卒業式
「今日でとうとう高校も卒業か……」
しみじみと、感慨深く相方が呟く。
「お前との仲も三年。長いようで短い間やったなぁ」
こちらも柄にもなくしんみりと返すと、照れたように、へへ、と笑われた。
「あんな。実は、自分と初めて会うたん、入学式やないねん」
「は? そうなん?」
驚きに目を見開いて、隣に立つ相手を見つめる。
「入試の日の朝、自分、受験票、風で飛ばしたやろ」
「あー。あったなぁ」
「あれ拾たん、俺やねん」
「そうなん?」
全然気づかなかった。そんな気持ちを知ったか、気恥ずかしげに、彼は空中で何かを捕まえるような仕草をする。
「こう、ひらひらーって飛んできた奴をな、ぱしって捕まえて」
「ホンマかー。いや、すまんかったわ」
「そのまま傍にあった郵便ポストの中にぽいーって」
「何でや!」
びし、と裏拳で奴の胸倉を叩く。
「いや、住所氏名書いたぁるし、ちゃんと家に届くやろうなーて」
「切手貼ってへんやろ! そもそも、受験に間に合わへんわ!」
畳みかけると、へらりと笑って片手を振る。
「大丈夫やって。ちゃんと学校で先生に渡したがな」
「お、おう。ありがとうな」
まあまあと宥められるのに、ちょっと視線を外して、礼を言う。
「いろんなことがあったよなぁ」
「せやなぁ。覚えてるか? 二年の時の体育祭のリレー」
「あれなー。俺がアンカーで、自分がその一人前で」
「一位になるか、二位になるかってとこで、お前が声かけて『こっちや!』て言いながら走り出しよって」
思い出して続けると、相手はたったった、と、その場で足踏みをし、背後に手を延ばしてみせる。
バトンを受け取ろうとするように。
「自分、まんまと俺に渡してきたよな。クラス、ちゃうかったのに!」
そこで、耐え切れないように相方は吹き出した。
「お前のせいやろ! めっちゃ怒られたわ!」
すぱーん、と、俯き気味の後頭部を叩く。
「いやー。まさか引っかかるとは思わんかったって言うか」
「うっさい」
ずっと笑いっ放しの相方に、つん、と顔を背ける。
「自分、ラブレターも貰とったもんな」
「一回だけやん」
気恥ずかしくて、隣の肩を小突く。
「放課後、体育館の裏に来てください、て書いてあって、約束の時間より前からうろうろしとったら、そこ、部活棟の裏でもあったから、ノゾキと間違えられよったよな」
「酷い話やわ」
「先生が何人も来て、『何してる!』て怒鳴るさかい、俺が立ちはだかって、『ここは俺が食い止める! 自分は彼女を探し出せ!』て言うたら」
「『ノゾキ続ける気か!』て、ボロクソに怒られたよなぁ」
肩を落としてぼやく。
「あん時の俺、ちょっと男前やったやろ?」
得意げに相方は顔を覗きこんできた。
「……まぁな」
「まあ、ラブレターの彼女は、先生が来る前に気がついて、先に逃してきたんやけど」
「男前やな! ありがとう! せやけどそれ、俺に『探せ』て言う必要なかったよな!?」
「男には、引いたらあかん時があんねん……」
「引かせろや! そこは!」
「卒業式、か」
「卒業式、やな」
しみじみと、また呟く。
「春からは離れ離れで、新しい生活になるんやなぁ」
「正直ちょっと不安やけど、お互い頑張ろうな」
出された手を、がっしりと握りしめる。
「まあ俺、実は単位足りへんかって留年するんやけど」
「卒業せぇへんのかい! お前とはもうやっていかれへんわ!」
勢いよく、その手をぶん投げた。
「ありがとうございましたー!」
──『ショートコント『卒業式』」──