第三話 次郎のオフタイム?
他のメンバーが上げた居酒屋とうてつの鯛茶漬け話を次郎目線で進めてみました。
二十歳最初の飲み会は、誕生祝いという名の合コンだった。
「トラちゃん。今日のお写真はお休み。それと、今夜は太郎かパパと帰って?」
朝のオープンのお客さんがひと段落した頃。俺の定位置に座っているトラちゃんにお願いをする。
「そっか。今夜か。いいよ。楽しんで来いよ」
「悪いな。なるべく早く帰るから」
「ジロちゃん、何?何処か行くの?」
「ああ、学校の飲み会。俺が二十歳になったからだってさ」
「ふうん、飲みすぎるなよ」
「分かっているって」
今夜は大学の仲間と飲み会という名の合コンだ。多分。詳しくは聞いていない。
とにかく今日は店に帰るなって言われただけだ。
4月の初めに生まれた俺達は皆より早く成人する。偶然なのだろうけど、孝子は俺達の前の日に生まれた。ちなみに、孝子は予定日を遅れて生まれ。俺達は管理出産だ。双子の割にはそんなに小さくもなく、病気らしい病気もせずにここまで成長してきた。
コレは両親に感謝しておこう。ありがとう、二人のDNA。
逆に孝子は気管支が弱いらしい。だったら煙を上げる試作品を作らなければいいのに。
すぐに熱を上げてしまうから、寝ている事も多くて、その時にたまに食べるお菓子がおいしかったのが、パティシエを目指すきっかけだった事は意外に知られていない。
普段が食いしん坊だから、その延長位の認識だ。
俺達の両親に三人そろって料理を教わっていたのに、孝子だけが一番手際が悪くて味覚もちょっとがっかりな状態だ。けれどもお菓子はちゃんと作れるから現在に至るのだ。
兄は調理師学校を卒業してから、製パン学校に通っている。兄貴がパンを作るのが好きだからと、調理師学校に入った時に店を改装して店舗の一部を石窯を作ったのだ。
これでランチにピザを焼いたり、シンプルなパンなら、母さん達も焼けるから助かっている。常連さんによっては、太郎が帰ってからだけどもパンを注文している。太郎も修行中だからって材料費だけ貰っているからかなりお買い得な値段で本格的なパンを作っている様だ。休みの日には、デニッシュパンのセットとかを出せるようになったのでかなりメニューが豊富になったと思う。
今日は早番のバイトが多い日なので、俺も厨房の手伝いをしている。
俺は太郎に指示された食材を指示通りに切ったり、調味料を計ったりしている。
やがて、両親がやって来たので俺は手伝いを止めて学校に行く支度をする。
店から出ようとすると、トラちゃんがすり寄ってくる。
俺はトラちゃんを抱き上げて、鼻をくっ付け合わせて行ってくるよと挨拶をして出窓にそっと下ろした。
こんなに甘えてくる日は学校に行くのも少しだけ気になるけど、俺の本職が学生だ。
頭を切り替えて、俺は授業に集中することにした。
持っているスマホからブログのチェックをしている。
今日はトラちゃんブログはお休みってことで、ランチメニューを載せてある。
それがどうもチェックして下さっている人には気になる様だ。
今日の分のアップもいつもより早かったし。仕方ない。俺はスマホからブログに入って、トラちゃんの代理人が本日は諸事情で不在の為、ランチメニューのご紹介ですと一文を添えた。これで大丈夫だろう。
常連さんは今日の俺の飲み会の事は知っているからこれでもう大丈夫。
それにしても、店のブログは凄い勢いで伸びている。毎日トラちゃんがなんらかのカットで登場して、お店の状況を紹介しているだけ。
昨日は、抱っこができるバイトの彰とのツーショット写真。これは若いお嬢さん方を中心に受けが良かったみたい。夕方から混んだのは、このブログのお陰か。
お店の男の人達は皆どちらかというとイケメン。
こんなお店でアルバイトしたい……ですか、そうですか。
うちの店、女の子は募集していないんだ。それに求人も出していない。歴代のバイト君からの紹介か、常連さんの直談判かどっちかだ。
アルバイトで重要なのは、トラちゃんと仲良くできるかどうかそれだけ。
基本的にトラちゃんは抱っこをさせてくれない。本当に嫌な人には近寄らない。
お客さんで猫が嫌いな人には空気を察して店の奥のベッドで寝ている時もある位だ。
更に読んでいくと、夕方からカウンターにいる人は誰だ?ってある。俺の事か。
確かにバイト君の様にエプロンはしているけど、オーダーは取らないし、基本的にカウンターでコーヒーを入れるか皿を洗っているかどっちかだ。
そのうち、常連さんに種明かしされちゃうだろうけど、それはそれでいいかなって思う。
更に読んでいると、あんなにイケメンが多いのに、女の子が一人ってずるいってある。
孝子の事か。これも何度か来れば分かるんだよね。孝子は常連の女子高生とガールズトークを楽しんだりして、ケーキのアイデアを貰っているからな。
アルバイトに見えなくもないのかもしれない。
厨房で作っている時はちゃんとコックコート来ているのに店に出る時は脱いでいるから。
店だってそんなに大きい店じゃない。8人が座れるカウンターに、大きな長テーブルが二つと、テーブル席があるだけ。全員が座ると30人入るかどうかだ。
ここのところの対策も考えないといけないのかな。ほっておいてはいけないのかな。
とりあえず、今日勤務しているアルバイトにブログのコメントを見て貰って何か対策があるかどうか考えてもらえるように頼む。
店のアイデア等は、皆で気軽に書き込めるノートをパソコンの側に置いてある。
そこに思った事を書き込んでいくんだ。たまに孝子がナンパされているって報告もここで上がっている。孝子にも孝子の好みがあるから相手にはしていないみたいだけどな。
俺は、開いていたスマホをポケットにしまって、次の授業の準備を始めた。
「それでは、次郎の成人祝いとして乾杯!!」
「乾杯のあいさつなんて、なんだっていいんじゃないのか?」
「一応、今日の主役だから、悪いな……無理を言って」
幹事がそう言っているけど、合コンのダシに使われている事は分かっているんだぜ?
