 色々と頑張るから、任せてよ!」
あー、うん。注目を浴びてる理由はそういうんじゃなくて――ん? 共同体のチャットが光ってる……って、まぁ今のを見たら、言いたくなる事もあるか。
ハーレ : 説明がないとはいえ、勘違いが酷いのです!?
アルマース : なるほど、今のが問題点か。分かりやすく、都合のいい解釈をしてきたな。
サヤ : 期待してるんじゃなくて、警戒してるのが正解かな!
ヨッシ : ケイさん、いつもあんな感じで変な流れになっていくの?
ケイ : まぁそうなるなー。なんで、このタイミングでそんな事をって発言を、何度もしてきたから……。
アルマース : ……ケイが警戒する理由、よく分かったぞ。下手に共同体の結成メンバーから外すと、厄介な理由もな。
サヤ : どういう風に都合よく解釈するか、分かったものじゃないかな!
ヨッシ : サヤ、気持ちは分かるけど……落ち着いてね?
ハーレ : ここで怒っても、何も解決しないのさー!
サヤ : ……ごめん、それもそうだよね。下手すると、ケイやハーレに迷惑がかかっちゃうし……。
ケイ : そこで気に病むなよ、サヤ! 怒る気持ちは分かるしさ。
とはいえ、アイルさんのこの自分の都合のいいように解釈するのは、厄介なんだよな。初対面の人もそれなりにいるはずなのに、この自信は一体どこから……その根拠がないから、厄介なのか。
リアルでの自信があったところで、今のこの場にいるメンバーは灰の群集でもトップクラスの人ばかり。オンラインゲームでは、リアルの評価がそのまま反映されるなんて事もないのに……その辺を完全に混在して考えてるよな。半端に競争クエストで成果を上げちゃってるのが、逆効果になってるか?
「えーと……あれ? なんで、みんな無言なの? ねぇ、ケイくん!? 私、なんか変な事を言った!?」
思いっきり言ってるし、それを俺に聞くのがそもそも間違ってるんだって! やっぱり距離感がバグってるだろ、アイルさん! ……これ、もうはっきりと言ってしまった方が、後が楽な気がしてきたんだけど!
「えっと、なんでケイくんまで無言なの!? これ、共同体の結成に呼ばれ――」
「……1つ、率直に言っておこう。レナ、いいな?」
「この際、はっきり言っちゃった方がいいかもねー。思った以上に、厄介そうだしさ」
「……え? あ、ベスタさん? レナさんも……今、どういう状況なの?」
流石にアイルさんも不穏な様子を感じ取ったみたいだけど、ベスタ……ここではっきり告げる気か! 実際に都合のいい解釈をするところを見たら、警戒度が上がったのかも?
「アイル、お前を受け皿の共同体の結成メンバーにするのは、問題があると考えていたところだ」
「えっ!? なんで!? 私、何かした!?」
「問題はそこだ。何をしたのか、気付いていない事そのものが問題だ」
「……え、でも、私は勧誘されて、共同体の結成に……待って! 私、そもそもモンエボでの活動は、そこまで多くはないよ!?」
「わたしの見誤りもあったから、先に謝っておくよ。ごめんね、アイルさん」
「……え? レナ……さん?」
「今回、モンエボでの活動を問題視してるんじゃないの。確かに、ケイさんとハーレさんが、アイルさんの都合を無視した頼み事をしたのは悪い事だよ。だけど……それを盾に、何かを要求するのは違うよね? 迂闊な発言がどういう結果を招くか、わたしがこの前、教えたよね? その結果が、あれなの?」
「……え? …………え?」
なんだか、予定してた方向とは全然違う流れになってるけど……そんな風に困った声を出されても知らんがな。てか、この様子だと本当に自覚なしか。
「無自覚なようだから、この際はっきり伝えよう。さっきのアイルへの注目は、警戒からくるものであって……期待からのものじゃない」
「っ!? ……ケイ……くん……本当なの?」
「それをケイに聞くのが、そもそもの間違いかな!」
「ひっ!?」
「サヤ、落ち着け!」
「これ以上、落ち着いてられないよ! アイルさんは、ケイの何なのかな!? 散々、迷惑をかけておいて――」
これ、まずい! サヤが流石に我慢し切れなかったか!? くっ! これはアイルさんを守るべきか? いや、そんな事をすれば逆効果だ。かといって。サヤを拘束するなんて真似はしたくもないし、俺がする訳にも――
「ちっ! 悪い、サヤ! 『樹洞展開』『根の操作』! ケイは何もするな!」
「アル!? 離してかな! ケイは、ケイは……アイルさんの都合のいい道具じゃない――」
荒ぶってるサヤを、アルが樹洞に入れてくれた。俺には何も出来なかったから、アルのナイス判断だと言いたいとこだけど……この状況はどう考えてもよくないな。
「……ごめんなさ――」
「逃げるのは、無しだよ?」
「レナさん!? なんで止めるの!? 私、迷惑なんでしょ! だったら――」
「困らせて、怒らせて……ようやくそれに気付いて、逃げて終わりで片付ける気なの?」
「……そ、それは――」
「待ちたまえ、君達! 可憐な声で喧嘩なんて、実に勿体ない!」
……ん? ちょっと待て、今の流れで何が割り込んできた? ネズミのプレイヤー……? 名前は『スケコマシ』……って、おい!? どういう名前だ、これ!?
