第七話 孝子のお茶を飲む会、開催(本当に人間って分からにゃい)
時間枠としては5月の第三日曜日当たりをイメージして下さいね。
今回の目線は、初代勇者様の彰さんの目線でお送りします。
後書きに、まさかのアレが……。
「今日は、忙しいところを、孝子のお茶を飲む会にご参加いただきありがとうございます」
それらしい言葉を紬さんが言っている。エントリーしたメンバーはどことなく強張っている。
それとは対照的に、孝子は鼻歌を歌いながらノリノリでカウンターでお茶を入れる作業をしている。
いつもならカウンターが定位置の次郎と太郎は、厨房でせっせとお手伝いをしている。
結局エントリーをしたのは、13人。商店街ではお馴染みのメンバーだ。その応援団長としてキーボ君も二人で見守っている。それと、参加はしていないけれども、いつもトムトムにいる籐子さんをはじめとした商店街メンバーの皆さん。
これはダメージで再起不能になった参加者を収容する為だろう。
「まずは、今日の参加賞は皆さんが孝子のお茶の飲む時に使用するマグカップです」
マグカップと聞いて参加者は凍りつき、乾いた笑いしか出さない。
「応援団の方でチャレンジしたい人は、試飲サービスもあるのでお気軽にどうぞ?」
紬さんはケロッとして爆弾を投下している。ここの応援団は基本的に犠牲にあった人達じゃないか。
バイトの俺達も参加という事で、じゃんけんで決まってしまった。W大輔と裕貴の顔なんて悲壮感が漂っている。普通ならじゃんけんで負けた人が出るのだろうけど、この三人は勝っちゃったから運があるからやれという毅さんの一言で決まってしまった。伝説のバイトとして君臨する毅さんに誰も反抗なんてできるはずもない。
「お茶会が終わったら、参加費無料の打ち上げもあるから参加できる人は参加してね。お酒はお店には基本的にないから飲みたい人は各自持ち込んで?」
「おっ?なんだよ。打ち上げもあんのかよ?雪、醸に連絡して適当に酒持ってこいって言っておけ」
「はいは~い」
その言葉に素早く反応するのは、流石篠宮酒店主の燗さん。雪さんは手際よく醸君にお酒の配達を指示している。
「今日のアルコールは、後で清算するから各自伝票持っててね?」
そう言うとユキさんは手際よく注文票をアルコールが飲めるメンバーに手渡している。
「毅君は?」
「俺はオーナーの家に車を置かせて貰っているので、裕貴と同じ扱いがいいんですけど」
「分かったわ」
ユキさんは、再び醸君に指示を出している。俺達は今日はイベントのお手伝いという事で皆揃っている。
ちなみに孝子は本日の主役なんてたすきをかけている。いや、それは本日最大の敵の間違いじゃないのか?
ちなみに俺は紙製の審査委員長ってたすきを掛けさせられた。だから、審査委員長って何をするんだよ?
