第八話 私だってやればできるんです。ぷんぷん<`ヘ´>
今回は饕餮さん・鏡野悠宇さん・私との三連作コラボで書くことになりました。
饕餮さんの作品【希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々】内「十四話繁男、吊るし上げを食らう」。
鏡野悠宇さんの作品【桃と料理人~希望が丘駅前商店街~】内「ツグニャンケーキ」。
それから私の今回の回でエピソードを少しずつ違った時間軸と角度で描きました。
今回は、side桃香とside孝子に分かれております。
ついに、一シフト華麗に稼働しています(そう言う事にして下さいな)
今回はトラちゃんは一切出てきません。店の片隅でお昼寝中です。
side桃香
「これで完成っと」
最後に緑色の目の部分になるメロンゼリーをクリームの上にそっと置く。
「うわあ。できたね。ありがとう、孝子ちゃん」
「いいえ。桃香さんが最後まで頑張ったからです。出来上がったケーキのレシピはちゃんと纏めてあるのでそれを見ながらなら一人でも頑張れると思うよ」
「孝子ちゃんがパティシエに見えるんだから不思議だよね」
何気ない一言を呟くと、私達の出来上がったケーキを見ながら、バイト君達が必死に頷いている。
今日のシフトは通称一シフト。メンバーの名前にもれなく一がついているということで、黒猫の澄ママが
命名したものだ。そこに裕貴君が混ざっている。
「そういえば、最近狼煙が上がらないね。孝子さん」
「裕貴君まで言う?結構失礼な事言うわね。覚えておきなさいね」
「忘れて下さっていいですよ。僕は事実を述べただけなのに」
「うーん、そうだね。ちゃんとパティシエしていたのが新鮮」
「眞一郎さん。その言い方も失礼です」
「しょうがないだろ?孝子の日ごろの行いが悪いんだから」
「だったら、彰さんの調教のお陰なのではないか?」
「「「「「ああ、そうかも」」」」」
順一が言った事に私も含めた五人で納得してしまう。紬さんが孝子ちゃんが入る時に、彰さんにお世話係を頼んだのが運の尽き。鬼軍曹というか、調教師という言葉がぴったりな位に毎回なにかしらのお小言が飛んでいる。
狼煙が減ったことを皆喜んでいるけど……その前に孝子ちゃん試作品を作っててオーブンを破壊させたんだよね。
あの時は、すぐに営業停止して、翌日からはメニューの一部が変更になってしまって……。
ケーキのオーブンは紬さんの家のオーブンで代用したという。焼いて冷めたケーキだったり、焼きたてをせっせと紬さんの家から運び出す姿を何度も見ている。ピザとかのパンは、店を一部増改築で作った石窯で作るから問題はなかったらしくて、その代わりにペストリーパンや、ピザの種類を増やして対応していた。
新しいオーブンになるまでが相当辛かったのか、それ以来狼煙が本格的に上がってはいない。
煙っているのなら上がってはいるのだが、通常営業でもたまにあるから商店街の皆も気にしない程度だ。
「で、この目の部分は……何?」
「チョコレートを抹茶コーティングとかいろいろあったけど、桃香さんが一人で再現できるかというと無理だから再現できる市販のメロンゼリーの素で作ったの」
「でもさ……ここに至るまでの過程を知っているから、俺はノーコメント」
二人で作り上げたツグニャンケーキの過程をほぼ見ていた健一君が素早く行動した。
「何だよ。それ?」
「彰さんのお説教があったとか?」
「狼煙が派手に上がったとか?」
「煙を狼煙って言うな!!」
「まあ、とりあえずケーキを箱にしまって。コーヒーでいい?」
カウンターにいる悠一君に聞かれて即答する。確かに喉は乾いたかも。それに夕方6時半になるとお客さんは一気に減ってくる。商店街のメンバーは自分達のお店もあるし、常連の学生さん達も夕ご飯は家族とと言って紬さんに促されて店を出されてしまう。今お店にいるのは、私達と打ち合わせをしているサラリーマンが数組だ。
