第1209話 灰の群集らしさ
色々と厄介な状況を作られてしまっているけど、なんとか打開策の方針は決まった。困惑していた様子のざわめきが収まるどころか、青の群集との総力戦を破棄しろと荒げている大きな声もちょいちょい聞こえるようになってきている。まともに内容が聞き取れないくらいだったのに、不自然な大声だな?
というか、灰のサファリ同盟の人達を筆頭にチラホラと抑えようと呼びかけてくれてる様子なのに、異常なほどに収まらない。内容的にも声の大きさ的にも、扇動して不満を煽ろうとしてる奴がいるのは確定か。しかも、複数人。
「ケイ、風音、スチームエクスプロージョンの準備をしろ。合図と同時に、上空に放て」
「ほいよっと」
「……うん!」
「頼むぞ。どうやらやはり俺らへの不満を持つように誘導している奴らがいるな。レナ、勢いに乗せられて言っているだけの奴と、意図的に狙っている奴の正確な判定は出来るか?」
「少なくとも、あちこちに居場所を変えて煽ってるのが何人かは特定出来たよ。この傾向は……ありゃ、赤の群集での騒動で悪い流れに乗せられちゃった人達だね」
「……何人か……赤の群集で……見た名前が……いる! ……あいつら!」
「うわっ、マジか……」
レナさんがあの騒動に関わっていた人達だと知っていて、風音さんが赤の群集を抜けた原因になった人達が関与しているのは確定か。あの騒動が表面上は収まった後に、ウィルさんに着いていかなかった人達があちこちの群集に散らばっていたのは知っている。
はぁ……こういう陰湿なやり方を見るとあの嫌なスライムを思い出すけど、いくらなんでもアレは関与してないはず。BANされた訳だし、おそらく逮捕もされているはずだしさ。
「おい、上にベスタがいるぞ! なんで黙ってやがる! 青の群集との協議を破棄しろ!」
「総指揮が黙ってねぇで、この状況をなんとかしやがれ!」
「無責任な事をしてんじゃねぇぞ!」
「総指揮とか言いながら、横取りされたり、負けたり、役立たずじゃねぇか!」
「……あいつら!」
「風音さん、落ち着いてねー。気持ちは分かるけど、乗せられちゃダメだよ? 下手に暴れたら、相手の狙い通りだからね」
「……分かってる!」
なるほど、今の野次を飛ばしてきた連中も扇動役か。てか、横取りに関しては俺に対する喧嘩だな? あぁ、もうこいつら、一気に排除してしまいたい。
そもそもこの場合の責任ってなんだ? 騒動を起こしてる連中が、責任を語るのか。へぇ、良い度胸してんじゃん。わざわざ騒動の始まった中心部分にいるとかさ。
「……え? なんでそういう話になるんだ?」
「青の群集が何か仕掛けてきたとしても、まずは確認からなんじゃ?」
「そもそもあのメンツなら、確認と対策の検討をしてたとこじゃね?」
「あ、確かにそりゃそうだ!? レナさんもいるし、他にも有名どころが揃ってんじゃん!」
「というか、勝負事で勝敗の責任をリーダー達に負わせるのは違うでしょ! 協議だって、わざわざ手間暇かけてしてきてくれてるんだし!」
「上にいて、この状態で無視を決め込む事はないだろ? そういう人達じゃない」
「そういえばこいつら、さっきから妙に攻撃的な事を言ってたような……?」
「あー!? こいつ、赤の群集の騒動の時に好き勝手な事を言ってた奴じゃん!」
「何っ!? となると、他の奴もか!」
「てか、案内役が来たって連れてきた奴もいるじゃねぇか!?」
「こいつら、あの妙な奴とグルか!」
「「「「なっ!?」」」」
「え? 赤の群集の騒動って何?」
「分からないけど……何かあるっぽい? 今のは確かに変だったし……」
「こいつら、摘み出せ! 扇動してきてるぞ!」
「また赤の群集の時みたいに騒動を起こそうってか! ふざけんな!」
「ちょ、待っ、押さないでー!?」
「きゃ!?」
「おわっ!?」
なんか騒動の方向性が一気に変わったけど……これはこれで良くない状態じゃん!? ただでさえ人が多く集まってきてるのに、声だけだったさっきまでのざわめきが、実際に排除の為に動き出して周りの人を突き飛ばすような状況になってきた!? これはすぐになんとかしないと!?