「彰君は、皆を見守るだけ。飲み干した人がいたら……勇者メダルを渡してね?そうそう、千春ちゃんいらっしゃい?」
紬さんは思い出したように、まめはるの千春さんを呼んだ。
「なんですか?紬さん」
「こないだお店に来てくれたのに、私忘れちゃったから。お店を復活してくれたご褒美」
そう言っていい子メダルを一つ手渡した。千春さんはきょとんとしている。
そんな千春さんに籐子さんがいい子メダルのシステムを説明し始めた。
「分かりました。後二つ貰ったらお茶がタダなんですね。いい子にならないと」
無邪気に喜んでいる千春を見て、紬さんはにこにことしている。
「さあ、始めましょうか。孝子お茶の支度を」
「だから、これを飲んだからって勇者様になれるわけがないでしょう?」
ブツブツと文句を言っている孝子に俺はげんこつを頭に振りおろす。
「痛い!!何するのよ」
「俺が教えたというのに、あんなお茶を入れるお前が悪い」
頭を必死に撫でている姿は可愛いが、その姿を他の野郎に見せて欲しくない自分もいる訳で……ちょっとやり過ぎた様だと反省する。しかたないからマグカップに孝子茶を淹れてやることにした。
やがて、参加者全員分のマグカップに注いで参加者に手渡した。
「皆?カップは参加賞だから持って帰ってね。で、このカップはいっぱいあるから、お店の営業時間でチャレンジしたい人はこのマグカップで挑戦しようかしら?」
紬さんって……何気なくとんでもないことを考えるよな。元々はアパレル会社のパタンナーだったらしいけど、
勉さんのご両親が経営していた食堂を勉さんと一緒に今の店にしてしまった人だ。そんな勉さんは元設計士。たまに気の向くままに設計図を書いているという。この人の事だから双子が家を立てるってなったら自分で設計をしそうで怖い。この店は勉さんが設計したもの。ログハウス風で、陽のあたる方角は窓張りになっているのでかなり開放的な感じだ。
夏は暑いから緑のカーテンで少しだけ陽射しを遮る様にしてくれる。
取得した期間は別らしいが、二人とも太郎が通った調理師学校に通ったと聞いている。
俺達の制服のコットンのシャツも実は紬さんのお手製だ。採寸して制作してくれるのだが、着心地がよくて俺は結構気に入っている。
それとネクタイとギャルソンエプロン。ネクタイを止める為にタイピンも貸与してくれる。俺は今は気に行った物を買ってきて使っている。ネクタイは今日みたいなイベント次は無地のプルシアンブルーのネクタイだが、普段は特に決まっていない。制服を渡してくれる時に、似合うネクタイの色を紬さんが教えてくれるからそれに合わせて選んでいく。パンツもジーンズでもチノパンツでも構わないけれども、お客さんが見て不快感を与えないこととは言われている。俺はブラックジーンズをバイトでは履いている。私服も似たものが自然と多くなった。だからと言ってそれが女の子にモテルとか……そんなところとは無縁だが。
他のメンバーは知らないが、一人でいるのも平気なせいか、大学では女の子と話すことはあまりない。
だからってそこに不都合も感じない。店では女性のお客様と接しているのでそれで十分だ。
そんな事を言うと、枯れていると言われるが自分は法学者になりたいから弁護士志望の人達よりチヤホヤされることもないだろう。両親も俺の夢を認めてくれた訳だからそこまでは頑張りたいと思っている。
このバイトも、今は大学院だから続けられる。院を出た後はメインでは働くことは不可能だろう。大学にいる時間よりもここで過ごしている時間の方が今では多い。サークルも入っていないから授業が終わればバイトに直行だ。自給がいい訳でもないけれども、出れば食事がもれなくついてくるのはありがたい。
塾の講師は時給はいいけど、スーツを着るのは好きじゃないし、食事もでない。学校との両立も辛くない為に気がついたらもう5年目になっていた。毅さんが辞めてしまったから俺が一番古い。
その後に古いのが武人達だ。あいつ等も進路を絞らないといけない頃だろう。ブログ効果で一気に忙しくなってしまった店だが、それでも店の空気は今までと何も変わらない。ちょっと長いをするお客さんが増えた位だろうか。今日のイベントも、結果的に常連さんと商店街の皆さんの集合したイベントになってしまった。
「それじゃあ、参加者の皆さん。無理だけはしないでね。ではお飲み下さい」
紬さんの一言で参加者が一斉にマグカップを口にした。
参加者の顔が一気に青くなる。今日のお茶も相当に渋いらしい。相変わらずの孝子クオリティーに苦笑い。
「彰さん、こんなの飲んでいるんですか?勇者様です」
こないだトライした時の涙目の裕貴は今日も涙目。その涙に潤んだ目は年下好きなお姉さまにはいい存在だな。
