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8月19日

8月19日




 昨日のデータを確認終了。

 おおむね順調な結果だったといえるだろう。


 まずはメモリ増設による長時間のソフト起動だったが、ちゃんとうまく動作できていたようだ。昨日はコンビニに帰ってきたところで一旦切ってしまったが、あの感じだと1時間くらいの連続起動はいけそうだ。

 いずれ限界値の動作検証もやらねばなるまい。ただしそのまえに不安要素はできるだけ取り除いておきたい。


「おい、兄貴。宿題手伝え」


 そうそう。不安要素といえば、昨日の『あつい』という単語だが、僕は暑いという以外にも別の意味合いで考えていたつもりが、どうやら暑いという一種類でしか表示されていなかった。

 直そうにもここは言語変換機能の中枢部分にあたるところをいじらなければならないので、なかなか大変な作業になることが予想される。とはいえ、ここもいずれやらなきゃいけないな……。


「おい、パソコンオタク。宿題手伝え」


 そういえば、自分以外のデータ検証もやってみたいと思っていたけどまだ試してなかったっけ。これも早いうちにやっておきたいところだ。とはいえ、家の人間で協力的な人物がいないというのが困ったところだが……。

 まあ、ここはやむを得ないのでどうにかして、我が妹にでもやってもらうしかないか。


「おい、バカ。宿題手伝え」


 ――バカって、オイ。

 背後からものすごい寒気を感じた。そこには妹がいた。


「なんだその手に持ってるやつは?」

「物干し竿。呼んでも気付かないから、これで叩けばいいかなーって」

「何を言ってる? というかお前が呼んでたなんて知らないぞ、僕は」


 あれ、データにしっかり残ってるじゃないか……。

 しかも呼ばれ方がどんどん酷くなっている模様。


「今年ももうそんな時期になったのか?」


 そんな時期とは、夏休みの終わりを告げる時期の事を指す。夏休みに入ると妹は計画的に宿題を終わらせようと、血気盛んになるのだが、そんな心持ちもほんの数時間の出来事で、いざ本格的に夏休みになってしまえばそんな気持ちも薄れ、この夏休みの終わり間近になって宿題の存在を思い出し、どうにもならなくなったこの状況下で僕に頼ってくる――というのが、毎年の恒例行事となっていた。


 特に昨年はひどかった。夏休み最終日にようやく宿題を思い出し、僕に頼ってくる始末。まあ、なんとか完成に漕ぎ着けられてよかったが、あれだけ時間に追われる感覚はもう味わいたくない。


