第1597話 洞窟の確認
乱入勢による簒奪クエストを阻止する手段の方向性は定まった。普通の瘴気珠を500個なら、多分そう時間もかからず集め切れるだろうけど……それだけでは、この場にいる黒の異形種達が消滅するリスクが発生する。
だから、今回はそのリスクは取らず、変質進化で安定化させた上で、フィールドボスを撃破する!
「ケイ、最低でも2体はフィールドボスが出てくるはずだ。片方の指揮は俺がやるが、もう片方は任せるぞ」
「ほいよっと! 出てくる可能性としては、どういう系統の種族?」
「天然のフィールドボスは、そのエリアに合わせた個体になるからな。ここの山岳エリアなら……水棲種族と飛行種族、この2種類の可能性が高いだろう。ただ、普通の陸棲の種族の可能性も否定は出来んから、油断はするな」
「……やっぱり、その辺だよなー」
この洞窟のある山岳エリアは、高低差があるのと、川の水源になる湖が存在するのが大きな特徴になるはず。それを地の利として持つ個体がフィールドボスとして君臨している可能性は、かなり高いか。
それに……そもそも2体とも限らないんだよなー。もっと出てくる可能性だって、決して否定は出来ない。逆に、既に倒されていて、1体しか呼び寄せられないという可能性もある。
「あ、エメラルド、ちょっと質問! 縄張りの主を呼び寄せたら、その場所に現れるのか?」
『……まだ実際にやった事がないから、断言は出来ん。だが、この大地の下を流れる力に沿って呼び寄せる事になるから……狙った通りの場所に出てくるかは分からん』
「マジっすか……」
うへぇ、それって呼び寄せても、洞窟内のどこに出てくるか分からないって事じゃね!? てか、大地の下を流れる力に沿ってって……この洞窟自体が、常闇の洞窟と同種の場所な気がしてきたんだけど?
競争クエストの対象エリア以外の全てのエリアに、こういう場所があるみたいだし……もしかして、洞窟自体が繋がってる? これ、確認しておいた方が――
「エメラルド、確認だ。ここの洞窟は……他の洞窟と繋がっているのか?」
『いや、それなりに広くはあるが、他とは繋がってはいない。それは、断言しよう』
「……なるほどな」
ふぅ、ベスタも同じ疑問を持ったようだけど、他と繋がっているかどうかは明確に否定してくれたのは助かる! もし繋がっていようもんなら、洞窟内でも防衛線を張る必要があるんだし――
「そうなると……エメラルド、この洞窟の中を案内してもらえるか? どの程度の広さなのかを把握しておきたい」
『あぁ、ここで戦うのなら、下調べは必要だろうな。案内しよう』
おっ、そういう流れになるのか。まぁこの洞窟、入り口付近の少し広めになってる場所しか見てないからなー。ここが戦場になるなら、今のうちに下調べしておくのが確実だよね。
エメラルド自身が広いと言ってるし、どこにフィールドボスが出てくるのかが分からないなら尚更に! 今のうちに動いておいて、洞窟内部に何があるか把握しつつ、マップの踏破情報を埋めておくべき!
「全員、移動していくぞ。気になる部分があれば、遠慮なく言ってくれ」
「およ? ベスタさん、準備しながらでも大丈夫なの?」
「俺だけ全てやるなら流石に厳しいが、動く奴は他にも多くいる。だから、要点のチェックは任せるぞ」
「あ、手分けして任せるんだね。わたしも流石に周辺のチェックまでは手が回らないから、みんな、よろしくね!」
「はーい! しっかりと、戦場の確認をしておくのです!」
「任せてかな!」
細かい部分は観察力の鋭い人に任せつつ、俺は戦いやすそうな場所を見繕っていきますか。フィールドボスの種類が分からないから……あ、そうか。
「ベスタ、今のうちにフィールドボスの捜索もしといてもらうか? 外にいる人達に頼むのも、ありだと思うんだけど……」
「そうしたいとこではあるんだが……散発的に、黒の統率種に従っている個体が攻め込んできているそうでな。戦力に余力は十分あるが……手薄にする訳にもいかん」
「げっ!? 外、そんな事になってんの!?」
「この場に何かあるのは……既に気付かれたでしょうね。下手にこの状態で、闇雲に戦力を出すのは……襲う機会を作りかねませんよ?」
「……そうなるか」
ちっ! 思った以上に、乱入勢も色々と仕掛けてきてるっぽいな!? フィールドボスの捜索へ、今の防衛戦力から人を出すのは厳しいか……。
「……ジェイさん、その状態、俺らをここに縛り付ける狙いは、あったりしない?」
「その指摘の可能性も、もちろん否定は出来ません。ですが、下手に焦って、ここを手薄にする訳にもいきませんよ? 中途半端にあちこちに手を出すより、1ヶ所ずつを確実に取るべきです」
「違いねぇな! 急がば回れだ。着実に1ヶ所ずつ、守っていこうや! 別に、他が全く動いてない訳じゃねぇしよ!」
「ジェイや斬雨の言う通りだが……ケイ、それで納得か?」
「納得した。確かに、1つずつやらないと、どこも中途半端になりかねないもんな」
それに、他の場所は他のみんなに任せてもいいんだしさ! 俺らが全て、やらなきゃいけない訳じゃない!
