第1012話 ウナギの調理 後編
「おぉ、すげぇ!」
「まともに捌けたのって、これで何人目だ?」
「まだ2桁は行ってないはずだよな?」
「リアルでの調理技術と、一定以上の操作系スキルの精度がないと無理だもんな」
「……なんかこう見てるとウナギが食いたくなってきた」
「土用の丑の日はまだ先なんだがなー」
「別にウナギが売ってない訳じゃないし、今日の晩飯はウナギにするかー」
「はっ!? ウナギを乗せたチラシ寿司、これだー!」
「お、確かにそれはありだな」
なんだか見物している人達の晩飯のメニューがどんどん決まっていってる気がする。それが悪い訳じゃないし、むしろ気持ちはよく分かる。これから焼いていく事にはなるけど、あくまで白焼きであって蒲焼きではないしね。
それはともかく、2匹目のウナギはヨッシさんがさっきよりは綺麗に捌きはしたものの……いくらなんでも難易度が高過ぎたか。リアルでもやった事がないのに、道具や捌く動作の面でリアルと違い過ぎる環境では無茶が過ぎた。
「ヨッシ、お疲れ様かな!」
「ちゃんとウナギの蒲焼きの焼く前の形にはなってるのさー!」
「随分とボロボロになっちゃったし、骨にも身が残りまくってるけどね……」
「いやいや、ヨッシさん、それは謙遜だよ? わたしが知ってる範囲では、これ以上綺麗に捌けてるのを見た事ないからね?」
「え、レナさん、そうなの?」
「うん、そうだよ。大半は焼く前から3等分以上になって、回復量が10%程度まで大幅に下がってるからねー! この出来なら、焼くのに失敗しなければ50%は狙えるよ!」
「お、マジか!」
「あはは、そうなんだね」
どうもヨッシさんとしては不満の残る出来だったみたいだけど、この捌く水準でも相当良い状態のようである。まぁ、実際にリアルで料理が出来て、その上で操作系スキルの扱いが一定水準以上じゃないと無理だもんな。
爪とかじゃ流石に1本じゃないから捌くのは難しいだろうし、捌くのに使えるのはおそらく土の操作での石のナイフか、氷の操作での氷のナイフくらいに限られるはず。あー、カマキリとかタチウオとか、種族によっては捌けるのもいるにはいるか。……俺は魚を捌いた事がないから、やれと言われても出来る自信はない!
「ねぇレナさん、それならもっと上手く捌けたら……もっと高品質な回復アイテムになる可能性もある?」
「可能性はあるだろうねー! ヨッシさん、その辺は期待してるよ?」
「……あはは、頑張ってみます。カインさん、焼くのは任せて良いんだよね?」
「おう、その辺は任せとけ!」
「それじゃ任せるね。……ちょっと集中し過ぎたから、少し休憩」
「ヨッシ、お疲れ様」
「ありがと、サヤ」
相当集中してて疲弊した様子のヨッシさんをサヤがクマで抱えるようにしているね。とりあえずヨッシさん、ウナギの捌きはお疲れ様!
さて、ここからは聖火の人こと、カインさんの出番だな! 火の扱いには相当長けているし、モンスターズ・サバイバルと一緒にミズキの森林で生産とかをしてるんだからこれ以上ない人選のはず。
「つっても、まだ炭火の方が用意出来てねぇからな。ケイさんとハーレさん、ちょっと手伝ってくれ!」
「了解なのさー!」
「それはいいけど、何をすればいいんだ?」
「火の方でちょっとな。あー、この岩のまな板ってケイさんが生成したやつだよな。少し使っていいか?」
「ほいよっと」
「さぁ、やってくぜ! ウナギの串打ちだ!」
そう言いながらカインさんは竹串を数本取り出して、岩のまな板の上に置いてあるウナギに串を刺していく。え、思った以上に手際が良いんだけど、カインさんって実はリアルでウナギを焼いた事があるのか!?
