第1615話 心の重荷が消える時
直樹が、夜にあいつを連れてくると言った。そして、今日の対戦相手だったとも……。
「……あった。これか」
晩飯までまだ少し時間はあった。だから、今日の直樹の大会での決勝の録画を探して……それを見つけた。
少し気持ちの整理をしたくて、晴香には席を外してもらったけど……確かに、直樹の対戦相手の高校の見知った名前を見つけた。
「……マジでいるな。同姓同名……な訳ないか」
直樹が直接会ったと言い、今日の夜に連れてくると言った人物。そして、中学時代の俺の友人で……クラス全体を巻き込んだ人間不信の大量生産になった、元凶の被害者の……『羽澄圭介』。
「まさか、こんな形で再会する機会がくるなんて……」
直樹め、モンエボに連れてくるとか何考えてんの!? 騒動が収まった後、あいつは思いっきり塞ぎ込んでて……その内学校にも来なくなって……3年になった時には登校するように戻ってたけども、もうその時にはクラスが違って、そのまま疎遠で今に至ってる。
そこから先で知ってる範囲だと、あいつが何かに取り憑かれたかのように猛勉強をしていたという程度……。話しかける機会は作れただろうに、バツが悪くて避けてしまって……今更、どういう顔で会えっていうんだよ!
「……本気で強いな、あいつ。メイン武器、スナイパーか」
色々と過去の嫌な記憶が蘇りつつも、決勝の動画を眺めているけど……直樹達の高校と引けを取らない実力が見える。その中でも、あいつのスナイパーでの動きの牽制がかなり大きな貢献をしている。
「直樹達だから牽制程度になってるけど、そうじゃなきゃ……一方的に仕留めまくってるだろ、これ」
それほどまでに、索敵からの射撃が早い。それでいて、スナイパーとしての遠距離からの狙撃だけではなく、射線が切れた時に一気に跳び込んで距離を詰める大胆さもある。
「……これだけだと、同姓同名の別人だと思いたくなるな」
それほどまで、俺の知っているあいつとの印象に違いがある。どこか遠慮がちで、でも優しさがあって……それでいて芯があったっけ。ただ、こういう対戦ゲームを好む奴ではなかったと――
「兄貴、晩ご飯だってー!」
「……ほいよっと。今行く」
気まずくなって、疎遠になってから3年近く。周囲の環境は大きく変わってるんだし……俺の知ってる頃のままって訳じゃないのかもな。
少なくとも、俺と会うのが嫌だと……そうは思ってないから、直樹が連れてくるって話になってるはず。
「……とりあえず、晩飯か」
晴香が急かしてきそうなものだけど、そうしてこないのは……気を遣わせてしまってるのかも? ふぅ、こういう風に取り乱してる部分、あんまり見せたくないんだけどな……。
◇ ◇ ◇
晩飯のカツカレーを食べ終え、食洗機へ食器を入れて――
「圭ちゃん、何かあったの? なんだか表情が固いわよ?」
「……あー、なんでもない」
「なんでもないようには見えないけど……何かあるなら、ちゃんと相談してね」
「……ほいよっ」
どうも、今の心境が思いっきり顔に出てるっぽいな。なんだろうな、今の状態。緊張……ではない。似てるような気はするけど、緊張とは少し違う。焦りではないし……多分、恐怖が1番近そうかも?
ただ単に都合が合わなくて疎遠気味になってた直樹とは違い、明確にトラブルが起因で疎遠になってる相手だ。あの時、何も出来なかった俺へ、恨みを持たれてるんじゃないかっていう恐怖が――
「兄貴、行こ! みんな、いるからね!」
「……だな」
少なくとも、直樹が連れてくるって話になってるんだから……あいつが、俺に会うのを嫌がっている訳ではないはず。あー、罵声を浴びせる為に……なんて事にならなきゃいいけど……それはそれで、受ける覚悟をしとかないといけないか。
俺が問題が起こった後に、何も出来なかったのは事実だし……その問題になる後押しをしてしまったのは、俺自身なんだしな。あの時、俺が『好きなら告白しろ』なんて背中を押しさえしなければ、あんな状態にはならなかったはずだから……。
あれ自体が振って揶揄う為のものだったとか、その後に偽告白が流行るなんて予想してなかったなんて……言い訳になんかならないんだよ。恨まれてたって……仕方ない。でも、もう逃げてる訳にもいかないよな。
◇ ◇ ◇
ログイン場面で新しいお知らせを見る気分にもなれず、最低限の処理でログインしてきた。ログインした場所は、ログアウトした黒の異形種達のいる洞窟。……あちこちに明かりがつけられて明るくなって、随分と雰囲気が違うな。