「悠一君。ありがとうね」
「じゃあ、桃香さんはコーヒー飲んでて?私は簡単に後片付けするから」
「私も手伝う」
「ダメよ。こっち側は慣れている人が作業をした方が早いから」
孝子ちゃんはそう言うと、ケーキで使った道具を厨房に運んでしまった。
確かに厨房は油も扱うから滑りやすいのだろう。私は悠一君に入れて貰ったコーヒーを飲んで休むことにした。
side孝子
「お願い、ケーキの作り方教えて?」
「うーん、スポンジ焼いてからデコって終わりだよ」
いつもなら嗣治さんと一緒にお店にやってくる桃香さんが一人でやって来たのは今から約10日前の事。
この人研究職についているから、仕事の時間がかなり遅いって聞いていたんだけどね。
今は夕方6時。七海ちゃん達女子高生が家に帰れって追いだされる時間が近付いている。
「桃香さん、今は忙しくないの?」
「凄く忙しいわけではないんだけどね。だから、お願いケーキが焼ける様にレクチャーして?」
その発言から、簡単なケーキの作り方を教えたのだが……それが地雷だったようだ。
「孝子、お前は簡単に言い過ぎ。工程は間違ってないがかなりはしょってるだろうが」
彰さんが呆れて言いながら、音にするのならコツンって音がしそうなげんこつを落す。
「うー、彰さんの意地悪」
「意地悪で結構。お前がアホな事を言ったり言わなければいいだけだ」
辛辣な言葉で私を構い倒すけれども、それが嫌じゃないって思っている事は内緒。絶対に口にしない。
「桃香さんは、嗣治さんにケーキを作りたいんだ」
「正しくはちょっと違うんだけどね。似た様なものよ。私マニュアルさえあれば大抵のことはこなせるんだけども。お料理って、何か材料が足りなかったりすることがあるじゃない。そうなるとパニックしちゃって失敗するの」
「ああ、その気持ちは分かるな。マニュアルがあるのが普通の生活だから。そこをアレンジして新しいものってのは本当に難しいよね」
「はい。だから……材料費とかちゃんと払うからケーキの作り方を教えて欲しいの」
「嗣治さんに教えて貰ったら?」
「今回はそれをしたくないの。自分で頑張りたくて」
恋人の嗣治さんは、居酒屋とうてつさんで仕事をしている。それに実家は魚住さんだ。
そういえば、魚住のおじいちゃんが失言をして家庭内別居になっているって商店街の御隠居さん達が話していた。
おじいちゃんも苦虫をつぶした顔をしていたっけ。多分、その事が絡んでいる。
「いいよ。桃香ちゃんが半休を取れる日が分かったらその日にしましょう。普通のスポンジケーキがいいの?」
「それが……コレを作って欲しいの」
桃香さんは一枚のシールを見せてくれた。それは嗣治さんをイメージした猫のイラスト。ぶっきらぼうで可愛い所はなんとなく本人に似ているかも。
「これじゃあ……嗣治さんに教えて貰いたくないね。いいよ。このイラスト……後で店のメールに送って貰ってもいい?折角だから立体的に作ってみたいから」
こうして私達のケーキプロジェクト(仮)は始まったのだ。
お店の営業が終わってから、メールに送って貰った画像をプリントして眺める。普段の戸締りは勉さんなのだが、今回の経緯を知っているので、ケーキプロジェクト(仮)が終わるまでは私が戸締りすることになっている。
「まずはスポンジをどうするかよね」
学校で使っているテキストを引っ張り出す。紬さんの店に学校のテキストは置かせて貰っている。練習で作るのは専らお店の厨房がメイン。貰っているイラストはキジトラちゃんをイメージしているようだ。
だから、プレーンのスポンジでなくてもいいわけで、インスタントコーヒーを混ぜたコーヒーフレーバーとココアパウダーを混ぜたココアフレーバーのスポンジを焼くことにした。猫の様に球体顔にするのだから、スポンジとフルーツをランダムに積んでいくトライフルもいいし、普通のデコレーションケーキの様にスポンジ・クリーム・フルーツ・クリームって積み上げてもいい。逆にスポンジでクリームを包み込んでもいいだろう。