それに、確かオオカミ組とモンスターズ・サバイバルが連携して、乱入勢が占拠した海岸へ殴り込みをかける計画を立ててるって話もあった。羅刹達も潜り込んでいるんだから、時間稼ぎは任せよう!
「ふふーん! だったら、尚更、ここの洞窟の分析が必要だよね! ねぇ、彼岸花、ラジアータ!」
「……そうかも? 洞窟を、上手く利用出来たらいいけど……」
「下手に動けん以上は、ここで出来る事をするべきか。フィールドボスが飛行種族や水棲種族なら、この洞窟の中に引っ張り込めた時点で優位性は……いや、地形次第では油断出来んか」
「……吹き抜けがあったり……水場があったら……有利とも……言えない」
「……狭ければ、俺らが入れられる戦力も限られてくるからな。洞窟内の地形確認は必須事項か」
みんな、やる気は十分って感じだね。まぁ格上のフィールドボス戦……それも複数体、同時に相手にする事になりそうだもんな。簒奪クエストの進行阻止にもなるんだから、嫌でも気合いは入るってもんだ!
「……ふぅ、こういう流れなら、対人戦に巻き込まれる可能性は低そうだね」
「一安心だな、ソラ! あ、ケイさん、俺らは飛行種族の方を相手したいんだが……その辺、どうよ?」
「あー、紅焔さんの気持ちも分かるけど、その辺はまだ保留で。色々と条件を確認しないと、判断は下せないからさ」
「だそうだよ、紅焔。まぁ当然の判断だと思うけど……」
「紅焔、あまりわがままを言って、困らせないようにしてくださいよ?」
「そうだよ、紅焔! ただでさえ、格上の可能性があるんだからさ!」
「足並みは揃えんと、こっちが瓦解しかねんぞ?」
「だー! 分かった! 分かったよ! ちゃんと下見をしてから、それでいけそうなら改めてにするからよ!」
紅焔さん、飛翔連隊の他のメンバーから思いっきりダメ出しされてんなー。まぁ紅焔さんには悪いけど、今の時点ではこういう判断をするしかないからね。
「ともかく、偵察に出発しようぜ! エメラルド、頼んだ! 明かりは俺が用意するからよ! 『移動操作制御』!」
『あぁ、任されよう。着いてきてくれ』
「洞窟探索、開始なのさー!」
「ここは、敵は出るのか? なぁ、疾風の?」
「知らねぇな? なぁ、迅雷の?」
『この洞窟の中には、我らしかいない。我らはもう敵対する気はないし、戦闘の心配は無用だ』
「「そういう事か! 了解だ!」」
この洞窟内にいる黒の異形種達は、もう俺ら群集に対しては中立で確定したから、敵として邪魔してくる事はないんだね。……まぁエメラルドが一緒にいなければ、まだどうなるか怪しい段階な気はするけどさ。
『この辺りは、ただの通路になる』
「洞窟自体は、高さもあるかな?」
「アルさんが小型化せずに通れている上に、まだ余裕はあるもんね」
エメラルドの後をゾロゾロと進んでいきながら、紅焔さんの生み出した複数の火の玉で、洞窟のあちこちが照らされていく。俺の懐中電灯モドキでも、紅焔さんだけでは照らし切れない部分を照らしているけど……あ、かなり広い場所に出たな。
『ここが、この洞窟の広間だな。我らがよく集まっている場所だ』
「軽くケイが照らした程度では、岩壁が見えんとはな……
」
「……この辺は……上は……そう高くは……ない」
「……平坦な広間といった印象か」
「そのど真ん中に、瘴気の塊があるんだなー」
これ、競争クエストで占拠する為に浄化の要所にあったものによく似てるんだよね。地下にあるだけで、ここも浄化の要所の1つになるのか?
