第十話 紬さんの秘密のお仕事 3
今回の最初はトムトム店内で次郎目線。後半は紬さんが制服を届けに黒猫での紬さん目線です。
Side次郎
「ごめんね、ちょっと出かけてくるわね」
次の日のランチタイムが終わった後に、母さんはスーツケースを転がして足取り軽く出かけて行った。
「次郎……アレは何?」
「あれは……黒猫さんへのお届けものです」
母さんが、澄さん達と話をして黒猫の制服を作成すると決めたのは先週の話。大雑把に書いたデザインからきちんと書きなおして、サイズを計りに行ったのは翌日。日曜日は基本的に母さんは店の営業は休んでいるので荷物持ちにシフトのない浩輔を荷物持ちにしてちょっと離れた町に生地を買い付けに行った。戻って来て最初にしたのは、浩輔の採寸だった。
「浩輔君、夏休み明けに教育実習に行くんでしょう?半袖のワイシャツとスラックス作ってあげるわ」
「いいんですか?」
「今まで頑張ってくれたからね。サイズをきちんと計って、ワイシャツの生地の見本も必要ね。まだ帰らないでね」
「分かりました。でも……いいんですか?」
「俺も紬さんに実習の時のスラックスとワイシャツ作って貰ったし」
「武人さんもですか?」
「ああ。ただな、紬さんの服になれると市販のものがでかく思えるんだよ」
「そうですね、毅さんも紬さんに頼んでスーツお願いしてますし」
毅さんは基本的におしゃれさんだから、シーズンごとに1着は母さんに頼んでいる。シャツは学生の頃からコツコツと作って貰っていたから今では十分な程あるはずだ。
「彰さんも、スーツ作って貰っていますよね」
「ああ。教授の打ち合わせに同席の時はスーツだからな」
「値段はどうしてますか?」
「生地代は貰ってくれるけど、それ以上は無理だ。その分は労働で返せばいいんだよ」
「成程。でも凄く楽しそうでしたよ」
「だろうね。こないだまではかつての勤務先の作業も手伝っていたし」
「かつての勤務先って……アパレルなのは知っているけど」
「うん。オートクチュールも承るアパレル会社のパタンナー。デザイン画もたまに書くよ」
俺が知っている範囲で答えると、バイト達は紬さんカフェのオーナー夫人ってもったいなくないな……って声が聞こえた。確かに、母さんは服飾のことなら大抵の事は自分でやってしまう。
でも、母さん達の夢は、二人で喫茶店の経営をする事と聞いているから今は二人なりに幸せらしい。
今は春だけど、夏になったらまたアレを作るのだろう。その時の事を思い出すと今年は大変だなと漠然とした不安を俺は覚えた。
Side紬
黒猫さんところにダイスケ君の履歴書を渡してから1週間。その後ダイスケ君は黒猫に面接を受けに来て無事採用になったと聞いている。今日はユキ君達の制服を届けて、お直しが必要ならその場で直す予定だ。それとダイスケ君の制服の採寸を澄さんに頼んでいたから帰ったらすぐに作業が出来るだろう。
「こんにちは。制服届けに来ましたよ」
「紬さん、早くない?」
「ちょっと糸が足りなくて遅くなっちゃった。まずは広げましょうか」
スーツケースを広げて、服を三つに分ける。最後にユキ君・澄さん・杜さんと書いた紙を置いた。
「はい、洗い替えも作ったから6月まではこれでいけると思うわ。7月前に夏服を用意するから」
「あらっ、そこまでしなくても」
「生地が冬用は良くないわ。その代わりに太っちゃいやよ」
私はにっこりとほほ笑んだ。早速ユキ君と杜さんが着替えをするようで制服を持って行った。
「どうかしら?主人に似合うかしら」
「大丈夫。杜さんには追加アイテムも用意したわ」
「追加アイテム?」
ちょうど生地が余っていたから杜さんだけお試しで作って見たのだ。カマーバンドを。
やがて二人が着替えて戻って来た。うん、二人とも体系が更に引き立つ感じで素敵だわ。
「いいじゃない。杜さんは気分転換と思ってカマーバンドもつけてみたから。若い子には似合わないからね」
「成程。紬さんはやっぱりアパレルにいた人ですね。見ただけで最適な追加アイテムを探してくる」
「そりゃ、それでお仕事していたのですから。ユキ君も変な目で見ないで。今の生活は私達の夢なの。だから充分満足しているよ。でもたまにはお洋服も作りたいの。その場を提供してくれて私は嬉しいわ」
「でもね……、何かが欲しいと思わない?」
「そうかしら?今でも十分だと思うけど」
「僕もこれでいいと思います」
「冬服はこれでもいいけど、夏服になるとちょっとって思ったの。ちょっと考えてみるわ。夏服のシャツはどうする?半袖も用意する?」
「一応あるといいかもね。無理はしないで。夏祭りの準備もするんでしょう?」
「そうね。それは帰りに実家に寄ってカタログ貰ってからだもの。ダイスケ君の制服は帰ったらすぐに作るから安心してね」
「お代はどうしたらいいかしら?」
「生地代を請求するからダイスケ君の制服を届ける時に一括で持って行くわ」
「それじゃあ、お願いね」
「これなら私に任せなさい」
そう言って、私は空になったスーツケースを押して店の先にある実家に顔を出す事にした。
ようやく、実家に帰ります。とは言っても浴衣のお願いだけどね。