「こういう時はサルになった事に感謝だな! おし、ちょっと不恰好にはなったが、こんなもんだろ!」
「カインさん、凄いね」
「これでもリアルじゃ釣りと料理好きなもんでな! 自分で釣ったウナギを自分で焼いたりしてるもんよ! 流石に捌く方はスキルの問題で出来なかったけどな」
「おぉ!? まさかのリアルでの経験者なのさー!」
「それは頼もしいかな!」
「実際に経験があると強いな!」
あ、だからカインさんが火を扱う事にも長けているのか。リアルでやり慣れてるから、感覚としてやり方が分かってるんだな。
「流石は聖火の人だな!」
「いやー、まさかリアルでも火の扱いが得意だとは知らなかったぜ」
「そりゃあれだけ火の扱いには慣れてる訳だよ」
「ナイスだぜ、聖火の人!」
「俺の名前はカインだよ!? 何度やるんだ、このやり取り!?」
あ、この辺のやり取りってまだあるんだなー。流石にプロメテウスさんの実在が確認されているからプロメテウスとは呼ばれなくなってるみたいだけど。
「あー、それはいい! ハーレさんはさっき特に意味もなく風の操作を使ってたよな? 鍛えてるとこだと思ってたんだが、どうだ?」
「おぉ、大当たりなのです! という事は、私の出番は風の操作ですか!?」
「そういう事だな! 魔法で生成した風じゃなくて、周囲の空気を風の操作で焚き火に風にして送り込んでくれ。それで大きな炭に火を着けていくからな」
「了解なのさー! 『略:風の操作』!」
「おーし、その感じで風を送ってくれ!」
「はーい!」
そんな感じでハーレさんが竈の中の火に風を送り込んで、火の勢いがどんどん増していく。おー、大きな炭にも火が着いたし良さそうな感じだな。
それにしてもカインさんは今は火の操作を使ってる様子はないし、ハーレさんの風の操作も魔法産を禁止したのには理由があったりするんだろうか?
「ねぇ、ヨッシ。火の操作で火を広げないのはなんでかな?」
「……なんでだろ? 天然の火だから、それでも問題ないはずだけど……」
「えっと、それは火加減がこっちの方が分かりやすいってカインさんは言ってたねー。普段は火の操作でやってるけど、ウナギを焼く時は何も使わないみたいだよ」
「へぇ、そうなのか」
「カインさんなりの拘りかな?」
「多分、そうなんだろうね」
なんだかんだでカインさんにはカインさんなりのやり方があるんだな。これなら良いものが出来そうだけど……ハーレさんが地味に風の調整を指示されまくってるのは大丈夫だろうか? うーん、まぁ特訓になると考えればいいか!
「おし、火の準備はこんなもんだろ」
「あぅ……つ、疲れたのです……」
「ハーレさん、お疲れさん」
「カインさん、火に関しては鬼なのさー!?」
どうやら思った以上にハーレさんは大変な事を要求されたっぽいね。うん、でもまぁやり切ったのならば問題なしだな。
「おし、今度はケイさん、頼むぜ!」
「ほいよっと。それで何をすればいい?」
「岩の操作で竈の上の方に支えを作ってくれ! この竹串で刺して焼くから、その支えだ!」
「あ、なるほど。それは了解!」
普通に熱した岩の上で焼くのかと思ってたけど、そうじゃなかったっぽい。本格的に竹串で刺して焼いていき、その為の竹串を支える部分を俺が用意したら良いんだな。
それじゃまずはまな板代わりに生成していた岩は解除して、カインさんが作った竈の近くに移動! えーと、この上の方に竹串の支えになる岩を作れば良いんだな。
<行動値1と魔力値3消費して『土魔法Lv1:アースクリエイト』を発動します> 行動値 64/86(上限値使用:1): 魔力値 231/234
<行動値を19消費して『岩の操作Lv4』を発動します> 行動値 45/86 (上限値使用:1)
えーと、位置の確定はまだしない方が良いから、細長い岩を片側で繋げるようにして平行な岩を生成してっと。位置はカインさんに決めてもらって、そこから追加生成で竈に固定してしまおう。
「カインさん、こんなもんか?」
「あー、もうちょい上に上げてくれるか? 今の場所だとちょっと火に近過ぎるからな」
「ほいよっと」
火力加減については俺にはよく分からないから、ここはカインさんの指示に全面的に従って調整していこう。大きく動かしたら駄目だろうから、少しずつ、少しずつ……。
「よし、その辺だな!」
「ほいよ! それじゃここで固定だな」
カインさんから合図が出た位置で追加生成開始! 上下の位置はズラさないように左右に広げて……よし、これで竈に固定完了!
「おっしゃ、それじゃウナギの白焼きをやっていくぜー!」
そう言いながらカインさんが炭火でウナギを焼き始めていく。前々からハーレさんがウナギを食べたがってはいたけども、それが遂に実現する時がやってくるとはね。とはいえ、調味料が殆どないから蒲焼きは無理だけどさ。
「おぉ、良い感じに脂が……ジュルリ!」
「あ、段々小さくなっていくかな?」
「ウナギは焼くと縮むんだったはずだね」
「そんなとこまで再現してるんだな」
魚を丸ごと食べたら刺身の味だったりして雑な感じの部分もあるけど、結構細かいとこまでウナギは作られてるんだね。運営の中にウナギに対する拘りでもある人がいるのかも?