正直、気分的には変わる前の雰囲気の方が合ってたけどさ。……ここまで気が重いログインは、初めてか。いや、素知らぬ顔で今まで楽しんでた罰なのかも――
「っ!? あ、フレンドコールか」
ログイン早々、いきなりビックリした。今のタイミングでフレンドコールって……ん? ギンから……はぁ、気が重い。かといって、無視する訳にもいかないか……。
「ケイさん! みんなと合流……どうしたの?」
「いや、ギンからフレンドコール。ハーレさん、先に行っててくれるか?」
「それはいいけど……大丈夫?」
「あんまり大丈夫とは言えないから、逆に1人で対処してきたいんだよ。……悪い、心配させてるのは分かるけど、ここはそうさせてくれ」
「……分かった」
最後の一押しを、俺がしてしまったのは……俺と張本人のあいつしか知らない。ギンにすら、話していない。だから、あいつが俺の事をどう思ってるのかが分からない……。
そして、経緯が、俺の意思がどうあれ……結果的に、あの行為に加担した事実は変わらない。あいつ自身、2年の間は不登校になったし、クラス全体を巻き込んだ人間不信の大量発生にも繋がった。今、その報いが来るのなら……受けるしかないんだろうな。
「ようやく出たな、ケイ」
「……よう、ギン」
「おいおい!? なんだ、その今まで聞いた事ないくらいに暗い声は!?」
「……色々と気持ちの整理をしてたんだよ」
「どうも、思った以上に重症だったっぽいな……。あー、これから草原エリアまで来れるか?」
「……なんで草原エリア? あー、やっぱいい。すぐ行くわ」
「おう、待ってるぜ!」
ギンがあいつと今日会ったのならば、モンエボをこれから始めるとこなのかもしれない。もしかすると、eスポーツ絡みで、流入してきた1人って可能性もある?
まぁ理由はどうあれ、待ち合わせ場所である群雄の密林にいる桜花さんの前に、すぐには行けない理由なんかはあるのかもしれない。……せめて、糾弾するのなら、人気の少ない場所にしてもらえるようにだけは頼もうか。
「ケイさん、本当に大丈夫なの?」
「後から合流するから、先に行っててくれ」
「……絶対に来ないと駄目だからね!」
「……分かってるって」
その元気があるか……正直、自信ないけどな。こういう機会を作ったギンを恨むのは、どう考えても筋違いか……。はぁ……気が重いけど、草原エリアまで行くしかないな。
<『【百鬼夜行】の集会所』から『始まりの草原・灰の群集エリア3』に移動しました>
帰還の実を使って、すぐに草原まで転移してきた。一応、新しい帰還の実を貰うのは忘れずに……。今は……それほど人が集まってる状態じゃないっぽいな。人が疎らにいる程度で――
「おう、ケイ! こっちだ、こっち!」
「あ、そっちか」
声がした方を向けば、ギンのカンガルーがいた。その近くには……他に誰の姿もない。……なんでホッと安心してるんだよ、俺は!
「なんで、自分を殴ってんだ?」
「……なんでもない。それで……あいつ、どこにいるんだ?」
「ケイ、ちょっと落ち着け。今にも、強制ログアウトしそうな雰囲気だぞ?」
「……分かってるよ」
今、自分が思いっきり不安定な精神状態なのくらい、自覚はある。でも、だからって逃げようなんて真似は――
「なんつー無様な有り様だ、おい!」
「おわっ!? ちょ、誰……って、スミ!?」
目の前に尖った石が突き刺さったと思えば、なんで群集拠点種のユカリの木の枝の上にスミがいる! ちっ! こんな状況の時に、初期エリアで奇襲なんて――
「いいじゃねぇか、その臨戦態勢! 腑抜けた状態で会われるよりは、よっぽどそっちの方が――」
「待て待て! スミ、いきなりなんで攻撃してる!? ケイも、なんで敵を見たように臨戦態勢に移ってんだよ!?」
「なんでも何も、この状況で奇襲されて、黙ってられるか!」
「はっ! 調子が戻ってきたみたいじゃねぇか! 今更、態度を変えられる方が気分が悪いからな!」
「いやいやいや、そういう話じゃなかっただろ!? というか、お前ら面識あったのかよ!?」
「……え? おい、ギン、それって――」
「まさか、『ケイ』が、あの圭吾だとは思いもしなかったがな」
「っ!?」
ちょっ!? すぐ真横に飛び降りてきて、小声で伝えてくる内容がそれ!? いやいやいや、そんな事って!?
「……『スミ』が……羽澄……圭介……なのか?」
「久しぶり……ってのも変だが、そういう事だ。なぁケイ……いや、吉崎圭吾。本名はお互いここまでにしとくぞ」
「……それは、そうだな」
今のは小声でのやり取りだったけど、ちょっと待てーい! 待て待て待て、『スミ』が『羽澄圭介』って、マジで!? え、一体何がどうしてそうなった!?
