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第一章 未来の記憶

読み始める前にプロローグのあらすじを読んでいただけるとありがたいです。

 緑の絨毯(じゅうたん)の様に広がる田圃の間を通り、三両編成の水色の電車が走っていた。線路は真っ直延び、地平線へ消える。


「窓を閉めてもいいですか」

 古びた青いマントに着た少女は、向かい側の座席で眠っている同様の格好をした少年の肩を軽く叩き、声をかけた。

と、右手に握っていたガラス細工の蛙が落ち、床に転がった。ダンスを踊るように、美しい小さな弧を描きながら転がった。ガラス細工の蛙は太陽光を反射し、虹色に姿を変化させる。

「あ、ごめんなさい」少女はその蛙を拾おうとして、思わず手が止まった。

肩まで伸びた少女の髪が、車窓から吹き込んでくるキラキラと光を放つ風によって、フワリとした。


 少年は目を覚ますと、快く了承し、窓を閉めた。この少女は、一体何番駅から乗ったのだろうかと思った。

 風の音が無くなった車両内は、一定のリズムを打つ電車の音と、乗客の小さな話し声だけになった。

 二人は空色に染められた車両内の前方、出口付近に座っていた。

 少女は微笑を浮かべ、頭を下げた。13、4才位であろう。自分と同じ位に見える。しかし、どこか大人びて見えた。

 そして不思議な感覚に襲われた。どこかで会った事がある気がした。詳しいことは思い出せないが、まあ、しょうがないかと思った。以外と記憶の鍵はしっかりしているようだ。

「起こしちゃってごめんね。塵が降ってきたら」

 外を見ると、確かに白い塵がチラチラと降っていた。

「いえいえ、有り難うございます。」

 少年照れながら答える。

 少女は空気が少し揺れる位、ほんの少しだが柔らかく笑い、言った。

「怖いね、塵。こんなボロボロのマントでも、破れてしまったら困るもの。全く、もっと可愛い服にすればいいのに。なんで転生っていう大事なイベントをこんなボロ服で迎えなきゃいけないのかな。」

 少女は口を尖らせながら、マントを弄る。胸元にあるつつじ色の金属製ネックレスが、太陽の光に照らされキラキラと光っている。

 気にするのは服なんですか、と突っ込もうと思ったが止めた。乗車時の注意を思い出したからだった。あまり多く話すものじゃない。


 二人の間に沈黙が生まれた。

 少年は窓の外に広がる景色に目をやった。少女の顔を見ていると何故か恥ずかしい。

 外は夏の様な空にも関わらず、雪が降っている。どう見ても雪にしか見えない。

 危険な物質だとは思えない。本当に不思議な世界だ。


 少年の女の子のような横顔を、少女はじっと見つめていた。少女は迷っていた。たしかに、その顔は自分の知っている顔だった。唯一とも言えるハッキリとした記憶の中にいる、大事な人だった。

ガラス細工の蛙を少女はしっかりと握り締めた。


 

「次は~(しも)(あかね)21番駅~」

 車両内に到着を告げるアナウンスが流れた。


 少女は目を閉じる。車内に重い空気が流れた。少年にはそれが理解できなかった

突然、悲鳴と共に、大きな物音がした。少年は思わず振り返り、少女も立ち上がった。

 青年が、少年たちの座席の隣を物凄いスピードで走り抜ける。

少女は振り返り、その塊の姿を目で追う。

それは、大きく頭を振り回し、座席に身体をぶつけながら狭い通路を一心腐乱に走る。言葉は何を言っているのか分からない、支離滅裂だった。しかし、青年が運転席を目指していることは分かった。胸が締め付けられた。もう見ていられなかった。少女は崩れるように座ると、耳を手で塞いだ。

 青年は運転席と書かれた扉を一心不乱に開けようとしていた。「空けろ!ここを空けろ!」そう言いながら、手を、頭を、足を使い、扉を打ち壊そうとする。紅色の血が扉に飛び散る。まるで、扉が赤い涙を流しているようであった。

