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第十話 紬さんの秘密のお仕事 9

暫く孝子が商店街をお出かけします。


ジリジリジリ……バシン。ここ2年の私の習慣。朝の5時。梅雨の中休みのような綺麗な空だ。

カーテンを開いて、窓を開ける。大きく深呼吸と伸びをする。

トレーニングウェアに着替えてミュージックプレイヤーを取り出して、静かに階段を下りて玄関に向かう。

5時だとまだ富田家の人達は起きていない。ドアの鍵を開けて、ポストの新聞を取り出して

靴箱の上に置いておく。そうすれば、もう暫くしたら起きてくるたろちゃんがリビングに運んでくれるはずだ。

スニーカーの靴ひもを暫し直して、少し音が出てしまう門を開けて通りに出て、私はゆっくりとランニングを始める。体調管理も兼ねて、2キロほど走って、1キロ歩くのが私の日課。そしてゴール地点は紬さんの家ではなくて紬屋呉服店。お爺ちゃんたちの店だ。通りの裏にある、勝手口からはいるのが朝のルール。この時間におばあちゃんが起きているだけだから、勝手口から入るのが楽なんだ。ポストから新聞を取り出して勝手口のドアを開けた。

「おはよう。おばあちゃん」

「おはよう。孝子」

私はダイニングテーブルに今日の新聞をおいて、ミネラルウォーターを一口飲んだ。

「お風呂入ってらっしゃい」

「うん。髪を乾かしてから洗濯機回していいんだよね」

「そうよ。よろしくね」

洗面所に向かうと、部屋着が置かれている。生活のメインは紬さんの家だけど、朝だけはおじいちゃん達と過ごしている。それが、私が紬さんの家で暮らす事の条件。

シャワーのつもりが、湯船が張られていた。もう子供の頃の私じゃないんだけどなと苦笑いをする。

幼いころは体が弱くて、寝ている事が多かった。そんな私が今の生活を暮らしている事がおばあちゃん達は嬉しいらしい。進路を決める時も、パティシェになりたいという私に両親は反対したけれども、おじいちゃん達は何も言わないで賛成してくれた。

朝がちょっと早いのは辛いけれども、おじいちゃん達と朝ご飯を一緒に過ごすのは嫌いじゃない。

お風呂で体を温めて、残り湯を洗濯機に使うからセットをして使わないバスタオルを洗濯機に入れる。

後は洗濯機がほとんどお仕事をしてくれるだけだ。私は髪を拭きながら自分の部屋に向かう。


部屋に戻ってから、髪を乾かしてからゆっくりとストレッチをする。ここまですると体も意識もしゃっきりとしてくる。基礎化粧を施してから、ダイニングに向かうとおじいちゃんが新聞を読んでいる。

「おはよう。おじいちゃん」

「ああ。おはよう。浴衣の注文はお前達のモデルのおかげで順調だ」

「ごめんね、お店もあるのにこっちも手伝ってくれて」

「折角覚えた事を忘れるのもちょっと嫌かも」

「でも、無理はしないでね。貴方もまだ専科に通っているんだから」

「専科の方は、休日コースで通っているから、心配しないで。今は楽しいから」

「そう。今日はどこまで行ったの?」

河川敷は知ってから月読神社でお参りして帰って来た。

「お願い事は……いつもと変わらないんだろう?」

「そうね……そういうことにしておくわ」

私のお願い事は、最近少しだけ変わったのだけど、それは誰にも教えたくないの。

「さあ、朝ご飯にしましょう」

結城の家は、朝は和食だ。富田家は、皆店に来てからモーニングの合間に朝食を食べる。

なので、富田の家の冷蔵庫は休みの前日じゃないと冷蔵庫は限りなく空に近い。

今は、みんなでお針子をしているから、夕飯もおじいちゃんの家で私は食べている。

今日のご飯は、焼き魚に卵焼きに納豆とおひたしと味噌汁。フルーツ入りのヨーグルトだ。

結城の家は、おばあちゃんが家事をしている。ママ達がいた時は、夕ご飯がママの当番だった。

「おばあちゃん……今って夕ご飯はどうしているの?」

「作っているけど、次郎が手伝ってくれるの。仕事の後で作らせるのは嫌だって。学校の帰りに次郎が買い物をしてくれるのよ。だから、朝学校に行く前に寄ってくれるから、買い物リストを渡すのよ」

