あんな男、別れて正解だよ(2)
女子から(特に但馬さんのが凄かった)の痛い視線に耐えたあたしを、誰か「がんばったね。偉いぞ」って褒めてくれ~。ホント、ハンパないんだからね。女の嫉妬ってのはさ。あたしと遠藤君は、そういう仲じゃないんだってばっ!! 勝手に誤解しないでよ~。
放課後、あらかじめ決めておいた場所で落ち合って、遠藤君の元恋人が住むマンションへと向かった。
驚いたことに、あたしの住んでいる所から、そう遠くない場所にそれはあり、今まで会わなかったのが不思議なくらいだった。
自然な動作で、部屋のドアの鍵を開ける遠藤君。そんな彼を少し後ろから見ながら、あたしは大丈夫なんだろうかと心配になった。
だってさ、遠藤君の綺麗な顔が、なんだか青褪めているように見えるんだもん。やっぱり大将にも来てもらえば良かったかな? でもそうなると、奴にも事情を話さなくちゃいけなくなるし、万が一鉢合わせして、大将のこと新しい恋人だって誤解されたら、遠藤君が同性愛者だってバレちゃう。あー……やっぱりダメだ。
「どうぞ」
「おじゃましまーす」
生活感というものが、まるで感じられなかった。例えて言うなら、寝るためだけに帰る場所――かな? 酷く冷たい感じがする。ここで遠藤君が暮らしていたのかと思うと、なんだか涙がでそうだ。寂しすぎるよ。
「松尾さん?」
泣きそうな顔をしているあたしに気がつき驚いたのか、遠藤君が目を瞠りあたしを見ていた。やばっ、笑わなきゃ。
「に、荷物まとめよ。部屋どっち?」
「あ、うん。左側だけど……ねぇ、何か辛そうだよ。気分悪いの?」
「ううん。別に何でもないよ。さっさと荷物まとめて、マンションに帰ろうよ」
「……」
帰ろう――無意識にあたしは、そう言っていた。
特にそれに意味はなかったんだと思う。
でも、それを聞いた遠藤君は、すごく嬉しそうに笑った。
「うん。帰ろう」
靴を脱ぎ、玄関から中へと上がる。彼の荷物がある部屋に行こうと、一歩前に足を踏み出した時、反対側の扉がいきなり開いた。そこには美形だが、気だるそうな様子の男の人が立っており、瞬時に遠藤君の顔が歪んだ。この人が、遠藤君の元恋人で、彼を裏切った眞人さんだ。
「騒がしいと思ったら、お前か、侑。荷物取りに来たんだろ? 全部持っていけよ。お前の物があったんじゃ、沙希が変に誤解してうるさいからな」
「……分かってるよ」
ふいっと顔をそむけ、遠藤君は部屋のドアを開けて中へと入った。あたしは一応、眞人さんに軽く会釈してから入ったけど……何よこれ? 家具がないじゃないの! あるのはプラスチィック製の衣装ケースが三つだけ。信じられない。ああもうやだ。今度の日曜日に、家具を買いに行くんだから。絶対行くんだから。高いのは無理だけど、あたしが遠藤君にプレゼントするんだ。
ブレザーのポケットからスマートフォンを取り出し、あの人に電話をした。さすがに三つもいっぺんに持っていけないし、ここじゃタクシーもそう簡単に掴まらないだろう。住宅街だから滅多に通らないのだ。
五回コール音が鳴ったところで、相手が電話に出た。あたしは手短に用件を伝えると、のほほんとした声ですぐに承諾してくれた。
「遠藤君。和君が迎えに来てくれるって」
「かずくん?」
「うん。あたしの家庭教師で隣人。ほら、話したでしょ」
「ああ。例の……」
「そうそう。やっぱり車が無いと、これ運ぶの無理だから頼んだ。今日大学休みだからさ」
お隣のオカマ――かおるんの恋人は、高校入学時からずっと、あたしの家庭教師をしてくれている。
そもそも和君はあたしのカテキョーになったのが先で、それがきっかけとなって隣人と出会い、いつの間にか恋人同士になっていたんだよねぇこれが。で、内緒だけど、和君はあたしの初恋の相手だったりするの。顔はそんなイケメンじゃないけど、声とか仕草とか柔らかくって、でもって凄く優しいんだよ。惚れなきゃおかしいって。
結局、コクる前に失恋しちゃったけどね。傷は浅くて済んだわよ。まあ、暫くは二人を見るのが辛かったけどね。そりゃあそうでしょう。でもそれだって、半年も経てば平気になっちゃった。
黙々と荷物を運び出すあたし達を、眞人さんは黙って見ていた。暇なら手伝えっての。
少ないとはいえ、細々した物とかある。
ここにくる途中にあたコンビ二で買った紙袋に、次々とそれらを詰め込んでいき、詰め終わったものから下へと運んでいった。
「莉奈ちゃん」
「和君!」
ちょうどCDの入った箱を下したところへ、和君がやってきた。かおるんの車は二人乗りのスポーツカーだから、荷物がちょっとしか運べないけど、和君のはミニバンだから楽勝だ。
「荷物、これだけなの?」
あまりにも量が少ないから、和君も驚いていた。
「今、最後のを遠藤君が取りに行ってる。戻ってきたら、彼のこと紹介するね」
「うん。よろしく」
顔を合わせるのはこれが初めてだから、ちゃんと紹介しないとね。それにしても、遠藤君遅くないか? もう十分近く経ってるよ。
「和君、あたし……ちょっと見てくる。遅すぎるよ」
「莉奈ちゃん?」
なんだか胸騒ぎがした。本当はもう二度と、あの部屋には行きたくはない。あんな男の顔を見るのは真っ平ごめんだ。良いのは顔だけで性格は最悪で醜悪だ。ああいう男って、ホント大っ嫌いなんだよね。
インターフォンを鳴らすのを忘れて、あたしはドアを開けてしまった。
その結果、あたしは彼を一人で行かせてしまったことを後悔する。
「体が疼いて耐えられなくなったら、我慢しないで連絡してこいよ。時間があったら、また抱いてやるかさ。どうせお前、俺のこと忘れられないんだろうし? 俺のこと思い出して、一人で善がられるのも気持ち悪いもんな。そんなことされるくらいなら、俺がお前を可愛がってやるよ。なぁ、知ってるか? お前の啼き顔ってさ、女よりもエロくていやらしいんだぜ」
くすくす笑うその声は、彼が遠藤君を見下していることが、ハッキリと分かるものだった。