妹に捧ぐ婚約 破棄
「マリアリカ嬢、貴女との婚約を破棄することとなった」
そう告げるとマリアリカの顔は蒼褪めた
王宮の一室 魔道具により空調を整えられた最高級の応接室 綺麗な少女
名のある工芸品に囲まれても全て当たり前のように自分の添え物とする彼女には華があるとは思う
黄金の髪に新緑の瞳 その全てが整い絶妙に配置された神秘的なまでの完璧さは女神と言われても信じそうになる
白雪のごとく輝く肌は血色が良くなるとすぐ染め上がりようやく彼女が人であると確信が持てる程に美しい
そんな彼女は今 顔からは血の気は引き手に持つ白磁と揃えた様な色をしている、カチャカチャと動揺からか茶器を鳴らしながらなんとか卓に置くと彼女は愛らしく上品に口元を覆い涙を溜めた
「なぜですか?!私は殿下に カイニキア殿下にふさわしくなろうとあれほど頑張ったのに!」
「…確かに見目や教養では君に勝る令嬢はなかなかいないだろう、しかし王族は国の顔 君なんかを王族に向かえ入れることはできない」
「そんな…」
俯向き震えスカートの裾を握りしめる
…確かに彼女は美しいしその涙は庇護欲をそそるとは思う しかし頭のどこかで冷え切った自分が見ている
作り物だろう?だって君はそんなおとなしい女じゃない
少ししても俺が反応せずただ見ていると 怒りの表情を滲ませ顔を上げ睨みつけてきた、おお こわい
「あの女の所為なのですね」
「違う」
猫をかぶるのをやめたのか癇癪を起こしたのか声を荒げるこの彼女を見たら 確かに俺以外も妃にふさわしくないと思ってもらえるだろう
「どこが違うんですか?!あの女伯爵家の癖に恐れ多くも婚約者がいると知りながら殿下に言い寄って !」
「彼女の何が君にわかる!君のそうやってすぐ人を見下しけなすところが嫌いなんだよ!!」
感情的に怒鳴りあう彼女との間に愛や情など見られない
小さい頃はこんな風ではなかったのに またあうようになったここ一年で変わり果てた彼女にはほとほと嫌気がさしている
「私は婚約を破棄するつもりはありません」
「父上からすでに許可は下りている、これは賛否を問う場ではない 書面だけでも良かったがこれまでの顔をたてた報告だ」
「そんな…」
「ちょうどよく帝国の皇族から婚約の話が出ているらしい、君は腐っても公爵の姫 この国に君のいる場所などないのだから隣国に嫁ぐのもいいだろう」
そう言い捨てるとすがりつく彼女を振り払い後ろも見ずに部屋を出た
ただ婚約者が変わる これでもうマリアリカに悩まされる事は無いに違いない
足取りも軽く自室に戻る俺は その時はこれが運命の分かれ道だと思わず軽くとらえていた
憎悪とも取れる視線を受けてただ悲しくなった
この程度の男が婚約者だったとは
そしてなにより、許せない
許せる訳がない
靴音を響かせ怒りに燃えながら廊下を歩くと誰もが道を譲った
婚約破棄だ?この国に居場所がないだ?散々言いやがって糞殿下!
