これからの青春
中学校野球大会県予選決勝
中学3年生の志摩葵は最後の守備に就いていた。
守備位置は遊撃手、守備の要ともいえるこのポジションで歓喜の瞬間を心待ちにしていた。
2対1の投手戦、最終回で1アウト1塁。
1点差でこの場面は正直嫌すぎる。
だけどこの回守りきればチームのみんなと全国にいける。
緊迫した場面で葵は気を引き締めた。
投手が投げた渾身の1球を打者が引っ掛けた。
ボールは二塁手に、4-6-3のダブルプレーが決まれば試合終了。
二塁手が葵にボールを渡す、葵が2塁ベースに触れて1塁にボールを投げた瞬間悲劇が起こった。
1塁ランナーのスライディングで葵の右足にスパイクが直撃しそのまま倒れこんだ。
ダブルプレーが成立し試合終了、だが葵はその場から立ち上がれずにいた。
全国大会の切符は手にした。
だが葵は足の怪我の影響でベンチにも入れなかった。
松葉杖で体を支え最後は1、2年生の後輩達と観客席で一緒に応援。
だがチームは1回戦で敗退し葵の中学野球は幕を下ろした。
それから数日後、葵達の世代は引退し皆それぞれ受験勉強にはげんでいた。
ある日の放課後、受験勉強をしに学校の図書室で勉強していると幼馴染で同級生の前主将 前田 大河がやってきた。
ポジションは投手、エースとしてチーム全員を引っ張ってくれた。
「いたいた、葵!怪我の調子はどうだ?」
「あぁ、今でも歩くと少し痛むけど問題はないよ。」
「そうか、しかし相変わらず1人でいること多いよなお前。」
「ほっとけ、俺が人見知りなの知ってるだろ?」
「そんな調子じゃ進学しても友達どころか彼女もできねえぞ」
「うっ!(否定できない)」
「本当にスポーツマンかっての、ところでお前高校はどこ受けるんだ?お前だけみんなに聴いても知らないって言ってたからさ。」
「あー…」
少し声を渋ったあと
「俺、王海高校受けるつもりなんだ。」
王海高校は創立されて5年ほどのまだ比較的新しい学校だ。
だが部活動に関してはこれといって結果を残しているか分からなかった。
大河は気になって
「なんで王海なんだ?お前だったら県内の強豪校からの誘いもあっただろうに。」
「俺、高校では野球やらないからさ…あと家からチャリで通えるし。」
「えっ!?」
大河は一瞬脳がフリーズした。
それはそうだろう。
気が弱いとはいえ同級生のどの選手と比べても野球に向き合い、試合に出れば必ず結果を残す葵からその様な言葉が出るとは思ってなかったからだ。
大河は声を震わせ
「嘘だろ…なんでだよ…、もしかして足の怪我が思ったより良くないのか?」
「怪我自体は徐々に回復してるよ。」
「じゃあなんで野球辞めるのか教えてくれよ!」
正直言うつもりはなかったのだが、こうも詰め寄られては仕方ないので教える事にした。
「あの怪我をして大会が終わってから1度だけ1人でグラウンドに行ったんだ、だけどいざ自分のポジションに立つとあの時の光景が脳裏をよぎってしまって、急に怖くて冷や汗が出てきて足が震えてしまったんだ。
だから俺はもう野球をやらない。」
「…」
葵の気持ちを知りしばらく黙っていたが大河は真剣な表情で言葉を発した。
「だったら俺も王海を受ける!」
「…はっ?」
葵は一瞬何を言われたのか理解に苦しんだ。
「な、なんで? 今さっきもう野球やらないって言ったばっかだよ!?」
「何言ってんだ、そんな状態の奴に無理に野球やれなんて言わねーよ!」
葵は少し拍子抜けしていた。
野球を辞めるのを怒られると思っていた。
「無名の高校から甲子園を目指すんだよ、それに昔から人見知り激しいお前も事も心配だしな!」
「はははっ、なんだよそれ。」
少し呆れたがそれと同時に少し嬉しい気持ちになったのは黙っておこう。