 少年は驚いた。必死に運転席への扉開けようとしている青年の影から何かが現れた。

真っ黒なそれは、次第に人型になっていく。そして、どんどん体を大きくなり、青年を飲み込むほどの大きさになった。

「スレートだ。スレートが現れやがった」誰かが叫んだ。

あれがスレート…。少年の両足は静かに震え、目から涙が零れ始めていた。


「おい」

 ドスの利いた低い声が車両内に響く。青年は驚き、振り返り、腰を抜かしその場にへたり込んだ。青年の顔は血で塗れていた。影は声のトーンを少し落とすと、青年に語りかけた。声が小さ過ぎて何を喋っているのかは分からなかった。

 青年は小刻みに震え耳を塞いでいた。

ブレーキ音が響く。列車が停車の準備を始めた。窓の外の景色は、いつの間にか菜の花畑に変わっていた。


 もはや少年は耐えられなかった。何故だかは分からなかったが、青年が他人事には思えなかった。大粒の涙を流し、少年は叫んだ。「やめろ」と。

 その瞬間、スレートの身体は粉々に砕け、車内に飛び散った。その一部の破片は少年の席にも飛んできて、体にくっ付いた。

 業客は皆呆然としてしまった。何が起こったのか誰にも分からなかった。

 だがその破片は、青年の足元に集まり始めた。

そして、スレートは次第に少年を飲み込んでいった。

 

 駅に着くと、スレートに飲み込まれた青年は、爽やかな笑顔で列車を降りた。車両内には御詫びの放送が流れ、再び、何事も無かったように走り出した。

皆、無言だった。少年は静かに泣き、少女も身体を小さくして震えていた。

少年は泣いていたが、怯えていた少女に気付き、背中をさすってあげた。精一杯の励ましのつもりだった。

 

 立ち直った少女は、落ち込んだままの少年に声をかけた。

 「あの、ありがとうございます。自己紹介がまだでしたよね。えっと、桜コハクって言います。さっきは驚きましたよね…。21番駅…絶望の駅ですか…。ああなるのも分かる気がします。しっかり前世と来世の記憶は閉じ込めているはずなのに…。なぜ、来世の記憶の蓋があいてしまうのでしょうか。姿形は前世のままなのに…。」

 少女の力なく俯く。目が段々赤くなる。

「ただ、私は45番駅なんです。幸福の駅で、それを聞いて、ああ、自分は幸せになれるんだって思って…。ただ、次の転生の時は自分が、あの人と同じ様な絶望的な運命を言い渡せれたらと思うと怖くて…すいません…ずるい事ですよね。私は今回は違うのに……。すいません、すいません」

 桜コハクと名乗った少女は、は必死に涙を袖で拭う。そして、唇に力を込め、笑顔を作り、顔を上げた。

 少年は再びボロボロ泣いていた。

 青年が苦しんでいた理由が分かった。少女の、桜コハクの苦しさも分かった。

 髪の毛を右手で弄り、涙を堪えようと瞬きを繰り返す、左手は手持ち無沙汰に常に何かを触っている。

その仕草を見た少女は確信した。間違いなく「青井 チー」だ。

 コハクの記憶は鮮やかな色彩を帯び、軽やかに踊りだした。辛い時、悔しいと、悲しい時、少年はいつもこのように泣いた。

大事な、大事な一つの記憶が修復された気がした。私はチーから生きる希望を貰った。

 少年は嘆いていた。青年に対し何もしてやれなかった事を、自分の無力さを、少年の目は次第に力を帯びてくる。

少女の胸は次第に高鳴っていった。そう、この目だ。

 

 少年は、青井チーは、涙を擦り、右手で頬を叩くと立ち上がった。そして、暗く重い車内にチーの声が轟いた。 

 「歌を歌います!嫌と言っても歌います!」

 コハクは少年を見上る。胸の鼓動が一気に早くなる。なぜ歌う、と強烈に突っ込みたい。懐かしい感覚だ。

 コーは、さっきまでの泣き顔が嘘のような笑顔で歌い始める。その歌は誰が聞いても下手糞であった。

人々は仰天し、コーを見た。そして、目が離せなくなった。



 コハクは思い出していた。

 一人だった私に優しくしてくれた事。

 チーが泣いてばかりだった事。

 あまりにどうでもいい事で泣くので、注意した事。

 でも、やっぱり泣く事。

 そして、この歌を二人で作ったこと。 

 恥ずかしすぎる歌詞に笑い転げ、赤面し破り捨てたこと。

 クラスが落ち込んでいる時、チーが突然この歌を歌いだしたこと。

 何故か学校の第二校歌になったこと。

 まだまだある。たくさんある。

 苦しい時も、悲しい時も、二人は一緒だった。

 私は、チーから生きる希望を貰った。

 

