第十話 紬さんの秘密のお仕事 12
長く遅くなりましたけど、お祭りの準備編は終了します。
その後も配達とお針子のお仕事とトムトムの仕事……結構ハードな生活もたろちゃんが解放されて、じろちゃんが解放されて、パートさんのお仕事も徐々に減りつつある中、私の配達の仕事だけはビックリするほど多くなっていた。お得意様のほとんどが、学校の夏休みに届けて欲しいとか、7月末の都内の花火大会に間に合わせて欲しいと言うものばかりだったからだ。お客さまによっては休日に届けて欲しいと言われてしまった為に自分の休みを確保できなくなってしまった。でも、自営業者って本来はこういう形だよなあとぼんやりと考えながら配達の仕事をこなしている。
「おじいちゃん、今日の配達のルートってどうなっているの?」
「それは佐竹が地図を見ながら考えるって言っているから安心せい」
「うん、分かった。それじゃあ、店に行くから。たまにはコーヒーを飲みに来る?」
「そうじゃなあ。もう少し仕事が落ち着いてからじゃろうな。ありがとな。孝子」
「行ってきます」
私はいつもと同じように紬屋からトムトムに向かう。もうすぐ8月になろうとしている最後の週末。
本来だと店は休みなのだけども、夏祭りで出す予定のクレープの試作や夏用にロールケーキを作ってもいいかなって思いながらトムトムの勝手口の鍵を開けて店内に入る。
「あれ?たっこも仕込み?」
店内ではじろちゃんが電卓片手に計算をしていた。月末が近いから支払いの手続きをしているのだろう。
「大変なら手伝おうか?私は夏祭りに試作品と夏のケーキをロールケーキにしてみようかなって思って」
「ふうん。最近は失敗が少ないから心配はしていないよ。それよりお前の付きまといの方はどうなんだ?」
「朝の早い時間は流石にないけど、お昼から配達に行く時は今でもある気がするんだ。どうして?」
「なんとなくな。でもそろそろ配達も終わるんだろ?」
「うん。今日頑張れば後は一日起きでも問題ないかもしれないし、佐竹さんが行くかもしれないし」
「そっか。だったら、今日は明日の分のケーキもある程度作っておいて明日焼くだけとかにしてゆっくりと休んだらどうだ?かなり疲れているみたいだぞ」
「そう?だったら、後で紬さんと相談してみる。たろちゃんが9時頃来るけど、朝ご飯は?」
「トーストにカフェオレで食べた。お前もやる事やれよ」
私達は互いに作業を進める。私の方は、レシピ帳から、クレープの生地に含ませる砂糖の分量をどこまで減らせるか考え、ロールケーキの種類を、プレーン、コーヒー、紅茶の三種類でいいかなって思っていた。中に入れるのは、プレーンは牛乳・コーヒーはカフェオレ・紅茶はミルクティーの寒天ゼリーを入れる事にした。
果物を入れるよりもさっぱりとしていて食べやすいのではないのだろうか?それと梅雨明けからはかき氷もやっているから、あんみつを出す事も出来る。普通の寒天に牛乳寒天も一緒に入れたあんみつもいいかもしれない。
そうやってアイデアが出たら書き留めて、試作品を作っていく。今日は、クレープ生地を焼いて、生地の甘さを決めてしまいたいと思っていた。
最初にプレーン生地を10枚ほど焼いた。通常なら、チョコバナナとか、バニラアイスと苺とかをトッピングする典型的なデザートクレープだ。たろちゃんが考えているのは、ツナレタスとかハムチーズとかフランクフルトとかを入れるサンドウィッチの中間を目指しているのかもしれない。それなら砂糖を控え目に焼いた方がいいだろう。そうやってアイデアを纏めているうちにたろちゃんがやってきた。
「たっこを迎えに行こうとしたら、じいさんがもう行ったぞって言われて焦ったぞ」
「ごめん。とりあえず普通のクレープ生地を焼いたの。デザートにするタイプ」
たろちゃんは生地を一枚取って食べた。確かに甘めだよなって答える。
「でしょう?で、甘みを三割程カットした生地のタネがこれね」
「これから焼くのか?」
「うん、実際にこれからこうやってイベントで焼くのなら、一式買ってしまって、店舗でもクレープを出せばいいと思わない?生地は冷たいタイプにしてしまえば、朝纏めて焼いてしまえばいいんだもの」
「出来上がりはどうする?」
「お皿に盛ってもいいし、ソフトクリームスタンドを使って立ててもいいと思うの。ショッピングセンターにある感じに紙で巻いてもいいだろうし」
私はたろちゃんに提案しながらフライパンで一枚焼いてみた。焼きたてで厚い生地をお皿で冷ましてタロちゃんの前に差し出した。何も言わないで食べきったタロちゃんの表情が豊かになっている。
「これでいいだろう。砂糖は3割カットだったっけ?それなら結構食べやすいな」
「そうなのか?俺も貰ってもいいか?」
「言うと思ったからもう少し待っていて」
私は今度はじろちゃんに渡す。じろちゃんもこっちの生地の方が甘くてもカロリー控えめって事で売りだすのはどうだろうと逆に提案してきた。それはそれでありかもしれない。
「だったら、生クリームもカロリー控えめのものでもいいって事よね?」
「そうだな。今回は他に何を考えていた?」
「ロールケーキ作ろうかと思って」
「いいんじゃないか?それは皆がいる時に作った方がいいと思うぞ」
「分かった。そうするね。それじゃあ、今のうちに焼き菓子の補充しちゃおうかな」
「お前の今日の配達は俺が付き合ってやるから声をかけろよ」
「うん。たろちゃんは何をするの?」
「俺か?デミグラスソースの仕込みだよ。こないだ大分使ったからな」
「ごめん。あの時はありがとう」