「明日から部活始まるから、今日でもう終わらせないといけないの」


「ふむ……」


 今日で終わらせないといけない、ときたか。

 昨年からの一年でなにも学習してないなコイツ。


「そういえば、夏休みっていつまでだっけ?」


「はあ? 23日が登校日でしょ。そんな事も知らないわけ?」


 宿題を頼ろうとしてきている人にその言いぐさ。なんか悔しい。

 登校日23日だったのか。あと1週間もなかったのか。今年はあっという間だった気がするな。

 ちなみに、妹と僕は奇跡的にも高校が一緒である。もちろん、奇跡だったのは妹の方だが。


 実のところ、僕は初日に宿題など全て終わらせてしまっている。でなければこのソフト開発に集中することなど、できやしないだろうしな。

 ただ、妹の宿題を手伝うということは、僕の今日のスケジュールは丸つぶれになることを意味している。


 これは、世紀の大発明を遅らせるという一大事件ともいえる。まさか、人類の利益より妹の宿題を取るやつなどいやしまい。


「はい、これ兄貴の分」


 僕のデスクの上に分厚い宿題の山が積み上げられた。


「何してくれんだ。僕はまだ承諾してないぞ」


「いいじゃん。どうせ他にする事ないでしょ?」


「今、ソフト開発で忙しいの。今まさにこうしてやってるだろ」


「あ、そ。じゃあいいよ。もう自分でやるから」


 妹はボクのデスクに積んであった宿題を全て持ち、自室へと去っていった。

 あーあ。怒らせちゃった……。こうなるとリカバリーが大変である。

 うちの妹には頑固なところがある。しかもそれは大体悪い方向で作用することが多い。


「しょうがないな……。全く……」


 おもむろに携帯を手に取る。おっと、休み期間中使わなさすぎて少し埃をかぶってしまっている。


 どうせ、このまま妹に話しかけてもろくに相手をしてもらえないのがオチだ。だったらボクは正攻法で攻めるなんて愚行はしない。


「もしもし、まーくん? 宿題は終わってるかい」


「あ、ちょうどよかった。僕も今しがた電話しようと思ってたところなんです。宿題が終わりそうになくて困ってたんですよ」


 やはりな。


「だったら話は早い。宿題を教えてあげるから僕の家に来なよ」


 通称まーくん。近所に住む妹の同級生であると同時に、僕の数少ない心の友である。


 まーくんはあまり勉強が得意ではない。なので、普段から勉強が行き詰った時にはメールで回答したりすることがある。


 そんなわけで夏休みの宿題も難航していると踏み、現在電話をかけてみた、という次第である。


 さて、近所だからすぐに来るとはいえ、待っている間の時間も惜しい。

 作業中、これを付けておくのは無駄だな。切るか。




 


「なんですか、これ?」


「まあいいからそのままで頼むよ。宿題を手伝う代わりに、僕を手伝うものと思ってさ」


 なんだかよく分からないけど、頭にヘッドホンを付けられてしまった。これけっこう重いよぉ。


「宿題ってどのくらい終わってるの?」


「実はまだ漢字の書き取りと、英文の写ししか終わってなくて……」


「なるほど、単純作業系の宿題のみは終わらせてあるということだな。じゃあ、後は楽勝だな」


「え、楽勝なんですか!?」


 やっぱり、よしたかさんは凄い。僕の2つ上ではあるけれど、僕が2年後この人になれるか考えたら、たぶん無理なんだろう。


「そういえば葵さんは……? 宿題終わっているんですか?」


「ああ……。あいつのことはともかく……、まずはまーくんの宿題を終わらせることにしよう」


「……? 分かりました。ではさっそくお願いします!」


 どうしたんだろう。いつもなら宿題をよしたかさんに押し付けに来るはずだけど……。もしかして、寝てるのかな?


「じゃあまずはウォーミングアップに数学でもやるか」


「ウォーミングアップで数学ですか!?」


 さすが勉強できる人は違うな、と思いました。

 せっかくの機会だから今までの復習を兼ねて、しっかりと勉強させていただきましょう!


「……なるほど。ここでつまづいてたわけか。まずこれの解き方はこれをこうして。ここをこうで……」


 迷うことなくすらすらと書いていきます。

 もはやあれですね。コピー機が答えを書いているようなものです。なんと早いことでしょう。

 ボクもいつか……こんなふうに……なり…………た…………。




「あれ、僕は今まで何を……?」


「ぐっすり眠ってたよ……。あまりに気持ちよさそうだったんでそのまま寝てもらってた」


 ついでにヘッドホンも邪魔だろうと思って、そのまま外す運びとなった。というか何か作業するのにヘッドホンつけたままというのは、思いのほか邪魔だという事が判明した。何か重いし。


「すみません! 勉強を教えてもらいに来たのに、あっさりと寝てしまうなんて!」


「いいよ。僕も気分転換になったし」


「どうせ、難しい事考えてる内に頭がパンクして眠気に襲われたんでしょ? アンタらしいし別にいいんじゃない?」


「あ、葵さん……。いつのまに……」


 あ……。口からよだれ出てる。……畜生、かわいいじゃねえか。


「俺達が勉強してると知ったら、こっそりドアから覗いてやがったんだこいつ」


「元々アニキが素直に勉強手伝ってくれないのが悪いんじゃないの」


「いや、元々宿題やってなかったお前が悪いだろ」


「うぐ……」


「まああらかた宿題は完了したし、今日のところはこれでお終いだな。まーくんもお疲れ様」


「あ……。はい、なんかすみません」


「気にしないでいいわ。それより、私の漢字の書き取りと、英文の写しがまだ残ってるの。寝てしまった分ここでしっかり取り戻していきなさいよ」


「あ……。はい」


 いやいや。そこは断るところだろ……。

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