「……おいおい。まだお前は呼んでねぇのに、なんでもう来てやがる!? てか、その名前はなんだ!?」
「なんでも何も、僕はそこにいるアイルさんに呼ばれていたからさ。ギン、君からじゃなくてね。悲痛そうな声が聞こえたなら、尚更に見過ごせないさ! この名前はギンが僕をそう呼んでいたからじゃないか」
「色々と言いたい事はあるが……まず、その名前の意味、分かってんのか?」
「さてね? ただ、君が僕に相応しい呼び方だと言っていたから、これにしたまでさ!」
『スケコマシ』って『女たらし』って意味なのに、そうと分からずプレイヤー名にするとか、本気で何考えてんの!? こいつ、アホなのか……?
「そこのリスのお方、その可憐な声はそのような怒気に満ちた声は似合いませんよ。ここは、平和に対話で――」
「……ギンさん、このふざけた行動で、ふざけた名前の人が、もしかして?」
「……言ってた俺の部の奴だ。基本、アホなんだよ、こいつ」
「……なるほどねー!」
「ふっ、この僕に蹴りを入れようなんて、はしたな――」
「よっと!」
「ぐふっ!?」
ちょ!? まだ幼生体っぽいのに、レナさんの蹴り上げを躱した!? いやまぁ、追撃の踵落としが思いっきり決まってるけど……なんか、とんでもない動きを見た気がするぞ?
「ふふっ! 良いじゃないか、今の動き! あぁ、僕とした事が! アイルさん、君の方は大丈夫かい? どうやら、何か困っていたようだけども……」
「……えっと、あなたは? ……心当たりがないんだけど?」
「あぁ、酷いなぁ。昼間、少し話したじゃないか。そして、アイルさん、君が僕をこの場へ誘ってくれた。だからこそ、僕が助けるのは当然の事。さぁ、僕の手を取って……いや、その姿では無理そうだね。仕方ない、僕が抱えて――」
「っ!? いや、結構ですから!」
「おや、そうかい? そんなに恥ずかしがる事もないんだけどね。まぁ僕が来たお陰で、陰鬱な空気が変わったみたいだし、これで解決だろうとも! さぁ、eスポーツ勢を受け入れてくれる場というものを――」
「お前、ちょっとこっちへ来い!」
「おや? ギン、どうしたんだい? これから、例のものを結成すると聞いていたのだけども?」
「それどころじゃないんだよ! ともかく、お前は一度俺とこっちに来い!」
「……君がそう言うなら、仕方ないね」
色々とツッコみたい状況に頭の処理が間に合ってないんだけど……そうしてる間に、ギンが強引にスケコマシを連れてい――
「ほう? なるほど、あれが『ケイ』なのか。彼がどれだけの実力を持っているのか、非常に気になるね」
「いいから、黙って着いてこいってんだ!」
ちょ、俺の方を見ながら不敵に笑った!? なんか、悪寒がしたんだけど……あれは一体、なんなんだ?