俺の好みのタイプの女の子もいないし、適当に飲んで店が締まる前に帰ろうかなって思っていたところに、孝子からメールがあった。
『籐子さんの店で鯛茶漬けなう。ジロちゃんも食べたくない?』
居酒屋とうてつで今日は飲んで食べる予定らしい。鯛茶漬けいいな……。
きっと、籐子さんの店だったら、山菜を使った何かもあるよな……。俺が今いるここはチェーンの居酒屋。悪くはない。けれどもメニューに季節感がないのがつまらない。
俺の手は自然とスマホを操作して、籐子さんにメールを送っていた。
『籐子さん、山菜のてんぷら食べたい。あるんだったら適当に抜けたいんだけど』
とりあえず、送ったメールの返信を待つことにした。5分後に籐子さんから
『てんぷらね。用意してあげるからゆっくりいらっしゃい』と返信があった。
気合いの入った女の子の化粧と香水の匂いにはもう限界だった。
「悪いけど、親の店が忙しいんだって。手伝いに帰るから。これ今日のお代」
俺は聞いていた、金額をテーブルに置いてさっさと席を立った。
今日のメンバーは実家が店を営業している事はしっている。ただ、実家が何の店を営業しているのかまでは話したことはない。話す必要性もない。
俺は、急いで居酒屋とうてつに向かう。通い慣れた暖簾をくぐるといつのもメンバーが
いつもの様に勝手に楽しんでいた。
「たっだいまー。ご飯食べたい」
「ジロちゃん。ご飯食べていないの?」
「だって、チェーンの居酒屋のメニューだし、メンバーの食べ方が汚くてどうやって逃げてこようか考えていた所」
「あら、ジロちゃんいいの?出会いがなくなるわよ」
「いいよ。今日いた女の子は俺の趣味じゃないもん。あれならトラちゃんがいい」
俺が本気で言っていると。黒猫ママがクスクスと笑っている。
「まあ、トラちゃんも満更じゃないだろうけど。隣に座ったら?」
「で、俺にメールを送り付けた孝子は?」
「店でタロちゃんにピザ焼いて貰っているのよ。もう少ししたら届くわよ」
「ふうん、でも俺はいいや。ここにいます」
「ジロちゃん、何か飲む?」
「そうですね。ビールとてんぷら」
「はいはい。ちょっと待っていてね」
「本当にてんぷら食べたかったのね。それまでコレ食べる?」
「もしかして?」
「そのもしかしてよ」
黒猫ママが渡してくれた、生ハムを口に入れる。ここに通い詰めると本当においしいものしか受け付けなくなってしまう。だから今日みたいな日は実は辛いのだ。
「俺……チェーンの居酒屋ダメかも……」
「それは私達のせいね。今度は皆で店を貸し切って飲み会でもしましょうか?」
「いいですね。そうしたら、店も早く閉めたら皆来られるね」
「そうね……さあ、召し上がれ。ご飯は多めにしておいたわよ」
「ありがとうございます。頂きます」
俺が箸を勧め始めると、騒がしい奴がやって来た。
「ピザ持って来たよ~。お茶漬け頂戴」
孝子は、俺がいるのも確認しないで、燗さんと一緒に飲み始めた。
やがて、太郎がもう一枚のピザを持ってやってくる。俺の姿を見つけて俺の隣に座った。
「早くない?」
「いいんだよ。参加したんだから」
「相変わらず淡白な奴だな。何が嫌だったんだ?」
「化粧と香水の匂い」
「それはご愁傷様。でも、ここで飯食べ慣れるとチェーン店は辛いもんな」
「そうだろ?それより孝子……」
「つぶれるだろうな。俺飲まないから、孝子は俺が連れて帰るから。適当に帰れよ」
「ああ。サンキュー」
俺達はいつもの様に好き勝手に食事と酒を楽しんだ。
ソメイヨシノが散り始めたある春の日の夜の話。
アルバイト彰はトラちゃんと抱っこできます。それと孝子のお茶をまずいって言いながらも飲み干す設定なオフの時は猫カフェに通うイケメンという設定です。