第一話 ブログで集客アップ大作戦♪
きっかけは、爆発娘の一言から始まったニャン。
ここは松平市にある希望が丘駅前商店街――通称『ゆうYOU ミラーじゅ希望が丘』。国会議員の重光 幸太郎先生が住んでいるところだ。
この商店街は実に様々な店舗が入っていて、其々に個性豊かなメンバーが揃っている上、商店街の住人達も非常に仲がいいのである。
特に個性豊かで仲がいいのは、『篠宮酒店』、『JazzBar黒猫』、『中華料理神神飯店』、『居酒屋とうてつ』、『美容室まめはる』あたりだろうか。
「ねえ、うちの店にもブログおこうよー」
「はあ?何言ってんだ?お前?」
「だから、集客力アップ大作戦♪そうしたら皆もっとハッピーになれるよ」
たいしてパソコンが出来ないのに、お気楽に言っているのは、店のパティシエの結城孝子。
孝子はパティシエだが、他の料理一般の腕は非常にがっかりな奴だ。でも、最低限の技術は持っているのでうちの店で働いている。
「孝子ちゃん、言い考えね。看板娘は誰がやるの?」
「そりゃあ、もちろん私」
「孝子ちゃん。それはないわ。まずは紬ちゃんでしょう?オーナー夫人だし」
「勉さんってば。もう、でもこんなおばちゃんじゃダメよ。次郎?何かない?」
今は午後3時。アルバイトも入れ替え時で店内も閑散としている。
この店のオーナーは富田勉。その奥さんが紬。要は俺の両親な訳だ。
そんな俺は富田次郎。俺には双子の兄がいて、こいつの名は太郎。分かりやすい名前だ。
孝子のブログ大作戦は悪くはない。ただ、孝子をブログの看板娘に据えることには反対だ。
孝子の本性を見せずにブログを運営したいのが俺の本音。俺は店の事務作業等を大学に行きながら手伝っている。兄は調理師学校を卒業して、今はパンの学校に通っている。
脱サラして喫茶店を始めた両親は、篠宮酒店の燗さん夫婦とどっちがラブラブかと言われる位のおしどり夫婦。この二人、幼馴染で、おむつをしていた頃からここの商店街で暮らしている。母の実家はすぐそばにある紬屋呉服店。孝子は母の姪にあたる。
要するに従妹な訳だ。両親は家業を継ぐ為に地方で修業をしているので、俺達の家に居候している。
「いるじゃん。うちの看板娘が。なあ?」
俺は俺の膝の上に丸くなっているその物体に呼び掛ける。その物体はにゃんと一声鳴いてから背筋を伸ばして俺の膝の上でお行儀よくお座りしている。
「そっか、この子でもいいのか。トラちゃん、看板娘になるか?」
父がトラちゃんに問いかけると、トラちゃんはもう一声とばかりに鳴いてから俺の膝を下りて、店の出窓の定位置に座って外を眺めている。
「ほらっ、孝子ちゃん。トラちゃんもその気だから譲ってあげてね。いい?」
「そうだなあ。お前が奇想天外試作品を辞めたら考えてやるからな」
「うんうん。お前が煙を出す度に、商店街の人は店で狼煙があがったって言われるんだからな?」
俺が最近、商店街で言われた事を言ってやる。煙の主犯格は孝子の新作ケーキの試作。
どうして煙が出るのか良く分からないが、かなりの頻度で煙が上る。
それを見て、篠原酒店の店主の燗さんはスキップで店にやってくるのだ。
まあ、お茶を飲んで帰ってくれるので売り上げに貢献してくれるから有難いけど。
孝子のお茶は壊滅的にマズイ。あんまりにも酷いから、今年は比較的授業が少ないからティーインストラクターの養成講座でも受講して孝子に叩きこんでみてもいいかもしれない。
孝子のお茶は、そんな商店街の暇人達が挑んでいくが、飲み干すものを見たことはない。
一人だけいるけどな……。それはうちのバイトの一人。
飲み干した後には、必ず「マズイ、今日はもういい」とくる。青汁みたくはいかないか。
とりあえず、俺はカウンターの片隅に置いてある、ノートパソコンを立ち上げて、ブログを作成する為に作業を始める。とりあえず店のアカウントを取得して……デザインは、とりあえず今はミステリアスな喫茶店な感じで行こう。
コンデジを取り出して、トラちゃんの側に立つ。
「トラちゃん、お写真撮るよ」
写真を撮られるのを嫌がらないトラちゃんは暫くモデルさん張りにお仕事をしてくれる。
カウンターの椅子にすわったり、母さんお手製のヘッドレストつけたり。
「ありがとう。トラちゃん」
無事に撮影会は終了して、最初のブログの記事を書き終えた。
最初のタイトルは『お待ちしてますにゃん♪』
トラちゃん目線でのブログの記事にしてみた。看板猫トラちゃんのお店ブログ。
アップしてすぐにヒット数が伸びたのは、多分猫好きな方々。
おおむねトラちゃんの看板娘が素敵だとメッセージが入っている。
それをトラちゃんに変わってコメントを書き込んでいく。
夕方ころには商店街の皆さんに送ったメールから店に顔を見せてくれる。
「おお、トラや。お前看板娘だって?一所懸命お勤めしろよ」
「嫌だ、燗さん。トラちゃんは店にいることでお仕事しているのよ」
早速やってきたのは、夕方の配送帰りでうちの店に配送にきた篠宮酒店の店主の燗さん。
車には息子である醸君は、駐車場の車の中だろうか?
