エピローグ
◎エピローグ①
「はあ、はあ」
全力で蒼をぶん殴った太陽は、大きく息を切らしていた。
殴られた蒼はその衝撃でクルクルと回っていた。ついでに太陽の周りもクルクルしていた。
「目、覚めた?」
ようやく勢いが落ち止まった蒼に、太陽は声をかけた。
「別に…」
「ちょっと、別に、って何よ。私がどれだけ心配していると思ってるの?」
「殴っといて良く言うよ。…その位、俺だった分かってるよ」
「じゃあさ、また動こうよ。ね、蒼」
先ほど、鬼気迫る表情で全力パンチをくらわせた奴とは思えない優しい笑顔。その笑顔が逆に怖いです。
「実は、少し前から動こうかなとは思ってだ。」
「そういう事はちゃんと言いなさいよ。まったく、言わなきゃ分からないじゃない。あーあー、殴って損しちゃった。でも、まあいいでしょ、その辺は。ところでさ、何で突然動くのを止めたの」
その質問に蒼は苦笑いを浮かべた。今考えれば、恥ずかしい事だった。
「いいなさいよ。もう怒らないから」
「…動くのが怖かったんだ。ほら、なんかさ、何かに負けた気がするじゃん。ただ、言われた通りに太陽の周りを回っているだけなんてさ。だからさ、それに逆らってやろうと思った」
太陽は少し興味が湧いた。
「ふーん。で、何か変わったの?」
「それが…全然変わらなかった。結局、俺が動かなくても、他の奴等が動いてたからね。宇宙は今まで通りだった。まあ、唯一変わった事といえば、太陽と話す機会が増えた事位かなあ…」
「あ、酷い。蒼にとっては大した変化じゃないかもしれないけど、それ、私にとってはとてつもなく大きな変化なんだけどな。私は…すごく、嬉しかったんだけどな…。も、もちろん始めの内だからね。後半は腹立つことばっかりだったんだから。ホ、ホントよ。まったく、腹立つ……私の頭中を支配した責任を取りなさいよね」
太陽は頬を赤らめ、モジモジと言う。まあ、太陽は元々そんな感じの色だが。
蒼も思わず赤くなる。なんでそんな顔をする。恥ずかしくて火が出そうだ。
お互いチラリと見つめ合っては、恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
ついに蒼は我慢できなくなった。。湧き上がるよく分からないパワー。言いたくて堪らなかった。
「俺も、嬉しかった…ずっと心配してくれたことも…それに殴ってくれたことも…」
ポツリと蒼は呟いた。
「え…それって…」
太陽は驚く。
蒼は恥ずかしくて堪らなかった。海が沸騰しそうだ。
太陽の顔もみるみるうちに真っ赤に染まっていく。恥ずかしくて火が出そうだった。
それを見ていた月や他の惑星や思った。いや、最近はずっと思っていたという方が正しいだろう。
こいつらは阿呆だ、と
◎エピローグ②
空の中心で太陽が輝き、蝉の声が響く。暑い、暑い夏だった。
どこまでも広がる向日葵畑の真ん中の小さな丘の上に、青色のビニールシートが見える。そこに弁当を広げ、冷茶を飲みながら楽しく談笑する三人がいた。
男一人に女が二人、青井チーとカーマインとバートンアンバーだった。
バートンアンバーが水筒からお茶を出し、チーとマイに振る舞う。マイは自分の作った納豆巻きを誇らしげに語る。チーはその話を無視し、黙々と喰う。そんなチーにマイは怒る。
弁当を一通り食べ終えたマイはお茶を啜る。冷えた緑茶が、コクリと喉を通り、身体に広がっていく。そして、マイの視界には、見渡す限りの向日葵の海が広がっていた
時折吹く風は柔らかく冷涼で、夏の暑さを和らげてくれる。その風は同じく向日葵色の髪を撫でる。二つに縛った髪はユラユラと揺れた。
あれから2週間経った。もちろん、その間には色々あった。
灰界が此岸に来て大きく変わったことがある。
