3人兄妹の次男とその友達の会話の裏で。
頭が割れた。
かと、思った。
「私はもうだめかもしれない……」
「にーちゃん、きずはあさいぞー? げんきだそー?」
妹のなぐさめに少しだけ救われた気分になる。
お礼を言って、鼻に詰めていたティッシュを確認する。よし、もう血は出てないね。
「ほまれは容赦ないよねぇ」
「ほまれなー。やんちゃ?」
ほまれというのは私の弟で、妹の兄だ。
私が『いとま』で弟『ほまれ』、妹『ゆえん』の3人兄妹。漢字じゃなくてひらがな。両親のネーミングセンスはおかしい。けど、両親の名前もこんな感じだから、先祖代々変なのかもしれない。ほまれも趣味の悪い服を着てたりするし、ゆえんはまだ小学生だから、家族の中では私が1番常識人。全く、こんな家庭でよくまともに育ったものだ。私すごい。
そんなふうに自画自賛して、沈んだ気分を上げていく。どうでもいいけど、自家発電って表現したら下ネタ?
「なーなー、にーちゃん」
「んー? どうした?」
「これほしー、ちょうだい!」
これ? とゆえんの持っているものを見ると、私の血がついた凶器だった。つまり、水の入ったペットボトル。
「なんに使うのかな?」
「あそぶ!」
私の脳裏にスプラッタな光景がフラッシュバックした。反射的に、まだ痛む頭を押さえてしまう。
妹に凶器は危険だ。なんせまだ、加減も知らない小学生。ヘタをすれば、今度こそ私の頭蓋骨が陥没する。鬼に金棒、ならぬ、ゆえんにペットボトル、みたいな。
ゆえんには悪いけど、ここは断ろう。
「えっと、ゆえん」
「ほしー、なー?」
……そんなキラキラした眼で私を見るな!
なんかビーム出てませんか気のせいですかそうですよね!
知ってた!
でもまぶしい!
うわー……。
なんか、浄化されそう。私、後ろめたいことなんてなにもないのに。
子供で女の子、とか。勝てる気がしない。加えて、『年の離れた』『妹』ですよ? 可愛がりたいじゃないか。甘やかしたい。
小学生ながら、すでに私を手玉にとるゆえん。
お兄ちゃんはゆえんの将来が心配です。
……しかたない。妥協案を出すことにする。
「ゆえん、そのペットボトルは大きいよね?」
「うん、でっかい!」
「だろう。それは大人用なんだ」
「ほまれはつかってたよ?」
「ほまれはゆえんより大きいだろう?」
「あー」
そっかー、なんてがっかりしているゆえんが可愛い。
写真撮りたいけどスマホは充電中だ。私としたことが!
他人に聞かれたらキモいと言われそうな気持ちを抑えて、続ける。
「これは大人用だからだめだけど、子供用ならあげよう」
「ほんと?」
花が咲いた。
と、思ったらゆえんの笑顔だった。
ありがとうございますご褒美です。
「ほまれが買ってくるはずだから、それを使うと良い」
「わかった!」
喜んで跳ね回るゆえん。それを見ているだけで、ほまれに殴られた傷が癒えるようだ。
ほんわかしながら見守っていると、玄関の扉が開く音がした。ほまれが帰ってきたようだ。
音を聞きつけたゆえんが、部屋から飛び出していく。
「ほまれ、こどもよう!」
「誰がお子様専用だって?」
変な会話が聞こえてくる。
やっぱり、私が1番常識人。
暇が誉れの由縁。