第二話 狼煙が上がったぞ!装備の準備・・・・・・違う、逃げるニャンwww
狼煙が上がったぞ。避難だwww
ちげぇよ。ありゃあ、俺を呼ぶ合図だぜ?by燗
今日の講義も無事に終わったことだしと、店舗から少し離れた自宅に荷物を置いていると店の方から、ゆら~りと煙が上がっている。俺は大いに頭を抱えたくなった。
この煙……商店街の皆さんは目にしているよな。ってことは、店がどうなっているのか十分にわかる。
また……やらかしたんだ。さて、今日はどうしようとしたんだ?
この状態を確実に楽しんでいるのは、燗さん。店からスキップで巡回にくるだろう。
悪い人じゃないんだよ。けどね、孝子を止める人がいないと困るから……俺は慌てて店に出る支度をした。
俺は基本的にエプロンだけでもいいんだけども、流石に一人で私服なのは浮くからバイト君達と似たような服装をしている。白いコットンシャツにデニムのエプロン。皆のポケットは大きめなのに対して、俺のは小さめのポケットが多い。要は事務作業で着用する様のエプロンだ。中には、ボールペン、印鑑、細いマジックにメモ帳位か。
自宅から出て2分程歩くと、店の勝手口に到着する。営業中は鍵をかけていないから俺はゆっくりと店に入った。厨房は案の定、煙で燻されている。一体何をどうしたらこうなるんだ?
エプロンを身につけてカウンターの定位置に荷物を置く。店の方まで煙の被害はない。
孝子の失敗作の状況をお客さんに知られないように店の換気だけは喫煙コーナー張りに徹底しているんだ。それにうちにはトラちゃんがいるからね。
「次郎君も気になって来たの?トラちゃん、ダーリンが来たわよ」
長テーブルでお茶会をしていた居酒屋とうてつの籐子さんと篠宮酒店の奥さんの雪さんだ。
長テーブルの椅子の真ん中にトラちゃんがちょこんと座っている。
「トラ、おいで?」
俺はしゃがんで両手を広げると、トラは俺に向かってジャンプする。
しっかりとしがみ付いて小さな顔を上げて必死に鳴いている。
「ん?孝子の奴がまたやったんだろ?分かっているよ。後で叱ればいいんだろ?」
ひとしきりトラの訴えを聞いたら、満足したみたいで喉を鳴らしている。
「本当にトラちゃんは次郎ちゃんがいればいいのね」
「夜は自宅に戻るんでしょ?いつ店に来ているのこの子?」
「僕と一緒ですよ。トラはこのリュックに入るんですよ」
「やだ、キーボ君みたいじゃない」
そう言うと、二人はクスクスと笑っている。
キーボ君は商店街のマスコットキャラクター。商店街に夢と希望を届けてくれる妖精。
中の人が誰であるか知ってはいるけど、本人の名誉の為に今は公表を控えておくよ。
でも、本人はそれなりに楽しんでいるみたいだからいいんじゃないかな。
キーボ君は一号と二号がいて、メインの活動は一号だ。おっとりとした妖精さんキャラ。
たまに転んでしまうと起き上がれないので起こして貰っている姿を良く見る。
逆に二号はやんちゃキャラ。燗さんのちょっかいに頭突きやボディアタックをしている。
けれども、遠近感が取れないみたいで、休憩ポイントになっている交番の備品を壊すのを得意としている……らしい。
町内会のイベント終了後に寄ってくれる交番勤務のお巡りさんが零していた。
店に立ち寄るのは、休憩時間中ね。たまに巡回の時もあるけど。ちゃんとお巡りさんは仕事をしていますよ。
でも、お巡りさんはトラちゃんにソーセージを与えようとするから注意しないと。
トラちゃんを抱いていつもの様にブログの更新でもしようかなって思っていた時に荒々しくドアが開いた。こんなことをするのは一人しかいない。
「よお。孝子。今度の戦いはどこだ?装備の準備してやって来てやったぞ」
やっぱり……燗さん。それを見て雪さんは微笑んでいる。
「燗さん。お店は?」
「おっ、籐子さん。んなもん、醸が切り盛りできるわ。なんだ?トラも戦いに行くのか?従者を連れて。今の女ってのは勇ましいな」