「そうなんだ。だから最近、車で学校に行っていたんだね」

じろちゃんは最近電車通学をやめて車で通学している。どうしたのかなとおもったけど、その理由が分かってほっとした。

じろちゃんは、料理の道には進まなかったけど、かなり上手にご飯を作る。けど、几帳面すぎるから作業に時間がかかってしまうから料理人に自分は向いていないって判断したようだ。でも、丁寧に作っているのが見ていて分かる。おじいちゃん達のは少しだけ柔らかく仕上がっている。私達だとそこまで配慮しないかもしれない。

じろちゃんは、お弁当も自分で作るから彼女にお料理が出来る人というのは求めていないんだけども、いつも彼女の方が逆に意識しちゃうんだって。そこが全てじゃないだろうけど、結果的に別れちゃう。でも、そこからが不思議で、モトカノが料理に目覚めて、料理仲間として交流があるという。それも新しい彼氏を含めて。

それはそれでどうかと思うけど、じろちゃんも楽しそうだから私は気にはしていない。

今のじろちゃんは、学校の勉強がメインでお料理は気分転換なのだと思う。

ママが使っていたホワイトボードには、おばあちゃんが今夜のご飯のメニューを書いていある。今夜のメインは、味の南蛮漬けって書いてある。その後は、じろちゃんと一緒に考えるのだろう。


食後のお茶の飲んで終わると、7時過ぎる。店が開いて、双子がこまごまと動いているのだろう。

開店前のたろちゃんがするのは、前日に仕込み終わっているスープを温めて、コーヒーがすぐに入れられるようにセットするのと、お湯を沸かすのと、オーブンの余熱くらいだ。それから、モーニングのオーダーをこなしながらランチの下拵えをしていくのだ。

「それじゃあ、そろそろ行くね」

「ああ、配達の時は頼むな」

「分かっているわ。配達の時間指定とかは佐竹さんに聞けばいいでしょう?」

「おばあちゃんが言っておくから大丈夫よ。おじいちゃんはたまに忘れるから」

「私も忘れない様にしないとね。それじゃあ行ってきます」

私は再び勝手口から外に出て、トムトムに向かう。今日の作業の予定を考える。店内に残っているケーキを見てからケーキを作って、焼き菓子を焼きながら、プリンとゼリーを作る。

ちょっと前に作ったイカ様スイーツはチョコイカドリンクがそのまま残っている。イカチョコムースは今はチョコミントムースに変更した。イカチョコムースは週末だけの限定にしている。

「さあ、今日もいつも通りでいきますか」

トムトムの入り口の前で大きく深呼吸をする。私のスイッチを切り替える為に。

「おはよう!!今日は晴れるといいね」

ここでの私は、天真爛漫でないと。どんなに辛くても笑い続ける事って紬さんは言うけど、辛い事はまだ体験していない。あっ、違うな。オーブンを大破したときは流石に凹んだよ。

店を出る時に、また頑張ろうって思ってもらえるように、私は私なりにお客さんの背中を押すだけ……そう思いながらコックコートに着替えるのだった。


「それでは、配達に行ってきます」

「いってらっしゃい」

「たっこ、お礼状持ったか?」

「もちろん、ちゃんとチェックしたわよ」

「何かあれば連絡しろよ?」

「うん」

私は、紙袋を持って紬屋を出る。今回の展示会から一つだけサービスを増やしている。

それは、仕立て後のお届けサービス。店を贔屓にしてくれている方は、商店街の近くに住んでいる皆さん。

更に高齢な方も多いので、午後3時から6時までの間であれば仕立て上がりを配達する事にしたのだ。

条件は一つあって、支払いの完了をされている事……それだけだ。

今日のお届けは、重光事務所のちょっと先のお客様の所。お孫さんに仕立てたのだと聞いている。

お孫さんの採寸を展示会の会場でしたら、紬さんの店のバイト達にロックオンされて大変だったっけ。

私も顔と声はいいなあとは思っていたけど、皆が法学部の大学生というのは知らなかった。

そのせいか、将来有望株ということで皆秋波を送られる事があると言っていた。

「あれだよ。いわゆる先生という職業にステータスを感じる人はいるって事な」昔の事の様に彰さんが言う。そういえば彰さんはトムトムに来る前はいくつかアルバイトをしたと聞いている。「そんなにうちの店じゃ稼げないんじゃないの?」「食事が出るのは大きいぞ。男なんてたいして料理しないだろ?」そう言われて何となく納得した。バイトの中には、彼女がいて仕事が終わってから一緒にお茶をしてからデートに行く人もたまにいる。