「……アイル、無自覚だろうから教えておこう。今のあれが『この場の空気を良くした』と思っているのと、アイルが『期待の新人』だと認識した事は、同種のものだ。方向性は多少違うが、本質は大して変わらん」
「え、あれと一緒なの!? あ、そう言われたら、確かにそうかも……」
「不安視しているのも、それが理由だ」
「……え?」
ベスタ、今の流れをそう使うのか!? でも、今の光景は……うん、まぁ実際に色々と衝撃的過ぎるし、説得力はかなりあるよな。
「……レナさん、もしかして、私……あんな風に認識されてたの? ケイくんから、ずっと?」
「……流石にあそこまでぶっ飛んではないと思うけど、まぁ近いところではあるはずだよ。アイルさんは、まだ親しくなってない人との距離の詰め方を間違え過ぎてるから……心当たり、ないとは言わせないからね?」
「……距離の詰め方……わー!? 思いっきり、心当たりがあるー!? うわー!? 穴があったら入りたいー!?」
「……『アースクリエイト』『土の操作』……はい……穴」
「……えい!」
ちょ!? 土をドサっと生成して穴を用意した風音さんも風音さんだけど、本当にその穴の中に入るのかよ、アイルさん!? いや、でもこれなら……。
「……アル、サヤを出してやってくれ」
「……いいのか? まだ、荒れてるぞ?」
「サヤが悪い訳じゃないし、さっきのは緊急避難なだけだから……閉じ込め続ける訳にもいかないだろ」
「……それもそうだな。サヤ、開けるが……少し落ち着けよ?」
「これが、落ち着いていられる状況かな!? ……アイルさん、どこ!?」
サヤが樹洞から出てきたものの、アイルさんが風音さんの作った穴の中に入っているのには気付いてないか。……冗談みたいな穴に入る流れだったけど、何気に効果を発揮してるのが、何とも言い難いね。
というか、他の人が怒ってると意外と冷静になるって聞くけど……思いっきりそれを実感するもんだな。こんな形で実感したくはなかったけどさ。
「サヤさん、大丈夫」
「……レナさん? 今は邪魔しない――」
「大丈夫、ケイさんの事で怒る気持ちは分かるし、怒って当然の状態でもあるよ。でも、もう今ので自覚しただろうから、大丈夫。サヤさんがこれ以上、敵意を向けて排除しようとしなくてもさ」
「アイルさんは、何も分かってない! レナさん、止めないで!」
「ううん、止めるよ。止めないと、サヤさんが傷付くからね。アイルさん、聞こえてるでしょ? 自分がした結果が、今の状況を招いてるの……理解出来た? サヤさんが、何に怒ってるのかもさ?」
「…………はい」
「っ!? そこかな!」
レナさんがリスの姿で、サヤのクマの頭に抱きついて宥めようとしてるけど……状況が見えていなかったサヤは、すんなりは落ち着かないか。アイルさん、声が泣いてる様子に変わってきてるけど……あ、途絶えた?
「……いない? どこに行ったの!?」
「あらら、強制ログアウトになっちゃったみたい? まぁ泣いてるのも聞こえ始めてたから、かなり堪えたんじゃない?」
精神状態が不安定になり過ぎれば、セーフティとして強制ログアウトが発動する。つまり、今のアイルさんは……それだけの衝撃を心に受けたという事。
……別に泣かせたい訳じゃなかったんだけど、結果的にこういう形になっちゃったか。サヤの怒りも堪えたんだろうけど、あの『スケコマシ』と同種だとベスタに断言されたのも大きかったんだろうなー。
「サヤ、落ち着け。今ので強制ログアウトになった意味、分からない訳じゃないだろう?」
「……勝手に泣いて、被害者ぶってるのかな!」
「それなら、もう二度とここには現れんだろうな。そうじゃなければ……落ち着けば、戻ってくるはずだ。その理由は、言わなくても分かるな?」
「っ!? ……それは、そうかもしれないけど! でも、ベスタさん! それで許すかどうかは――」
「それを決めるのは、ケイだ。サヤじゃない」
「……それは……」
「はい、サヤさん、深呼吸ね! 少なくとも、サヤさんの本気の敵意の理由は正しく受け取ったはずだよ。だから、これ以上は必要ないからね。人の為に怒るのも辛い事だから、もう今は怒る必要はないの。だから、落ち着いて?」
「……うん」
ふぅ、とりあえずサヤが冷静さを取り戻してくれたようでよかった。それにしても……俺はアイルさんの都合のいい道具じゃない……か。サヤ、そんな風に感じて怒ってたとは……なんか申し訳ないな。
でも、その反面……なんだか嬉しく思えるのは、なんでだろう? そんな風に感じてる場合じゃないはずなんだけど……。