それは阿呆だった太陽は、もはや見る影も無い。常に忙しそうに動いている。また、身体と魂が切り離せなくなった。これからは年を取るのだろうか。その辺は良く分からない。
他にもたくさんある。
スレートから市民を守ったとして、チーと杏さんはこの国のお偉いさんからの表彰を受けた。
杏さんは凄く嬉しそうだったけど、チーは複雑な表情をしていた。当然だろう、結果はどうあれスレートをこの世から消した事にチーは罪の意識を持っているのだから。
立ち直り、こうして元気に笑っている事自体が奇跡だ。
今、杏さんはシュウウやキウ関係の仕事を辞め、国の運営に直接関わる仕事をしているらしい。以前と変わりなく、楽しくやっているらしい。あくまで人から聞いた話だ。
あの後、杏さんはとは縁を切った。理由はどうあれ、チーを利用したのは確かだから。どうやら、初めから利用するつもりだったらしい。
そしてもう一つ。
私は、以前身体に入れたチーの記憶の海に改めて潜った。私なりに罪を償おうと思った。
目的は、過去の記憶と未来の記憶としっかりと向き合い、本当のチーの姿を見つけ出すためだ。
そしてその中で、私は大きな発見をした。
それは、長時間の潜水を終え海の表面に顔を出した時だった。そこには青い空が広がっていた。
いつもと変わらない、そう思った時だった。
広がる青い空の中に、瞬く光を見つけた。太陽の光でよく見えなかったが、目を凝らすと、他にも多く同じ様な光がある事が分かった。
その瞬間空は海となり、海は空となった。
海の中には、数多くの記憶の欠片が光を放ち漂っていた。それはチーが持つ「未来の記憶」のもう一つの側面、幸せの記憶が詰まった場所だった。
今まで「幸せな記憶」を見つける事が出来なかったのは、記憶の海が二つある事に気付かなかったから。
きっと、チーは一つの海しか記憶の構築に使っていなかったのだろう。それか、それしか使えなかった。
私はとうさんと田中さんが言っていた事がようやく理解できた。確かに、チーは影しか見せられていなかったのだ。
マイが見つけた二つの海を持つ人間。これがチーに限った事では無い事が、後になって分かる事になる。
「マイ、キャッチボールやらない」
チーはそう言うと、グローブをマイの頭の上に置いた。
「よし、やろうかっ」
マイは勢い良くグローブをチーから奪い取った。
「おい、自分の使えよ」
「たまにはいーじゃん。私の使いなよ」
「あれ、ちっちゃいんだよ。僕の手には入らねー」
「バートンさんに借りれば?」
「ワタシの駄目だ」
「あ、バートンさん、聞く前に答えんなよ。まったくどうしたら良いんだよ、僕は」
膨れっ面をしてチーは怒る。してやったりと、バートンアンバーは楽しそうに笑い、グローブをチーに向かって投げた。それをチーはなんとか捕る。
「すまない、すまない、そう怒るな。今日だけだぞ」
「まったく、バートンさんも意地悪しないでよ。そんな事してると日が沈んじゃうよ」
「ハハ、そうだったな」
三人はキャッチボールを始めた。太陽は少しずつ傾き始め、向日達もその後を追う。三人の影は少しずつ背を伸ばし、蝉は相変わらず賑やかだった。
チーから受けた投げられたボールを、マイはしっかりとキャッチする。
キャッチボールが終わったら、チーに言わなければいけない事があった。
まず一つは、田中さんからの伝言を。
そしてもう一つは、幸福の海で見つけた未来の記憶の事を。桜コハクという、青井チーから希望を貰った少女の事を。
そう、もう一つの「記憶の海」を見せてあげるために。空に広がる、大きな蒼い海を見せるために。
きっと、これが始まりだ。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。昔の作品ですが、率直な感想などいただければ嬉しいです。機会がありましたら、次回作もぜひよろしくお願いします。