屋敷の玄関までは我慢した
自室に入った瞬間鬘をかなぐり捨てて力一杯叫ぶ
「妹と兄が入れ替わってるのも気付かないボンクラに妹をやる訳ないだろうがぁぁぁ!!!!」
「まぁお兄様帰られましたの!」
あ 天使の声がした
「ただいまマリアリカ!カイニキア殿下に婚約破棄をしてもらったよ」
きっと鬼のような顔から優しい顔になったのだろう 側にいた執事が見てはいけないものを見たと視線を泳がせている いい加減慣れて欲しいものだ
「本当ですか!うまく嫌って貰えましたか」
「そりゃもう視界の隅にも入れたくないくらい毛嫌いさせてやったよ」
殿下が伯爵家の令嬢と仲良くしてると聞けば呼ばれていない夜会にも乱入しエスコートさせその令嬢には嫌味ったらしく絡み
会議には殿下を支える花嫁修行と称して寄り添い殿下以上に優れた意見を言いあっさり採用させ、あげくは部下の前で殿下には完璧であって欲しいと言いながら書類の誤字や書式の間違いをねちねちあげつらい
癒しを求める自室にはやれ殿下には似合わないとお気に入りの寝具も見た目と値段はやたらと良く肌触りの最悪な金糸の織りこまれた厚手の物に変えたり薔薇の香りが苦手と知りながら見た目はいいが匂いの強い薔薇を飾りまくり眠れないくらい薔薇の香り塗れにしてやった甲斐がある
こんな嫌がらせを妹のふりをしてやっていたのも後腐れのないようにしっかり嫌われ殿下の望みで婚約破棄してもらう為だ
私の可愛い妹 王族に次いで地位の高い公爵家の姫であるマリアリカが、この国の王族に姫がいないにも関わらず戦で助けて貰った隣国の軍事帝国ゴーダに輿入れを望まれたからと国王陛下から内々に謝罪と補填され婚約破棄と同盟の為の輿入れを望まれればさすがに断りにくい
第四王子のカイニキア殿下と王族に次ぐ公爵の家に1人しかない姫の妹との婚姻なんて隣国への輿入れに比べたら国益の足しにもならない
もとから甘やかされた末の王子の為に王妃様がなんとか頼み込み妹に釣り合う身分の男がいないから妥協でこちらが了承したからにすぎなかったし 最近では妹がいるにもかかわらず伯爵令嬢と火遊びなんぞしてるから酷い目に合わせてやろうと思っていたからちょうどいい
そんな奴こっちから婚約破棄してやろうと思っていたところだ
しかし王子に夢を見ている可愛い妹が「殿下はお優しすぎるから 私のことでさえ無理やり婚約を破棄させるなんてと悲しんでしまうわ…だからお兄様 私のお願い 聞いてくださる?」
と言うから当たり前じゃないかと返したら
「私のことを殿下に嫌いになって欲しいの そうしたら殿下も悲しまないでしょ」
と頼まれ今に至る
国王陛下は妹の名誉が傷付かないように大々的に発表するとおっしゃってくださったが、マリアリカのお願いを叶える為に上層部以外には黙っていてもらう事にした
王命でもない限り 妹のお願いの方が陛下より優先されるに決まってる
最初は妹に演技してもらい嫌われようとそれは頑張った
頑張ったがちょっぴり頭の回転がゆっくりでのほほんとした無垢な妹が 用意していた嫌味が思い出せなくて混乱したあげく泣いてしまってから双子で大体そっくりな兄の私が女装し演技することにしたが
まぁ気がつかない
身長も少しとはいえ違うし 声は魔法で高くしないと似ないとはいえ喋り方は似せても多少違和感を覚える程度には違う
私が仕える王太子殿下に確認のため見せたら「よく見ないと気がつかないほど似てるは似てるけど正直目が企んでるお前の目って気がつくと気持ち悪い」と妹をよく知らない王太子殿下でさえ気が付いたのに…
ほんとこんな奴婚約破棄して正解だったよ
「お兄様 殿下は今幸せですか?」
「ああ 間違いなく今幸せだ」
今は、だがな
マリアリカの評判はマリアリカの望みで地に落とした、しかしわざととは言え 傲慢で狭量で差別的 散財は公爵家でなければ傾くほどと徹底的に真逆の印象操作をやったので周りからの視線がひどい マリアリカ自身が気にしなかろうが可愛い妹をそんな目で見られたくはない