おー、そうやって話してる間にもカインさんは竈に向かって、竹串を刺しているウナギをひっくり返して焼いている。そういや嗅覚自体は軽く香る程度にしか実装されてないっぽいけど、焼いてる良い匂いとかはするんだな。
「おし、今までで一番良い感じに出来た……ん?」
「カインさん、どうした?」
「あー、いや、ちょっと微妙な気分になっただけだ。えーと、渡すのはヨッシさんで良いんだよな?」
「あ、うん、そうだね。でも、微妙な気分って何かあったの?」
「それについては、見てみりゃ分かるぞ。ほいっと」
「あ、カインさん、ありがと。あー、そういう事なんだ。うん、これは確かにちょっと微妙な気分にはなるね」
カインさんからヨッシさんに所有権は移ったみたいだけど、ヨッシさんも同じような事を言ってる。2人とも微妙な気分になるって、上手く焼き上がったっぽいのにどうしてだろう?
「およ? あ、もしかして……提供スポンサーの試食データの味になる食材アイテムになっちゃった?」
「レナさん、正解だ。HP60%回復で、これまでの最高値は出たんだけどな」
「折角作ってたのが、どこかのお店の味に固定されるのは少し残念だよね」
「あらら、やっぱりそういうパターンなんだ? うーん、でもその辺って味覚再現の制限がかかってくる部分だからねー」
「ま、味自体は絶対に良いはずだから、作った事に対する心境を除けば問題はないんだがなー」
「……あはは、まぁ一般のゲームならこういう仕様は仕方ないよね」
なるほど、ヨッシさんとカインさんからしてみたら折角自分達で作り上げたウナギの白焼きが、どこかの店で売ってる料理の試食データに変わるんだから微妙な心境になったのか。
うーん、でもHP60%の回復アイテムのランクのアイテムになってくると、宣伝用の試食用のデータに置き換わるのは良い発見ではある。店で食べられる水準のものが味わえるって事だし、好みに合わないとかでなければ基本的に美味しいからね。
「はい、質問です!」
「あ、このウナギの白焼き、食べ過ぎ防止の制限なら入ってるよ。1日1個までだね」
「やっぱりそんな気がしたけど、やっぱりなのさー!?」
「その辺の制限はやっぱりあるのかな!」
「どうやらそうっぽいなー」
VR空間だけで食事に満足しないように、味覚データの提供スポンサーが付いている料理には色んなゲームで制限はかかってるもんな。フルダイブ中に食べた気になっても、実際には栄養補給が出来てないんだからその辺に制限があるのは仕方ない。
まぁ逆にその辺の満腹感を利用した食事制限やダイエット用のVRのソフトとかもあるにはあるけど、その辺は確か医者からの診断書とそれ専用の認証が必要だった気がする。使った事がないから詳しくは知らないけど。
「へぇ、このゲームでも料理系の試食データの提供があるのか!」
「あれって宣伝を兼ねてるから、ゲームの運営費の一部になってるのかもな」
「でも、あんまり簡単過ぎる調理内容だとダメみたいだね」
「基準としては回復量がかなり高いアイテムからっぽいな?」
「HP60%以上の回復から?」
「その辺は要検証だな」
「とりあえず、シンプルにステーキ辺りで試してみるか?」
「ただのバーベキューじゃ無理みたいだし、何か塩以外の味付けとかが必要?」
「いっそ、何かに漬け込んで味付けしてみるか」
「確か唐辛子はあったし、辛みをつけてみる?」
「ちょっと色々と手間をかけて、料理をやってみるか!」
おぉ!? なんか集まってたみんなが盛り上がり始めた! このウナギの白焼きで試食データに変わるのは新発見になるっぽいし、そりゃ盛り上がるか。実際に作ったヨッシさんとカインさんとしては微妙な心境なんだろうけどさ。
「ヨッシ!」
「どうしたの、ハーレ?」
「今回のはゲームだから仕方ないのです! でもヨッシの料理は今度、あっちで楽しみにしてるのさー!」
「うん、私も楽しみにしてるかな!」
「俺も楽しみにしてるぞー!」
「……あはは、まぁ無理にゲーム内で拘らなくてもいいもんね。うん、そこは期待してて! あっちではウナギの白焼きもだけど、うな重も作るから!」
「期待してるのさー!」
こんな形で繋がるとは思わなかったけど、ヨッシさんがVR空間で本格的な料理を作れるようになったのが活きてきそうだね。
「あー、明日にでもウナギ釣りにでも行って……いや、でも競争クエストが始まる可能性もあるよなー。深夜に仕掛けておいて、朝に回収って方向でいくか?」
「悩んでるね、カインさん?」
「いや、だって、ここまでやったなら、自分の味付けで食いたいだろ? あー、見事に踊らされてる気がするぞ!?」
「まぁその辺が狙いの味覚再現での試食データだしねー?」
「そりゃそうなんだけどなー!?」
どうやらカインさんが本格的にウナギを食べたくなってるっぽい。こうしてフルダイブ中では満足し切れない状況を作って、そこから宣伝に繋げるんだがら侮れないよね。
まさかサービス開始から1ヶ月以上経ってから、それが組み込まれてる事が発覚するとは思わなかったけどな。