「で、お前の付きまといは終わったんだろう?」
「店ではね。配達に行く時にたまに視線を感じるの」
「それ……変だよな?」
双子は顔を見合わせた。その後に、今日の配達は件数が多いから三人で手分けをしようかってことになった。
「そういえば、最近のお客さんの質が低下したって常連さんに言われた」
「あれだろ?彰さん目当ての客」
「うん。彰さんも困っているよね?」
「大丈夫。彰さんはちゃんと対策をしているよ。それももうすぐで終わるみたいな事を言っていたよ」
私の知らない所で彰さんも大変な事になっていたみたいだ。
「この店ってバイト達……皆……女ホイホイ?」
大輔さんに聞いた時には止めてくれと言われた事を思い出して二人に聞いてみた。
「そうだなあ。引きつけてしまうのは事実だけど、選ぶ側の皆は迷惑しているしなあ」
「うんうん。たっこが色目使っているとか言いたい放題だしね。最近のブログもね」
そういうとじろちゃんが最近のブログを見せてくれた。そこには好意的なコメントの中に混じって気になる事が書かれていた。トラちゃんの愛想が悪いとか、遊んでくれなかったとか。
トラちゃんは猫カフェの猫じゃないから、そういうところを求められても困ってしまう。
次に、制服じゃないじろちゃんに対しての興味本位の質問。および個人情報のダダ漏れ。同じようにバイト達に関しても書かれていた。どうも、皆の大学まで押し掛けている人もいるようだ。
「これって……どう考えても」
「アウトでしょう?そこのところを全て纏めて彰さんが対処してくれる。バイトで一番時間に余裕があるのが彰さんだからね」
「そうなんだ。最近お店にあまりいないのはそのせいなの?」
「半分はそう。半分は他のお仕事。お前も知っているだろう?」
「翻訳のお手伝いしているんだっけ?」
「そう、今はそっちが忙しいんだって。もっぱらゼミ室に籠っているみたいだぜ」
「そうなんだ。彰さんの大学に行ってみたい?」
彰さんが心配なのは本音だけど……彰さんの大学がどこなのか知らない。
「俺達と行く?配達が落ち着いたら。俺彰さんの大学知っているから」
私は頷いた。それじゃあ決まりな。作業続けようなと言って私達は再び作業を始めた。
簡単にお昼と店で食べてから(生地が勿体無いから、ある食材で試作品を作って三人で食べてみたの)私達は紬屋に向かって行く。今日の作業は三人で行うって佐竹さんに伝えると佐竹さんは私とたろちゃん、じろちゃんに分担を分けてくれた。そして私達は夏物の新作を揃って来ている。今日は珍しく髪の毛を下ろしている。
「それじゃあ行きますか」
「終わったら、メールしろよ。手伝ってやるから」
「うん。じろちゃんも頑張ってね」
私達は紬屋で左右に分かれて行った。
私とたろちゃんは今日はマンションのお客様を中心に回っている。皆さん23区内である花火大会に期待みたいだけど、着付けの出来る所はありますか?と聞いてくる。
行きつけの美容院の予約は一杯という事で、お客様は困ってしまっている。
「たっこ、俺も付き合ってやるからさ」
「それしかない?」
仕方なく、私達がご夫婦の着付けをしましょうか?と提案した。奥様は不安げに私を見ている。私は巾着に入れてある着付けの師範の資格証明書のコピーを見せる事にした。
「いいのですか?」
「時間を指定して貰えたら伺いますよ。男性の着物はこちらの者ができますのでご安心ください」
「あなた方は……紬屋さんの?」
「私達は孫です。だから和装は一人で着られますよ。それでは花火大会の当日午後2時頃にしましょうか?」
私は手帳を広げて時間の確認をして、マンションを後にした。
「いいのか?」
「困っているんだもの。この位」
「そうじゃなくて、料金」
「うん。トムトムの新規顧客獲得大作戦よ。若いご夫婦はこれからの店にいて欲しい人材だわ」
「はあ、お前のその考えは俺にはないから素直にすげえなって思うぜ」
「そんなことより、最後の配達に行きましょう」
私達は、最後の配達先に向かって歩いていく。商店街のメインストリートを一本入るとそれなり静かな通りになる。
最後の配達先は民宿ゆめくらさん。おかみさんが浴衣を注文してくれた時に体調が悪そうだったらしいけど、今は元気になったのかしら?
ゆめくらさんの暖簾をくぐって引き戸を開ける。
「こんにちは。紬屋です」
「ソファーにおかけ下さい」
奥から男性がしたけど、歩いてきたのは女将さんの由芽唯が引き取りに来てくれた。
「由芽唯さん、荷物は重たいですよ。一人で持たないでご主人に持って貰って下さいね」
「はい、そうですね。そうします。届けて下さってありがとうございます」
「これもこちらの仕事ですから。それではお邪魔しました」
「あの……孝子さんの実家って?」
「はい、私は紬屋の孫です。家業は継がないんですけどね。その分のお手伝いをしているんです」
「そうなんですね。こちらにも遊びに来て下さいね」
私達は無事に今日の配達を終えた。裏路地に入った時にじろちゃんに状況を確認するとじろちゃんも紬屋に向かっているという。だったら、着替えて久しぶりに店で三人でビールでも買って飲もうかって話になって、私達は急いで紬屋に戻るのだった。
そして、私達のお手伝いも無事に終わり、お祭り当日までは後2週間と迫ったところだ。皆のお祭りの思い出がいいものでありますようにと私はそっと祈るのだった。
次はお祭り前からの浴衣で接客編です。
トムトムはお祭りの時は、店頭販売をしていますので、積極的にお祭りを
楽しむという話にはなりません(あっさりと終わってしまうと思います)