表面のクリームは、スポンジと同じベースで二種類。ベースをコーヒークリームにして、アクセントにココアクリームでいいだろう。髭は……オレンジピールをビターチョコでコーティングでもいいし、細いチョコレートをクリームに差し込んでもいいだろう。首の下に鈴カステラを置いても可愛いかもしれない。
問題は目のグリーンだ。イラストだと綺麗なエメラルドグリーンだ。これはゼリーを薄く作って切って乗せるとしてベースを何にしたらいいだろうか?再現に使うのは市販のメロンゼリーの素にしても、もう少し色素を入れれば問題はないけど、ヘルシーさが欲しいなって思ってしまう。
「ヘルシーなもの……ヨモギ?ほうれんそう?ブロッコリー?青汁?どれが美味しくなるかしら?」
私は思い立った食材と手にして暫く考え込んだ。
翌日、目の部分の試作品が出来たのでランチ後に智章君に試食役を頼んで貰った。
一応、ベースのクリームも添えてみたのだが……その顔は渋いままだ。
「孝子さん、ヘルシーに拘りたいのは分かりますが……ケーキの時点でそれはないかと」
「だよねぇ。だから出来ないかなって思ったんだけど」
「少なくても、青汁以外はありえません。青汁も少し甘味がアレがまだ食べれると思います」
「ってか、なんでヨモギ?」
試食しているのを見ていた浩輔君は、青白い顔をしている。そっか、こないだヨモギ入りのマフィン作った時にいたんだっけ。クッキーよりはまともだと思ったのにな。ヨモギはやっぱりお餅との相性がいい事は分かったから葛餅に混ぜたらいいかもしれない。それにわらびもちもいけるかも。
「トラ猫をイメージしているから……なんとなく……和テイスト?」
「いえ、もう和テイストはまっ茶とかあんことかきなこで十分です」
あの時一緒に作った。あんこ入りクッキーときなこ入りクッキーは好評なのにね。
「孝子さん、クリームは十分おいしいからよもぎぜりーだとクリームまでまずくなるよ」
「そっか……まずくなるのは問題だからやっぱり……ダメか」
「分かっていて作るのは止めましょう」
その後に浩史君にも裕貴君にもダメ出しを貰ってしまい、甘くした青汁は問題ないってことになった。
そんな時に、私の依頼人がやって来た。
「ただいま。お腹すいた。ピザもらえますか?」
「はいはい。桃香さんお帰りなさい」
桃香さんはカウンターに置かれているゼリーに気がついた。
「えっ。もうツグニャンケーキ作ってくれているの?」
「うん。でも目のゼリーが旨くイメージの色にならなくてね」
ふうんって言って試食のヨモギゼリーを一口食べる。
「ヨモギだね。ヨモギだよ。クリームというより黒蜜?」
ああ、それならいけるかもしれない。いいアイデア貰ったっと。
「でも……今回はこれは避けてほしいなあ。休みは来週の今日に貰えるようになったの」
「そうなんだ。それまでに一度私が完成させないとね。今度の休みは?」
「明日休みだから、いつでも来れるよ」
桃香さんが即答してくれたので、私は明日スポンジ部分のベースを決めてしまいたい。
「分かった。ランチセットが終わる2時過ぎに来てもらえるといいな」
「分かった。ゼリー……今回だけなら青汁を甘くするのならいいかもよ」
うーん、青汁のままじゃやっぱり駄目か。これは市販のゼリーの元に緑の色素を混ぜるか。
「皆の意見がまとまったから、誰でも作れる食材で作るから安心してね」
私がそう言うと桃香さんがホッとしている様だった。
そして、次の日、ケーキプレートに六種類のケーキのベースを並べた。
ケーキの形が三種類にプレーンスポンジのみのものと、コーヒーベースとココアベースメインのものがある。
「とりあえず、一口ずつ食べて。残ったら皆で試食しましょう」
「うん。それでは頂きます。これ!!おいしいよ」
「だから私だってちゃんと作れるの。お分かり?」