「燗さん……うちの可愛い猫に変な事を拭きこまないでくださいよ。トラちゃんはここでお仕事していてくれていたらいいよ」
俺はトラの頭を優しく撫でる。ようやく、厨房から孝子とバイト君達が出てきた。
「今日は何をやらかしたんだ?オーブンは無事か?」
「ジロちゃんったら、失礼ね。今日はバーナーで焦がし過ぎただけよ」
……で、あの狼煙かよ。ったく、狼煙が上る喫茶店って何なんだよ。
俺は孝子をひと睨みする。こいつはすぐに人間が食べられないものを試食として作り出す。
シフォンケーキにハバネロを隠し味に……なんて馬鹿な事を本当に実践しやがる。
今までは俺達が生贄になっていたのだが、今は、バイト君とキーボ君二号がその職務を全うしてくれるようになった。カウンターの隅に胃薬が常備菜喫茶店もどうかと思うぞ。
「次郎さん。今日はオーブンじゃないです。煙はアレですけど……途中までは問題ないと思いますよ」
試作品の真っ黒焦げに見えるそれを置く。
「……で、この炭の様な物体は?」
「すっごくビターなチョコマフィン。上にチョコレートシロップをかけてからバーナーで焦がしたら……ね?」
「ね?じゃねえ。お前、店を燃やす気か?」
「そんなことないもん。ひっど~い」
孝子はプリプリしながら、お茶会の会場の長テーブルに座りこんだ。
あいつ、今日の仕事終了ってつもりなのか?
「大丈夫ですよ。クローズまでのデザートはできているんですから」
今日のバイト君が教えてくれた。
「それで時間が余ったからって、普通にチョコマフィンを作っていたんです。俺達のおやつって。そのうちの一個をアレンジしようとして……です」
成程。孝子なりに気を使ったのか。でもその方向性が著しく間違っている。
「そっか。じゃあこれ以上は言わないけど。太郎の説教は免れないな」
「ですよね。でも、孝子さんの狼煙も減ったじゃないですか」
「お前らの基準もソコな訳?」
「僕はオーナーの食事もおいしいし、トラちゃんに癒されていますから」
今、話をしているこのバイト君……元々は店の常連の高校生だった。
バイトは高校を卒業してからってルールだったので2年ほど我慢して貰っていたんだ。
「まあな。で、今日のブログはどうしたらいい?」
「ブログか?俺がさっき狼煙を取ってあるからその画像使えよ」
「ちょっと、燗さん。それって酷い」
「孝子よ。ここのブログは、トラの目線だろ。トラが狼煙をどう解釈しているかが重要じゃねえか?なあ?代理人?」
そう言って、燗さんは悪戯をする前の子供の様に俺を見ている。
その設定は、俺一人でするのは難しいから、バイト君のアドバイスを元に作成することにした。
以下、今日のブログの本文
今日は、いいお天気だから、シェスタを楽しんでいたら、いきなり煙を炊かれたの。
もちろん誰の仕業って言う必要はないわよね?あの子よ。あの子。
そうしたら、常連さんがお店にとんでも画像を送ってくれたの。
お店から黙々と立ち上る……煙。これは煙じゃないわ。狼煙よ。
あの子が何に戦いを挑むか分からないけど、私はまったりとしていたの。
店が戦場になる可能性もあるわ。私はそんなの嫌だから、逃げるにゃん。
あっ、でもお店は営業中よ。
「こんなものか?」
「そうですね。トラちゃんは帰宅ですか?」
「まさか。トラは俺が帰るまでいるよな?」
俺の膝の上でウツラウツラとしているトラは長い尻尾をパタパタと降っている。
「本当にべったりですね」
「抱くか?」
「いいえ。折角リラックスしているんですから。猫に頼られている人は頼られて下さい」
僕は仕事に戻りますねってバイト君は仕事に戻って行った。
ブログの効果はそれなりにあったみたいで、常連さんの顔出しはもちろんのこと、顔を真っ赤にして太郎が戻ってきて派手に叱り飛ばしていたことは言うまでもありません。