「ちっ、別方向に混乱が広まり始めたか。ケイ、風音、すぐにやれ!」
「……うん! ……『ファイアクリエイト』」
「ほいよっと!」
これはすぐに収めないと、本格的にどうしようもなくなる。でもまぁ、そんな扇動程度でベスタへの信頼が揺るぐ事がなかったのは……嬉しいとこだね! その中に俺らも含まれてたら嬉しいけどな!
<行動値1と魔力値3消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』を発動します> 行動値 119/120(上限値使用:1): 魔力値 299/302
<『昇華魔法:スチームエクスプロージョン』の発動の為に、全魔力値を消費します> 魔力値 0/302
ともかく今は上空に爆音を轟かせて、意識を逸らす! 強行手段を避けてはいたけど……ベスタへの信頼がこれだけあったなら、不要な心配だった気もするよ。
「わっ!? ば、爆発?」
「あー、落ち着けってか」
「……ちょっと取り乱し過ぎたか」
「すまん、リーダー!」
「おいこら、待てや!? てめぇら、強引に黙らされてんのにそれで――」
「黙るのはテメェらだよ? 反省も出来ずに、また他所で騒動ってか?」
「リーダーが強行策を選ばせた原因はお前らだろうが! どの口が文句を言おうってんだ? あぁ?」
「反省して他の群集で馴染んでる人もいるし、赤の群集の立て直しに動いてた人もいるのにねー」
「くっ!? あいつらと一緒にするんじゃねぇ!」
「えっ!? えっ!? どうすれば!?」
「これから総力戦なのに、何なんだよ、この状況!」
ちょ、一旦落ち着いたかと思ったけど、それでもまた一触即発な状況になってるんだけど!? ……強行策への不満がベスタに向かうんじゃなくて、そういう手段を取るしかない状況を作った連中へと向いてるよ!
これ、状況は全然収まってなくね? むしろ、騒動の一因になってる人を取り囲むような形になって、より状況が悪化したような……。
「全員、聞け!」
そのベスタの大声に、多くの人達が見上げてくる。折角の総力戦の直前での騒動で、なんかみんな荒れてる感じだな……。これ、元赤の群集の連中が捨て駒に使われてないか?
結果的にはベスタへの不信という形にはなってないけど、それでも総力戦の妨害行為としては思いっきり成立してるんだけど……。いや、ここから状況を解決するのはベスタに任せよう!
「正直、こういう強引な方法は好きではないが……状況が状況なだけに、強行手段を使わせてもらった。ひとまずは落ち着いて聞いてくれ」
「はっ! えらそうに、何様のつもりだ!」
「……お前……は! ……ぶっ殺す!」
「げっ、風音!? はっ! 出来るもんならやってみろや!」
「まぁ待て、風音。ここはベスタに任そうではないか。なぁ、疾風の」
「そうだぜ。ベスタは頼りになるからな! なぁ、迅雷の」
「…………分かった」
暴れ出しそうになった風音さんを止めたのが、まさかの風雷コンビとは……。それにしても、こいつは本気で腹が立つな。
えーと、競争クエストだと割となんでもありな部分はあるけど、今回のはどうなんだ? 相手の嫌がる作戦を立てるのは対人戦での常套手段みたいなもんだけど……流石に扇動して荒らすのはやり過ぎなのでは? うーん、とりあえず今のうちに目についた4人については迷惑行為として運営に通報しとくか。
「随分と慕われてんな? ベスタさんよぉ?」
「こう言わなければ伝わらんか? ……少し黙れ」
「……ふん!」
うっわ、珍しい事もあるもんだ。ベスタの声音が完全にキレてたよ。……流石に威圧されて相手の方も黙ったけど、ここからどうする? この場で表面化した奴らだけだとは思えないんだけど……。