 あまりにも懐かしい前世の記憶。それは一部に過ぎなかったが、コハクには十分だった。コハクは再び泣き出した。


 

 チーが歌い終えると、どこからともなく笑いと共に拍手が起きた。


                          ○

 

 45番駅を知らせるアナウンスが流れた。

 「じゃあ、チーとももうお別れだ。」

 「話、楽しかった。」

 少女は立ち上がり、マントに着いた汚れを落とす。

 「へへっ、じゃあ来世で、って変かな?あっそうだ、これ…」

 少女はポケットからガラス細工の蛙を取り出した。

 「拾ったこと忘れてたの。駅から出れなくしちゃうところだった。」

 蛙を手渡す。両手でチーの右手をしっかりと握った。


 扉が開いた、コハクはぴょんと飛び跳ねて外に出る。

 いつのまにか塵は止んでいた。

 青々とした草原が広がり、それを貫くように白い道が真っ直ぐ走っていた。少し離れた所に駅舎が見えた。

 風が、草原から甘い香りが運ぶ。二人の鼻を心地よく、くすぐる。

 乗務員室の扉が開き、針金のように細いから体をし、麦藁帽子を被った人型の何かが、ゆっくりと歩いてきた。

 スレートだと思い警戒する二人だったが、明らかに雰囲気が違った。優しい感じがした。二人は安堵した。

 針金男は右手を出し言った。

「切符、ダセ」

 少女はネックレスを外し渡した。これがこの世界での切符だった。

「オウケイ。オウケイ。オウ、ケイ」

 そう言うと、少女にネックレスを返した。

「あの、もうこれ要らないの?」

「イラン」

 針金男は乗務員室に歩いていき、乗り込んだ・

「変な奴だ」

「うん。可愛い」

「え、可愛いの?センスが分からない」

 チーはコハクの顔を見た。

 とぼけた言葉とは裏腹に、何か考え事をしているようだった。

 コハクとは僅かな付き合いであったが、別れとなると、やはり寂しいものだった。

 しかし、結局、コハクの事を何も思い出せなかった。ずっと心のどこかで引っ掛かっていた。

 思い出せないのは、先ほどの青年と同じ様、スレートにいつの間にか記憶の粒も残らず喰われてしまったからではないのか。

 乗車時に黒服の男が言っていた。記憶は別に消していない、記憶の扉に鍵をかけただけで、きっかけさえあれば直ぐ蘇ってしまう、と。

 そして、万が思い出してしまった場合、自分一人で思い出すだけなら自由だが、けして記憶の共有を行ってはいけない、スレートが怒り転生を不可能にしてしまう、と。

 そう、思い出すだけなら自由なはずだ。

 しかし、いくら喋っても、コハクという名前を聞いても、何も思い出せなかった。

 きっと対した繋がりはなかったのだろう。そう自分に言い聞かせた。自分の思い違いだ。そう…きっとそうだ。


「あまり泣いてばかりじゃ駄目だよ」

「…ああ」

「本当?」

 コハクは笑う。それが無理なのは、よーく知っている。ああ、前世の事話たかったな。

「…がんばります」

「うん、がんばれ。…じゃあさ、来世で会えると良いね。よし、二つ、二つの約束だ」

 チーは頷いた。僕もそう思う。来世で会えたらどんなに良いだろうか。そのためにも僕も幸せの駅に行く必要があるのだろうが。

 ただ、黒服の男にそんな話は聞いてないんだよなあ。降りる駅で運命が分かるなんて、コハクの話で始めて知ったし。


 発車を知らせるベルが鳴り始めた。扉がゆっくりと閉まる。

扉越しにはコハクは寂しそうに手を振っていた。チーも手を振る。短い間だったけど、寂しさが込み上げてくる。泣くなと言われたばかりなのに…。我慢だ、コハクと約束したんだ。

 そんなチーを見て、マイは優しく笑った。

 もう泣いてるじゃん。……でも、それでこそチーだ。


 電車は動き出した。二人は手を振り続けた。


読んでいただきありがとうございます。次の章もぜひお願いします。

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