一月を待たずに隣国へ向かいそちらで風習に慣れたり花嫁修行をする事にした
共に帝国へ向かい噂を集めると第三皇子が参戦された先の戦で避難する途中のマリアリカを見て一目惚れしての騒動だったらしい
2人を合わせてみると真面目そうだが顔がやたらと整い目付きが尋常じゃなく悪いため威圧が凄まじい皇子は恐がらずに喋ってくれる妹に凄まじくいれあげている 妹が怖がらなくて助かった さすがに帝国からの婚約をどうこうするにはこの国に足場が無かったから本当に助かった
皇子といろいろ語り合い 任せられると判断してやっと国に戻ることにした
「マリアリカの1番は永遠に譲りませんが貴方なら2番にはさせてあげましょう」と友好的にいうと少し引きつっていたが マリアリカの1番はお兄様で決定です
妹に会うためなら片道3日などなんでもない距離だ 遠くなってしまったが帝都に別邸の用意もして来たし月に2回程度は行ってもいいだろう
マリアリカも別れる時に泣いてしまっていたから 寂しがって次に会ったら感動してくれるんだろうな…
そんな淋しくも楽しい未来を考えていたら王宮に着いていた
さすがに王族への輿入れの首尾は伝えた方がいいだろうと陛下の元に向かうと
「メルヒレイ!」
「…ああカイニキア殿下」
「こんな長い間どうしたんだ?」
「妹の輿入れのため隣国まで行っておりました」
そういうと眉をひそめあいつの為にと呟くのが聞こえた
あいつの為とか 妹と自分の為以外に最優先なものなど無いだろう
「では 急いでおりますので」
「待て」
「…なんでしょう」
ほんと王子じゃなければ話したくもないから早く行かせて欲しいものだ
「今度鹿狩りをしよう そろそろ時期だ公爵家の狩場はまだ解禁しないのか?」
本当にこいつは立場というものをわかっていない
「殿下、言いにくいですがはっきり言わせていただきます」
「なんだ」
笑顔で振り返ると思っていた返答と違うと殿下が変な顔をしている
「私は将来宰相になりますしその為の見習いもしております 王太子殿下の派閥になるのでもうお誘いしないでいただけますか」
「…なにを言っているんだ」
「カイニキア殿下が臣下として我が家に婿入りされるからお誘いも受けれましたし交遊費なども全て我が家が出していたのです、これからは下手に関わると袖の下だなんだとあらぬ疑いがかけられたりするかもしれません なので誘わないでいただけますか」
固まった殿下を置いて王宮の奥に進む
まぁ単に関わりたくないだけだがな
なにか後ろから叫んでくるが 関係の無い人の呼びかけなど応える気もないので聞こえなかった事にして奥へと進んだ
謁見の間ではなく王の私室に通されるとそこには王太子殿下もいた
「妹を一応預けられると判断して帰国しました ところでカイニキア殿下にはまだお話しされていないのですか?」
「あれになにか言われたか?すまなかったな」
「気になさらないでください しかしまだ我が家を頼る気でしたので御断りさせていただきました、もうすでに国税の今期の割り振りは終わっております 早くカイニキア殿下に殿下に割く予算が王家にはないので臣下に降らせると伝えた方が良いのではないでしょうか」
苦々しい顔をされたが カイニキア殿下は金がかかる
マリアリカの夫になると思っていたのでマリアリカのついでに同じ良い物を与え マリアリカに狭量だと思われない為に願い事をかなり叶えてやってきた
今日の狩場の件も 狩場も我が家の物だしその狩場の維持費も馬も弓も全て私が出している
物や金を返せとは言わないが 正直我が屋敷にあいつの物があると不快なのでとっととあいつの為の馬を引き取りもう来ないで欲しい
王妃様は自分に似て贅沢が好きで上の王子程は優れない可愛い末っ子の第四王子を臣下になっても贅沢できる様に妹と婚約させたのに その必死の努力を無に返され王妃様は衝撃で寝込んでいるそうだ