「トラ……おいで」
俺がトラに目線を映してから、腿をポンポンって叩くとトラは出窓からコトンと飛び降りてからカウンターの隅の俺の膝の上に飛び乗る。俺の身体に少しの間すり寄って甘える。
子猫の時に、店の前に捨てられていたのを俺達が拾ってきて、飼い始めてから三年。
猫というのは、家族に役割を決めるらしい。両親は両親のようだ。俺にはひたすらに甘えてくる。膝が無理なら背中に乗るもんって感じでしがみ付いている時もある。
何だろう?兄とかそんなものか?皆は俺の事をトラちゃんの下僕とか愛人とか。
猫を愛人にしてもメリットないよ?朝決まった時間に耳元で囁いてくれるけど。
居候の孝子は、自分の妹扱い。気が向いたら遊べればいいようだ。
孝子……お前、勝手にトラに食いもん与えんなよ。分かってるよな?
可哀想なのは太郎。完全に格下扱い。拾って連れてきたのはこいつだったのに、あの当時から飲食店でバイトしていたから、世話をしていたのがバイトがない時だけ。
その結果、トラちゃんに言い様に遊ばれている。それも太郎がカウンターで作業している時に足の上に乗っていたりする。お客さんには分からない程度にだけど。
太郎は、ブツブツ文句を言いながらも相手をしているから満更でもないのだろう。
その後、黒猫のママが甥っ子君を連れてきてトラちゃんを抱き上げた。
俺には抱っこにおんぶなトラちゃんだけど、一部のバイトと黒猫ママと籐子さんには抱っこをねだっている。今日はお店の前に立ち寄ったみたいで、今度ゆっくりねって言われてしまった。
結局俺の膝の上にいる。甥っ子君はそんなトラの頭を優しく撫でている。
二人で、太郎の作ったグラタンをふうふう言いながら食べている。
厨房では、両親が料理しているのか、イチャついているのか分からない。
でもオーダーが入れば仕事しているから既に見て見ぬふりだ。
黒猫ママ達が店に向かう頃、一足先に今日の仕事を終了させた孝子が私も行く~って言ってママ達と店を出て行った。店の閉店は午後21時。開店は午前8時だ。
開店準備は、太郎の仕事でモーニングセットの仕込みとランチの仕込みの一部をしてくれる。開店と同時に店に入るのが俺と孝子。孝子は太郎と一緒にモーニングセットを出したり、ランチの手伝いとデザートを作っている。
9時になると、両親と太郎が入れ違いで店に入る。この時間が俺の一番忙しい時間だ。
孝子にコーヒーを頼む客はいない。バイトが来るまでは俺が一人で仕切っている。
早番のバイトも9時には外掃除とかが終わるから、カウンターを任せる事ができる。
そこから俺が大学に向かう。大学までは一駅先だからギリギリだけど間に合う。
バイト君達は、一番多いランチで三人はいる様にローテーションを組んで貰っている。
俺と同じ大学の人もいれば、近隣の大学の人もいる。
18時。仕事終わりの人達が帰宅前のリフレッシュにやってくる時間。ここから閉店までは忙しくはないまでも、店はお客さんで盛況だったりするわけで。
孝子がいなくなっても、大丈夫だと思うよ。ランチが終わってからホールケーキを数種類焼いていたようだしね。料理のセンスががっかりなのにパティシエってのがありなのかって思うけど、口には出さない。俺も最低限の料理はするけれども。
俺は事務処理みたいな方が向いている。だから大学も経営学部だ。
孝子がいなくなった店の雰囲気は一気に変わる。有線の番組も落ち付いたクラシックに変わる。開店から18時までは地元のFM放送局を時計代わりに利用している。
時間帯によって、お店の常連さんが違うのもこの店の特徴だろう。
朝は商店街で働く人たちがモーニングを食べに来て、ランチは常連さんもいるけれども通りがかりの人や学生も利用して行く。
午後はママさんが他のお茶会の時間と女子会としてやってくる学生さん達。
夕方前に商店街の皆さんの誰かが顔を出してくれる。
ゆるゆると時間が経過していく、皆の憩いの店?喫茶トムトムはこちらでございます。
お遊び感覚で始めたブログがまさかの展開になるとはまだ思わなかった頃の話。