ゆうくんとグリンピース
ゆうくんは、グリンピースが大キライ。
今日もオムレツに入っているグリンピースを、お皿のすみにならべています。
「ゆうくん。好きキライはダメよ」
「だってキライなんだもん」
お母さんが言いますが、ゆうくんは首を横にふります。
こまった顔で、お母さんが聞きました。
「どうしてキライなの?」
「だって、まずいんだもん」
ゆうくんの言葉に、お母さんは悲しそうな顔をしました。
ゆうくんは大好きなオムレツを、ペロリとたいらげてテレビの部屋に行ってしまいました。
お皿にならんでいるグリンピースを見つめて、お母さんは小さく息を吐きました。
「タマゴといっしょなら、食べられるかと思ったのに」
お母さんは、ゆうくんが残したグリンピースを食べました。
おとなりさんからいただいたグリンピースは、まだまだたくさんあるのです。
ザルに入っているグリンピースを見て、お母さんはまた小さく息を吐きました。
「どうしたら食べてくれるのかしら?」
お皿を洗って、かたづけて。
お母さんはグリンピースの横で、お料理の本をひろげました。
お茶がのみたいな。と、台所をのぞいたゆうくんは、お母さんが寝てしまっていることに気がつきました。
「あれ! あんなところに、まだたくさんグリンピースがある!」
小さな小さな話し声が聞こえた気がして、ゆうくんは辺りを見回しました。
寝ているお母さんの寝言ではないみたいです。
声がするほうへ、ゆうくんは足音を立てないように、そっとちかづきました。
ザルの中から話し声がするようです。
ゆうくんはテーブルの下にもぐりこみ、耳をすませました。
まるまると大きめなグリンピースたちは小さな小さな声で、ささやくように話します。
「ゆうくんは、どうしたらぼくたちを好きになってくれるんだろうね」
「ぼくたちをお皿にならべる時の顔ったら!」
「どうしてだろうね」
「どうしてだろう」
そんなささやきは小さくて、とてもとても小さくて。
グリンピースが話してる!
ゆうくんはおどろきましたが、面白くなって、下からテーブルに耳をくっつけました。
「お母さんの味が、よくないんじゃないの?」
「でも、残るのはいつも、ぼくたちだけだよ」
「いらないって言われるのは、悲しいね」
「うん、さびしいね」
グリンピースたちの声は、聞こえなくなってしまいました。
いくら待っても、話し声が聞こえなくて、ゆうくんはテーブルの下から出てきました。
「きゃあ! ゆうくん、そんなところにいたの? びっくりした」
いつ起きたのか、お母さんが悲鳴をあげて、大きく両手をあげました。
ゆうくんは、ザルに入っている たくさんのグリンピースに鼻を近づけました。
「うわ! やっぱりダメだ」
「どうしたの、ゆうくん。ニオイがダメなの?」
「わからないけど、まずいニオイがするんだもん」
ちらりとグリンピースを見て、ゆうくんは小さく、ごめんなさい。とつぶやきました。
――次の日の夕ごはん。
お母さんはグリンピースを細かくして、煮物に入れました。
お父さんはとても喜んで食べましたが、ゆうくんはグリンピースのニオイに手が出せません。
「ゆうくん。味をこくしてみたけど、食べられないかな?」
「だって、まずいニオイがすごいするよ」
「なんだ、好きキライがあるのか? ゆうくんは、まだまだ子供だな」
笑いながら言うお父さんに、ゆうくんは少し腹が立ちました。
それでも、ゆうくんは食べられません。
ごはんの後、だれもいない台所で、ゆうくんはまたテーブルの下にいました。
しばらくすると、小さな小さな話し声が始まります。
「今日も食べてくれなかったね」
「ぼくたちのニオイがキライなんだって」
「枝豆は大好きみたいだよ?」
「お父さんから、いっぱいもらってたね」
ゆうくんは、顔を赤くしました。