「私は 私の為に国や領地の為になる事やこれからも誠心誠意お仕えする王太子殿下になら必要とあればいくらでもお応えしますが、第四王子には銅貨一枚これ以上かける気は無いので今年の決まりきった予算からなんとか捻出なさるか臣下に降らせるかなさってくださいね」
私をよく知る幼馴染の王太子が口の動きで怒ってるだろと言ってくるのでにこやかに頷いておいた 当たり前ではないか
さっさと臣下に降らせて私にあいつから声がかけられない様な身分をあたえてくれ
これでも危害は加えない様に自制してると目線で訴えると仕方無さそうに頷き返してくれた
「父上、事前にメルヒレイに前年度の帳簿の一部を見させてもらいましたがこのままだとあれは俺より予算を食います 養いきれません」
「しかし」
「置いても良いですが婚約者がいながら恋人をつくる王子に今後高位の貴族から婚約を望まれる事もないでしょう」
「しかたないか…カイニキアは恋人の伯爵に婿入りさせさすがに外聞が悪いので伯爵から侯爵にさせ最初に祝い金を渡し侯爵にふさわしくない援助などはその後しないという形でまとめよう」
末の王子が可愛い陛下は渋ったが金食い虫は王妃様だけで十分だ
王妃様は高級品はお好きだが使い所を間違えないのに対しあいつはなにも考えずに湯水のごとく使おうとする
あいつはこのままなら本当に穀潰しだと思う
「ご英断感謝します」
なによりこれであいつに呼び止められる事も無くなると思うと清々する
「メルヒレイ 嬉しそうだな」
「わかりますか?ええ それはもう」
王太子殿下に笑われてしまったがそれはもう嬉しいに決まってる
あんな妹を愛さず蔑ろにする奴は大嫌いだ
妹が気にせずとも私が気にくわない あいつが侯爵になれば堂々と無視できると心が軽い
「お前が無視程度で収めてくれる気で助かった」
「妹に気付かれないのならいつの間にか居なくなられても良いのですが、優しい妹の為にある程度は我慢しますよ」
「さすがに弟が死ぬのは勘弁願いたいがなかなかお前はえげつないよな」
「とんでもない 金と地位に近付いた伯爵令嬢と爵位による俸禄は上がったもののそれ以上に浪費家の王子の結婚生活が見ものとか思ってませんよ?」
正直 物流を止めてやるのも考えたがこんなことしなくてもじわじわ落ちぶれてくれそうだ
あいつの未来を考えると笑えてくる しかし外なので愛らしく微笑むと気持ち悪いと言われた
「訂正いただきたい、性格は悪くとも 妹と同じ顔は素晴らしいですよ」
「捻じ曲がった根性が気持ち悪い」
「それは否定しません」
私は自分で言うのもなんだが本当に小さい頃から賢く勘のいい子供だった
なんとなく誰であろうと確実に嘘をついてるかいないかわかるしそれを判断しながら話を誘導すれば大概の事が察せられる
外聞の為の嘘などもあるだろう だけど嘘だらけな人に囲まれてひとり勝手に息苦しくなっていった
そんな時に妹を見ると落ち着いた 妹が救いだった
嘘もつけない無垢でかわいい私のマリアリカ
君に似ていることこそ私の誇りで支えだ
「私は妹の望む事なら叶えますけど 私の望む事もその範囲内で叶えるんです」
それはこれからも変わらない私の根幹
「さて、妹の為にも落ち着いた国にしておいた方がいいですよね頑張ります」
「お前はいつでもぶれないな」
懐から手鏡を取りだし見るとそこには妹がいる
手鏡の縁に軽く口付け心から笑う
「当たり前じゃないですか 妹の為ですからね」
妹の結婚も決まったしそろそろ私も身を固めないといけないかな
妹の子供と自分の子供を乳兄弟にすべく時期を合わせて結婚した方がいいだろう 乳兄弟が無理なら学友でもいいな いっそゴーダの高位貴族から嫁を探そうと考えていると読まれたのかゴーダに入り浸るなよと殿下に言われてしまった
「私が必要と判断するなら王宮にも来ますが 私をなんにもないのに呼び止めて良いのは妹だけですから」
さて
そうと決まったらとっとと仕事を終わらせて花嫁を探しに行こう
苦い顔の殿下を置いて 足取りも軽く執務室に向かった