01 美形は辛い+不細工も辛い=平凡が最善?
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自他ともに「面食いなのよ」と常日頃から断言して憚らない五歳年上の姉。
そんな彼女曰く。
イケメンと名の付く一握りの逸材たち。これは基本的に、鑑賞物であることが前提なのだとか。
「イケメンというのはね、一種の『夢』であってそれ以上でも以下でもないの。夢は夢のまま。けして現実にまで昇華させずに、想像の内に留めるのが一般的乙女の素養よ。覚えておきなさいね?」
ある意味では、究極のリアリストでもあった姉。それと同時に些かの躊躇いもなく、乙女代表(自称)を名乗って憚らぬ痛いひとでもあった――何故に過去形か? それは単純な理由、ここ数年顔を合わせていないからだ。姉は海外留学の最中なのである。ちなみに半年後に帰郷予定だ――と。それはさておき。
「明後日、何の日か覚えているよね?」
姉の言を借りれば、目の前に立つ彼自身、白昼夢のようなものだと誤魔化せはしないだろうか。
夜風に靡くのは、艶やかな髪(天使の輪は標準装備らしい)。その合間から覗く淡い色彩の双眸(間近だとグレー掛かって見える)。完璧なバランスを体現する端整な面差し(きめの細かさは地デジでも十分に耐えうるだろう)。基本インドアにも拘らず均整の取れた身体つき(もはやここまで揃うと嫌味だ)と壁の間に挟まれている現状。
うーむ、動けない。
そもそもこの状況下に追い込まれたのは、自分のミスだ。
些細なミスが、重大事項に発展する。それは世の中の一種の不問律。気の緩みが命取りだ。今の状況を通して改めて学ぶことになった。
とっくりと彼を眺める以外に、何処にも視線のやり場がない現状。今はここ。
十人いれば、十人が「美形ね」と認めざるを得ないだろう白皙の美貌を間近にしている。
察するところ、一般枠で生きていくのが困難なレベルの彼。
遠目で見ようが、間近で見ようが、美形は美形。その事実に変わりはない。
だが実際のところ、美形は美形で色々と大変らしい。不細工も辛いが、美形も辛い。ともあれば、世の中平凡が一番だという結論になりそうだ。
しかし、今もってその兆しはない。いつの時代も見た目は重要な要素だ。美形は衆目の的だ。
過去には『まるで一つの芸術品だ』と例えられたこともあると彼は言っていた。当人からすれば「だから?」というくらいの感慨しか覚えなかったらしい。
道行けば、視線。通りすがる女性陣の視線を、何時だって釘づけにして止まない。観覧料を取れる社会なら、きっと彼は街を歩くだけで食うに困らない生活を送れるだろう。
陶然とした視線を常に向け続けられる生活は、当人からすれば「肩が凝るよね。あと、不快」らしい。
切ないな、色々と。
幸福でいたいなら、あまり多くを知らない方がいいのだ。
好意も悪意も受け取る側次第とは、よく言ったもの。
「付き合ってください」は挨拶も同然。ストーキングは一種の日常。誘惑は昼夜問わず当たり前。
ここまで揃うと、最早笑うしかないらしい。
いや笑えないぞ、と返せば何故か頭をわしわしと撫でられた。
昔も今も、根本的なところは変わらない。時と共に『友人』であったり『恋人』であったり、はたまた『婚約者もどき』であったりするだけの話だ。
彼の隣で、私は彼の話を聞く。聞いた上で、言いたいことがあれば言う。返答次第で、冷ややかな視線を浴びる。
これが基本のサイクルだ。
出会った当初から、変わらない形だ。
幾度かは、解こうとしたこともある関係性。それも今や縺れ合った糸玉同然。正直どこから手を付けていいのかすら分からない。
そして気付けば数年が経過している。安穏とし過ぎたことを後悔し始めた昨今である。
乙女の素養はともかくとして、現状を認識せずに済む方法を模索する最中。幾度も脳内リフレインしながらも――うん。分かってはいるんだ。色々と手遅れにも程がある。