形はちがうけど同じ豆なのに、どうしてキライなのだろう。と、ゆうくんは少し考えました。
「ゆうくんは、どうしたらぼくたちを好きになってくれるんだろうね?」
「キライって、すごく悲しくなるね。おいしいって言ってほしいね」
「キライと、好きじゃないっていうのと。あとのほうが、やわらかい感じがしない?」
「でも、けっきょくは同じじゃない?」
「そう? 好きじゃないのほうが、キライより悲しくならないよ」
グリンピースたちのお話に、ゆうくんはクスリと笑ってしまいました。
とたんに小さな小さな声は、消えてしまいます。
ゆうくんは、ざんねんそうにテーブルの下から出てきました。
――次の日、お母さんはいつものように、夕ごはんの準備をしています。
だいぶ少なくなってきたザルの中のグリンピースたち。
ゆうくんは、グリンピースたちのお話が聞けなくなってしまうことに、少しさびしくなってきました。
「ゆうくん、グリンピースを見て。どうしたの?」
「お母さん、ぼく、なんでグリンピース食べられないんだろう」
「ニオイがキライなのよね」
お母さんの言葉に、ゆうくんは胸がチクンと痛みました。
「お母さん。ぼくがお母さんキライって言ったら、悲しい?」
「そりゃあ悲しいわよ。じゃあお母さん、ゆうくんキライ。って言ったら、悲しいでしょう?」
「……うん、悲しいね」
大粒の涙をこぼした ゆうくんは、しずかにザルの中にいるグリンピースに、ごめんね。とつぶやきました。
とつぜん泣き出したゆうくんに、お母さんは手を休めて、ゆうくんの頭をなでました。
「どうしたの?」
「ぼく、グリンピースを食べて、おいしいって言いたいなあ」
「そうなの。お母さん、今日はちょっと変わったお料理おしえてもらったから、一口でも食べてみてくれる?」
「うん、がんばってみる」
大きくうなずいたゆうくんに、お母さんはやさしく笑ってうなずきました。
その日の夕ごはんは、きのうの煮物と、お魚と、白っぽいスープ。
「お母さん、グリンピースは?」
「入ってるわよ」
たしかに煮物からは、グリンピースのニオイがします。
ゆうくんは、グリンピースが入っていたザルが、洗って、しまわれているのを見て、こまってしまいました。
これを食べないと、最後のグリンピースたちが がっかりしてしまう気がして。
ゆうくんは、おそるおそる煮物に手をのばしました。
お父さんもお母さんも、おどろいた顔をしていましたが、ゆうくんは思いきって小さめのジャガイモを口に入れました。
「うわぁ。やっぱり好きじゃないよ。お母さん」
涙声で言うゆうくんに、お母さんはあわてて言いました。
「スープといっしょに、のんじゃいなさい」
ゆうくんは、冷たいスープをジャガイモといっしょにのみこみました。
お母さんは、ゆうくんをじっと見てきます。
「ゆうくん、どう?」
「のみこめたよ。スープ、おいしいね」
「ホントにおいしい?」
お母さんの言葉に、ゆうくんは首をかしげて、それでもうなずきました。
「うん、だってぼく、牛乳好きだもん。だからこのスープも大好き!」
お父さんとお母さんは、ニコニコ、ニコッと笑いました。
なんでそんなにうれしそうに笑ったのか、ゆうくんにはわかりません。
お母さんは、ゆうくんの頭をなでながら言いました。
「このスープはね、グリンピースをたくさん使っているのよ。牛乳もたくさんだけど」
「ゆうくん、すごいじゃないか。グリンピース食べられたね!」
そう言って、お父さんも頭をなでてくれました。
ゆうくんはおどろいて、半分くらいになったスープを見てみると、たしかにうすい緑色をしています。
スープを見つめていると、グリンピースたちが、うれしそうに笑ってくれた気がして、ゆうくんも笑顔になりました。
「グリンピースって、おいしいね! お母さん、またつくってね」
読んでくださいまして、大変ありがとうございました!