今のバイトの中では一番古い彰さん……彼女の話題は一度もない。そういえば、彰さんの学校の話を一度も聞いた事がない。どこの大学に通っているのだろう?


配達の仕事が終わって、ちょっと足を延ばすと月読神社があるので、お参りをする事にした。

夕方に差し掛かる時間帯。鳥居をくぐって、参道通って狛犬さん達を見る。今日もお勤め御苦労さま。

手水舎で清めてから弊殿にお賽銭を落すと、チャリンと音が聞こえる。拝殿の奥にある本殿に向かって手を合わせる。お願いするのは、いつもと同じ。

「皆が笑っていられますように。幸せって思えますように」

最後にお願いしますねと呟いてから拝殿を背に向けて歩き出した。

「孝子ちゃん?綺麗なお嬢さんになったね」

社庭を履き掃除していた神主さんに会った。いつもにこにこしていて、不安な時はいつも相談相手にしてしまう。

「こんにちは。お邪魔しています」

「いいんだよ。孝子ちゃんは朝もお参りしているから、ここの神様も喜んでいるよ」

「お寺よりも、神社の方が落ち着くんです」

そう言って社庭の小さな公園にある、ブランコの柵に寄りかかる。

「紬屋さんのお仕事?」

「はい、歩ける範囲ですることにしたんです。車だと商店街は使えない時間帯あるじゃない?」

「そうだね。それに紬屋さんのお得意さんは、お年を召した方が多いか。考えたね」

「うん。考えたのはじろちゃん。付加価値の部分は人によっては換え難いものだって」

「紬さんの子供達も、紬屋さんの自慢のお孫さん達だからね」

「そうなんだ。ところで、孝子ちゃんは、夏祭りはトムトムさんの所で仕事かい?」

「はい。今年は冷たいクレープも売る予定です」

「生地を事前に焼いて冷やせるから準備は大変じゃないかい?」

「飲みもの以外も出したい言っていたたろちゃんのアイデア。ラップサンドの中間を目指すんだって」

「おじさんとしては、孝子ちゃんの将来の旦那さんが見てみたいね」

「そんな人……いませんよ」

一瞬、頭に彰さんが浮かんだけど……比較的に一緒にいる時間が長いからなだけで、彰さんは私の事思っていないよ。

「大丈夫。そのうち、孝子ちゃんの事を誰よりも理解してくれる人ができるから。逃がしちゃいけないよ」

神主さんはたまにアドバイスをしてくれる。前に相談したのは……家政大学に進学するか、製菓学校にするか悩んだ時だっただろうか?あの時も、本当に好きな事をしないさい。お家はお手伝いできるでしょうって言われたんだ。

