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じじ様の企て(1)※

 男は静かに受話器を置き、深く溜息をついた。規則正しい時計の、時を刻む音だけが、その部屋を支配している。両手で顔を覆い項垂れると、もう一度深く息を吐き出す。そんな男を、女は心配そうに見ていた。


「あなた……(おう)は何と?」


 何か大きな問題でもあったのですか?――と、問う女に、男は軽く左右に首を振った。


「たいしたことじゃない」

「ですが……」

芳乃(よしの)、そろそろ東吾が帰ってくる時間じゃないのか?」

「ええ。でも……」


 どう見ても、男の様子はおかしい。芳乃は黙って男の頭を抱き寄せると、もう一度翁の用事は何であったのかを問うた。男――松尾直仁は黙っている事を諦めたのか、彼女の柔らかな胸に頭を預けるとぽつりと呟いた。


「お義父(とう)さんが、あの子に見合いをさせると言ってきた」


 ピクッと、芳乃の米神が小さく跳ねた。


「まだ早いと言ったんだが、聞き入れては下さらなかった」


 項垂れる直仁の髪を、芳乃は宥めるように優しく撫でる。


「そうですわね。莉奈さんはまだ高校生ですもの、確かに早いですわ。でも良家の子女にはよくある話ではありませんか。あなたと花音(かのん)さんだって、そうでしたでしょう?」

「――ああ」


 亡き妻の名を出され、直仁は僅かに動揺する。彼が翁――倉科宗清(そうせい)の娘と婚約した時、彼女は高校三年生だった。花音が大学卒業後に、二人は結婚したのだが、もちろんこれは政略結婚である。だが、直仁は花音を愛していた。だからこそ彼女と結婚できるよう、直仁は祖父に頼んだのだ。当時はまだ、松尾家の方が倉科家よりも力があった。だからこそ、捥ぎ取れた結婚である。


「何人か候補がいるそうだ。今度そのうちの一人と会わせる予定らしい」

「そうですか」

「ああ」

「莉奈さんはまだ若いんですもの、色々な方と知り合うべきですわ。それにお見合いをしたからといって、即婚約・即結婚となるわけではないもの。そう落ち込む必要はないわ」

「そう、だな」

「そうよ」


 芳乃は直仁の頬にキスをすると、コーヒーを淹れて来ますねと言って部屋から出ていった。朱鷺色の唇の両端が、軽く上がっていたことを直仁は知らない。


「さっさと片付いてしまえばいいのよ」


 くつりと喉を鳴らし、芳乃はキッチンへと向かった。


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