とうに自覚済だ。既に涙目だ。
でも、今だけは絶対に泣けまい。何故か? そんなのは言うまでもない。
現実逃避も程々にしないといけないという『実例』が目の前にあるからだ。
「……何かあったか?」
「わざとらしいね。あと、冷や汗を隠しきれてない。目も泳ぎ過ぎ。……ふふ。遊里は昔から詰めが甘いよね。でも、そこが可愛いから仕方もないか……。ねぇ、抱きしめていい?」
「……可愛いの基準が謎すぎるぞ。まぁ、一応褒め言葉として受け取っておくが。あと、どさくさに紛れて抱き着くのをやめろ」
「やめない」
「なら、初めから聞くな」
抱きしめられたまま、小さく溜息を零す。肩越しに空を仰ぎ、もぞもぞ動いた。
何とかもう少し、距離を取れないものかと試行錯誤する。
「――遊里?」
「にゃ…ごほん。何だ?」
見仰げば、そのまま覗き込まれる。目と鼻の先だ。優しげながらどこまでも傲慢で、慈悲のない艶笑。いやぁ、似合う。むしろこの表情を浮かべるために生まれてきたと言っていいんじゃないだろうか。
それほどの美貌が今、目の前にある。
その艶めいた口許が緩く弧を描き、そうして告げられる最終通告。
それから耳を塞ごうとして、やんわりと腕を取られる。まずい。これは逆に自分を追いつめたかもしれない。「ここで噛むとか、むしろ狙ってるの?」とか耳元で囁くな。当人の真ん前で笑いを堪えるくらいなら、むしろ素直に笑え。
「そろそろ頷いて? 互いにもう条件は満たしているし、残るは君の返事だけ」
「……んー、うん。あれか、外堀は既に埋まっているというやつだな?」
「だって遠回しに手を打っておかないと、小心の遊里は逃げるもの。……だから察して?」
割き初めの薔薇みたいな唇が弧を描く。間近で見ても普通に美しいな。ただ、最近特に舌なめずりしているみたいな幻覚が被るんだよなぁ……。うーん、これはもう重症だろうか。取り返しのつかない『末期』と言っていいレベルのやつなのか。
白昼夢ならむしろ諸手を挙げて感謝したいところだ。だから、まだ間に合うと誰でもいいから言ってくれ。今は切実にそれだけを望む。
「そこは敢えて察しない」
「そう。遊里は面倒臭がりの割に、昔から頑固だものね。元より、一度で頷いてもらえるとは端から思っていないよ?」
「……頷かない選択肢はないのか?」
「……へぇ。まだ逃避出来る気でいたの? 遊里、君がそう出るならこちらもそれなりの手で打って出るけど? 今回ばかりは容赦しないけど、本当にそれで構わない?」
「もはや脅迫にしか聞こえないな」
「うん、そのつもりで言ってる」
何を今更、といった表情で覗き込まれた。いやいや、その表情には正直色々言いたいな。なんで空気読めないのが自分みたいな流れになっているんだ。
流されるな自分。これぞイケメンと称される面々が有する『場の空気は自然とイケメン寄り効果』ってやつだ。自我を保ち、冷静になろう。ここで飲まれたら、全部が終わるぞ。
「十一月二十二日」
「……良い夫婦の日?」
「まぁ、基本的にその認識でも構わないよ。結婚記念日にするからね。ちゃんと覚えて」
「……押さないぞ」
「押させる」
笑顔で言い切った。この様子を見る限り、どうやら判子はすでに『彼』の手の内にあるらしい。
どうやって手に入れたんだ。切実に疑問だ。
救いのない現実に、遠くを見つめた。
「はい、ここで復唱。誰と誰の記念日?」
「…………」
「黙秘するなら、肯定と取るけど?」
「鬼畜か」
「君にだけね」
さぁ、ご覧あれ。これが笑顔で鬼畜の図だ。何がどうしてこれに執着されるに至ったか。その辺の記憶が走馬灯のように脳内を巡るよ。
出会った当初。それはもう、垂涎ものの可愛らしさだったんだけどな。
歳月は斯くも恐るべき悪魔を作り給うたのだ。数年後にこのような成長を遂げると知っていたなら、きっと自分はあの時、不用意な言葉を発したりはしなかった。
しかしそんな片鱗、どんな眼力をして見通せたというのだろう。




