第1章 第2話 終わりの始まり
「おめでとうございま〜す!貴方は数ある人間より選ばれ、見事異世界への転生資格が与えられました〜」
新興宗教擬きの謳い文句を引っさげて来た目の前の女と邂逅をはたす羽目になったのは、赤い服で身を固めた恰幅のいい白髭爺さんがそろそろその重い腰を動かそうとしているであろう頃であった。
「さて、では先ずーー」
「申し訳無いが丁重にお断りさせて頂きます」
「えっ?」
何とも素頓狂な面と反応をしてくれたな。 だがまぁ、開口一番よくわからん戯言を言う様な頭の可笑しい輩と怪しげな宗教勧誘への対処はいつの時代もこうすべきだと言うのが俺の持論なんでね。可哀想などと思うものか。俺自身が持てる最大限の丁寧な言葉で断ってやるのがせめてもの哀れみだと思え。
……………
その女は阿呆面を顔面に貼り付けたまま固まった状態を保ちつつあり、見ている分には滑稽だがコチとら暇じゃ無いんだ、チャッチャとして欲しいな。などと願っても見るものの、このポカンと大口を開けて思考停止してやがる女に察せと言う方が愚かだったか、静寂が茶を飲み寛ぎ出す程度には時間が経過してから漸く我に返ったようで、場より沈黙を追いだす為に顔を作りなおし言の為に息を吸う。そして放つ。
「おめでとうございま〜す!貴方はーーー」
どうやらこの女、さっきまでのやり取りを無かった事にする計画の様だ。そんな事はさせん。是が非でも早めに家に帰らせてもらうぞ。
「何度言われてもお断りです。勧誘なら他所の方を誘って下され」
堅固なる意思を持って自分の意見で相手の言葉を遮る、が事もあろうにこの女、三度目のループに入って行きやがった。勿論一言一句違わずに。何とかの一つ覚えってやつか?だがまぁ、こうなっちまった以上、相手が話し終えるまで待つしか無いな。全く、選択肢を出す割にはNOが選べないNPCばりに面倒だね、コレは。
「ーーと言う事です。さて何か質問はありますか?」
「帰り道は何方で?」
漸く此方に回って来た選択権を有効に、且つ簡潔に行使する。流石にもう面倒になって来たんで丁重のテの時も含んで居ないがまぁ、俺には最早関係ない事だ。今一番必要な情報を引き出し次第、ちゃっちゃと帰らせてもらうとしよう。因みに、この質問をしたのには勿論意味がある。主に2つ程。1つ、先ず自分は過度のホームシックであり家から離れれば離れる程、時間が経てば経つ程能力が落ちていく、要するに引っ込もりの予備軍とでも言おうか。故にちゃっちゃと家に帰りたい、否ーー帰らねば成らんのだ。が、ここ暫くの記憶が無い為に帰り道がわからん。その2、この異形な雰囲気を放っている場所には出口らしき物が見当たらんのだ。この空間を彩るのは向かい合った無駄に豪華な椅子二脚とそこに座る俺とその女、そしてそれらを照らすスポットライトの様な光。いや、光源自体が見当たらんし、闇が光を覆っていると表現した方が正解かもしれん。周りには壁どころか床すら見えんからな。成る程、異形の雰囲気を放つ理由はコレらか。全く、こう暗いと無闇に歩けんし、はよ電気つけて欲しい。
必死に記憶を辿り、たまに愚痴を挟みつつ、場所について推理を重ねていると、答えはそれより先に耳に放り投げられる。
「無いわよ」
ーーはい?
「此処は貴方の世界と私の世界の狭間よ。そして帰る道は無いわ。貴方の世界では死んでいるんだもの」
ーーー流石に予想の斜め上のジョークだったね。何処で笑えばいいかわからんが。誰か笑いどころを教えて欲しいもんだ。ハッハッハッ。アンタは異世界への転生を司る女神だとでも言うのかい?
「大体あってるわよ。そしてアンタはその女神に選ばれたって訳、誇っていいのよ?」
「おめ、いや、可哀想な方だ。せめて良い病院でも紹介しますよ」
おめでたい、もとい哀れな方だ。脳内は一面綺麗なお花畑なんだろうな。どうして此処まで拗らせてしまったやら。
この女の人生をある程度予想し、哀れに思うた俺はせめて同情を表現せんと左手を彼女の肩に起き、ウンウンと頷いてみせる。
が、その頭の可笑しい彼女を気遣っての言動は、結論だけ話すと如何やら選んではいけない選択肢だったらしく、肩をワナワナと震わせ、
「私を馬鹿にするとはいい度胸ね…、いいわ、説明も面倒だし纏めて諸々証明してあげるわよ!」
と、そう言い放つと何処からか槍を取り出し僕の脳天に照準を合わせる。ええと、こう言う時はどうすればいいんだろうね。などと考えているうちに賽ーーというか槍ーーは投げられーー。
其処で俺の意識は途切れる事となる。