「不確定な要素が多く、推測に推測を重ねただけの情報だったからハッキリとするまでは伏せておくつもりだったが……協議の通達で伝えた無所属相手への共闘については、こういう手合いが集団化している可能性があるからだ」
「そんなもん、ただの難癖じゃ――」
「俺としては難癖であってほしかったくらいだが……捨て駒にされたな、お前らは」
「はぁ!? 何を言って……って、運営からの警告だと!?」
「げっ!? 俺にも!?」
「くそっ! こっちもだ!」
「なんだよ、これ! この程度じゃ問題にならないって……はっ!?」
「そう言った奴がいた訳だな? まぁこの程度なら、競争クエストの最中だからここで止まれば警告止まりだろうが……これ以上暴れるなら、どうなっても知らんぞ」
「ちっ! テメェら、離れるぞ!」
「新規サーバーに移る前にBANなんかされてたまるか!」
「くそっ! あの野郎、捨て駒にしやがって!」
「何が最後に一泡吹かせる作戦だってんだ!」
あ、4人ともが即座にログアウトして消えていったみたい……? あー、戦闘行為にはならないからログアウト制限には引っかからないのか。というか、これは確実に裏から手を引いている誰かが間違いなく存在してるよな。
しかも、今の連中は完全に捨て駒になっていた。下手すれば開き直って情報の暴露をした可能性もあるけど……そのリスクを負って、あの騒動で済ませるか? そんな生温い相手じゃない気がするんだけど……。
「ちっ、どうせなら誰が黒幕か吐いてくれりゃ良かったんだが……まぁいい。全員、今ので無所属集団からの妨害工作が済んだとは思うな。この場以外にもデマ情報を流している事は確認出来ているから、そちらは既に対策を講じている。だが、まだ何か仕掛けてくる可能性があるからな」
「……無所属の集団、やっぱり何か企んでるのか!」
「今の奴らを捨て駒にするような奴らじゃ、何をしてくるか分からないね……」
「危険視してるからこその共闘か……」
「おいおい、ちょっと待てよ? そうなると、俺らの中にもそいつらのスパイが紛れ込んでる可能性があるんじゃねぇか!?」
「それを誤魔化す為の、捨て駒!?」
「お前か!? それともお前か!?」
「そういうお前じゃねぇのか!?」
げっ!? 近くにいる人達がお互いを疑い始めてるし、もしかしてこっちが本命の狙いか!? やばい、味方を疑い始めるように持っていかれたら、連携がまともに取れなくなる!
「全員、落ち着け! お互いに疑い合う状況を作り出す事自体が狙いの可能性はある! 本当に潜んでいようが、潜んでいなかろうが、そんな事は関係なくな。だから……無茶を言うが、お互いを疑うな!」
それが出来れば一番だろうけど、流石にいくらなんでも無茶過ぎる内容だ。普段から見知っている人だけならともかく、初めて顔を合わせる人もいる。
俺だって、同じ制圧班であっても全然知らない人がいるんだ。……メンバー選出をしたベスタを信用する形で疑わずに済む事は出来るだろうけど、それをここにいる全員に求めるのは無茶過ぎる。
「……え? この状況で?」
「理屈は分かるけど……でも、それは!?」
「疑うなって方が無茶過ぎるぜ!?」
「下手すりゃ、重要な場面で後ろから攻撃されかねないんだぞ!?」
「いくらリーダーの言葉でも、それは……」
「疑いたくはないけど……なぁ?」
「無茶過ぎるよ!?」
この反応は仕方ない。実際に知らない人が多過ぎるし……これは理屈じゃなくて、感情的な問題。くっそ、ここまで群集内部の信頼関係を崩してくるってありかよ! 何か規約違反には……対人戦で、相手集団を疑心暗鬼にする作戦は禁止なんて項目はあり得ないか……。さっきみたいに明確に目の前での迷惑行為としてじゃないとどうしようもない。
頼りになるベスタがリーダーとか関係なく、誰が指揮をとっていようが関係ないぞ、このやり方! ……協議で無所属の集団相手に共闘するのを決定した事を、こういう風に返してくるか!