確かにスミがeスポーツ勢の1人って話は聞いたけど、それってアマチュア勢じゃなかったっけ!? そもそも、頭角を表したのは、学生組が離れてる間の期間のはず! 同い年で、レベルの高い進学校に進んだあいつがそんな時に――
「分かりやすく混乱してるな」
「おい、スミ! どういうこった!? もう既に知り合いだったなんて話、聞いてねぇぞ!」
「そりゃ、言ってないからな。ケイがどういう反応で姿を出すかが気になってたんだが……聞いてた以上の重症じゃねぇか」
「だから、会わせるのを早めようとしたんだろうが!」
「ギン、分かってる。少し、黙っててくれ」
「……ヤバいと思ったら、強引にでも止めるぞ」
「はっ! まだ成長体のカンガルーで、何が出来るってんだ?」
「そういう話をしてんじゃねぇよ! ……信じて、いいんだな?」
「あぁ、構わねぇよ。こりゃ、俺の不始末だしな」
ギンも、スミ……羽澄も、何を言ってる? この状況、一体なんなんだ!? あ、人気がない場所へ、大型化したリスで引っ張られていってる……。
そうか、スミが俺へとやたら好戦的だったのって、無意識の内に憎たらしい俺だと気付いていたから――
「悪かった、ケイ。あの時、俺は自分の事だけで精一杯でな。……あの件、ケイは悪くねぇ。悪いのは仕組んだ他の連中だし……唯一、気にかけてくれてたケイを憎んだりはしてねぇよ」
「……え?」
「他でもない、一番最初の被害者だった俺がそう断言してやる。他の連中が責めても、俺はそれを否定する! ケイは悪くないってな! だから、自分を責めるのはもう止めろ」
「……スミ……俺を責めてるんじゃ……? あの後、避けてたんじゃ……?」
スミが、あいつ……羽澄なら、俺の事は憎んでなかった……? でも、理解が追いつかない……? え、何がどうなって……?
「そりゃ、面白がってあんなのを広げまくった連中は憎いし、そういう奴らは許す気もねぇし、二度と関わりたくもねぇからな。だから、あの馬鹿どもが来れないような所へと進んだだけだ。それとだ! ケイ、俺をあの頃のままだと思うなよ! これまで、何度も遭遇して、前と同じだと思ったか!」
「……いや、思わない。大会の様子も見たけど……正直、別人かと思った」
これは偽りのない、思った通りの印象。スミの印象と、昔の羽澄の印象もまるで違う。喋り方も雰囲気も、似通ってるという様子すらない。
だからこそ、今の違和感がすごい。本当に同一人物なのか……それを疑いたくなってしまうくらいに。
「もう俺はとっくに、あの件は乗り越えたからな。だが……ケイがあの件をトラウマになるほど、引き摺ってるとは思ってなくてさ。……一時的に不登校になって、そのまま疎遠になって、放置になって悪かったよ。ごめんな、ケイ」
「……スミ」
あぁ、少し話し方が面影を感じるような……そっか、今ので分かった。本当に『スミ』は『羽澄圭介』なんだな。あの件、乗り越えられてたのか……。
「お、おい!? なんでそこで崩れ落ちる!?」
「……なんか、ドッと力が抜けた」
「ったく、変に心配かけさせんじゃねぇよ! ともかくだ、これで過去の事は精算だ! ギン、これでいいだろう!?」
「……逆に、こっちが素直じゃねぇんだよな。そもそも、ケイがどうしてるか心配で聞いてきたの、スミの方――」
「それは言わなくてていい話だろうが!」
「事実はそうだろうが! そうそう、ケイ。これも伝えておくべきだな。こいつ、大会の応援に彼女を連れて――」
「ギン、殺されたいみたいだな!?」
「殺すってのは、圧倒的有利なこのモンエボでか? まぁ大会では、俺を仕留めるのは不可能だった――」
「テメェ!? 全国で当たった時の、その頭を撃ち抜いてやろうか!」
「出来るもんなら、やってみろや!」
「ははっ! ははははっ!」
なんだよ、それ! ずっと気にしてたの、俺だけだったってか! スミはとっくに克服してて、彼女連れでeスポーツの大会の決勝まで行ってて、ギンとはライバル関係かよ!
「スッキリしたか、ケイ?」
「……お互いに過去の友人だったと判明したところで、甘くはしねぇからな。覚悟しとけよ、ケイ!」
「上等! 改めて、よろしくな、スミ!」
「……おう」
なんだか照れ臭そうな様子のスミだけど……なんだろうな、これ。さっきまでの陰鬱な気分は、スッと晴れ切って、凄く楽になってる。なんだか、ずっと抱えてた重荷が消えたような……いや、実際に消えたのかも。
「おいおい、俺は除け者か?」
「ギンもだよ! 色々と、頼むぜ!」
「おう、任せとけ!」
本当、人との縁ってどうなってるか分からないもんだな。まさか、ここ数日で疎遠になってた中学時代の2人の友人と、再び縁が繋がってくるとは思わなかった!