『それが、我らを縛りつける核でもあり、心の拠り所でもあった。我らの欠けていたものを満たしはしなかったが、それでも……力を与えていたからな。その存在がなければ、我らはとうの昔に消滅していたかもしれん』
サラッと言うけど、この瘴気の塊って黒の異形種達にとっては重要なものなんだな。これが群集で言うところの群集拠点種に相当するのなら、浄化して消してしまえばいいって単純なものじゃないか。
少なくとも、変質進化で安定化させるまでは消滅させてはマズいもの……って、ちょっと待った!? もしかして、既に命名クエストが発生したエリアで、黒の異形種の姿が消えたのって……。
「ちっ……あそこの黒の異形種達は、どこかへ移動した訳ではなく……消滅していたのか」
あ、ベスタが悪態を吐いているけど……やっぱり、ベスタが確認してきた『タシュー・タヨーウ』にあった洞窟にいた黒の異形種達は……そういう事になるんだろうね。
それじゃ、普通に命名クエストが発生した『ウワバミの口』でも同じ事が……あー、くっそ。知らなかったとはいえ、これはちょっと後味が悪いかも……。
『我らがこれを言ってもいいのか分からないが……人知れず消滅した者達がいても、それは仕方のない事。少なくとも、その者達も憐れまれる事……それだけは、望んでいないはずだ。それに、終わりあってこその、我らの意思表示なのだし、誰が生き残るのか……それも自然の摂理だ。その者達は、自然の中へ還ったのだ。だから、悔やまないでやってくれ』
「……あぁ、分かった」
消滅が自然の摂理……か。ゲームのキャラとしてのプレイヤーは、決して死ぬ事はないけども……それはゲームだからこそか。いや、設定上も精神生命体がリスポーン時に身体を再構築してるだけだから、キャラを消さない限りは本当に設定上でも死なないのか。
こう考えてみると、『陽』の力の塊の精神生命体って、やっぱり神と呼ばれても不思議ではないほどの力を持った存在になるんだな。
その残滓が……存在を保てなくなるほどに、バランスを崩す進化をしてしまった先が、黒の異形種……。異形と呼ばれるだけあって、正しい進化の到着点ではないんだろうね。
「過ぎた事を悔やむよりも、前を見るべきだ! なぁ、疾風の!」
「これ以上の犠牲を出さない為にもな! なぁ、迅雷の!」
「……確かに風雷コンビの言う通りだな。各自、全力で動け。これ以上、犠牲は出させんぞ!」
「当然だっての!」
他のみんなも力強く頷いている。所詮はゲームのNPCの話だと切って捨てる事も出来るけど……こういうプレイヤーとの対話には、いったんほどではなくても、それなりのAIは搭載しているだろう。そう考えると……ただのNPCとして、切り捨てたくもないんだよなー。
物心ついた時からの技術発展を身に沁みて感じているからこそ……本当の人に近いAIの登場なんてのは、夢物語ではない気がするんだよな。この辺は、個人差がある考え方だろうけど……。
機械人みたいに完全に敵対している訳じゃないのなら、所詮ゲームだと言われても、助けてやりたくなるもんだ! ただし、敵対するなら容赦はしない! 甘い対応をして、自分達が危なくなったら元も子もないしね。
『案内を続けよう。この奥が二手に分かれていて、どちらも少し行けば行き当たりになるが……どちらから行く?』
「ケイ、紅焔、その入り口を照らしてくれ」
「了解だぜ、ベスタさん! ケイさん、左の方を頼むぜ!」
「ほいよっと!」
その為にも、この洞窟の構造をもっとよく知らないとね。でも、この奥に2ヶ所の行き止まりって……思いっきり嫌な予感しかしないんだけど!?
あー、ともかく実物を確認してみるしかないよなー。とりあえず、俺は左の方に通じる道がどこにあるのかを照らして……あ、あった。
「どちらも、ここから見れば……ただの通路だな。エメラルド、これから実際に見に行くが、それぞれにどういう特徴がある?」
『地下水の溜まった地下湖と、大きく上下に拓けた空洞がある。我らの中で、そういう場所にしか留まれない者もいるから、重宝している場所になるな』
「……やはり、そうくるか」
あー、嫌な予感的中じゃん! 天然のフィールドボスの撃破が命名クエストの達成条件なんだから、それに連動している簒奪クエストが起こる場所には、地の利が発生するように準備はされてますよねー!
「ここの広間を待機場所にして、それぞれの場所に合ったフィールドボスが呼び寄せられたら、仕留めに行くのが無難なとこかもなー」
「いやいや、ケイさん、それを決めるのは早計かもしれないぜ!」
「ん? 紅焔さん、それってどういう意味?」
ここまでの内容は推測でしかないのは分かってるけど、決して低い可能性ではないから、無視する事も出来ないぞ。むしろ、最有力候補と考えておいて、そうでなかった時に備えておく形にするのが――
「そもそも、フィールドボスが水棲種族と飛行種族の2体ってのは予想の範疇だろ? それが出てくる場所も、当然ながら関連付けた想像でしかねぇ!」
「まぁそれはそうだけど……可能性として、無視――」
「そんなもん、承知の上だっての! その上で、環境の方を変えちまえばいい! 幸い、水を貯める場には困らなさそうだしな!」
……へ? え、環境の方を変えるって……。
「あっ!? 地下湖の水を、空洞に移すって提案か!?」
「その通り! この場が予定されたものなら、それを変えちまえば……それでどうなるよ?」
「ふっ、今回は紅焔が面白い案を出してきたな。ケイ……それにリコリス、水の操作はいけるな? 実際の様子を見てからにはなるが、その案を採用でいくぞ」
「地下湖の水量にもよるけど、まぁそこは確認してからだな! 任せとけ、ベスタ!」
「ふふーん! ただの洞窟の確認だけかと思ってたけど、そうでもなさそうになってきたねー? その案、乗った!」
水がどこから供給されているかによるけど……最悪、そこは岩の操作か何かで塞いでしまえばいい。それが出来るだけの人員は、揃っているもんな。
さーて、フィールドボスと戦う為の準備を始めていこうか! まずは、どういう場所なのかをしっかりと見定めないとなー! その上で、全く違う種族である可能性も忘れないように!