「なら、こう考えるといい。そもそも俺らは巻き添えにされるのには慣れているだろう? その一環だと思えば済む事だ」
ちょ!? ベスタがサラッと無茶苦茶な事を言ったー!? いや、確かに巻き込まれるのを前提にして動く事はあるんだし、気構えとしてはそれでいいのか? これ、みんな的にはどんな反応なんだ?
「……あー、言われてみればそれもそうか?」
「スキルの巻き添えなんて、今更だもんねー」
「よく考えたら、普通に本当の味方でも巻き添えはあったな」
「変に疑い合うくらいなら、いつも巻き添えと思った方がいいか」
「いやいや、みんなして慣れ過ぎでしょ! まぁ、気持ちは分かるけど!」
「よし、その方向でいくぞ! 妨害工作をする奴が出たら、その時に臨機応変にだ!」
「「「「「おう!」」」」」
「ちょ!? えっ!? そんな流れになる!?」
「これが灰の群集だぜ、新規っぽい人!」
「敵の思い通りに疑うように動かされるくらいなら、ダメージがない巻き添え攻撃だと思っていくよー!」
「「「「おー!」」」」
「……えぇ?」
なんか今ので全体的にあっさりと受け入れられてるんかい! いや、もうそれで慣れてきて強くなってきたのが灰の群集だし、それが正解なのかも。
巻き添えにした経験がある身としては微妙に複雑な心境だけど……少し気になる部分もある。いや、変に疑うなっていうのが対抗策なら、不思議そうに反応した成熟体っぽい人も今はスルーしておこう。
「とりあえず落ち着いたようだな。あぁ、そうだ。ついでだから伝えておくが、おそらく今回の首謀者は各群集に不満を持つプレイヤーを集めている可能性が高い……というか、この件で一気にその可能性が跳ね上がった。便宜的に無所属の集団と捉えていたが、それは無しだ。乱入してくる無所属とは別枠だと考えてくれ」
あ、大々的に確定情報に近い形で言っちゃうんだ。まぁどう考えても、ここで言ってしまった方がいいか。もう大体察してる人は多そうだし、隠すだけの意味もないしね。
特に誰からも異論は上がってこないし、なんとかこの騒動は片付いたっぽいな。あー、一時はどうなるかと思ったけど……なんか灰の群集らしい落ち着き方をしたもんだ。
それにしても……いつの間にか近くを飛んでいた赤いトンボの人にはいつ声をかけたもんだろうな? 誰も触れずにいるけど、気付いてないはずがない。
多分、口を挟むにも挟めずにいたってとこなんだろうけど……まさか、合図役がこの人とはなー。てっきり普通に参戦してくるものかと思ってた。てか、前に見た時は赤くはなかったけど……火属性を得たっぽいね。
「さて……今回は、ジークフリートが合図係だと思えばいいのか?」
「おわっ!? 気付いてたのか!?」
「青の群集……それも青のサファリ同盟のリーダーが来ていて警戒してない訳がないだろうが。いいのか、今回は非参戦で?」
「……下手に知られてない奴が行くと、今回はヤバそうだろ? まぁ俺は大して強くはねぇし、戦闘については任せてきたぜ!」
「まぁ一度偽者が来た以上は、そういう警戒にもなるか。紅焔、いるか?」
「おっ、ここにいるぜ! 合図役のソラならさっき出発したから、到着したら知らせるぞ!」
「それならいい。全員、意識を切り替えていけ! もう間もなく、青の群集との総力戦が開始になるからな!」
そのベスタの声に応えるように、みんなの気合いの入った声が返ってくる。さーて、ここからはようやく青の群集とのミヤ・マサの森林での総力戦だな!
まだ油断ならない状況を脱した訳ではないけど、おそらく仕掛けているのは灰の群集に対してのみじゃないはず。何かしらの妨害がある可能性は考えつつ、作戦を実行に移していこう!