女の子ならご馳走様ですって言えるのにって思ってしまう自分の感性にがっかりする。でもさ、あるじゃん?自分にとっての萌えのツボってさ。
「これ、人間の飲み物じゃないっすよ」
「なんで……アレがこうなるんだ?」
ぶうぶう文句を言っているのは、新しく入った大輔……通称大ちゃんととうてつのアルバイトの大空の二人。
大空も元はトムトムのアルバイトを希望していたのだが、だいすけ大集合だと仕事が困っちゃうって事で紬さんがとうてつに連れて行ったという経緯がある。同じように、黒猫さんと神神飯店にも同じようにだいすけがいる。
黒猫さんのだいすけは、今日は応援団の様で根小山夫妻の隣でおろおろしている。飲んでいる根小山夫婦はマイペースに飲んでいる様に見える。
通称だいさく君の大介君は呪文を唱えながら、チビチビ飲んでいる。
真っ先に根を上げたのは、お約束というか……燗さんだった。
「こんなもん飲めるか!!孝子、看板娘失格。やっぱりトラちゃんの店だ」
「ひどーい、ちょっとあんまりじゃない」
プリプリして怒っている孝子を引っ張りよせる。
「彰さん、痛いってば」
「そんな事を言うのなら、まずは試作品を作る時に狼煙を上げない。人が安心して食べられるものを作る。これ常識だから。お前はパティシエとしては危険すぎる」
俺が言い放つと、裕貴がこくこくと頷いている。両手でマグカップ持ってそれを女の子がやったら……今はそんな話じゃない。
「そうですよ。孝子さんは普通にお菓子作って欲しいです。そうですよね?2号さん」
お菓子好きな裕貴は店で一番試作品の被害を被っている一人。自分の同士を求めて、キーボ君2号に同意を求める。キーボ君2号の中の安住君は今はどうやって答えるんだろう?暫くすると。背中のジッパーがにゅうっと開いて小さなホワイトボードに春だからヨモギはねえぞ。こら!と書かれてあった。
あれは、大矢書店の万引きを捕まえる時にご褒美で上げたクッキーの事か。お彼岸の後に蓬餅が食べたいって事になって、和菓子屋のご主人に作り方を聞いて、休みの日にヨモギ摘みに行ってから作ってくれたよもぎ餅もよもぎ団子もまずくはなかった。残ったヨモギで試作品を作ってみようってなってできあがったのがクッキーだ。
ヨモギ特有の香りが前面に出ていて、甘さも何もない苦さとえぐみが凝縮されたやつだ。アレは俺もご相伴にあずかったが、1枚のクッキーを小さい欠片にしたから辛うじて食べれただけだ。もちろん、店では出された事はもちろんない。孝子クッキーはきなこ・抹茶・ココア・あんこ・プレーンの5種類だ。コーヒーのお伴としてランダムで2枚出してくれる。紅茶には、マカロンを出してくれる。今はキャラメルとイチゴだ。ちゃんとしたものを作っている時の孝子は職人だなって思ってしまう。そんな事を言うと、双子には彰さんもまだだよねって生温い微笑みを返される。まあ、ずっと一緒だったあいつ等がそう言う意味での犠牲者だろう。
たまに太郎と一緒に何かを作っているから、料理だって最低限はできるはずだろう。
そういえば、双子のタイプの女性は、孝子以外だったな。従兄妹同士は結婚できるけど二人に関しては恋愛感情はこれっぽっちもないらしい。
孝子の規格外の天然さは見ていて飽きない。構い倒すと反応も面白い。孝子に仄かに恋愛感情がないわけでもない。とは言っても、まだ学生だしな。それに無事に研究者になれるかどうかも怪しい。教授の伝手でたまに古い文献の翻訳のアルバイトもしているから、法学書をメインに翻訳をしていてもいいかもしれない。
親の仕事の都合でアメリカで過ごした事が長いので英語には苦労しない。教授のお供で通訳が必要な場面は必ず駆り出される。今のままでもう少し過ごしていたいなあ。社会人にもなり切れていない今の自分の立ち位置を思った以上に自分が楽しんでいるのだ。
「桃香ちゃんが飲み干したわ。凄いわ。はい、勇者メダルね」
「ありがとうございます。やったあ」
一番最初に飲みほしたのは、とうてつの嗣治さんの彼女の桃香さん。飲み終わったというのに、孝子茶をボトルに詰めている。何をするつもりなのだろう?
「それにしてもこの仕掛け……紬ママ遊びすぎですよ」
「あら?そうかしら。でもそうでしょ?」
桃香さんはクスクスと笑っている。マグカップの底には、祝!勇者様!ってプリントされているのだ。
こんなことを考えるのは、もちろん紬さんしかいない。
その後は、ブツブツ呪文を唱えながらも仲良く大介と大空が飲み干した。
大介は御利益がありますように……なんて言っているが、そんな効果はないと思うぞ。
大空は籐子さんに約束ですよって言っているから、何かを約束したようだ。差し詰め臨時収入って所か?