「神主さんに言われるとそんな気がしてくるから、その時が来るまで頑張りますね。家に帰らないと」

「そうだね。まだ紬屋さんでお仕事でしょう?無理しないでね」

神主さんが鳥居の前まで送ってくれた時に、私を呼ぶ人がいた。

そこには、息を切らした彰さんの姿だった。

「彰君、お迎え御苦労さま。それじゃあ、孝子ちゃんのエスコートをお願いしようか」

「分かりました。神主さんありがとうございます。行くぞ。孝子」

「どうして?私がここにいるのが?」

「それは秘密。紬さんが店にいるかと思って顔を出したんだよ」

「嘘……神主さんとつい話しこんじゃった」

「携帯は?」

「……持ってない」

お賽銭は持っていたけど、携帯は面倒で持っていなかった。

「分かったよ。俺がかけてやるから、ちゃんと話せよ」

「うん、ごめんなさい。ありがとう」

彰さんがお店にかけてくれて、佐竹にも怒られてしまった。気持ちは分からなくもない。


店に着いてまた叱られてから着替える為に奥の自宅に行こうとするとおじいちゃんが、彰さんも行くようにって促した。

「いいんですか?」

「ああ、ばあさんがお茶を入れてあるから、ゆっくりしていきなさい」

おじいちゃんがそう言うと、誰も反論できないんだよね。私は彰さんを連れて店から自宅に向かう。

自宅に戻るとキッチンで、お祖母ちゃんとじろちゃんが夕ご飯を作っていた。

「たっこ、頼むから携帯持って行ってくれよ」

「反省している。ごめんなさい」

「だって……お前……今」

「じろちゃん、それは言わないで」

じろちゃんが言いたい事は、何か良く分かっているから、その言葉を遮った。

「着替えてくるけど、彰さんはゆっくりとしていてね」

私は階段を上って部屋着と外出着の中間あたりの服装をしてリビングに戻った。

「孝子ちゃん、彰さんといっしょに先にお夕飯してくれない?」

リビングには、私の茶碗とか全て揃っていて、夕飯を拒否するなんて真似が出来なくなっていた。

「ごめんな。俺が明日の朝が早いんだよ」

「トムトムで早番?」

「違う。教授のお伴で出かけなきゃいけないんだ。お土産は旨いものか?」

「どうして、いつも食べ物なの?たまには違うものがいい」

「はいはい。覚えていたらな」

私達はいつもの軽口を叩きながら店で賄いを食べている様な錯覚を起こす。

でもここはお爺ちゃん達の家(まあ、私の家でもあるんだけど今は割愛)で、こうやって彰さんと一緒に過ごす事が初めてで嫌でも意識してしまう。

綺麗にお箸を使っている彰さん……実家で相当マナーにうるさかったのかなって思えてしまえるくらいだ。

「彰さんは、実家に戻らないの?」

「どうして?」

「私が覚えている範囲では、実家に帰っていないでしょう?平気なの?」

「平気だよ。実家は兄さん達がいれば、俺は末っ子だからある程度は自由にさせて貰っているから」

「ふうん。大変そう。でもちゃんとお家に帰った方がいいよ」

「そうだな。心配してくれてありがとうな」

「そういえば、彰さんって大学はどこなの?」

「そのうち教えてやるよ、今は秘密」

「ナニソレ?ちょっと意地悪じゃない?」

「意地悪ではないさ。お前が俺を欲しがれば……いいだけさ」

私が彰さんを欲しがればいい?どうしてそうなるの?三段先に飛び越えた事を言われて目が点になる。

「いきなり、取って食うなんてしないさ。俺一人だけっていうのはフェア―じゃないだろ?」

更に畳みこまれるように言われて、もう思考がついて行けていない。

「ごめん。やりすぎた。今夜は俺と一緒に少しだけ飲みに行くか?とうてつあたりに」

「いいの?」

「いいんだよ。たまには息抜きしようぜ」

「明日の朝早いんでしょう?」

「大丈夫だよ。さあ、折角暖かい食事だから、早く食べてしまおう」

私達はリビングのローテーブルに置かれた食事の続きを始めた。


もしかしたら……彰さんは私が抱え込んだ悩みに気が付いたのかもしれない。

今できる範囲のことは一通りしている。携帯は持っていなかったけど、防犯ブザーだけは持ち歩いている。

今日も鳥居をくぐるまでは、人に見られている気がしていた。ここ最近……バイト達が増えて暫くしてからずっとこんな状態なのだ。仕事上は仲良くしているけど、オフになって出かける相手は基本的に双子か彰さん位だ。

交番には、それとなく相談はしているけど、具体的な被害がないから防犯パトロール位かなあ、何か直接的な被害があれば所轄の警察署に行くのが一番だよって教えて貰ってはいるけれども、その決定的な証拠がないのだ。なんか後をつけられている……気がするだけだから。まあ、トムトムさんの所のバイト君達の方がそういうことは詳しいだろうからバイト君達にも相談しなさいって言われたのだった。


孝子のトラブルについて。

ストーカー認定はしていません。

相手がお店にくるお客さんなので無下にはできません。

ここの対策は、もう少しすると孝子の手を離れて解決しちゃいます。


追記:前書きを一部削除しました。

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