「ごめん。いつも皆から聞いているのがびっくりするものばかりなんだもの」
「最近は作ってないわよ」
「本当に?」
「本当」
その後、全部の試食をした桃香さんが選んだのは。デコレーションケーキの様に積み上げたものに更にプレーンのスポンジで包み込んでからクリームを塗ってものがいいって事になった。一人で作って行くってなるとそれが確かに作りやすいかもしれない。髭もオレンジピールをミルクチョコレートでコーティングすることになった。
これから店は冷房を入れるからコーヒーのお供に出してもいいかもしれない。後は当日を待つだけになった。
side桃香
「すみません。いろいろとご迷惑をかけて」
「いいのよ。ゆっくり丁寧に作りましょう」
そして当日。私達の作業は長テーブルを貸し切りで作業する。粉は既にココアとかブレンドされている。
プレーンのスポンジは午前中に焼いたものを少しだけ分けて貰った。残ってしまったというけど、本当はワザと残してくれたんだと思う。それが孝子ちゃんの優しさだから。
孝子ちゃんが教えてくれる手順どおりに作業をしていくと、あっという間にスポンジがオーブンの中に入ってしまった。
「実際には、バターを柔らかくするのに時間がかかるけど、嗣治さんと作るのなら問題なくできるからね」
「最初は、彼と一緒の方がいい?」
「そうね。一緒に作ると楽しいでしょう?だから一緒の方がいいと思うよ」
焼き上がって冷めるまでに時間がかかるから、今は目の部分のゼリーを作ることにした。
孝子ちゃんが用意したのは子供の頃に作った事のある市販のメーカーの箱。
「これに少し緑の色素を加えたらいいと思うのよ」
「はあい」
ゼリーもいい色の出来上がりそう。次に、デコレーションに入れるフルーツを薄く切って、焼き上がったスポンジを覚ましてから薄く切って、生クリームをキジトラ色をイメージしてインスタントコーヒーやココアを混ぜる。
ケーキをデコレーションしていると、七海ちゃんが達がやってきた。
「桃香さんケーキ作っているの?」
「うん」
「こうやって桃香さんに教えている孝子さんはパティシエさんだね」
「本当。私も今度教わりたい」
「オーブンとかは私が見るけどそれ以外は自分で頑張れればね」
「うん。頑張りたい。でもいつがいいかな?」
「孝子さんの都合に合わせたいから、今度時間頂戴」
「いいわよ」
そうして、今度は七海ちゃん達にお菓子作りを教える約束をしていた。
無事にできたケーキを箱にしまって、悠一君が淹れてくれたコーヒーを飲みながら孝子ちゃんの後片付けが終わるのを待っている。
「無事に出来て良かったですよ」
「悠一君、それはどういう意味?」
「そのままの意味。深い意味なんてないよ」
そう言って、私の隣に座るのは健一君。
「それにこれからとうてつに行くんでしょう?」
「うん」
私達は今夜ケーキが出来上がったら嗣治さんに店にとうてつに行くことになっている。
「大丈夫かな?」
「平気だろ?籐子さんがいるんだ。それに彰さんがいるじゃないか」
「えっ?彰さんって……この事知らないの?」
「知らなくはないけど……ゼリーの試食チームと一緒にとうてつにいるって」
「ああ……なんとなく、何が起こるのか……分かる様な気がする?」
「……でしょう?彰さんに近付かない方がいいよ」
「俺も同感。あの人は的に回しちゃいけないと思う」
私達三人は顔を見合わせて溜め息をついた。彰さんが実は怖い人だってことは十分知っている。
こないだの……勇者選手権で残った孝子茶を何に使ったのか聞かれたので素直に答えたら暗黒微笑で淡々と法律用語を並べられたのだ。一応、私だって知らなくはないよ。成分的に有毒性はないからやっただけなのに。
どうやって彰さんの逆鱗に触れないで済ませられないか、三人で秘密会議をした事はここだけの話。
そしてとうてつに行く10分前の出来事。
とうてつで彰と合流した孝子は需要があるんですかね?いつもの通り調教されるだけだと思いますけどwww