その後根小山夫妻が仲良くゴールして会はお開きになった。
「折角皆がのんびりと集まれるって時は滅多にないから、このまま打ち上げしたいんだけども皆さんどうかしら?」
「お酒は醸がもう少ししたら持ってきてくれるって。醸が持ってきたので足りなければまた持ってくるようにすればいいからよ」
皆で会場を簡単に片づけて、あっという間に打ち上げの支度がすんだ。
紬さん達がいつもお茶会をする長テーブルには隙間なく料理が並んでいる。この料理の仕込みいつからやっていたんだろう?
「太郎、この仕込みは……」
「うーん、昨日の夜から?それに今日はランチ営業なしだし、カウンターを彰さんに任せる事が出来たわけだし?」
「そうそう。俺だって、包丁持てないわけじゃないからね。免許は持ってないけど太郎達に教わっているから」
双子はそれぞれ言ってくる。それならなぜ……アレはああなんだ?
「たっこの事は、お婆ちゃんも原因なんだよね」
「そうだな。でもアレはたっこが被害者だからな」
「何かあったの?」
「小学校の時にね。努力はしたんだよ。あれでも」
「うんうん。一時は刃物が全く持てなかったし」
双子は気心が知れた相手になると孝子のことをたっこと呼ぶ。俺はあいつらとの距離を近付けたのだろう。
「ふうん。それはそれでいいや。お前達は孝子がお前達以外の男と付き合うのはありなのか?」
「もちろん」
「当然。彰さん、頑張ってみたら」
「あのなあ、それは今ここで言う事じゃないだろう?孝子だって専科に通っているんだから専科を卒業する方が先じゃないのか?」
「まあ、そうだけどもね。孝子の方も彰君には気を許しているみたいだよ」
「勉さんまで……何をいきなり言うんですか?」
「僕らは君と孝子が恋人になるのならいいなあって思っているだけだよ」
「そんな事を言ったって分かりませんよ。こればかりは」
「そうかな?俺はいいと思うけど」
「「俺もいいと思う」」
双子……そんな事はハモルことはない。ええい、面倒くさい奴らだ。
「とりあえず運びますね。後は何を運びますか?」
「冷蔵庫に孝子が今朝焼いたケーキがカットされて入っているからそれも出して」
「はいはい。皆さんも適当なところでこっちに来て下さいよ」
打ち上げ開始まであと数分。俺が彼女に告白するまでは……まだ先の事。
おまけ
「おっ。今日はだいすけが揃い踏みか。ってことはなんだ?5スケンジャーだな!!」
「あらっ、そうね。あなた、凄いわ」
「5スケンジャーって……」
「燗さんの事だから……」
「ほれっ、お前らだ。5人いるんだから商店街の平和を守る戦隊ヒーローってどうだ?」
「おお。それはいいな。誰か、絵を書ける奴はいないのか?」
「でもさ、被りものは暑いって」
「目元は仮面でいいんじゃない?」
「髪の毛はウィッグでいいだろうよ」
「千春ちゃん、ウィッグのカタログってあるかしら?」
「店に行けばありますよ。持ってきますか?」
「そうね。持ってきてくれるかしら?」
「はーい。では持ってきますね」
燗さんの5スケンジャーがどんどん形になってくる。キーボ君の時もかなり無茶ぶりだったって話を聞いているだけにこの話も決まってしまうんだろう。
「紬さん、5スケンジャーのコスチュームってどうする?」
「歴代の戦隊モノを見てからデザイン起こしてもいい?やるからには徹底して作るわよ。ウフフ……」
紬さんのやる気スイッチが入った様な気がする。当の本人達は話の流れについていけないみたいでぽかんとしている。ここで反対しないと決まっちゃうよ。ご当地戦隊になっちゃうぞ。でも、それはそれで楽しいだろうから大介じゃない事を幸いに、俺は傍観者を決め込む事にした。